オペレーション・サマンサ

●オペレーション・サマンサ

 

 

Rangers lead the way(レンジャーが道を開く)

 

Sua Sponteof their own accord 自らの意思で)

 

                          ― 第75レンジャー連隊のモットー

 

 

 

7月22日○○時〇〇分(日本の時刻が分かれば逆算して表記)

 

ナショナル・トレーニング・センター(以後NTC)は、アメリカ西部のカリフォルニア州の南東に位置するサンバーナーディーノ郡北部の、広大なモハーヴェ砂漠の中にある、アメリカ陸軍基地のフォート・アーウィン内に存在する訓練場である。

実戦的な対抗演習が出来るこの訓練場には、世界各国の軍隊が訪れているが、今回はアメリカ陸軍自身が夜間演習を準備中だった。

 

夜間演習に従事するのは、米陸軍精鋭部隊の1つ、第75レンジャー連隊第2大隊D中隊であり、アグレッサー部隊と夜間戦闘の演習をする事になっていた。

 

時間的には夜のとばりが降りようとしている夕方、即ち訓練開始まで1時間を切っていた頃、第2大隊D中隊の隊員達は、とある建物の中で、装備の点検を念入りに余念が無かった。

ロビーぐらいの広さがある部屋の隅に設置された液晶テレビが、彼らに異変を告げた。

 

ちょうどテレビ画面の中では、CNNのロサンゼルス支局が放送する報道番組が垂れ流されており、女性ニュースキャスターがここ数日前に発生した怪奇現象に関する進捗状況を喋っていた。

「またこの状況に対応すべく国連は…」

そこまで女性ニュースキャスターが言った時、番組スタッフが慌ただしい動きで、持って来た原稿を彼女の前に差し入れた。

女性ニュースキャスターは、それが何であるかを告げた。

「たった今、臨時ニュースが入りました…!?」

原稿に目を落とした女性ニュースキャスターは、どうやら原稿の内容に目を疑ったらしい、目を丸くして一瞬絶句した。

それを見た男性のベテランニュースキャスターが、

「ケイト、どうしたんだ?」

それに対して、ケイトと呼ばれた女性ニュースキャスターは、目を何度もぱちくりさせたが、すぐに自分の職務を思い出した。

「あ…えー。緊急事態です…カリフォルニア州サンディエゴ市が、正体不明の飛行物体の襲撃を受けている模様です!現在空軍が出動しています!」

その頃には、D中隊全員がニュースに注目してお、兵士達はざわつき始めていた。

「おい何だ、どういう事だ?」

「サンディエゴ市が攻撃を受けているらしい」

「誰に?」

「さあ」

一方、画面の中では、ベテランキャスターがカメラの背後にいるスタッフに、「現地の映像は?」と聞いており、聞かれたスタッフの身振りか何かを見て、ベテランキャスターは何度も頷き、またカメラに視線を戻して、

「少々お待ちください。現在、現地の取材班と連絡を取っているとの事です」と、第2大隊D中隊他、不特定多数の視聴者達に説明した。

 

そこへ、少佐の階級章を身に着けた男性がやって来た。

D中隊隊長のラルフ・D・コルティ少佐だ。

彼はテレビを一瞥すると、部下達に訓練中止を宣言した。

「みんな、訓練は中止だ!すぐに実弾に切り換え、トラックに乗って飛行場に集合しろ!」

その後、コルティは右に視線を転じて、1人の士官に向かって言った。

「マクラナハン少尉、お前達第1混成小隊は、この場に残ってくれ」

スタンリー・マクラナハン少尉他、17名の第1混成小隊を残して、D中隊の隊員達が部屋を後にし始めた時、テレビでは新たな展開を迎えていた。

「現地の映像が入ってきました」

と、ベテランキャスターが言い、続いてケイトが、

「今切り替わります」

と言うのを合図に、サンディエゴ市で偶々取材中だったらしい取材班のカメラが映す現地映像に、画面が切り替わった。

 

途端に画面は、地獄に変わりつつあるサンディエゴ市が映し出した。

サンディエゴ市民が悲鳴や怒号を上げながら逃げ回る中、カメラの前に立つ女性レポーターも、自分の感情を必死に自制しながら実況している。

「信じられません!全く、信じられません!サンディエゴ市が攻撃を受けています!外は逃げる人々で溢れています!」

 

コルティやマクラナハンは勿論、他の兵士達も、画面の向こうで起こっている非常事態に釘付けとなった。

 

カメラは一瞬、パトカー車内から引っ張り出した無線機に何かを報告している警官と、後ろ手に手錠をはめられたまま警官の後ろで屈んでいる犯罪者らしき男を映した。

「おい、これ外してくれよ!」と、容疑者は焦燥し切った表情で抗議するが、その警官は報告に夢中で気付かない。

 

と、その時、カメラが上空を物凄い速度で上空を横切る何かを捉えた。

「あ、あれは一体…」

と、女性レポーターが言った直後、爆発音がして女性レポーターがビクッと身をすくめた。周囲では大きな悲鳴が上がる。

カメラマンも驚いたようで、一瞬画面が揺れたが、女性レポーターが「ああ、何てこと…」と呆然と言いながら指差す方向へカメラを振り仰いだらしく、画面がくるりと横に180度程回転した。

カメラが映したのは、ちょうど運悪くその場に居合わせていたらしい警察のヘリコプターが火だるまになって落下していく様子だった。

爆発もそこここで発生しており、時折ミサイルやレーザービームらしきものが飛び交っている。

 

コルティ少佐が話し始めた事で、ニュースの視聴は終わった。

「見ての通りだ。サンディエゴ市が正体不明の敵勢力による攻撃を受けている」と、マクラナハンに言った。

「状況は悪いようですね」

「もっと悪くなるかもしれん」

「それで、何故我々だけここに?まさか補欠で待機ですか?」

「補欠部隊(サブスタテューツ)と名乗り始めたのは君だろう。とまあ、それはいい。君達には我々よりも真っ先にジョン・ウェイン空港に向かってくれ。そこに我が軍のFOBForward Operating Base前線司令基地)が設置される事になった」

「なぜ我々を?」

「上が防衛計画の中に君達の出動を想定していたらしい…つまり、例の次元融合とやらの怪奇現象に関する防衛計画だ」

「なるほど。それで、ここでの訓練日程が繰り上げになったわけですか?」

彼ら第2大隊D中隊は、実は今日より1週間後にここで訓練をする予定だったが、急に今日に繰り上げになっていたのである。

「だろうな。とにかく、ジョン・ウェイン空港に急いでくれ。オスプレイを待たせてある。君達専用機だ」

「はっ…しかし、実弾に切り…」

FOBで用意するそうだ。君達は必要とされているのだ…頭がタコみたいに柔軟だからな」

「了解…でも気になる事が」

「何だ?」

「敵はどうやってレーダーをすり抜けて来たんでしょう?」

敵は航空機の類のようで、しかもサンディエゴ市を混乱に陥れる程の火力を有しているらしい。

そんな航空兵力がアメリカの厳重な防空網を破って国内に侵入してきたというのか?

いくら次元融合による混乱を考慮に入れても、全く説明がつかないのである。それに、仮に予め国内で製造したものが使われたとしても、どう考えても入手ルート等からCIAFBIがマークする筈であり、やはり実現は出来ない筈だ。

それが異能者や超兵器と縁がないOCD世界の住人の論理であり、それは通常正しい筈だった。

「確かに奇妙だが…その点は、多分FOBの方が詳しいかもしれん」

「そう思いますね」

「では、行って来い」

「はい少佐」

マクラナハンは頷くと、部下達を促してコルティ少佐の前から退出した。

テレビでは、ケイトが心配そうな表彰で「取材班が無事だと良いのですが…」と言っていた。

どうやら音信不通になったらしい。

 

それから10分後、マクラナハン達第1混成小隊を乗せたMV-22オスプレイ・ティルトローター機はNTCを離陸し、ホバリングモードからターボプロップモードに切り替え、最高速度でジョン・ウェイン空港に向かった。

 

 

「くそ、何てこった…」

サンディエゴに送り込まれた5機のF-16編隊の隊長は、眼前で繰り広げられている壮絶な光景を見てそう呟いた。

 

サンディエゴ市は戦時下にあった。

市街地上空では米軍の戦闘機隊と、サンディエゴ市を攻撃する敵編隊との空中戦が展開していたが、編隊長の見たところ、非常にまずい状況だった。

 

敵はどうやら鳥か翼竜のように羽ばたきながら、不規則かつ素早い機動を取っており、それがこちらの戦闘機パイロット達を翻弄していた。

編隊長の目の前で、1機のF-35Aが錐もみしながら爆発する。敵は圧倒的のようだが、こちらも負けていられない。

「司令部、こちらフォックスリーダー。交戦空域に到達した」

「フォックスリーダー、こちら司令部。敵との交戦を許可する。繰り返す、敵との交戦を許可する」

「フォックスリーダー了解。敵との交戦を開始する」

編隊長は左右の部下達に首を振りながら指示を下す。

「全機、ミサイル発射用意!」

言いながら編隊長はコンソールを操作して、翼端のAMRAAMをセットした。

 

その時、新手の戦闘機隊に気付いた1機の●●らしき敵機が方向転換してこちらに向かって来た。

しかしF-16編隊側も、ミサイル照準をこの敵機にロックしていた。

マッハ4で飛ぶこのミサイルを、避けられるものなら避けてみるがいい。

「ミサイル発射!」

編隊長の号令一下、F-16の編隊から、合計5発のAMRAAMが一斉発射された。

 

しかし敵機は全く予想外の動きを取った。

敵機は飛びのくようにパッと横移動し、あっという間にF-16編隊の右側を取ったのである。

「何…!?」

編隊長が回避を叫ぼうとした瞬間、この敵機は編隊の正面を横切るようにしながら、レーザー光線をシャワーのように浴びせかけた。

当然戦闘機隊はひとたまりも無く、あっという間に5機とも大爆発を起こした。

 

しかしその一方で、この敵機、即ちゾイドは、少し冒険的過ぎた。

サイボーグ生命体であるが故の個性の保持が、この過ちを引き起こしたと言えよう。

 

編隊に近付き過ぎていたこのゾイドは、横切りきれずに、左端のF-16と衝突してしまったのだ。

この為、失速してしまい、一度避けられてしまったが獲物を求めて戻って来た、先の5発のAMRAAMが追い付く隙を与えてしまう結果となった。

5発中、2発が直撃し、左翼に重大な損傷を受けたこのゾイドは、きりきり舞いしながら地上へと落下して行った。

 

 

同時刻。

すぐ近くでは、テレビに映っていた例の取材班が這う這うの体で移動中だった。

「ちょっと…」

女性レポーターが膝の上に手を突きながら、先を行くカメラマンの男性を呼んだ。「少し休みましょう?少し疲れたわ」

「そうだな」と、カメラマンは振り返って女性レポーターの所に戻って来た。「少し休もう」

2人は崩れかけた建物の根元に身を寄せたが、いきなり大混乱の渦中に放り込まれたものだから気に掛けている暇など無かった。

「ハリーが死ぬなんて…私のせいよ」

女性レポーターは相当なショックを受けているようだった。右手を額に当てており、今にも泣きだしそうだ。

 

ちょうどゾイドのレーザー掃射が、逃げる途中のこの取材班に襲い掛かって来たわけだが、ハリーという名前のディレクターが女性レポーターを横に突き飛ばし、自分はレーザー光線に貫かれて死んだのである。

それでこの女性レポーターは、ディレクターの死を自分のせいだと考えているわけである。

因みにカメラマンの方は、すぐ横をレーザーが通過したが間一髪で助かった。

レーザー掃射が迫って来る気配に振り向いた際、偶々体が射線をギリギリ外れたのだった。

「ハリーは…どうしようも無かった」と、カメラマンは何とか慰めようと試みたが、女性レポーターが更に顔を項垂れたので、話題を変える事にした。

「なあサンディ、ひとまず海岸に行こう」

「…海岸?」

「ああそうだ。あそこまで行けばきっと…」

まだカメラマンが喋っている時、すぐ近くで何かが落下したらしい物凄い轟音が鳴り響いて辺りを揺るがした。

幸い、倒れかけた建物はこの振動に持ち堪えてくれたが、2人は急に背後の建物の傾き具合が不安になって慌てて立ち上がり、路上に走り出た。

 

