君の名は? ◆wIGwbeMIJg


深夜だというのに賑やかさを失わない絢爛豪華な遊園地。
メリーゴーランドの白馬は背に人を乗せぬまま、無限回路を彷徨い続けている。
惜しげも無く目に優しくない粉飾をばら撒く観覧車は、ゆったりと円を描いていた。
本来ならば人を楽しませる為に存在するそれらも、肝心な人が居ないのならば意味がない。
そんな事実を否定するように、無人のアトラクションは動き続ける。
それは最早アトラクションというよりも、一種のパレードのようだった。

「わぁ~、きれぇ~……」
「……従業員は居ないのか?」

懸命な働きが功を成したのか、華やかな色彩に釣られて二人の男女がそれぞれ異なる反応を見せた。
一人は目も覚めるような深い青色の髪を腰まで下ろした、童話に出てきそうな程に端麗な少女。
一人は黒に近い焦げ茶色の短髪を懊悩するように掻き回す、何処か達観した様子の青年。
少女の名は白雪ひめといい、青年の名はキョンという。

どちらも変わった名前だが、それも当然。何しろ二人共本名ではないのだから。
白雪ひめの本名は、彼女の一番の親友でさえ覚えられない程長く、大層な名前である。
キョンの本名はとある人物によると、どことなく高貴で、壮大なイメージを思わせるとのこと。
偽名とあだ名という違いはあれど、何処か点と点を結んだように共通する彼女らが出会ったのはついさっきの事だ。
どちらも積極的とは言えない性格な為、そこまで親交は深まっておらずとりあえず行動を共にしている様子だが。

「……白雪」
「ひぇっ!? ……な、なに?」
「……いや、やっぱり何でもない」

その為、先程から二人の会話は殆ど続かない。
最大の原因はやはり、ひめの極度な人見知りにあるだろう。
キョンが声を掛けても、大袈裟なまでに喫驚し途端に小動物のようなか弱さを見せてしまう。
その性格のせいか、彼女の世界でも友人と呼べるのはめぐみとゆうこの二人しか存在しないのだ。
いや、正確には最終的に数え切れない程の友人が出来るのだが、”今の”ひめはそんな事知る由もない。
少なくとも今此処に居る白雪ひめは、人の扱いには慣れているキョンでも苦戦する程の人見知りだった。


「「……はぁ」」


互いに、何度目かも分からない溜息を吐き出す。
キョンには涼宮ハルヒが、ひめには愛乃めぐみが。
積極的な人――というより、積極的過ぎる人が身近に居たからこそ苦悩も大きい。
即興とはいえ共に行動する人物なのだから、出来るだけ仲は深めておきたいのが両者の本音だ。
それでもこうして気不味い雰囲気に呑まれているのは、それ相応の理由があってのものだ。

「お腹すいたぁ~……」
「おいおい、今食料を消費するのはちょっとマズイんじゃないか……?」
「うう、分かってるけど~……」

やっと会話らしい会話が成立したのは、その数分後だった。
唐突にひめが腹の虫を鳴らし、その場にへたり込んでしまったのだ。
しかし、ゲーム開始からまだ20分程度しか経っていない上、デイパック内の食料の数も限られている。
これから何時間行動しなければならないか分からない故、無駄な消耗は避けたいのがキョンの本音だった。
だが自分より年下の少女が涙目で腹を空かせているのを見過ごせる程、キョンは大した精神の持ち主ではない。
仕方ないので自分のデイパックから食料を取り出そうとした刹那、勢い良くひめが立ち上がった。

「あぁ~~っ!!」
「うおっ!?」

今度は逆に、キョンが地に尻を付けてしまう。
喫驚に目を見張るキョンを尻目に、ひめはビシッと一点を指差しキラキラと目を輝かせている。
その指に釣られて視線を動かせば、”たい焼き”と大きく書かれた木製の看板がキョンの目を刺した。
販売員など居ない筈なのにご丁寧に照明まで付いており、その文字を強調している。
そして何よりも目を惹くのが、淡い照明に照らされたパック入りのたい焼き。
透明パックを白く曇らせる湯気から見るに、そのたい焼きは作りたての状態を保っているのだろう。
俄かに、というよりも大分怪しいが、空腹となったひめは一直線にたい焼きへと駆け出した。

