ヘリキャリアに遭遇する前のパート。
荒廃したサンディエゴ国際空港の敷地内を、ブルドーザーやホイールローダーの群れが縦横無尽に走り回って瓦礫や残骸をかき集めては、そこここに小さな山を積み上げ、その山にパワーショベルがバケットの先端に並んだ爪を突き立てて一部を抉り取っては傍に停まっているダンプカーや大型トラックの荷台に瓦礫や残骸の塊を放り込んでいく。
こうしてサンディエゴ国際空港は、少しずつではあるが空港機能を取り戻しつつあった。
ここは暫くアメリカ軍の管理下に置かれ、ヘリコプターや固定翼機の基地になり、今回のサンディエゴ市への攻撃で被災した民間人を保護し、治療し、暫し身を休める避難所になる予定である。
「なあミッチェル。結局、あいつは何だったんだろうな」
立ち入り禁止と表記されたバリケードの近くで警備に立つスペイン系の米陸軍兵が、ミッチェルという名の隣の仲間に言った。
「ああ、俺も同じ事を考えていたよ」
ミッチェル・ブラックバーン特技兵は、問い掛けて来たアントニオ・キロス上等兵にそう答えた。「エイリアンの侵略兵器かな?」
2人から20m程ばかり離れた場所に、議論の対象である残骸が横たわっていた。
昨夜の激戦でミサイルや銃弾を浴びた事で損傷が激しいが、辛うじて原形は保っている。
それはゾイドと呼ばれるサイボーグ生命体であるわけだが、彼らはそのような存在とは全く縁の無い世界(OCD)の住人なので、相手が何者なのか知る由も無かった。
そしてこの2人は、他の仲間達と共にこのゾイドと戦い、生還した人間である。
彼らにしてみれば、未知なる敵と初めて戦ったわけであったが、彼らの指揮官は的確に采配を奮って倒す事に成功し、部下達を生還させたのであった。
この未知の敵の残骸、即ちゾイドの残骸は、今日中に米軍がどこかの基地に運搬される筈である。
「どうなんだろうな?俺あんまり賢くないからさっぱりだぜ。でもそう言えば…」
アントニオは視線をゾイドの残骸から煙を上げるサンディエゴ市に動かした。「俺達の住む世界とは違う世界が混じり合ったりする事件と関係はありそうだよな」
「そうだな。まあ俺達は殆ど詳細を聞いていないから、何とも言えないけど…」
ミッチェルが溜息を吐いた直後、無線機が受信を告げるノイズを上げた。
「マクラナハンから各員。5分後にそちらへ到着する。準備しろ」
ミッチェルとアントニオの左右で、十数名の米兵が無線に応答する仕草を見せた。マクラナハンと言う指揮官の部下達だ。
見張りの引継ぎを済ませると、ミッチェルやアントニオ、そして彼らの仲間達総勢15名は、着陸場所として確保された一画に集まった。
マクラナハンの連絡通り、陸軍所属のUH-60ブラックホーク汎用ヘリコプターがサンディエゴ国際空港に飛来した。
右側のスライドドアが開けっ放しになっており、そこから両足を宙にぶらぶらさせている米兵がいたが、彼こそミッチェルやアントニオの直属上官であるスタンリー・マクラナハン少尉であった。
彼の隣ではもう1人の米兵が片膝立ちになっているが、こちらは副官の1人でコマンチ族の血を引くカーター・クアナ・ブラッドリー二等軍曹である。
ブラックホークは、整列する15名の兵士達の前にふわりと着陸した。
ここで彼らの正体を説明すると、彼らは米陸軍の精鋭部隊の1つである第75レンジャー連隊の第2大隊D中隊隷下の第1混成小隊「サブスタテューツ」の面々である。
「サブスタテューツ(Substitutes)」とは、英語で補欠達という意味になるが、彼らは諸般の事情でレンジャー連隊の中で問題児扱いされ、1つの特設部隊に集められた隊員達なのだ。
レンジャー連隊は通常、各中隊の編成を3個小銃小隊と1個武器小隊で構成するが、第1混成小隊では、小銃小隊や武器小隊の隊員達が混ざっている為、わざわざ混成小隊と名付けられた経緯がある。
構成する隊員の多くは第2大隊出身で、それと第1大隊と第3大隊の隊員が少数といった感じである。
問題児達を集めた部隊である為、凡そ周囲の軍人達の耳に入って来る話は彼らの「悪評」であり、良い噂が流れる事は殆ど無い。
そしてマクラナハン少尉は、第2大隊D中隊出身であった。