物体が落下した場所は土煙で覆われており、踏みつけられたらしい自動車や、振動に反応したらしい無事な自動車の警報音がやかましく合唱していた。

「…何?」

サンディと呼ばれた女性レポーターがそう言った直後、土煙の中から何か出て来た。

「まずい、隠れよう」

カメラマンがサンディの腕を引いて、配達車らしい白いヴァンの陰に身を隠した。

 

苦し気な声らしく音と、金属がアスファルトを擦る不快な音は、こちらに向かって来るようだ。

2人がじっと息を潜めていると、音は白ヴァンの横を通過した。

2人が恐る恐る顔を覗かせると、●●に似たロボットが苦しそうに這っていた。どうやら海岸に向かっているらしい。

「ビル、何なのあれ?」

ビルと呼ばれたカメラマンは首を横に振った。

「分からない。あんな奴は初めて見た。君は?」

「私も」

その時ビルの頭の中に、あるアイデアが閃いた。どうして思いついたのか分からないが、何はともあれ、善は急げだ。

ビルはサンディに振り向いた。

「サンディ、会社(CNNロサンゼルス支局)に連絡を取ってくれ」

「…え?」

「ふと思いついたんだが…あいつの映像を軍に見て貰うんだ。だから会社に連絡を取ってくれないか?」

「…なるほど…!」

サンディは急いでポケットから携帯電話を取り出した。社用の携帯電話で、電話帳を開いて会社の電話番号を選んでプッシュすれば、一発で連絡が取れる筈である。

しかしこの混乱の最中だ。回線が混雑している恐れがある。

 

そして懸念通り、回線が混雑していて繋がらなかった。

「…駄目よ、回線が混雑していて繋がらないわ」

「…ちっ。じゃあ先に撮影しながら追いかけるか」

そう言うとビルは、カメラのスイッチを入れた。「君は呼び続けてくれ。繋がれば、こっちのもんだ」

こうしてサンディとビルの2人は、ゾイドの追跡を始めたが、勤務先のCNNロサンゼルス支局と連絡がついたのは、追跡開始から約30分後のの事だった。

 

 

西部劇や戦争映画等で活躍した往年の俳優の名を冠したジョン・ウェイン空港は、サンディエゴから北へ百数十キロメートル程離れた場所にある。

いつもは民間のビジネスジェットや旅客機、プロペラ機で賑わうこの空港は、アメリカの陸・海・空及び海兵隊が共同で運用するFOBとなり、滑走路や待機場は軍用ヘリコプターや固定翼機、軍用車両で埋め尽くされ、それらの間を兵士達が走り回っていた。

 

サンディとビルが、墜落したロボット(ゾイド)を追跡しているという情報は、格納庫の1つに設けられた統合特殊作戦コマンドの指揮所にも優先的に伝達された。

統合特殊作戦コマンドとは、陸・海・空・海兵隊の特殊部隊を統合指揮するアメリカ特殊作戦軍(USSOCOM)の隷下で活動するサブコマンドの1つである。

「テレビをつけろ。CNNだ」

現場指揮を担当するテレンス・マクガイヴァーズ中佐は、副官のマイク・ギアリング少佐と一緒にテレビの前に立った。

部下がCNNロサンゼルス支局が放送するチャンネルを選ぶと、画面には地面を這いずるゾイドの後ろから撮影しているカメラの映像が映っていた。

「こいつは…!」と、ギアリングが声を上げた。

この映像と併せて、女性ニュースキャスター(ケイト)が軍に呼び掛けるメッセージを読み上げていた。

「もし、軍がこの映像を見ていましたら、すぐに我が局に御連絡下さい。電話番号は…」

ギアリングが指をパチンと鳴らして合図すると、部下の1人がCNNと繋がる電話番号をメモ書きした。

最後に、再び読み上げられた電話番号とメモが一致するかどうかを確認して、ギアリングとマクガイヴァーズに頷く

「よし、繋げ」と、マクガイヴァーズはゴーサインを出した。

程無くしてCNNロサンゼルス支局と回線が繋がり、マクガイヴァーズは優先確保すべき連絡線と定めた。

 

 

「今から軍に繋ぎます」

ケイトの言葉から23秒後、マクガイヴァーズの声がサンディの携帯電話に入って来た。

「こちらは、陸軍のテレンス・マクガイヴァーズ中佐です。そちらは連絡されたサンディ・カーステアズさんですか?」

サンディは、汗で濡れた手で滑り落とさないよう、携帯電話を握り直した。

「はい、私です」

「情報の提供に感謝します。カメラマンと一緒ですか?」

「ええ」

「二人とも怪我はありませんか?」

「いいえ。幸い怪我はありません」

「良かった。それでは、いきなりで申し訳ないのですが、実はこちらからお願いがあります」

「お役に立てる事であれば…何でしょうか?」

「そのロボットを追い続けて貰いたいのです。勿論、安全な距離を保ち、周囲の状況に注意しながら、です。危険と判断したらすぐに逃げても構いません」

「…ハリーの死を無駄に出来るかよ」と、ビルが肩越しに言った。

サンディも頷き、マクガイヴァーズ中佐に答える。

「…はい、分かりました、マクガイヴァーズ中佐。やってみます」

「感謝します。こちらからも人を送って、あなた達を保護させます。こちらの部隊と合流したら、後は我々に任せて下さい」

「分かりました。有難う御座います」

「ところで、携帯電話のバッテリーはまだ余裕ありますか?」

サンディは一度携帯電話の画面を確認し、

「…えー、一応、まだ半分あります」

「分かりました。では、こちらの部隊が来るまで頑張って下さい。近くに来たら連絡させます」

軍との通話が終わると、2人は新たな力が湧いて出て来るのを感じた。

自分達がこの異常事態に対応する力となっている事、軍が自分達を助けに来る事が、2人を奮い立たせたのである。

 

<前編終了>

 

 

マクラナハン達を乗せたティルトローター機のオスプレイが、ジョン・ウェイン空港に着陸した。

後部扉が開くと、17名の第1混成小隊が走り出て、統合特殊作戦コマンドの指揮所がある格納庫へ一直線に向かった。

格納庫の前で部下達を整列させると、マクラナハンはブラッドリーともう1人の副官である黒人兵のワイアット・スタンプ二等軍曹の3人で格納庫の中へ入って行った。

3人を、テレンス・マクガイヴァーズ中佐とマイク・ギアリング少佐が出迎えた。

マクラナハンは、ギアリングがやや胡散臭そうに自分達を見ている事に気付いたが、無視して到着を報告した。

「レンジャー第2大隊D中隊、第1混成小隊、只今到着しました」

「よく来てくれた」

ギアリングとは対照的に、マクガイヴァーズ中佐は親し気に頷いた。「2年ぶりかな?」

1年と11カ月と言ったところですね」

「早いものだ」

マクガイヴァーズはそう言うと、本題に入った。「任務は聞いているな?」

「ええ、機内で聞きましたが、鹵獲任務とか?」

「急遽決まった。まずはこれを見てくれ」

マクガイヴァーズが液晶モニターの1つを指し示すと、そこにはうずくまっている●●に似たロボットのような物体が映っていた。

「…これは?」

「サンディエゴ市を今も空爆し続けているロボットの一味だ。何らかの原因で墜落して、サンディエゴ国際空港まで這って来たらしいが、こいつの情報を民間のテレビ局が通報してきてくれた。そのテレビの取材班は、今はこちらの部隊に保護されて、陸路でここまで移送中だ。今はシールズと、フォースリーコンの監視下にある」

前者は米海軍、後者は米海兵隊が保有する特殊部隊の名前である。

マクラナハンは、液晶モニターからマクガイヴァーズに顔を動かした。

「…こいつを、我々が鹵獲するので?」

「いや、鹵獲はナイトストーカーズ(米陸軍・第160特殊作戦航空連隊)が担当する。君達の任務は、現地で鹵獲の支援だ。鹵獲チームより先に、現地入りして貰う。フォースリーコンとドッグビーチで合流し、彼らの用意した車輛でサンディエゴ国際空港まで移動する」

「現地では、シールズとフォースリーコンと協調するように」と、ギアリングが念押しするように言った。「くれぐれも、勇み足は慎め」

そんなギアリングに、マクラナハンは臆する事無く見返した。

「少佐、得体の知れぬ相手を無神経に挑発する程、我々も馬鹿じゃないですよ?」

「彼はこれが初めての出動でね。ピリピリしているんだよ」

と、すかさずマクガイヴァーズがフォローを入れて、その場を収めた。

「中佐、1つ疑問が」

「何かね?」

「鹵獲するのは良いのですが、そいつの仲間が助けに来る恐れがあるのでは?無線で聞いた限りでは、制空権を確保出来ていないらしいですが」

「君の指摘通り、残念ながら、制空権は確保出来ていない。敵の動きが生物的で、予測不能らしい」

と、マクガイヴァーズはマクラナハンの指摘を認めつつ、「だが、気を引く事は出来る。作戦開始の直前に大規模な航空隊を送り込み、無理のない範囲で敵を引き付ける。その間に、我々は奴をとっ捕まえて、ひとまずここまで運び込む段取りだ」

「なるほど。では、鹵獲対象が抵抗してきた場合は?」

「機能停止に追い込まないよう注意しながら、無力化する。その為の航空支援も準備した。空港の近辺上空には空軍のリーパー無人攻撃機が4機、サンディエゴ海軍補給センターでは海兵隊のヴァイパー攻撃ヘリが4機、ここではA-102機待機している。これに加えて、君達を移送する際に随伴するAH-62機、合流地点のドッグビーチで待機する」

「…サンディエゴ市内の基地は生きているのですか?」

「いや、海軍補給センターも、海軍基地も、海兵隊教練所も、真っ先に攻撃を受けて無力化された。生き残った兵員や装備は、サンディエゴ郊外か、ロサンゼルスか、ティフアナまで退避している。あっという間の出来事で、何も出来なかったらしい」

「見事なまでの攻撃ですね…やはり侵略ですか?」

「それにしては奇妙だ。何故か攻撃はサンディエゴの市街地に集中しており、ここ数時間、攻撃の範囲は拡大していない。だが…」

ここでマクガイヴァーズは衝撃的な事実を口にした。「これと似たような現象が、世界でも発生している。我が国を入れて、12か国だ。今正に、世界は同時多発攻撃を受けているのだ」

これにはさすがのマクラナハンも驚いた表情を見せる。

「何ですって!?」

「我が国、オーストラリア、フランス、英国、ロシア、日本…どれもこれも先進国と呼ばれている国ばかりだ。途上国で同様の襲撃を受けたという情報は入って来ていない。だが、どの武装勢力からも、国家からも、宣戦布告や犯行声明は出ていない。テロにしては大胆だし、侵略にしては中途半端だ…我々の住む世界にとっては、だが」

マクラナハンは即座に、マクガイヴァーズの言わんとしている事を察した。

「例の怪奇現象と関係が?」

「確実な情報と言い切れないが、状況からしてそうだ。そもそも、襲撃してきたロボットが我々の技術では製造不可能だ」

「では、それを確かめる為にも鹵獲を?」

「そうだ。鹵獲して解析すれば奴らの目的も判明するかもしれんし、対抗手段も分かるかもしれん。我々はすぐに奴らの目的を突き止め、対抗手段を構築し、反撃せねばならん」

「重大な任務ですね」

「そうだな。作戦コードはサマンサ。鹵獲チームは、あと80分程で準備を完了するから、その後に発令だ」

「ではすぐに現地に向かいます」

「そうしてくれ。君らを輸送するヘリが待機している。実弾に切り換えたら、直ちに出発だ」

「了解」

マクラナハン達が踵を返して指揮所を後にしようとした時、ギアリングが注意を促した。

「老婆心かもしれんが、敵は未知のロボットだ。油断するな」

するとマクラナハンは立ち止まって振り返った。その表情はクールな自信で満ち溢れていた。

「『挑まば勝つ』。これが我々のモットーです」

 