「だ、大丈夫なのか……?」
「平気でしょ! 多分!
 じゃ、いただきまーっす!!」

先程の鬱蒼とした雰囲気は消し飛び、意気揚々とした様子でパックから取り出したたい焼きに齧り付くひめ。
慌ててキョンが止めようと手を伸ばすが、既にたい焼きの頭は哀れにも噛み千切られてしまっていた。
思わず溜息を溢し額に手を添える。が、当の本人はハムスターのように頬を膨らませ満面の笑みを浮かべている。
その姿に安堵の表情を見せたキョンだったが、今の一瞬で垣間見えたひめの現金さに、呆れたように肩を竦ませた。




「ひょんふんもはへへは?(キョン君も食べれば?)」
「喋る時は物を飲み込んでからにしろ。……いや、俺は別にいい」

既に二つ目のたい焼きの頭が齧られた頃、もしゃもしゃと口を動かしながら白雪が俺に声を掛けた。
白雪には悪いが丁重にお断りさせてもらう。なんたって、こんなあからさまに怪しいもの食えたものじゃないからな。
だって見てみろよ。ふわふわの生地から覗く餡子の甘ったるい匂いと、アツアツの湯気が食欲を誘いやがる。
おまけにそれを頬張る白雪の姿。女子中学生らしいその豪快な食べっぷりは、下手な食レポよりも効果的だ。

……ああ、認めよう。
この俺、キョンは猛烈に腹を空かせている。

だが仕方ないと言えよう。こんな事に巻き込まれるなんて微塵も考えていなかったからだ。
食欲がないからって晩飯を抜いたのは、どうやら失策だったらしい。
こんな状況に巻き込まれたと言っても、意識とは別に腹は減ってしまう。
女の子の前だからといって格好付けたが、たい焼きを見た瞬間俺も一緒に飛び込みそうになった。

「もったいなーい……こんなに美味しいのにー」
「ぐっ……!」

そんな俺が何故素直にこの甘味を口にしないのか、それは単純な理由だ。
ほら、さっきまであんなに警戒しておいて喜び勇んで頬張るのは、格好悪いだろう?
女性諸君にはバカバカしいと笑われるかもしれないが、男ならばこの気持ちは分かってくれるはずだ。

しかしこのお姫様は、そんな俺の気持ちを知ってか否かすっごく美味そうにたい焼きを貪る。
その名前を聞いた時は何処かのお嬢様かと思ったが、正直上品さや気品は感じられない。
まぁこんな状況なら気品なんて捨てても仕方ないが、白雪は根っからこういう性格なんだと思う。
何故そう思うかって? その答えは勘でしかない。
俺の勘はよく当たる。当たり過ぎて怖いくらいにな。

「ふー、満腹満腹……」
「…………」

今はそんな事より、このたい焼きをどうするか考えるのが先だ。
勿論これからの事を考えるのが最優先だが、100%の思考をするには腹を満たす必要がある。
かと言って、先程も言ったが白雪の目の前で食べるのはなにか負けた気がする。
仕方がないからデイパックの食料を……って、これもさっき俺が言ったばっかじゃねぇか!
ハルヒや長門以外の女の子の前だからって格好付けるのは良くないな。うん。

と、ここまで考えたところで自分が物凄くちっぽけな悩みに苛まれているのだと感じた。
本格的に空腹で頭がおかしくなっているらしい。こんなつまらないプライドに縛られるなんてらしくない。
ここは正直に腹が減っていると伝えて、馬鹿みたいにたい焼きを貪るべきだろう。
答えは最初から出ていた。そう考えるとすごく心が軽くなったのを感じる。
そもそも、要らないプライドに縋るなんて逆に女々しいんじゃないか。
さて、ならば俺のすることは一つ。正直に空腹を訴え、胃に食料を届けなければ……。


