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俯せに漂っていた『ノッケン』の乗員を引っ張り上げた時、カッターの乗員は掌に違和感を覚えた。手を開いてみると掌が真っ赤に爛れており、それからすぐに熱を持った痛みがじわじわと襲って来た。まるで皮膚の下で針を縫われているような感覚だ。
これは海水に混じった異変甲殻類の強酸液が原因だった。
海水で酸は薄められていたが、運悪く強酸液混じりの海水のエリアを泳いでしまったこの乗員は全身火傷のような重傷を負い、同時に両目の視力が失われていた。
彼は重傷のショックに加え失明で空間認識が無くなり、パニック状態に陥って溺れたのだ。強酸液混じりの海水を肺にいっぱい呑み込みながら。
有害な酸に侵された肺はたちまち異常をきたし、彼はそのまま意識を失ったのだった。カッター乗員は急いでAEDで蘇生を試みたが、遂に彼は意識を取り戻さなかった。
AEDで最後の努力を続ける間にもカッター乗員は他の生存者を救助しなくてはならなかったが、何人かが上着を脱いでそれをサバイバルナイフで縦に2つに切り裂いてから手に巻き付け、それで漂流者の体に纏わりついている強酸液混じりの海水に直接触れないようにしながら救助を行った。他の生存者達も、先に救助した乗員程ではなかったが強酸液混じりの海水で負傷していた。
幸いカッターを溶かす程ではなかったが、それでも表面が腐食して薄く不気味に変色するアメーバのような模様を描いていた。
「しっかりしろ!助かったんだぞ!」
哨戒艦『エランド』でも、アンゴラ軍将校が甲板に助け上げた生存者の1人を介抱していた。
熟練の軍人らしく、誰にも負けない手際の良さで包帯を負傷箇所に巻き付けていく。恐らく内戦で、幾多の戦友の一命を取りとめて来たに違いない。
その腕前はロボネン少佐も舌を巻くほどで、いつの間にか2人は協力して、また一人『ノッケン』の乗員を甲板に引き上げていた。
作業がひと段落つくと、将校は茫然として呟いた。
「これが…怪獣との戦いか」
屈強な体は汗まみれで、軍服もぐっしょり濡れている。ロボネンがタオルを差し出すと、将校は礼を言いながら受け取り、両手で広げて額から顎にかけて顔面の汗をゆっくりと拭った。
「私も対怪獣戦はこれが初めてですが、事実は猛獣の相手とは全く違うと痛感しました」
将校は頷いた。
「これは戦争だ」
「中佐の意見に賛成です」
「ところでロボネン少佐。この船の通信機は高性能かね…つまり、ギニアまで届くのか?」
「勿論です。衛星通信も可能です」
「そこでお願いなのだが、少し通信機を貸して貰えないだろうか」
「と、言いますと?」
「一刻も争うのだ。理由は後で説明する」
「分かりました。こちらへどうぞ」
将校はロボネンの後について行った。