後ろ姿を見送りながら、ギアリングはマクガイヴァーズに言った。

「まるでSASのモットーですね」

「俺も1年と11カ月前に、貴官と同じ事を聞いたんだがね。答えは『パクりました』だったよ」

因みに英国特殊部隊SASのモットーは「Who Dares Wins…即ち、挑む者に勝利あり、敢えて挑んだ者が勝つ、危険を冒した者が勝つ」である。

 

 

それから10分で実弾への切り替えが完了し、マクラナハン達はナイトストーカーズのUH-60ブラックホーク汎用ヘリコプターに分乗した。

160特殊作戦航空連隊、通称ナイトストーカーズは、米陸軍の凄腕パイロット達で構成された、いわば「空の特殊部隊」であり、暗視装置のみで、昼間に飛ぶように夜間飛行する事が出来る技量を持つ。

「おいガス!」

ブラックホークに乗る直前、大柄な白人兵士であるグレッグ・プレスコット上等兵が、イタリア系のガスコ・ガーフィールド一等兵に走って追い付いた。

「何ですか?」

「ほら、こいつも持って行け」と、プレスコットは左手に持つ筒状のロケットランチャー…M72A4LAWLight Antitank Weapon軽対戦車兵器)を突き出した。

既にガーフィールドの装備はM4カービン突撃銃やスティンガー地対空誘導弾、手榴弾、予備弾薬等でパンパンに膨れ上がっていた。

「いや、もう限界ですって」

当然の事ながらガーフィールドは抗議した。「これ以上重くなった靴の底が抜けてしまいますよ!」

これにプレスコットはニヤリと笑って見せた。

「安心しろ。その時は慰めてやるからさ」

「いや…」

「上官命令だぞ!」

そう言うプレスコットは全くニヤニヤ笑いを崩していない。

狼狽えたガーフィールドに、ジョッシュ・ガードナー特技兵が助け舟を入れた。

「おいグレッグ。そいつを俺に寄越せ」

「おいおい、新人を甘やかすわけにはいかんだろうが」

構わずガードナーは、プレスコットの手からロケットランチャーをもぎ取った。

「良いから早く行け」

ロケットランチャーを持った手でプレスコットをブラックホークに向かって押しやると、「ほらガス、行くぞ」と促して一緒にブラックホークに走った。

そう、ガスコ・ガーフィールド一等兵は、レンジャー連隊の選抜試験に合格してまだ半年程の新人であるが、早々に演習中の大胆な行動が問題児扱いされて第1混成小隊に組み入れられた経緯があるのだ。

ブラックホークに乗り込むと、ガーフィールドはガードナーに礼を言った。

「すみません、助かりました」

するとガードナーはこう言って、ガーフィールドを青ざめさせた。

「まあ、平時なら持たせてたけどな。俺なら2丁持たせるね。甘いのは俺じゃなくて、あいつの方さ」

ガーフィールドは反応に困って黙り込んだが、ブラックホークはそんな事にお構いなく離陸した。

 

マクラナハン達を運ぶブラックホークは2機で、その左右を、2丁のGAU-19機関砲と、2基の7連発ロケットランチャーで武装したAH-6キラーエッグ軽攻撃ヘリコプターが2機随伴していた。

「…やっぱり海は嫌いか?」

後ろを飛ぶブラックホークの機体左側、即ち陸地を向いている側に座るアントニオ・キロス上等兵に、右隣に座るミッチェル・ブラックバーン特技兵が尋ねた。

「ああ、嫌いだね」

「そう言えば、どうして嫌いなんだ?」

左隣に座る黒人兵のショーン・パーセル特技兵が聞くと、アントニオは忌々しそうに口をへの字に曲げた。

「うちは海軍の家系でな、伝統的に海軍に入隊するっていうクソ面倒なしきたりがあったんだ。それでクソ親父が今の内に水泳が得意になっていた方が良いってのたまってよ、俺を海に放り込みやがったんだ。こっちは嫌がってたのによ、案の定溺れて死にかけたぜ」

「…なかなかのスパルタだねえ」

「スパルタだかスパムだか知らんけどな、俺はもうそれでぶち切れちまった。でもまあ、不良とつるむのもつまらんから、一応は真っ当に大学まで卒業して、そっから陸軍に入隊してやったぜ…クソ親父のビックリ誕生日プレゼントとしてな」

「それで、どうなった?」と、パーセルが重ねて質問した。

「親父もママも、兄弟姉妹も、親族も、みんなカンカンだった。それでステーキのウェルダンが焼けるかもってくらいにな。それで縁切りにされちゃったけど、なに構うものか。俺を溺死させかけた恨みを晴らしてやって、こっちはせいせいしたぜ」

「いつか仲直り出来るといいな」と、ミッチェルが言うと、アントニオは鼻を鳴らした。

「フン、そんな日なんてこっちから願い下げだね」

プリプリ怒っているアントニオに苦笑しつつ、パーセルはミッチェルの左頬の傷痕に注目した。

「なあミッチェル。前から聞きたかった事なんだけどさ」

「ん?」

「その傷痕って、何で出来たんだ?キロス君の、『不良とつるむのつまらん』に関連して」

「ああ、これかい?」

ミッチェルは傷痕を指でなぞった。

「うん、みんなやっぱりそう思うよな。でも違うんだ。あれは俺が高校ぐらいの時だったかな。暴漢に絡まれちゃってね、それでその時デート中だったんだけど、彼女を守る為に撃退したんだ…向こうはナイフ、こっちは素手だ。しかも313本ナイフ対素手」

「おう、なかなかのナイスガイじゃないか」と、アントニオが言った。

「でもおかげで、ここに傷を作っちまった。おかげで、みんな俺を避けて通ってしまうようになった。だから軍に入隊したんだ…軍はフェアで居心地が良かった。でも正直、陸か海かはどうでも良くって、陸軍に入隊したのは、偶々俺が住んでた近くに陸軍の基地があったからなんだ」

「…そのガールフレンドとは、どうなったんだい?」

パーセルが聞くと、ミッチェルの表情が少し沈んだ。

「…別れたよ。ワルと一緒になってるみたいで嫌だって、彼女の両親から別れを切り出されたんだ…今まで優しくしてくれていたのに、急な掌返しだったよ。まあ気持ちはよく分かるけど、せめて暴漢から守ってあげた礼くらいは欲しかったなあ…」

「…すまない、俺の先入観のせいで…」

知らぬ事とは言え、自分の先入観から嫌な思い出話をさせてしまった事を恥じるパーセルに、ミッチェルは屈託無い笑顔を見せた。

「おい、そう気にするなよ。人生色々って事さ」

「そーゆー事だ、Señor

と、アントニオが調子を合わせ、3人は笑い合った。

 

その後もヘリコプター編隊は、波打ち際を眼下にカリフォルニア州の沿岸を低空で飛び続け、やがて海兵隊フォース・リーコンとの合流地点であるドッグビーチ上空に到達した。

ブラックホークがスライディングするように砂浜の上に降り立つと、第1混成小隊の隊員達が一斉にヘリから飛び降りた。

10秒足らずで全員が砂浜に降り、ヘリから離れると、ブラックホークは少し浮かび上がってから、その場で軸回転するように反転して元来た道を戻って行った。

後に残されたのは17名の陸軍兵と、2機の軽攻撃ヘリコプターだった。

「全員いるな?」

マクラナハンは部下達が全員揃っている事を確認すると、部下達を従えて、駐車場と繋がっているスロープに向かって走り始めた。

駐車場では予定通り、海兵隊フォース・リーコンの隊員が、マクラナハン達の到着を待っていた。

「指揮官はどこだ?」

敬礼して出迎えたフォース・リーコン隊員に尋ねると、後ろから1人の少尉が進み出た。

「第4武装偵察中隊のジャクソン・ウッドワード少尉だ。マクラナハン少尉だな?」

「そうだ」

「噂は聞いている。陸軍きっての不良小隊だってな?」

「いや、補欠部隊だよ」

「補欠にしちゃあ有名過ぎるぜ」

ジャクソン少尉は笑って言うと、右手の立てた親指を、後ろのハンヴィーとトラックに振った。「乗ってくれ。サマンサ発動まであと40分切った」

マクラナハン達は、2台の車輛に分乗して、サンディエゴ国際空港に向かった。

 

ハンヴィーとトラックが向かった所は、サンディエゴ国際空港に隣接する海兵隊教練所だった。

ゾイド達の奇襲攻撃を受けた為、建物のあちこちが損壊し、炎上している。

しかし不幸中の幸いだったのは、新兵達が日中の訓練を終えて殆どが宿舎の中に戻っていた為、彼らの死傷者数が十数人程度に留まっていた事だった。

そのすぐ後、ゾイドの攻撃は市街地へとシフトした為、その隙に海兵隊は、トラックやバス等、使える車輛を総動員して新兵達をロサンゼルス方面へと避難させたが、それでもハンヴィーやトラックといった車輛が何台か基地内に残された為、サンディエゴ国際空港に乗り込んだ海兵隊特殊部隊員達は、これを活用する事にした。

 

2台は、バーネット・アベニューを途中で右に折れてヘンダーソン・アベニューに入り、暫くこの通りを直進してから左折してミッドウェイ・アベニューに入った。

停車位置は、ミッドウェイ・アベニューとイオウ・アベニューが交わる交差点で、新兵達を鍛え上げる大広場が近くに広がっていた。

交差点では、M2重機関銃で武装したハンヴィーと、Mk.19自動擲弾銃で武装したハンヴィーが縦に並んでおり、それぞれの武器は、教練所に詰める海兵隊の正規兵が受け持っていた。

新兵の避難後も、生存者を探して基地内を動き回っていた海兵隊員達である。

よく見ると、訓練広場には4門のM25281mm迫撃砲が設置されており、基地の海兵隊員達が器具のチェックと砲弾の準備に走り回っている光景が見えた。

「よし、まずはお客さんを見に行こうか」

ジャクソンはマクラナハンとブラッドリーを連れて、滑走路へと向かった。

イオウ・アベニューの左に建っている水泳プール施設を壁に隠れながら、2人に目標のいる方向をジェスチャーで教えると、2人が見やすいように自分は脇へどいた。

「どれどれ…」

マクラナハンは暗視双眼鏡を目に当てて、ジャクソンが示した場所を見た。

そこには、●●に似たロボットが、まるで肩で息をしているかのようにへばっているのが見えた。

空港消防署の敷地内のようだ。

「ありゃあ、まるで生き物だな」

実際、サイボーグ生命体のゾイドなので当然と言えば当然だが、そのような存在とは無縁の世界の住人なので、マウントを取る事自体が愚かな事である。

「面白いロボットだろ。データ少佐が羨ましがりそうだ」

「シールズはどこだ?」

「あそこだ。あの上で見張りについている」

ジャクソンは、滑走路の向こう側の、スティル・ウォーター・ロード沿いに建っている立法体の建物を指差した。

双眼鏡を向けると、その建物の屋根の上に腹這いになっている数名の兵士が映った。

「無線の周波数は?連絡が取れないと」

「ああ、そうだったな」

ジャクソンが教えると、早速マクラナハンはシールズと回線を繋いだ。

「やあシールズの諸君」

「…誰だ?」

ネイビーシールズ・チーム7の隊員の1人が応答した。

「レンジャー第2大隊D中隊、第1混成小隊隊長のマクラナハン少尉だ。そっちの指揮官は誰だ?」

別の声が応答する。

「カーティス・A・スプレイグ少尉だ。君達の合流は話に聞いていた」

「目標について何か分かった事は?」

「いや、無い。まるで赤ん坊のように大人しくしている」

「そうか、分かった。マクラナハンより以上」

通信を終えると、ブラッドリーがふと呟いた。

「誰も助けに来ないんですね…」

サンディエゴ国際空港より向こうの市街地上空では、飽きずにに空爆を続けるロボット軍団が、鹵獲作戦から目を逸らす為の戦闘機隊と交戦を開始していたが、今の今まであの墜落したロボットを、ただの1機として助けに来ないのである。