ぐぅ~…。


「……ぷっ!」

その瞬間、俺は戦慄した。
そうだった。こいつは、腹の虫は俺の意思なんて知ったこっちゃないんだった。
本当に、俺は馬鹿だった……! 何故、何故このタイミングなんだっ!
俺が死ぬほど悩んでる時に鳴ってくれていたら、仕方ないなと納得できたのに!
決心した瞬間に鳴ってしまったら、本当に馬鹿みたいじゃないか……。

「やっぱりキョン君もお腹すいてたんじゃ~ん!」
「……ぐうの音も出ない」

それにしても白雪はなんだ、さっきまでの極度の人見知りは何処に行ったんだ。
今では完全に満面の笑顔で俺のことをからかってくる。……悪い気はしないが、正直恥ずかしい。

だが、たい焼きが食べられるのならこの位の羞恥屁でもない。
人間吹っ切れてみると凄いものだ。どんどん恥ずかしさが薄れて誇らしささえ感じる。
いや、腹が鳴ったことに誇らしさを感じるのは少し危ういか……。

「……ん?」

そんな思考を遮るように、俺の目の前にたい焼きが差し出された。
途端に俺の鼻を甘い匂いが擽る。今すぐに齧り付きたい衝動に駆られた。
呆れたように首を傾げる白雪の顔が、今は聖母の微笑みにも見えてしまう。

「タダみたいだし、食べようよ」
「そうだな……」

白雪の言葉に、自分でも驚く程のスピードで反応する。
湯気を立て食欲を煽るそれを鷲掴み、勢いよく頭から齧り付いた。


「……美味い」


無意識に漏らしたのは、そんな月並みな言葉だった。
「でしょ?」という白雪の相槌が隣から聞こえてきたが、返事をする余裕もなく次の一口へ移る。
もっちりした生地の食感に次いで、中にぎっしりと詰まった餡子の甘味が口の中にふわりと広がった。
別に命の危機という程空腹だった訳ではないが、今後これ以上美味いたい焼きは味わえないだろうと確信する。
白雪と同じか、それ以上の勢いで食べ進めていく俺の姿は、白雪にはどう映っただろうか。
食べ盛りの男で、それも晩飯が軽食だったんだから仕方ないだろう。
そう自分に自分で言い聞かせつつ、あっという間に平らげてしまった。

「よっぽどお腹空いてたのねー……」
「晩飯を食べる暇がなかったんだよ、……食べる暇がなかったんだ」
「何で二回言ったのよ。……ま、温かい内にお腹いっぱい食べるわよー!」

さっき満腹って言ってなかったか?

そんな心の中のツッコミを無視するように、ばくばくと豪快な勢いで食べ進める白雪。
うん、エネルギーをしっかり摂るのはいい事だ。栄養バランスは悪いけどな。
だから俺が今こうして両手にたい焼きを二つ持っているのも、なんら可笑しいことではない。
腹が減っては戦はできぬ。昔の人は大した言葉を残したものだ。

さて、と意気込んで二つ目のたい焼きの頭を食らおうと口を開ける。
そのまま柔らかな生地へ歯を通し、キメ細やかな餡子が顔を覗かせて――――




「――少し、いいか?」

「んぐぅッ…!?」
「ひゃあっ!?」


耳元で響くやけに渋い声が、至福の時を奪い去った。
あまりにも不意打ちだったせいか、口の中のたい焼きは味さえ分からないまま喉に詰まる。
その瞬間俺は迷った。声の主へ振り向くのが先か、たい焼きを喉に通すのが先か。
そして0.5秒の思考の中で前者を選択したのは、我ながらいい判断だと思う。
涙で滲む俺の視界に映ったのは、やけに体格のいい眼帯のおっさんだった。