ワシントン州ルイス・マコード統合基地に拠点を置く第2大隊の内、D中隊は、カリフォルニア州にあるナショナル・トレーニング・センター(NTC)で夜間訓練の準備に取り掛かっていたが、折しもサンディエゴ市が正体不明の敵勢力による攻撃を受けたという連絡が入って夜間訓練が中止になり、第1混成小隊がD中隊の誰よりも先行して現地入りした。
第1混成小隊が急いで現地入り出来たのは、サンディエゴ市襲撃に対処するべくジョン・ウェイン空港に置かれたFOB(前線司令基地)に詰めるUSSOCOM(アメリカ特殊作戦軍)の現場指揮官の意向によるもので、現場指揮官もまた、彼らの「悪評」を耳にしていた。
それでも型破りな思考を持つマクラナハン少尉達を優先的に呼び寄せたのは、このサンディエゴ市襲撃事件の敵が、少なくとも彼らの世界(OCD)の常識では通用しない未知なる敵であり、マクラナハン達であればそういった敵にも柔軟に対処出来る筈だという考えからだった。
そしてもう1つの理由は、彼がD中隊隊長のラルフ・D・コルティ大佐から直接、マクラナハン達を評価する話を聞いた事があったからである。
コルティ大佐こそ、第1混成小隊の生みの親であり、マクラナハンに反感を持つ士官達から彼を守る為に、全責任をコルティ大佐が持つという条件で結成したのであった。
さて、サンディエゴ市を襲撃したゾイドは、F-35AやF/Aー18Eといった高性能な戦闘機を翻弄しながら暴れ回っていたが、内1機のゾイドが戦闘機と空中衝突して墜落し、その後サンディエゴ国際空港まで移動して動かなくなったところで、これを鹵獲する作戦が立案された。
SOCOMは是非ともこれを鹵獲して、敵の狙いを探りたいと思っていた。
マクラナハン達第1混成小隊の任務は、この鹵獲対象機の鹵獲支援であり、既に空港で監視任務に就いていた海兵隊特殊部隊フォースリーコンと、言わずと知れた海軍特殊部隊ネイビーシールズと共同で任務に当たる事になっていた。
詳細はサイドストーリーに譲るが、彼らはマクラナハン少尉の指示の下、情報不足という不利な立場にありながらも鹵獲対象機の確保と、鹵獲を阻止しに来たゾイドの破壊に成功した。
彼らの「悪評」は陸軍以外にも伝わっていたようで、殊にネイビーシールズ隊員達は、やって来た彼らに懐疑的な視線を向けていたが、この一件で尊敬と信頼を勝ち得たようである。
しかし鹵獲したゾイドをジョン・ウェイン空港まで運搬した時、一度撤退した筈のゾイド部隊が空港の直上に何の前触れも無く出現し、そのまま上空警戒していた戦闘機を尻目に急降下爆撃を行い、空港中の航空機や建物を破壊し、米兵達をなぎ倒して去って行った。
この際、鹵獲されたゾイドも破壊された為、どうやらこの鹵獲機の奪還では無かったようだ。
マクラナハン達に指示を与えていたSOCOMの人間達は運悪く全滅し、報告の為に戻っていたマクラナハンとブラッドリーは辛くも生き残った。
せめてもの慰めは、後からやって来る予定になっていたD中隊がまだジョン・ウェイン空港には到着していなかった事であり、彼らは10分後にジョン・ウェイン空港に到着した。
変わり果てたジョン・ウェイン空港の姿に、コルティ大佐以下中隊の面々は一様に驚きと戸惑いを隠せないでいた。
ともあれ生存者や増援による、夜を徹した復旧作業によってジョン・ウェイン空港はその機能を何とか一晩で取り戻し、仮眠を取ったマクラナハンとブラッドリーは、コルティ大佐から指示を預かってからヘリコプターに乗ってサンディエゴ国際空港に戻って来たというわけである。
マクラナハンとブラッドリーはヘリから下りると、パイロットに腕を振って合図した。
パイロットは頷くと、休む間も無くブラックホークを離陸させ、何処へと飛び去って行った。
「御無事で何よりです、少尉」
屈強な黒人兵が列から進み出た。
彼はもう1人の副官であるワイアット・スタンプ二等軍曹である。
マクラナハンとブラッドリーが戻って来るまでの間、隊を預かっていた。
マクラナハンは彼に頷きかけると、部下達を見回した。
「お前達も無事みたいだな」
「ええ。あれから敵襲は全くありませんでした」
「こっちは災難だったよ…いや、災難どころじゃないな。あれは正に…地獄だった」
ブラッドリーがその『地獄』を思い出したのか、顔をしかめた。「実に、酷かった。皆殺しの勢いだったよ、あれは」
2人は、目の前で将兵達が次々と倒れ、吹き飛ばされる光景を只々見ているしか無かった。