少なくとも、米軍ではあり得ない事だ。必ず救援部隊を組織し、救出するものだが、このロボット軍団は、その点に関しては冷淡らしい。

 

「…ふーん、となると、あのロボットは、少しばかり間抜けだったのかな?」

「どういう事です?」

ブラッドリーだけでなく、ジャクソンも関心を示した。

「戦闘機隊がほぼほぼ手出しできていないのに、どうしてあいつにはミサイルが命中したのかなってね」

「ああ、確かにそうだな」と、ジャクソンが同意した。「戦闘機隊はロクに対抗出来ていないのに、あいつだけミサイルを浴びるなんて、宝くじを引き当てるよりも難しいかもな」

「敵にもどういうわけか、不確定要素な穴があるようだ…あのロボットの欠陥かな?」

「ですが少尉、かと言って我々が有利になったわけでは…」

マクラナハンは暗視双眼鏡を下ろした。

「…でも興味深い」

「何か策があるのか?」

マクラナハンはジャクソンを見た。

「ちょっとあいつに挨拶してくる」

「…あ?」

ジャクソンは首を傾げたが、ブラッドリーは慣れたもので、

「では準備しますか」と言った。

「お宅のハンビーを借りるぞ」

マクラナハンはジャクソンにそう言うなり、ブラッドリーと一緒にさっさとイオウ・アベニューを走って戻り始めた。

「おい待て!ちゃんと説明しろ!」

ジャクソンも慌てて2人の後を追って走る。

 

しかしマクラナハンは、交差点に戻るなり、自分が乗って来たハンヴィーの荷台によじ登っていた。

「おや?隊長の奴、何か企んでるぞ」

スタンプの言葉を合図に、補欠部隊の隊員達が一斉に注目する。

マクラナハンは、ガーフィールドを呼んだ。

「ガス、運転しろ」

「え、あ、はい!」

ガーフィールドは戸惑いながらも命令に従い、運転席のドアを開いて運転席に座った。キーは差し込んだままだったので、すぐにエンジン始動が出来た。

「おいマクラナハン!」

ジャクソンも荷台に登って来た。「何をする気だ?」

マクラナハンは、M4カービンのアンダーバレルに装着しているM320グレネードランチャーに擲弾を押し込んだ。

「言っただろ。挨拶してくるって」

「意味を説明しろ」

「あいつが本当に馬鹿なのかどうかを確かめて来る。ついでに、武器が残っているかどうかも確かめたい。鹵獲チームが反撃されたらコトだ」

「ふむ…面白い作戦だが、命令はサマンサ発動まで待機だろ?」

「それでいいと思うか?命令は大事だが…ここについているものは何だ?」と、マクラナハンは左手の人差し指で自分のヘルメットをコツコツ叩いた。

 

ジャクソンは最初、困惑した表情を浮かべていたが、すぐに笑みを浮かべた。まるで悪戯っ子が何か新しい悪戯を思いついたかのように。

「面白い。乗ったぜ、あんたの作戦。でもそこの若造は下ろせ。俺が運転する」

「分かった。ガス、悪いが代わってくれ」

「了解」

ガーフィールドは素直にハンヴィーを降りた。

「トシとパーシー、それにカーターとユーリも乗れ。手伝って欲しい」

4人を荷台に乗り込ませながら、マクラナハンはスタンプに指示を出す。

「ワイアットは、各分隊を配置につかせろ。ジャクソン、この空港の地図は?」

「ある。持って来させよう」

ジャクソンは無線機に手を触れた。「トム!この空港の地図を持って来い!」

「どうするんです?」と、ワイアット・スタンプが尋ねる。

「奴を包囲する。あの消防署と管制塔の近くにある駐機場に展開してほしい」

そこへ、トムというフォース・リーコン隊員が空港の地図を持って走って来た。

「空港の地図です」

「よし。お前は持ち場に戻れ」

「はっ!」

ジャクソンは空港の地図をマクラナハンに渡した。

「どうも。で、トラックに乗って、このミッドウェイ・アベニューを先に進み…ウェスト・ワシントン・ストリートからアドミラル・ボランド・ウェイにかけて包囲網を敷くんだ。途中にあるバリケードや柵は強行突破して構わん」

「滑走路方向に逃げたらどうします?」

「そうはさせん。この4人が何とかするからな」

マクラナハンは、一緒に荷台に乗せたブラッドリー達を手で振って示した。

「何気にプレッシャーかけてきますね」と、ブラッドリーが、しかし平然としながら言った。

その後ろでは、パーシー・ノーフォーク特技兵が大柄な日系人のトシロウ・ミサワを冷やかしていた。

「おいトシ、ビビッてんじゃないだろうな?」

「ふん、おめえはおめえの心配をしてろってんだ」

「全く、いつも強がりだなあ、あんたは」

「…けっ、おめえと話してると退屈しねえよ」

マクラナハンは腕時計を確かめた。サマンサ発動まであと20分。

時間は十分にある。

「よし、作戦開始だ」

「合点」

ジャクソンが運転席に潜り込み、ハンヴィーを発進させた。

 

 

消防署の近くで身を伏せていたゾイドは、こちらに向けられた強烈な光に気付いて身を起こした。

正体は、ヘッドライトをハイビームにしながら猛然と突っ込んでくるハンヴィーだった。

荷台にはマクラナハンしかいない。残りの4人は、途中どこかで下ろしたようだ。

「…どこまで突っ込む?」

「俺が左に曲がれと合図するまで」

「ほう。なかなか度胸あるな。じゃあ、もっとふかすぜ」

ジャクソンは更にハンヴィーを加速させた。

 

 

一方、見張りについていたシールズ隊員達は、奇行に走るハンヴィーの姿を見て唖然としていた。

「誰がハンヴィーを運転している!?」

しかし誰が首謀者かは見当が付いており、罵りたい気持ちを抑えながら、スプレイグ少尉は無線機のスイッチを押した。

「おい、何をしている!サマンサが発動されるまで待機だった筈だぞ!」

「やあ」と、マクラナハンの声が答えた。「ちょっと、挨拶をね。礼儀だろう?」

すぐにスプレイグは、これ以上の話は通じないと判断して無線を切り、ジョン・ウェイン空港の司令部に連絡する事にした。

 

 

「おー、怖い怖い」

もはやジャクソンは、マクラナハン一味と化していた。「もっと突っ込むか?」

「ああ、突っ込んでくれ」

と、その時。

ロボットがこちらに反応して身を起こした。

そして、右の翼にあるパイプのようなものをこちらに向けようと体をよじり始めた…あれが武器に違いないと、マクラナハンは確信した。

やはり武器が残っていたのだ。

「今だ、左折しろ!」

マクラナハンが荷台に伏せると同時に、ジャクソンはハンドルを思い切り左に回し、ハンヴィーを左に急転回させた。

物凄い遠心力が働いたので、マクラナハンの体は右側に滑って側壁に押し付けられたが、外に放り出される事態だけは避けられた。

 

逃げ出すハンビーに狙いをつけようと体を動かすゾイド。

「狙撃班!撃て!」

マクラナハンの合図で、水泳プール施設の上で伏射体勢を取っていたミサワとノーフォークの狙撃銃が火を噴いた。

ハンヴィーの動きに合わせてゾイドが動いてくれたおかげで、顔面が狙撃銃の射線にもろ被りする形となっていた。

 

ミサワの銃は、重機関銃の弾丸を発射するM107対物狙撃銃で、ノーフォークの銃は、7.62mmNATO弾を発射するMk.11mod0というマークスマンライフルだ。距離としては200m程しか離れておらず、狙撃手にとっては至近距離も同然だ。

 

弾丸はそれぞれ、ゾイドの両目に命中して視界を奪い取ってしまった。

猛獣のような叫び声をあげるゾイドだったが、目潰しを食らってしまってはハンヴィーどころではない。

しかしまだレーザー砲は撃てる。

これを乱射しようとして…

 

ヤンシー・ユーリ・ブガエフ特技兵が茂みの中から発射した、M3カールグスタフ無反動砲の対戦車榴弾が、このレーザー砲に直撃して破壊してしまい、使い物にならなくなってしまった。

最後の武器が破壊された事を知ったゾイドは、僅かに残っていた戦意すら喪失して、滑走路方向へ必死に這いずって逃走を図り始めた。

 

しかし、ブラッドリーの持つジャベリン対戦車ミサイル発射機が残っていた。

彼はジャベリンの照準を、ゾイドの右足の付け根にピタリと合わせていた。

「まあ待ちなってお嬢さん」

ブラッドリーが引き金を引くと、対戦車ミサイルが猛然と飛び出して、見事にゾイドの右足の付け根に直撃した。

「夜はまだまだこれからだぞ」

足の関節を滅茶苦茶に破壊されたゾイドは、それでも逃走を試みたが、とうとう滑走路の手前でバランスを崩して「擱座」してしまい、苦し気にのたうつがそれ以上の移動はしなかった…と言うより、戦闘機のミサイルが命中した時に左の翼を、そしてたった今右足の関節が破壊されたので、どうにも移動出来なくなってしまったのである。

「やったな、マクラナハン!」

「スタンリーで良いぞ」

運転席でガッツポーズを取るジャクソンに、マクラナハンはそう答えた。

それから狙撃チームを労う。

「狙撃班、よくやったぞ」

だが反応が無い。マクラナハンは怪訝そうな表情で無線機を見た。「おい、狙撃班…?」

 

 

その頃、水泳プール施設の上では。

「俺が先に当てたっつってるだろうが!」

「いいや、0.5秒差で俺の勝ちだね」

「あ?」

マクラナハンの叱責が口論を中断させた。

「おい、狙撃班!聞いてるのか!」

2人とも急いで応答する。

怒った時の隊長は、昔ながらの『地震雷火事親父』なのだ。

「は、はい、聞いています!」

「聞いてますよ!」

「早く降りて来い。お前らを回収する」

頭を上げると、訓練場を横切ってハンヴィーがこちらに走って来るのが見えた。

「了解…ほら行くぞ坊や」

ミサワは後ろからノーフォークを蹴り落としたい衝動に駆られたが、辛うじて堪えた。

 

 

「ほう。地球にもこんな面白い奴がいたとはな」

サンディエゴの上空、成層圏で、ゾイド部隊のサンディエゴ襲撃を観測している、黒塗りのカーソルマークのような航空機の姿があった。

見た目こそ米軍のステルス戦闘機であるF-117ナイトホークだが、その正体はオートロンという機械生命体がF-117に化けた姿である。

 

そしてこのF-117に擬態しているオートロンは、過激派組織のディスヴェリオンの諜報部隊として活動するブラック・リーコンの隊長のバルケンスである。

バルケンス以外にもブラック・リーコンのメンバーが数体おり、それぞれが現在ゾイドが空爆中の先進国の都市の上空でデータ収集を行っている。

無論、本命の日本という国の上空にも部下を配置しているが、主な目的としては、ゾイドの戦闘能力を知る為だ。

ディスヴェリオンとゾイドは、暫定では手を組んでいるが信頼関係に基づいた同盟では無く、互いの利害が一致して共同作業しているに過ぎない。

従って、いつ裏切りが発生するか分からないわけだが、その場合は有利に立ち回れるよう、ディグドラスの命令により、ブラック・リーコンが密かにゾイドを監視し、情報収集していたのだ。

因みにブラックリーコンの詳細は、同胞であるディスヴェリオンでさえ知る者は少ない。

 