「ごほっ、ん”っ…けほ、……」
「……落ち着いたようだな。なら、俺の質問に答えて欲しい」
「ちょ……ちょっと、いきなりなんなのよ貴方っ!」

情けなく咳き込む俺と反し、白雪が勇ましくおっさんへ食って掛かった。
しかも然り気無く俺より一歩前に出ている。つくづく、自分の情けなさを痛感させられてしまう。

「悪いが俺の質問が先だ」
「うっ……」

だがそんな白雪も、おっさんの鋭い眼光に射抜かれて黙り込んでしまう。
無理もない。なんというか、あの視線は普通の成人男性が出来るようなものではなかった。
恐らく俺が白雪の立場だったとしても、強く出ることは出来なかっただろうな。
なんというか、このおっさんからは”歴戦”っていう感じが嫌というほど伝わってくる。

「……質問ってのは、なんですか?」
「ああ、それは――」

思わず敬語になってしまった俺の問いに、おっさんが勿体ぶるように一呼吸置く。
言いようのない緊張感がその場を包んだ。全身が強張るのを感じる。
そしてそれは白雪も同じのようで、眉尻を下げて緊張の面持ちでおっさんを見ている。
一体どんな言葉を紡がれるのか。高鳴る鼓動に合わせて、俺の頬に一筋の冷や汗が伝った。














「――お前達が食べているそれは、美味いのか?」













「「……は?」」



……訂正しよう。
このおっさんは歴戦の戦士とか、そういうのではない。
ただの変人だ――――それも、とびっきりの。



【C-4/遊園地/一日目 深夜】

【ネイキッド・スネーク@メタルギアソリッド3】
[状態]:健康、空腹
[装備]:インスタントカメラ@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース
[道具]:支給品一式、ランダム支給品(確認済み、武器と判断出来ぬ物)(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る気はないが、敵対者に対しては容赦しない。
1.まずは目の前の二人と接触する。ついでに食料も欲しい。
2.この殺し合いの首謀者は一体?
3.オセロットもここに居るようだな……。

※参戦時期は不明、少なくともオセロットと関わりを持ってから。

【白雪ひめ@ハピネスチャージプリキュア!】
[状態]:健康、不安、困惑
[装備]:白雪ひめのプリチェンミラー&プリカード@ハピネスチャージプリキュア!
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本行動方針:めぐみ、ゆうこと合流。生存第一。
1.なんなのよこのおじさん……。
2.めぐみやゆうこと会いたい。
3.危なくなったら逃げる。

※参戦時期は第六話、ゆうこの弁当屋を手伝った頃からの参戦です。
  なので氷川いおなの名前と、その正体を知りません。
※名簿を確認しました。
※キョンに自身の正体を明かしていません。

【キョン@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:健康
[装備]:モンキーレンチ@現実
[道具]:支給品一式、工具一式セット@現実、大嵐@遊☆戯☆王
[思考・状況]
基本行動方針:どうにかして殺し合いから脱出。
1.なんだこのおっさん……。
2.ハルヒ達との合流。朝倉涼子は避けたい。
3.長門ならこの状況をなんとか出来るかもしれない。
4.自分の名があだ名で登録されている事に疑問。

※参戦時期は本編終了後です。
※名簿を確認しました。

【白雪ひめのプリチェンミラー&プリカード】
ハピネスチャージプリキュア!の白雪ひめがプリキュアに変身するための変身道具。
プリキュアに変身するだけでなく、様々な職業に応じた服装に「お着替え」すれば様々な職業スキルを使えるようになる。

【大嵐】
遊☆戯☆王に登場する魔法カード。
効果は『フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する』という壊れた性能。
その性能故に現在では禁止カードにされてしまった。

無論この殺し合いでもそれは例外ではなく、『罠』や『魔法』に関する物ならば対象が生物でない限り全て破壊する効果がある。
例えば狩猟罠やまきびしといった罠や、魔法や魔術、超能力によって生み出された攻撃などは全て破壊する事が出来る。
効果範囲はカードを中心とした半径100m程で、その範囲を超えたものは破壊できない。
尚、一度使用したら6時間のクールタイムが必要となる。
最終更新:2017年04月29日 21:04