その時の無力感を思い出したマクラナハンは、一瞬沈んだ表情になったが、すぐに気持ちを切り替えた。
「それはそうと、俺達は新たな命令を受けたわけだが…」
全員が姿勢を正し直す。「サンディエゴ市内を巡回して、生存者の捜索と救助を行うようにとの事だ」
「警戒はもう良いのですか?」と、列の中からジョーダン・カッセル伍長が尋ねた。
「警戒は維持されるが、俺達は暫く出番が無いようだ」
「また襲撃してくる可能性はありませんか?」
「ああ、それについてだが、当分無いだろうと思っている」
「どうしてですか?」
質問に次ぐ質問を重ねるカッセルだが、マクラナハンは一旦この話題を切り上げた。
北欧系の彼は、疑問に思った事を遠慮無く質問攻めにしてくる為、原隊では上官からたいそう煙たがられていたらしい。
マクラナハン自身は別に質問攻めを何とも思っていないが、まずは与えられた任務に取り掛からねばならない。
「後で話す。続きはトラックで」
マクラナハンは列の横を通って歩き出し、部下達が後に続いた。
彼らが軍用トラックに乗り込む直前、マクラナハンを呼び止める声があった。
「よお、また会ったな相棒」
振り返ると、一緒にゾイドを倒した海兵隊フォースリーコンのジャクソン・ウッドワード少尉が立っていた。
彼は第4武装偵察中隊の所属である。
その隣には、ネイビーシールズ・チーム7のカーティス・A・スプレイグ少尉が立っている。彼もまた、一緒にゾイドを倒した仲間である。
マクラナハンは2人と笑顔で握手を交わした。
「任務か?」と、ジャクソンが尋ねる。
「ああ。サンディエゴ市内で生存者の捜索だ」
「ジョン・ウェイン空港の事は聞いた。よく生きて帰った」
「SOCOMが全滅だというのは、本当か?」と、スプレイグが一歩踏み出した。
「全滅だ」
マクラナハンは小さく頷いた。「目の前で仲間達がやられていったのに、何も出来なかった」
「あのくそったれどもが」
ジャクソンが忌々しそうに奥歯を噛み締めた。
スプレイグも眉根に皺を寄せている。
この短時間で、多くの人間が傷つき、死んだのだ。無理からぬ事である。
沈んだ空気を入れ替えようと、マクラナハンが口を開く。
「…それで、君達にも任務は下ったのか?」
「そうだな。俺達はサンディエゴ基地の後片付けだ」と、ジャクソンは左手の親指を海兵隊教練所のある方角に振った。「新兵達を、弔ってやらなきゃな」
サンディエゴに奇襲したゾイドの矛先は、サンディエゴの海兵隊教練所にも向けられた。
海兵隊に入隊したとは言え、新兵達は一人前の海兵隊にしごきあげられる途中の、発展途上の段階だ。実戦経験など皆無である。
教官の指示に従って避難したはいいものの、ゾイドの攻撃は素早く、逃げ遅れた新兵達は次々と犠牲になった。
一方、スプレイグはゾイドの残骸に顎をしゃくった。
「こっちは、あの残骸の運搬の警護だ」
「そうか。また会えると良いな」
「俺達も、またお前らと一緒に戦えたら嬉しいぜ」と、ジャクソンが言う。
スプレイグも、
「次にまた陸軍とのお仕事があったら、是非君達を指名したいね」と称賛を送った。
「俺も、あんた方と一緒なら文句は無いよ」
マクラナハンは2人に信頼の言葉を返すと、「では、じゃあな、お二方」と言って敬礼を交わしてから、軍用トラックの荷台によじ登った。
マクラナハンの部下達も、見送る2人の少尉に手を振ったりハイタッチを交わしたり頷き合ったりしながら次々とトラックに乗り込んで行った。
「全く、最強の補欠チームだ」
「うち(海兵隊)に欲しかったなあ、あんな肝っ玉のでかい奴ら」
走り去るトラックを見送りながら、ジョンストンとスプレイグは彼らの事をそう評した。
そして道中の軍用トラックの荷台の上。
トラックが路上に散乱した小さな瓦礫や破片を踏む度にガタガタと揺られながら、マクラナハンは話の続きを始めた。
「…攻撃されていたのは、国内ではサンディエゴだけだ。侵略にしては妙な話だろ?と言って、テロでも無い。今回の襲撃は、何かしらの目的を達成する為の陽動であり、それが成功したから引き揚げた。となれば、当分は出て来ないだろうというわけだ。サンディエゴ以外では、世界各国で11か所が攻撃を受けていた。それが全部、形態は違うにしてもロボットみたいな連中の攻撃だったらしい。世界各地で派手に暴れ回っている間に、何かをやってのけたというわけだ」