さて、バルケンスはサンディエゴを空襲したゾイドの実力に概ね満足し、油断ならない存在と評価しながらも、戦闘機と衝突した間抜けな個体がいる事に安心感も覚えていた。

どうやら隙を突く事は、案外容易なものかもしれない。となれば、裏切りも未然に防げるだろう。

 

しかしそれにしても、とバルケンスは考える。

地球の軍隊はあんな小規模なゾイド部隊相手にも苦戦していたのに、中には大胆な行動に出る兵隊もいる事に、やや驚いていた。

そしてバルケンスは、一つ思いついた事があった。

いくらゾイドを撃ち倒したとは言っても、あくまで手負いを相手にした結果である。

「…では、こういうのはどうかな?」

バルケンスは、無作為に2機のゾイド、●●と●●を選び、それをサンディエゴ国際空港に差し向ける事にした。

「とくと観察させて貰おう。良いデータになると期待してな」

 

 

その頃、地上ではマクラナハンがギアリング少佐より詰問されていた。

「マクラナハン、一体何をした!」

「何って…少佐、威力偵察です」

「作戦コード発動まで待機という命令だった筈だ!」

「少佐、謹んで申し上げますが…」

と、マクラナハンは丁寧に弁明した。「相手に武器が残っていました。鹵獲チームへの反撃に使われていたでしょう」

「それは結果論だろう」

「まあ待て」

ギアリングの後ろからマクガイヴァーズ中佐が声を掛けた。「マクラナハン少尉の言う事は正しい」

ギアリングは指揮官に振り返った。

「しかし中佐…」

「サマンサ発動まで待機…と言う命令は確かに出た。しかし武器の有無という点は見落としていた。

墜落して重大な損傷を負っているから、武器など残っていない、と我々は思い込んでいた。これは我々のミスだ」

「は…確かにそうですが…」

「マクラナハン少尉は、現場での自主判断で確かめに行った。君が言う、武器があったという事が結果論であれば、マクラナハン達が攻撃した事も結果論だ。武器が無ければ、攻撃する必要はなかったからな」

「あ…」

ギアリングは、自分の論法がマクラナハン達を批判する結論ありきだった事に気付いた。

ギアリングが聞く第1混成小隊の噂と言えば、命令を積極的に無視し、自分達のやりたいようにやり、他の部隊に迷惑を掛ける不良集団という話が専らだった。

今彼は、私情を挟んだのであり、冷静さを欠いていた。

「…申し訳ありません、中佐殿」

「気にするな。俺も以前は、君と同じだった」

マクガイヴァーズはそう言うと、ギアリングと無線を交代した。「こちらマクガイヴァーズ中佐。よくやった。君は鹵獲チームの壊滅を未然に防いでくれた」

「いえ、こちらもまさか武器が残っていたとは…あ、敵の増援のようです。航空支援を要請します」

「分かった。手配しよう」

「では」

無線を切ると、マクガイヴァーズはギアリングを見た。

「噂話というものは、いくらでも付け足したり、間引きしたり出来るものさ」

ギアリングは息を深く吸った。

「はい、肝に銘じます」

「では、航空支援の準備だ。ちょっと早いが、作戦コード『サマンサ』発令だ。但し、鹵獲チームは安全確保が確認されるまで待機」

 

 

「みんな隠れろ!敵が来る!」

「増援ですか!?」

スタンプの声だった。

「そうだ!」

「隠れるって気に入らねえな」

交差点に停車させながらジャクソンが渋面を浮かべた。「こっちは散々ボコボコにされてるんだぜ」

「勿論、後でたっぷり御返しするさ」

マクラナハンはハンヴィーから飛び降りた。

『たっぷり御返し』という言葉に、ジャクソンがまた興味を示した。

またニヤニヤが始まっている。

「ほう、次はどうするつもりだ?」

「隙を見て反撃する。どこかで攻撃を止めるタイミングがある筈だ」

「なるほど。『撃ち方止め』の瞬間を狙うわけだな」

「その通り。一応、あのハンヴィーだけは隠しておきたい」

マクラナハンが顎でしゃくったのは、重火器で武装した2台のハンヴィーだった。

「そうだな。よし、そこらの建物に押し込むか」

言うなりジャクソンは、部下達やこの基地の正規兵達にマクラナハンの計画を伝えに行った。

 

一方マクラナハンは、ネイビーシールズの隊員達にも敵襲を伝える。

「マクラナハンからシールズへ。敵が来る。早く隠れろ」

「はいはい」

スプレイグ少尉の声が心底面白く無さそうに答えた。「あんたのせいだぞ…」

「不公平だぜ。ジャクソン少尉にも文句を言うんだな。ハンヴィーを運転したぞ」

「な、何だと!?」

「良いから隠れろ。敵が攻撃を止めたタイミングで反撃を開始する」

「…いいだろう。なら、うまく取り仕切ってくれ」

「心配はいらない…無人機のミサイル誘導は君達か?」

「そうだ」

「では、援護を頼む。マクラナハンより以上」

それから各部隊は敵襲への備えに大忙しとなった。

基地の海兵隊員達は、折角設置した迫撃砲を放棄する事になって酷く残念がったが、ジャクソンが有無を言わせなかった。

訓練広場に野晒しなので、ロボットの空爆からは生き延びられないだろう。

貴重なハンヴィーは、建物に強引に押し込んで隠した。

 

 

「プレデターのカメラが捉えました」

ギアリングの報告を受けて、マクガイヴァーズは格納庫の壁に向かって座るプレデター無人機のオペレーターの後ろに立った。

その右隣には、リーパー無人攻撃機を操作する4人のオペレーター達が横に連なって座っている。

監視担当のプレデターと違い、リーパーは攻撃担当である。

「リーパー隊は補給センターの上空、高度600mで旋回中です」

と、ギアリングが追加報告した。

「敵が空港に到達するまであと数十秒か」

 

 

「こじ開けろ!」

スタンプの命令で、ミッチェルが小銃のアンダーバレルに装着しているM26MASSというショットガンで、建物の扉の取っ手を吹き飛ばした。

ロックを解除すると、扉が蹴り開けられ、スタンプやミッチェル達、数名のレンジャー隊員達が急いで建物の中に入り、身を屈めて敵襲に備えた。

潜伏先はレンタカー屋の建物だった。

「これでやり過ごせますかね?」

通路の奥にいるアントニオに、スタンプが振り向いた。

「まあ大丈夫だろう。でかい鉄筋コンクリートだしな」

他の兵士達は各々小さな建物や高架道路の橋脚の根本に身を隠し、マクラナハンが合図するまでじっとその場から動かないようにしていた。

 

 

…そしてゾイドの攻撃が始まった。

先頭を飛んでいた●●が、地上を舐めるようにレーザー光線の豪雨をサンディエゴ国際空港に向かって乱射し始めた。

後ろの●●は、パシフィック・ハイウェイの上空辺りでホバリングし、手近な場所に武器を撃ちまくる。

削り取られた建物の破片が飛び散り、放置されていた旅客機が次々炎上、爆発し始めた。

特に管制塔の近くに建っていた2つの燃料タンクの大爆発は凄まじく、振動と爆風が周囲を揺さぶった。

 

 

凄まじい空爆は、指揮所でも無人機のカメラを通して目撃されていた。

「地上部隊は大丈夫でしょうか?」

あまりの迫力にギアリングがそう言ったが、マクガイヴァーズは確信を持ってこう答えた。

「…いや、あいつらはうまくやり過ごすだろう。そういう連中なんだよ」

 

 

「派手なイルミネーションだな」

水泳プール施設の中から窓の外を窺ったマクラナハンがのんびりと言った。

「おい、顔を引っ込めろよ」と、ジャクソンがマクラナハンの袖を引っ張った。

レーザー光線がいつ窓を突き破って来るか分からないのだ。

しかしこのレンジャー少尉は平然としており、逆にジャクソンを不思議そうに見返してきた。

「お前も見てみろよ。またとない経験だぞ」

「命と引き換えは御免だね」

「ふーん。そうか、好きにしろ」

そう言われると逆に気になってしまうものだ。

ジャクソンも別の窓から恐る恐る様子を窺い、目を丸くした。

「ワーオ」

 

 

●●は空港の西端に到達すると、くるりと向きを変え、元来た道を戻りながら延々とレーザー光線を掃射し続けた。

海兵隊教練所の一部も被弾し、訓練広場に放置された迫撃砲は全て破壊されてしまった。

 

この時、●●は実際に地球の兵士を殺したかどうかは確認していなかった。

光の速さで飛ぶレーザーの掃射からは逃れられない、という意識があったからであり、確かに外にいれば広範囲に撃ち込まれるレーザー掃射からは、余程運が無い限り逃れられないだろう。

 

それから5分くらい経過しただろうか。

漸くゾイドの攻撃が止んだが、激しい攻撃を受けたサンディエゴ国際空港は、あちこちで火災が発生していた。

「…魂消たな」

ジャクソンが自分のM16A4アサルトライフルの遊底を動かしていた。「じゃ、やるか?」

「まだだ」と、マクラナハンは言った。「まだ警戒している」

レーザー掃射は止まったが、あの飛び回っているロボットは空港を巡回して、何か動くものがいないかどうか確認している。

「ふん、念入りなこった」

その時マクラナハンは●●が管制塔の近くで速度を緩めた事に気付いた。

 

よく観察していると、●●は管制塔に近付き、そして…

 

管制塔の上にドサリと着地した。

自ら燃やしたサンディエゴ国際空港をゆっくりと見回し、どこか満足そうだ。

「マクラナハンから各部隊。奴が油断し切ったところを奇襲する。俺の合図でスティンガーを管制塔の奴に撃ち込め。シールズは援護役のロボットにミサイルを誘導」

「了解、リーパーにミサイル発射準備を要請」と、スプレイグの声が答えた。

それから十数秒経過し、敵が明らかな油断を見せた。

 

●●はすっかり満足したらしく、立ち上がると翼を広げ、羽ばたこうとした。

援護役の方も、既に空港へ背中を向けている。

「今だ!」

マクラナハンの合図で、スティンガー地対空誘導弾発射機を抱えた者が数名走り出ると、管制塔の上の●●に素早く狙いをつけ、ほぼ同時にミサイルを発射した。

完全に油断し切っていた●●は、向かって来るミサイルの前に思わず硬直してしまった。

ミサイルはその隙に接近し、次々と●●に突き刺さって爆発した。

悲鳴を上げながら●●は管制塔から転落しそうになったが、左翼の爪を管制室に突っ込んで辛うじて宙ぶらりん状態となった。

「カーター!奴を引き摺り下ろせ!」

しかしマクラナハンが命じるまでも無く、ブラッドリーは既にジャベリンの狙いをつけていた。

元来対戦車ミサイルだが、ある程度の対空射撃をこなせる事が強みだ。

「落ちろ!」

ブラッドリーの手で発射されたミサイルは、まだもがいている●●の胴体にボディブローをかまし、その衝撃で力が抜けた●●は背中から落下した。

 

 

「行くぞ!」

頃や良しと、マクラナハンは銃床で窓を叩き割ると、先頭切って飛び出した。

向かいのレンタカービル方面では、スタンプが部下を率いて走っている。

「撃て!撃ちまくれ!」

アサルトライフルや軽機関銃の耳をつんざく鋭い銃撃音が鳴り響き、それに反応して●●が起き上がった。

「第2分隊、奴の側面に回り込め!十字砲火を組むんだ!」

「了解!」

遊撃担当の第2分隊隊長のジョーダン・カッセル伍長は、配下のショーン・パーセル特技兵、グレッグ・プレスコット上等兵、パーシー・ノーフォーク特技兵を引き連れて走り出した。

「後ろに立つな!」

カールグスタフを構えるブガエフが肩越しに叫んで警告する。発射時の反動を相殺する為に砲尾から噴射される高温のバックブラストを生身の人間が浴びれば洒落にならない。

照準器の中の●●と目が合った瞬間、引き金を引くと、白煙の尾を曳きながら対戦車榴弾が飛び出し、食らった●●は、破片を撒き散らしながらパンチを食らった人間のようによろめく。

