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MG3軽機関銃が最初に火蓋を切った。
それを合図に、他の機関銃やアサルトライフルも火を噴き、異変甲殻類の群れに弾幕を張る。
BTR-60の銃塔のKPV14.5mm重機関銃も、腹の底に響く銃撃音と共に左から右に薙ぎ払い、その強力な弾丸は先頭の異変甲殻類の外骨格を打ち砕き、次々と叩き伏せた。
一部貫通した弾丸が後続の個体に命中して、これもダウンさせる。
その間に中国製RPG-7である69式ロケットランチャーの射手数名が片膝をついて武器の狙いを定め、彼らの傍では3発入りの弾薬ラックを背負った弾薬手が弾頭の先端に巻いてある安全装置のカバーをひん剥く。
彼らの他にひと際巨大で長い円筒のようなロケットランチャーを肩に担いだ兵士もいるが、こちらは旧ソ連製のRPG-29だ。
「撃て!」
大尉が右手を振り下ろすと、ロケット弾が一斉に発射され、何体かの異変甲殻類に命中して粉砕した。
しかし問題は、最初の一撃にも関わらず敵が怯まず迫って来ている事だった。
「小隊長!敵が止まりません!」
G3A3の射撃を中断した軍曹が首を巡らせて大尉に言った。
「ライフル弾もあまり効いてなさそうだな」
「ロケットランチャーだけでは止められません!」
その時、潰れた乗用車の上に立つ一匹の刺々しい見た目の異変甲殻類が、ハサミの間からオレンジ色の液体を滴らせているのが見えた。あれは異変甲殻類の体液だろうか?
その液体が乗用車の天板に落ちると、ジュウという焼けるような音と共に煙が一筋立ち上った。
「あれは…?」
軍曹が首を傾げた瞬間、その異変甲殻類はまだオレンジ色の液体が滴るハサミを振り上げた。
あっと思う間もなく無数のオレンジの滴はパラつく雨粒のように歩兵達や車輛に振り撒かれた。
その瞬間、防衛線は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
そのオレンジ色の液体は発熱性の強酸性で、不運にも浴びてしまった歩兵は体の一部を蝕まれながら引火した服に体を焼かれたのである。発熱した時の温度も相当に高いらしい。
無事だった歩兵の何人が射撃の手を止め、慌てて仲間の火を消し止めようと駆け寄ったので弾幕が薄くなってしまい、異変甲殻類の群れの進行速度が加速しつつあった。
しかし悪い事はそれだけで無かった。
ロケットランチャーの弾薬手の1人も強酸液の被害を受けたが、その時ラックの中の1発目を引き抜いてランチャーに装填しようとしていたところで、自分だけでなくこのロケット弾にも強酸液の玉が降り掛かったのである。
弾薬手は耐え難い激痛に思わず悲鳴を上げながら予備弾を射手の足元に取り落としたが、ちょうど強酸液が弾頭を侵食して内部の爆薬に引火したタイミングだった。
そのロケット弾が誘爆した結果、射手と弾薬手は巻き込まれて即死したが、ちょうど弾薬手はまだ2発が残った弾薬ラックを背負った背中を向けており、これらも誘爆して無数の破片が超音速の千本ナイフとなって周囲を巻き込み、負傷者を更に増やした。
大尉は装甲車が盾となったおかげで爆発に巻き込まれなかったが、眼前に先程まで話をしていた軍曹がどさりと倒れ込んできた。
「おい、大丈夫か!?」
大尉が横になったまま動かない軍曹の肩を掴んで仰向かせると、彼は大量の破片を浴びて目を見開いたまま死亡していた。
大尉の手は軍曹の血にべったりと濡れていたが、士官としての責務が彼のパニックを無理矢理相殺した。
大尉は自分のG3を掴んで立ち上がると、敵との間合いを測った。既に30mは切っているだろうか。
見るとあの液体を飛ばしてきた個体はまだ乗用車の上に陣取っていて、またハサミの間からオレンジ色の強酸液を滴らせていた。恐らく『再装填中』なのだろう。
「ロケットランチャー!あの車の上の奴を撃て!」
大尉の怒鳴り声を聞き取った1名のRPG-29射手が狙いを付け直すと、乗用車の上の個体に向かってロケット弾を放った。
しかし咄嗟の事だったので少し狙いが甘かったらしく、足元の乗用車に命中して爆発した。
ただそれでも大口径弾の威力は伊達ではなくそいつのバランスを崩させる事には成功し、向こうも慌てたのか振り飛ばした強酸液の第二波は飛距離が足りず防衛線の手前に落ちた。
第三波が来る前になんとかしなければならない。
防衛線はもはや崩壊寸前だ。
大尉は通信兵を見つけると呼び寄せながら駆け寄って無線機を取った。
「こちら〇〇小隊!直ちに増援を要請します!敵の反撃で我が方の被害甚大!死傷者多数!このままでは突破されます!」
『…こちら司令部。たった今、ビーチまで後退命令が出た。負傷者を収容してビーチまで後退せよ!』
大尉は一瞬呆気に取られたが、体は司令部の命令に反応していた。
「了解!ビーチまで後退します!」
無線機を通信兵に返すと、大尉はすぐ行動に移った。
射撃を継続している歩兵には足止めを命じ、自分含め他の者には
そう言えばBTR-60の銃撃が止まっていたが、銃塔から煙が上がっているところを見ると、どうやら強酸液にやられたらしい。後で確認すると貫通こそしなかったが、重機関銃弾も凌ぐ装甲板には深くいびつな窪みが出来ていたという。
また、テクニカルはフロントに強酸液を受け、外装ごとエンジン系統をやられて放棄する羽目になった。
大尉は目まぐるしく動き回ったが、頭の片隅では驚愕が渦巻いていた。
これほどまであっさりと防衛線が崩壊するとは。
確かに日本の対怪獣戦を聞く限り、戦車や戦闘機で構築された強力な防衛線がいともたやすく突破されるケースは聞いている。
しかしそれはイレギュラーレベルの怪獣の話であり、目の前の異変甲殻類は群れを成してこそいるものの、とても日本が相手にするイレギュラーレベルとは思えない。
そんな相手に、我々は早々に後退を余儀なくされるのか、と。
だが、負傷者をトラックに乗せる作業と敵の足止めは両立できそうになかった。強酸液の痛みに蝕まれながらも歩ける者には発破をかけてトラックまで頑張って歩かせ、動けない者に肩を貸したり担架に乗せて運んだりしたが、如何せん人手が足りない。あの誘爆さえなければ・・・
突出した1体がロケット弾に撃破されたが、敵は後から後から押し寄せて来る。恐らくすぐロケット弾も尽きるだろう。
とは言え足止め要員から何人かを負傷者の後送に回せば、ただでさえ薄くなった弾幕が更に薄くなる。
だがこのままでは敵は防衛線に到達する。しかもそれは秒読み段階だ。
と言って負傷者の後送に人手を回せば…
「どうすれば・・・!」
堂々巡りの思考が思わず漏れた大尉は、それでも肩を貸している負傷者を抱え直すと、トラックに向かって一歩一歩踏みしめた。
既に戦死者の事は諦めている。奴らの足に踏みにじられるのがどうにも気に入らなかったが、どうしようもない。