「少なくとも、地球爆破ではなさそうですな」と、トシロウ・ミサワ特技兵がボソっと言った。右肩にM107対物狙撃銃を巨大な刀のように立てかけている、この髭面の日系アメリカ人は、何かジョークを言わないと気が済まないタチなのだ。
「12か所も同時に襲撃されたというわけですか?」
ミサワの横に座る士黒人特技兵のショーン・パーセルが目を丸くした。「それだけの事をしてまでやりたかった事って、一体何だったんでしょうね」
ミサワが鼻を鳴らす。
「ふん、何にせよ俺達に見られたらすっげえ困る事だよ」
「まあそんなところだろうな」と、マクラナハンは首肯した。「生憎鹵獲機は破壊されてしまったから、情報は引き出せないが…」
<ヘリキャリア見た時のパート>
「おい、何だあれは!」
ベトナム系のギルバート・チャン上等兵が指差した方角を見ると、何か巨大な物体が黒煙の尾を引きながら空中を横にスライドするように移動している様子が視界に飛び込んできた。
まるでそれは、4カ所にプロペラを付けた空母のようだった。
その空母のような物体の右斜め後ろを、見慣れない航空機が追従している。
「空母か?」
「バッカ、空母が飛ぶかよ!」
パーシー・ノーフォーク上等兵のヘルメットを斜めに引っぱたくミサワ。
しかしその姿は空母という他は無い。
「黒煙を噴いてるな。損傷してるのか?」
衛生兵のキャラウェイ・エアハート特技兵がヘルメットの庇をひょいと持ち上げながら目を細めた。「っていう事は…」
「墜落か…?」
ジョッシュ・ガードナー特技兵が後を引き取ると、デイブ・ストライド伍長が黒煙を噴く物体…即ち飛行空母…に向かって犬の吼え声の真似を浴びせる。
「ウ~、バウワウワウ!」
ガードナーの推測通り、物体は徐々に高度を落としているようで、このままだと地上に不時着しかねない。見たところ大きさは300~400mといった所なので、あんなものが市街地に無神経な不時着をしようものなら大惨事になるであろう事は容易に想像がつく。
ただ、移動先を見ると、どうやら海岸に向かっているらしく、どうやらあの物体を動かす人間は、何とか市街地にだけは墜落しないよう努力をしているようだった。
そんな時にアントニオが悪態をつく。
「Mierda!、ああ、海軍の奴ら、俺達を差し置いてあんなものを作っていたなんて!」
すると、堰を切ったように誹謗中傷の対空砲火が飛行空母に情け容赦なく撃ち込まれ始めた。
「あらあらあら、記念すべきデビューが墜落とは、これぞ出オチだな」
グレッグ・プレスコット上等兵がおどけながらそう言うと、ガスコ・ガーフィールド一等兵が囃し立てる。
「新聞に載ったらバカ受け間違い無しですな!」
「へっ、あんなでけえ鼠みてえな塊が浮かんでいる事自体が奇跡なんだぜ全くよ。せめてエイプリルフールでやりやがれってんだ」と、ミサワが言った。
「一応、海岸に向かっているみたいだな」
ロシア系のヤンシー・ユーリ・ブガエフ上等兵が、鋭い視線で飛行空母を追いながら言った。
「まあ、市街地に墜落されたら迷惑だしね」
スチュアート・コンラッド特技兵がそう言うと、プレスコットが異議ありと言うように口笛を「ヒューッ」と吹いた。
「墜落?いやいやいや、座礁の間違いだろ?」
正体を知らぬとは言え、酷い言われようである。
これにノーフォークが一人勝手に拍手を送る。
「おーうまいうまい。トシよりよっぽど面白いぜ!」
「あ?てめえもっぺん言ってみろ!」
掴みかかろうとするミサワを、パーセルとプレスコットが押し止める。
「まあまあ落ち着いて」と宥めるパーセルだが、ミサワは尚も暴れる。
「おい、放せコラ!奴をこのトラックから放り投げてやる!」
ノーフォークは余裕の表情で、利き手の左手を『来いよ』というジェスチャーで振って見せた。
「へえ?やってみろよヒゲ」
「何だとお!?ブレイモノ!!」
仲間達が面白がって笑う中、ブラッドリーがマクラナハンに真剣な表情を向けていた。
「隊長、あれもひょっとして…」
「ああ。ここ最近頻発している『次元融合』が関係しているのかもな。あの物体も、ロボットも…」
マクラナハンも、ブラッドリーと同じ事を考えていたようだ。「少なくとも、俺達の常識では説明がつかない」