降ってわいたような攻撃に怯みそうになる●●だが、後ろ足を突っ張って踏み止まり、武器を構えた。

さっきの攻撃や落下でいくつか使えなくなっているが、それでも十分だ。

 

 

それを見たマクラナハンは、敵の反撃を察知した。

「隠れろ!」

部下や海兵隊員達は、咄嗟に近くのバリケードや自動車、建物の陰等に飛び込んだ。

その瞬間、レーザー光線による反撃が始まり、何人かの海兵隊員が撃ち抜かれてその場に倒れた。

自動車ごと海兵隊員がレーザーで撃ち抜かれる様子を見た衛生兵のキャラウェイ・エアハート伍長は身の危険を感じて、今隠れている自動車から離れようと走り出したが、その瞬間、正にその自動車がレーザーを浴びて爆発し、爆風に体が掬い上げられて宙を舞った。

地面に叩き付けられる寸前で本能的に受け身の姿勢で転がって衝撃を和らげたので、大怪我は免れたが、至近距離の爆発音でキーンとした耳鳴りに襲われた。

「くそっ…!」

追撃を覚悟しながら体を回転させて銃口を敵に向ける。

 

その瞬間、●●の脳天から火柱が上がり、センサーアイの視界が一時的に砂嵐状態となった●●は、まるで酔っ払いのようにふら付いた。

「ワオ!ホールインワンだぜ!」

思わぬラッキーショットに、デイヴ・ストライド特技兵が立派な髭面に子供のような笑顔を浮かべる。

彼が目分量で放った迫撃砲弾が、偶然●●の頭に落下したのである。

本当に当たると思っていなかったらしいが、結果的にキャラウェイを助ける形となった。

 

その隙にマクラナハン達は物陰から飛び出し、包囲網を狭めて行った。

容赦なく銃弾やグレネード弾が撃ち込まれ、加えて2台の武装ハンヴィーがマクラナハン達の間を通り抜けながら攻撃を浴びせかけたので、●●はもうすっかりキャラウェイやそれ以外の兵士達からハンヴィーに注意を向けていた。

 

今の内にと起き上がろうとしたキャラウェイの襟首を誰かが掴み、バリケードの後ろに引き摺り込んだ。

誰かと思えば、ベトナム系のギルバート・チャンだった。

「全く、医者の不養生ですよ!」

「うるせえな、お前のケツに鉛玉をぶち込むぞ」

そうぼやくが、笑顔で差し出す彼の手を掴んで起き上がり、彼の隣で銃撃戦に復帰した。

 

一方、マクラナハンはロボットが見せたある行動に気付いた。

レンジャーや海兵隊は●●の体中に弾丸を撃ち込んでいるが、●●は特に胴体を庇うような動きをしているのだ。

(なぜ頭を守らない?)

疑問が頭に浮かんだマクラナハンが、小銃に取り付けたACOGサイトで胴体を観察すると、損傷個所の奥から何か光る物体を垣間見た。

それこそがゾイドの動力源たるコアで、ここが最大の弱点だ。

 

OCD世界のマクラナハンにゾイドの知識は無いが、直感でそれが心臓部だと考えた。

「胴体を狙え!」

「何だって!?」

横で弾倉を交換していたジャクソンが聞き返した。

「胴体が弱点だ!集中攻撃しろ!」

言いながらマクラナハンは銃口を●●の胴体に向けてグレネードランチャーを発射した。

グレネード弾は翼に阻まれたが、●●は確かに胴体を攻撃される事を嫌がっている。

ジャクソンが手を振って合図すると、重機関銃や自動擲弾銃に取り付く海兵隊員達は一斉に銃口を●●の胴体に向けた。

 

 

●●は武装ハンヴィーの重火器を胴体に浴びて、身をくねらせるようにしながら胴体を庇おうとしているが、重機関銃や自動擲弾銃に取り付く海兵隊員達も上手に●●の動きに合わせて火線をちくちく叩き込んでいる。

攻撃のダメージで外装が次々と剥がれ、胴体内部の中心で鈍く光るコアがより露わになっていく。

マクラナハンはブラッドリーを呼び出した。

「カーター!」

「何ですか!?」

「ジャベリンの残弾は!?」

「あと1発です!」

「よし!あの光る物体に撃ち込め!」

「了解!」

ブラッドリーはガードナーに、最後のミサイルをジャベリンに装填させた。

「最後のミサイルです!」

「援護しろ!近付いて攻撃する!」

ジャベリンを抱えると、物陰から物陰へ移動しながら●●に肉薄し始めた。

 

レンジャー部隊も、ブラッドリーの肉薄攻撃を成功させる為に攻撃をより激しくした。

●●も応戦するが、コアを狙われているせいでロクに照準がつけられず、文字通り的外れを演じていた。

ブラッドリーは第2分隊が陣取る場所まで来ると、そこから更に前進してジャベリンの狙いを●●のコアにつけた。

「あばよ」

ジャベリンの引き金を引いたが、寸前で●●が気付いて咄嗟に翼を盾にした為、ミサイルはコアでは無く翼を直撃してしまった。翼には大穴が開いたが、コアは守られてしまった。

 

●●も必死の抵抗を試みる。

こんなところで死ぬわけにはいかない、という焦りがゾイドを何とか奮い立たせていた。

手近なトラックを掴むと、手始めにマクラナハンやジャクソンのいる側に向かって投げつける。

宙を舞ったトラックは、自動擲弾銃搭載のハンヴィーの上に落下して圧し潰してしまった。

間髪入れず、●●は次に小型コンテナを選んで持ち上げ、これは横槍を入れて来る第2分隊に向かって下手投げの要領で放り投げた。

「うわ!」

誰よりも一番前にいたブラッドリーも間一髪だったが、最も危なかったのはパーセルで、体格の大きなプレスコットが引っ張っていなかったら弾き飛ばされていたかもしれなかった。

2人のすぐ後ろでコンテナが縦に落下し、しかもそのまま倒れ込んできたので、2人は前方に飛び込むようにして下敷きを回避した。

「ふう、助かったよ」

「子守りは趣味じゃないぜ」

頭上から降って来る鉄の塊は気持ちの良いものでは無く、寿命の縮まる思いがした。

 

続いて●●は、給油車を引っ掴んで持ち上げたが、今度は投げつけられなかった。

持ち上げた瞬間、この給油車は爆発し、●●は強烈な爆風に煽られて引っ繰り返り、燃え盛る自動車が腹の上に落ちたが、コアに引火する事を嫌がって●●が火を振り払おうと暴れ回る。

「ウォッハハハハー!ザマ見ろコノヤロー!」

豪快な笑いと共に、ミサワの声がレンジャーの耳に入って来た。

彼の対物ライフル弾が自動車を爆破したのだ。

「まだ死んでねえぞ、間抜け野郎」

ノーフォークがそう言うと、ミサワの喚き声が返って来る。

「…てめえいい加減にしろ!」

「あんまり怒ると皺が増えるぞ」

どこまでも淡々といなすノーフォークだが、これでも信頼関係は固いのだ。

 

 

一方、援護役の●●は、全くの不意打ちに気を取られていたせいで、それが地球人の反撃に対する反応を遅らせた。

その為、我に返って救援に駆け付けようとした時には、既にリーパーから放たれたヘルファイアが間近に迫っており、命中直前に気付いて回避したが、おかげで1ミリも進まない内に無人機隊のミサイル攻撃に妨害される羽目に陥った。

「ちっ、避けるなよ」

コンテナの陰からプロジェクターのような形をしたレーザー誘導装置を向けていたシールズのジョンストン上等兵曹が舌打ちする。

「いや、こっちは足止め出来ればいいのさ」

暗視双眼鏡で監視しながらスプレイグが言った。

誘導装置から伸びているレーザーは不可視光線型で、肉眼では見えないが暗視装置を使えば、レーザーがあのロボットに向かって伸びている事が確認出来るのだ。

 

1発目のミサイルが飛来してから休む間も無く2発目が飛来し、●●はこれも回避したが、更に3発目が飛来する。

「あの調子だと、すぐにミサイルが切れますよ」と、通信担当のロバーツ二等兵曹が指摘した。

上空のリーパーは4機で、1機当たり8発を搭載、即ち計32発を発射出来るが、あのペースでは、すぐ弾切れになるだろう。

「なに、航空支援するのは俺達だけじゃないさ」

スプレイグの言葉を裏付けるかのように、ターミナル方面からヘリのローター音が聞こえ始めた。

 

 

起き上がった●●は、さっきの教訓を活かしてコンテナだけを選んで投げつけて来た。

しかも、あまり高く持ち上げるとコアが露わになって隙が出来るので、少し持ち上げてはすぐ投げつけるやり方だった。

おかげでマクラナハン達は隠れながら射撃をする事になったが、その分火力は減じられてしまう。

「…駄目だ、これじゃ狙えない!」

ガードナーが出発前にプレスコットから奪い取ったM72A4でコアを狙っていたが、もう●●があまり隙を見せなくなった事と、残った重火器がこれだけなので慎重になっていた。

これを見たスチュアート・コンラッド特技兵は、偶々隣にいたアントニオの肩を叩いて付いて来るよう身振りすると、少し離れた場所にあるコンテナの山に走って行った。

「何するつもりだ?」

ジャクソンが訝ったが、マクラナハンは部下のやる事を万事心得ているようだった。

「あいつらを援護しろ!」

一度怯んだ銃撃がまた激しくなる。

次いでマクラナハンは、ノーフォークとミサワへ指示を出した。

「狙撃班!光る球を集中攻撃しろ!」

「任せて下さい!」

ノーフォークがマークスマンライフルの狙いをコアに向けると、激しく乱射した。

別角度からはミサワの12.7mm弾が襲う。

銃弾自体はコアに直撃しなかったが、中には際どいものもあり、●●も危険を感じ取ってコンテナを盾にしながら反撃を余儀なくされたので、さっきまでの激しさが弱まってしまった。

「陸軍に遅れるな!海兵魂を見せてやれ!」

勇猛果敢なレンジャーに触発されたジャクソンの檄が飛び、海兵隊も負けじと銃撃に加わる。

 

 

片や援護役の●●はタフだった。

最初の打撃を食らった●●とは違い、こちらは銃弾1発浴びていなかったのだから、コンディションは十分だ。

無人攻撃機部隊から繰り出されるミサイルを回避したり撃墜しながら、このゾイドは海軍補給基地の上空から妨害が行われている事を突き止め、まずこれを破壊してから●●を救援しようと判断した。

 

そこで翼を打ち振って少し上昇すると、無人機部隊に向かい始めたが、飛来したヴァイパー隊の放ったサイドワインダー空対空ミサイルの横槍が入ったので、一旦優先目標を変えた。

U字を描くような機動でミサイルを回避し、真上を通り過ぎたサイドワインダーを撃墜すると、邪魔をしてきた2機のヴァイパーに素早く向き直ってレーザーを乱射した。

1機はコクピットを貫かれてパイロットが2人とも死亡した事で、機首をガクンと真下に下げて墜落していき、もう1機はエンジンを破壊されて離脱を図ったが出力が落ちているようで、徐々に高度を落として行った。

邪魔者を排除した●●は、再度リーパーに矛先を向け直した。

その後ろから、残る2機のヴァイパーが追いすがるが、こちらを攻めあぐねている様子がレーダーで丸わかりだったので、当分無視する事にした。

 

 

「スプレイグから司令部。飛んでいる方がリーパーに向かい始めた。こちらのレーザー照準が追い付かない」

「司令部了解。こちらで迎撃する」

リーパー隊の隊長は、横に並ぶオペレーター達に命じてヘルファイアの一斉発射準備をさせた。

その後ろでは、マクガイヴァーズが眼鏡の女性隊員にA-10部隊の所在地を聞いていた。

A-10部隊は?」

「まだ数分かかります」

「間に合わんか…」

マクガイヴァーズは直接ヘリ部隊と通信を取る事にした。「司令部からヴァイパー及びチャーリーへ。リーパーで気を引くから、隙を突いて奴を攻撃しろ。こちらの損害には一切構うな」

前者は勿論AH-1Z攻撃ヘリの事で、後者はナイトストーカーズのAH-6軽攻撃ヘリのコールサインである。

「ヴァイパー1了解」

「チャーリー1了解」

 

 

リーパー隊は一斉にヘルファイアを2発ずつ発射したが、●●はスピンしながらレーザーでミサイルを撃墜して、無人機隊との間合いを更に詰めて行った。

後から発射されたミサイルも役に立たたず、リーパー隊は散開して逃走を試みたが、機敏なゾイドにとっては、のろまな標的に過ぎない。

あっという間に2機を撃墜し、3機目に取り掛かる。

「よし、今だ」

●●の背後上空で隙を伺っていたヴァイパー1の機長は、機首を下げて急降下した。

しかし、レーダーでヘリ部隊の動向を監視していた●●は、咄嗟に体を回転させて、振り向きざまにレーザー掃射をお見舞いした。

ヴァイパー1は回避する間も無く爆発した。

突入態勢を取っていたヴァイパー2は、これを見て攻撃を断念せざるを得なかった。

「こちらヴァイパー2、敵に気付かれた!ヴァイパー1は撃墜された!」

「ヴァイパー2、すぐ離脱しろ!」

マクガイヴァーズの声に、ヴァイパー2の機長は内心毒づくが、今突っ込んでも無意味なのは理解していた。

「…了解。離脱する」

●●も、離れていくヴァイパー2には構わず、残りのリーパーを片付けると、空港に戻り始めた。

 

 

それでも無人機隊やヘリ部隊は、時間稼ぎを十分に果たしていた。

手元の投擲物が無くなった●●は、ちょっと離れた所にあるコンテナ群に走り寄ると、今度はこれらを投げつけようと爪を引っ掛けた。

「爆破するぞ!」

コンラッドの言葉に、兵士達は反射的に物陰に身を隠したり伏せたりした。

その直後、●●が掴んだコンテナや、足元のコンテナ群が大爆発を起こし、●●を悲鳴と共に火炎に包んだ。

マクラナハンの隣で伏せていたジャクソンが、ヘルメットに手を当てながら顔を上げる。

「…さっきのか」

「ああ」と、マクラナハンは頷いた。

反対側では、横転した大型トーイングカーを盾にしていたコンラッドがひょっこり顔を覗かせていた。

マクラナハンのサムズアップに気付くと、笑顔で右手の起爆装置を振って見せる。

コンラッドとアントニオが一緒にコンテナ群に走って行ったのは、強力なC4爆薬を仕掛ける為だったのだ。

爆薬の扱いに長けたコンラッドは、もし●●がこのコンテナ群に近付けば爆破する算段だったが、まんまと思惑通りになってくれたのにはいささか驚いていた。

大爆発の爆風と金属の破片がコアを襲い、破壊したので、この●●は二度と動かなくなった。

 

 

だが、満足している暇は無かった。

「こちらヴァイパー2。お仲間がそっちに向かった」

攻撃ヘリからの警告に、マクラナハンは滑走路の方向を見た。

2体目のロボットがこちらに向かって飛行してくるのが見えた。その後ろ上空では、ヴァイパーが1機と2機のAH-6が張り付いているが、手出しが出来ないようだ。

●●も、ヘリ部隊の躊躇いを承知しているらしく、全く見向きしていない。

超音速飛行するジェット戦闘機でさえ翻弄されるのだから、ヘリコプターなら尚更だろう、とマクラナハンは考えた。

「どうする?」

と、ジャクソンが言ったその時。

「こちらA-10部隊、現場上空に到着。これより援護する」

それを聞いたマクラナハンは、何か使える物が無いか見回し、最初にM72A4LAWを持ったガードナーを見つけ、次に輸送用ハンヴィーに目を付けた。

 

 

駐機場を越えたところで●●は、滑走路に2台の車輛を認めた。

それは2台のハンヴィーで、1台は輸送用、それより斜め前方を走るもう1台はM2重機関銃で武装していた。

重機関銃の把手を握っているのはジャクソンだ。

これからレンジャーのやる事を、指をくわえて傍観しているつもりは無いらしい。

 

これまでのところ、地球軍を難無く退けて良い気になっていた●●は、行き掛けの駄賃にこれを仕留めようと、高度を落として低空飛行に移る。

「…へえ、まさか本当に来るなんてねえ」

輸送用ハンヴィーの荷台の上で、プレスコットが驚いていた。軽機関銃持ちという事で、マクラナハンが便乗させたのである。

因みにアントニオも軽機関銃持ちだったが、殆ど弾丸を使い切っていたので、今回は欠席している。

「馬鹿で助かったよ」

マクラナハンはそう呟くと、運転席の天板を叩く。「ジョッシュ、速度を上げろ」

「了解」

ガードナーは更にアクセルを深く踏み込んだ。

次にマクラナハンは、武装ハンヴィーを見る。

「ガス、合図したら打ち合わせ通りにやれ」

「任せて下さい」

重機関銃付きハンヴィーを運転するガーフィールドの声は、緊張はあれど自信があった。

彼は名ドライバーなのだ。

 

「気付かれませんかね?」

プレスコットがこっちに向かって来る●●を監視しながらM249の遊底を引く。

「あの世で気付くだろうな」

小銃を構えるマクラナハンの足元には、ガードナーが温存していたM72A4LAWが寝かされていた。

 

2機のA-10は、斜めの隊形を維持したまま、滑走路の西側から進入するコースに旋回した。

「…来た。レーザー誘導装置は?」

スプレイグの隣では、ジョンストン上等兵曹がレーザー誘導装置を構えていた。

「問題ありません」

今度はA-10のミサイル誘導をする事になったが、あの陸軍士官は一体何をするつもりだ?

 

 

「撃て!」

マクラナハンの合図で、プレスコットが●●に向かってM249を連射し始めた。

並走するもう1台のハンヴィーからも、M2重機関銃が火を噴き始める。射手はジャクソンだった。

●●が武器の狙いをこちらに付けて来る。

「ガス!今だ!」

イタリア語で答えると、ガーフィールドはドリフト走行を始めた。

武装ハンヴィーは横滑りを始めたが、そのコースは時計の針が3から9へ逆戻りするような、大きな半円を描くものだった。

スピードも速く、さすがのジャクソンも凄まじい遠心力に怯んで重機関銃の引き金から思わず指を離した程である。

 

そして●●も、敵の予想外の動きに面食らっていた。

初めて見るドリフト走行に気を取られ、頭部が武装ハンヴィーの動きを追って動いた。

が、すぐにレーダーで近付いて来る2機のA-10影を捉え、武装ハンヴィーの奇妙な挙動は陽動だと判断した。

A-10に向かって頭を上げると、上昇しようとして…

 

左翼の付け根辺りに衝撃を感じると同時に、ハンヴィーをロックしていたレーダー画面が激しく乱れた。

ハッとして輸送ハンヴィーを見下ろすと、まだ白煙をたなびかせるロケットランチャーの砲口をこちらに向けている地球軍兵士、マクラナハンを見つけた。

武装ハンヴィーの挙動に気を取られ、A-10に注意が向いた一瞬の隙を突いてロケットランチャーを構え、発射したのだ。

対戦車ロケット弾はゾイドの胴体に食い込んで爆発し、しかもレーダーまで破壊したのである。

レーダーの破壊はマクラナハンの意図した事では無かったが、●●の混乱はそれによって増大した。

 

そのまま輸送ハンヴィーは左折して逃げようとしたので、●●は追いかけようとしたが、超低空飛行でターミナルの裏側に隠れていた3機の攻撃ヘリが躍り出て来ると、並走しながら機関砲やロケット弾の雨を浴びせて来た。

3機とも器用に、お互い衝突しないよう間隔を取りつつ横移動しながらの攻撃である。

 

激しい弾幕による火花に包まれた●●は、怯んでかなり失速した。

その隙に、2機のA-10は照準を完全にロックしていた。

「…ミサイル発射!」

AGM-65マーヴェリックミサイルが2発ずつ解き放たれ、まだ攻撃ヘリの掃射を受けている●●に向かって突っ込んで行った。

近くにハンヴィーがいるが、シールズのレーザー誘導のおかげで、誤爆する事は無い。

 

●●は迫り来るミサイルを撃墜しようにもレーダーが上手く機能しない為、代わりに回避しようとしたが、左翼の関節部分に損傷を受けた状態は、人間で言えば片足を負傷したようなものである。

思ったような機動を取れない●●は、目視射撃でミサイルの撃墜を試みた。

すると、先程のヘリ部隊の攻撃でレーザーがいくつか使えなくなっていたにも関わらず、何と2発は撃墜に成功したが、残る2発は弾幕を潜り抜け、遂に●●に直撃した。

 

悲鳴を上げながら●●は滑走路に墜落する。

そこをA-10が、機首から葉巻のようにニョキっと伸びている30mmアヴェンジャーガトリング砲を通りすがりに撃ち込んで行った。

3桁の大型弾丸が●●の体に食い込み、ヘリの掃射やマーヴェリックミサイルで脆くなっていた外装を粉々に砕いた。

レーザー砲も、その全てが損壊して使い物にならなくなっていた。

 

満身創痍だが、●●はそれでも身を起こそうと四肢を踏ん張る。

「まだ闘志が残っているんだな…」

車上から重機関銃を構えたまま、ジャクソンが感心したように呟く。

その横では、マクラナハンがプレスコットとガードナーをハンヴィーから下ろし、自分は運転席に収まっていた。

フロントガラス越しに、立ち上がった相手がこちらを睨み付けて来るのが見えた。

「…行くぞ」

アクセルを踏み込むのと、●●が最後の力を振り絞り、ハンヴィーに向かって突撃を始めるのがほぼ同時だった。

命運が尽きた事を悟った●●は、せめてこのハンヴィーと差し違えようとしたのである。

双方の距離が急速に縮まる。

「…終わりだ」

マクラナハンはドアを押し開くと、ハンヴィーから飛び出しながら、右手に握っていた手榴弾を車内に放り込んだ。

予めピンが抜かれていた手榴弾は、マクラナハンの手から離れた瞬間、完全に安全レバーも外れ、遅延信管が作動した状態で、助手席の足元で転げ回った。

 

●●がハンヴィーに組み付いた一瞬後、手榴弾が炸裂し、ハンヴィーは●●を道連れに誘爆した。

火炎に包まれながら●●は尚暫く佇んでいたが、やがて力を失い、遂にその場でガクンと崩れ落ちる。

 

このゾイドもまた、油断で身の破滅を招いたのであった。

 

「マクラナハンから司令部へ。ターゲットを排除した。捕獲部隊の派遣は可能と認む」

立ち上がりながら司令部に報告するマクラナハンに、仲間達が歓声を上げながら駆け寄っていく。

「隊長、やりましたね」

ガードナーが、マクラナハンから預けられていた小銃を差し出した。

「ギリギリだったけどな」

小銃を受けとりながらマクラナハンはそう言うと、ガーフィールドに歩み寄って肩を叩いた。

「よくやったガス。初仕事にしては上出来だ」

「…有難う御座います、少尉」

はにかむガーフィールドに、ジャクソンが遠慮がちに声を掛ける。

「ああ、えっとガーフィールド。君の事を、若造とか言って済まなかった」

これにガーフィールドは、わざとらしくヘルメットをかきかきした。

「いえ、まだまだ自分は若造ですよ」

「ふむ…お前達を海兵隊に欲しいものだな」

ジャクソンからの称賛に、マクラナハンを除く隊員達が口笛を吹いたり、互いの拳を突き合わせたりして喜びを見せた。

すると今度は、スプレイグがマクラナハンを後ろから呼んだ。

「マクラナハン少尉」

マクラナハンは振り返った。

「何だ?」

「君達に謝りたい。さっきは文句を言ったり、疑ったりして悪かった」

マクラナハンは謝罪を受け入れる頷きを示し、手を差し出した。

「気にするな。一緒に戦えて良かったぜ」

スプレイグは、そこで初めて笑顔を見せてマクラナハンと握手した。「あと、スタンリーでいいぜ」

 

 

それから1時間程が経過し、鹵獲作業も無事に完了し、捕縛したロボットをナイトストーカーズのヘリ部隊が吊り下げ空輸していったが、この間に不思議な事が起こった。

サンディエゴ市を空爆していたロボット軍団が、突如姿を消したのである。

レーダー画面から敵飛行ロボットを示す輝点が何事も無かったかのように消滅し、戦闘機パイロットの眼には、SFの宇宙船の常套手段である『ワープ』のように映ったという。

「…変だな」

報告の為にブラックホークでジョン・ウェイン空港に戻る途中、マクラナハンは考え込んでいた。

「ロボットの事ですか?」

ブラッドリーの問いに、マクラナハンは小さく頷いた。

彼の視線は、徴用した定置網用と思しき巨大な漁網や、その他ロープ類等でがんじがらめに拘束されたゾイドに向けられていた。

4機のCH-47輸送ヘリコプターが、巨大な網の四隅を吊り下げるようにして空輸している。

空港に到着した鹵獲部隊は、これまた徴用した液体窒素の即席爆弾でロボットを凍結させた後、ヘリから降りた作業員達が手際良く網にかけ、固縛すると、輸送ヘリの機体下部の固定器具に引っ掛けたのであった。

短時間の作業にしては、非常によく出来た鹵獲道具だった。

「結局、仲間を助けたかったのか、そうでなかったのか、行動に一貫性が無い」

「確かに」

「君はどう考える?」

「ふーむ」と、ブラッドリーは顎に手を当てた。「これは視点を変えるべきですね」

「と言うと?」

マクラナハンは、この副官が何か思いついたと分かっていた。

「…答えは、後者だと思います」

「ほう?」

しかしマクラナハンは、本当に驚いたわけではない。

彼もまた、ブラッドリーと同じ考えを抱いていたが、敢えてブラッドリーに意見を言わせたのは、部下の育成の一環であり、状況的、時間的余裕があればいつもそうしていた。

「確かに、行動に一貫性はありません。とすると、なぜ空港に増援がやって来たのか…1つは、助けに来たが失敗して諦めて撤退した…これは絶対にあり得ません」 

「では、何だと思う?」

「自信はありませんが…何者かが我々を試したのではないでしょうか?例えば…遊び感覚でというか…」

「俺も、救援以外の目的であいつらを寄越したんだろうと思っている。君の言うように、遊び感覚か…それとも、また別の理由か」

「別の理由、ですか?」

「例えば…情報収集とかな」

そう言ってみたが、確証は無かった。

 

 

やがてヘリ部隊はジョン・ウェイン空港上空に到着した。

滑走路では、鹵獲機を下ろす為のスペースが空けられており、ロボットを吊り下げている輸送ヘリ部隊は、そこに向かってそろそろと降下して行った。

ヘリ部隊より更に上空では、空軍の戦闘機隊が警戒飛行に当たっていた。

 

 

その様子をバルケンスは成層圏からつぶさに観察していた。

「…さて、そろそろ分からせてやるか。どっちが優位なのかを」

淡々と言いながら、バルケンスはコクピットの中にホロモニターを展開して、空港の中にいくつかの輝点を浮かび上がらせた。

「あいつらは…あの中だな」

あいつらとは、マクラナハンとブラッドリーの事だった。

別のホロモニターが、2人の乗るブラックホークを拡大する。

「こいつらは面白いから、退屈しのぎに置いておこう。あいつらがどうこうしたところで、こちらの計画に支障は出ない」

 

 

ヘリが降下し始めた時、マクラナハンの胸の中のもやもやが風船のように急速に膨らんで行った。

「…嫌な予感がする」

「何がです?」

「俺の直感だ。ここにいるとまずい」

マクラナハンは立ち上がると、パイロット席の背もたれに手を置いた。

「何です?」と、副操縦士が振り向いた。

「あそこに下ろしてくれ」

マクラナハンは、空港滑走路の北東端、白い文字で20Rと描かれている所を指差した。

機長が論外だと言うように首を横に振った。

「とんでもない。あそこに着陸する許可は貰っていません」

「じゃあ、ホバリングしてくれ。俺達はロープで降りる」

奇妙なリクエストを繰り返すマクラナハンに、機長は不思議そうに見つめた。

「…なぜですか?」

「…被害妄想ってやつだな」

機長と副操縦士は、どうしたものかと顔を見合わせた。

「上には理由を報告しないといけませんが…」と、機長が言ったが、マクラナハンは即答した。

「構わん。何なら職権乱用と報告してくれ」

それでも機長は得心が行かなかったが…

「…では行きますよ」

ブラックホークはコースを外れて、マクラナハンの指定場所の上空20mでホバリングした。

当然ながらこのブラックホークの動きを問い質す通信が入ったが、機長は「後で説明します」と対処した。

機体両側から太いロープが下ろされ、マクラナハンが右のロープ、ブラッドリーが左のロープに手を掛け、フック等の補助無しで降下する、いわゆるファストロープ降下で原っぱの上に降り立った。

降下が終わると、ロープを垂らしたままブラックホークは離れて行った。

「隊長」と、ブラッドリーがマクラナハンに呼び掛けたその時。

不意に空から降って来た一本のレーザー光線がブラックホークを直撃し、一瞬後に機体は大爆発を起こした。

「え…!?」

ブラッドリーが呆気に取られていると、別のレーザー光線が飛んできて次に給油車が大爆発を起こした。

それを契機に、ジョン・ウェイン空港に次々と火の手が上がり始めた。

犯人を求め、夜空を見上げたマクラナハンの目が見開かれる。

「…あいつら…!」

いつの間に現れたのか、空港の真上に例のロボット軍団がいた。

垂直に急降下しながら、レーザー掃射を空港に浴びせかけている。

それに遅れる事数秒、空港に警報が鳴り響き始めるが、完全に不意を突かれた形だった。

 

マクラナハンとブラッドリーは原っぱに伏せて身を隠すようにしながら敵の様子を窺ったが、こちらに向かって来るロボットはゼロだった。

先述の通り、バルケンスがこの2人を攻撃の対象から外した為である。

「一体どうやって…!」

「分からん!」

さすがのマクラナハンも、これには思考が追い付いていなかった。

只々、息を潜めて空港の飛行機や車輛が破壊され、吹っ飛び、仲間達がレーザーに倒れ、爆風に弾き飛ばされ、火だるまになってのたうち回る地獄のような光景を見ているよりどうしようも無かった。

上空警戒の戦闘機隊も反応に遅れた上、敵が空港の上を跋扈しながらレーザー掃射をしているので、同士討ちを恐れてすぐに反撃出来なかった。

 

しかも、敵の攻撃は容赦が無いながら迅速で、空港を一瞬で火の海にすると、そのまま消えて行った。

そう、まるで宇宙船がワープするように。

炎の壁の中から辛うじてそれを目撃したマクラナハン達は、それで敵の不意打ち方法を確信した。

「…あれか」

しかし、呆然と突っ立っている暇は無い。

生存者を探し出し、負傷していたら応急処置を施さなくてはならない。

 

火災の熱で汗だくになりながら火の中を掻い潜り、倒れている兵士を見つけては脈を確認するが、誰も彼も死んでいた。

「…くそっ」

見つけた時はまだ息があったが、直後に動かなくなった兵士の前で、マクラナハンは小さく毒づいた。

あまりに一瞬の事だったし、こちらが銃で応戦したところで引っ繰り返しようが無い状況だったのは頭で分かっているが、それでも目の前で一方的に仲間達がやられていくのを傍観するのは耐え難い屈辱だった。

「司令部を調べてみましょう。格納庫の中だし、生存者がいるかもしれません」

「そうだな。行ってみよう」

2人はまた走り出し、マクガイヴァーズ達が詰める格納庫の司令部の前まで来て、立ち尽くした。

ここも酷く破壊されており、明らかに最悪の結末が待ち受けている事が分かった。

それでも燃えるデスクや椅子を銃や蹴りで押し退けながら格納庫の中に入ると、マクガイヴァーズとギアリングが折り重なるように倒れているのを見つけた。

ブラッドリーには他の生存者を探すよう合図し、自分は2人の上官の傍に屈んで脈を調べると、ギアリングはまだ息があったが、マクガイヴァーズは既に帰らぬ人となっていた。

 

どうやらギアリングが咄嗟にマクガイヴァーズを庇おうとしたが、レーザーは無情にも2人を貫通したらしい。

ギアリングを抱き起した時、傷口が重なっていた事からそれが分かった。

ギアリングの方は、急所を外れていたらしく、まだ息があったが致命傷を負っており、マクガイヴァーズは心臓を撃ち抜かれていた。

恐らく即死だったろう。

 

ギアリングがマクラナハンに気付いた。

「…マクラナハンか」

「じっとして下さい。動くと危険です」

マクラナハンはポケットの1つから救急キットを急いで引っ張り出す。

「…中佐は?」

「治療中です」

マクラナハンはギアリングとマクガイヴァーズの間に壁となる事で視界から遮っていた。

「…今のは?」

「敵の奇襲です」

「…奪い返しに来たのか?」

「そうではなさそうです。すぐ逃げて行きましたが…今戦闘機が追っている筈です」

マクラナハンは困った事に、この手の傷の的確な応急処置が分からなかった。

まるで火傷と銃創の組み合わせみたいなもので、出血はしていないが銃で撃たれたような感じだ。

ひとまず、傷口の殺菌と包帯で対処する事にしたが、ギアリングは目に見えて弱っていく。

「くそ…折角の君達の活躍が、水の泡だな」

その言葉から、マクラナハンはギアリングが考えを改めた事を悟った。

励ますように、言葉に力を込める。

「安静にして下さい。体力を温存しなければ」

しかし、ギアリングがそれを聞いたかどうか分からなかった。

包帯を当てようとした時、ギアリングの目から光が消えていたからだ。

 

どうしようもない無力感に襲われるマクラナハンだったが、立ち止まっているわけにはいかない。

振り切るように立ち上がると、こちらを見たブラッドリーに、首を横に振って見せた。

「…くそっ!」

ブラッドリーは手近な机を怒りに任せて蹴り倒した。

倒れた机の金属的な音が虚しく響き渡る。

 

結局、格納庫内の生存者はゼロだった。

 

仕方無く格納庫を出た時、複数のヘリコプターのローター音が聞こえて来た。

ちらほら見える生存者達も、その音に気付いて見上げている。

まるで世界の終わりのような状況の中にあって、この音は俄かに勇気づけるものがあった。

そして更にマクラナハン達を元気づけたのが、コルティ少佐の声が無線機に入電した事である。

「…こちら、コルティ少佐。誰か応答しろ」

マクラナハンの手が無意識に送話ボタンに触れた。

「こちらマクラナハン。聞こえますか?」

「スタンリー!無事か!?」

「ええ。ですが、司令部は全滅です」

この報告にコルティが絶句する様子が、手に取るように分かった。

「む…何て事だ…一体何があったんだ?」

「敵の奇襲です、少佐」

どうやらコルティ率いるD中隊を乗せたヘリ部隊は、タッチの差でロボット軍団の攻撃を免れたらしい。

不幸中の幸いと言うべきか、ともかく嬉しい増援だった(後になって分かった事だが、コルティ達を乗せるヘリ部隊の派遣が大幅に遅れたらしい。次元融合の影響が残っており、米軍内の指揮系統の整理が末端組織にまで徹底していなかったからであるが、これが結果的にコルティ達の命を救う事になったのである)

「…とにかく、着陸する」

「了解」

数分後、空港の外れでヘリ部隊は着陸し、マクラナハンとブラッドリーがコルティ達を出迎えた。

 

オペレーション・サマンサは失敗に終わった。

 

 

 

<完>

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最終更新:2022年04月02日 11:14