最近、楓の視線が痛く感じる。いつもの細めを見開いた状態にしてじっと見ていた。
まるで獲物を狩るライオンかトラのような目つきである。
「どうした龍宮」
刹那に声をかけられて一気に現実に引き戻された。それを見てなのか楓は振り向いて廊下を歩いていく。
気にならないわけではないが、その目は何かを訴えるような目をしている。
「いや、なんでもない」
真名にはその感覚が別の何かであることを知っている。
いや、知っているからこそ表に出したくないことなのだ。

「龍宮さん、この本お願いしますね」
「分かった」
その日はネギに魔法関連の本を探すように頼まれた。
図書室に入ってその本を簡単に見つけることが出来てすぐにでも帰ろうとした時。
「楓……」
「そこにいたでござるな」
話によればさらに追加の本があってたまたま近くに居た楓に頼んだと言うことだ。
別に一緒に探してくれるのは嬉しかったのだが、やはり目は閉じていてもあの視線の感覚だった。
本を探し終えると真名は一刻も早くこの場から去りたかった。
どうしてもあの視線が苦手で、そしてその意味を……。
「助かった、後は私だけで……」
すると楓は真名の手をしっかりと掴んで本棚に向かって体を押さえつけた。
「な、何をする。離せ!」
「………」
だが楓は何も応えようとしない。
じっとあの時の視線のまま睨むような訴えるような目つきだ。

「なん…だ、いきなり」
やっと言葉を発するがそれでも楓は何も応えない。

その鋭い目つきが苦手だ。
「何故でござる……私の知っている真名は凛々しく、強さと自身に満ち溢れていたでござるよ」
そんなことを告げられてもいきなりのことでどう反応していいのか分からない。
その問いの意味を知ってしまえば、きっと……。
「何を怯えた顔をしているでござる」
「たまたま調子が悪いだけだ、お前が勘違い…っ!」
楓の手が動いた瞬間、真名の持っていた本が地面に落下した。
そしてそのままの体勢で持っていたモデルガンを楓に突きつけてしまった。
ただ手をこちらに差し伸べただけなのに、過剰に反応してしまう。
「す、すまない。咄嗟に反応してしまって」
「勘違いでござるか……」
モデルガンとはいえいきなり武器を突きつけられたはずなのに、楓は殆ど無反応だった。
慌ててモデルガンを片付けるがその瞳のせいでどうしても手放しに出来ない。

「本当は気付いているのでござろう」

その瞬間、自分と楓以外の世界が一瞬にして凍りついた。
真名の頭の中で警告灯が静寂の深夜を切り裂くパトカーのごとく大音量で流れ出す。
そこで『何が』と返してはいけない。
「……」
何も言えない。何かを言えばすべてを言い当てられてしまいそうだから。
「まただんまりでござるか」
「知らないな、何のことだか」
だが平静を装ってもすぐに無意味なことに気付く。
楓は真名の体を抱き寄せてキスをしてきたからだ。
仮契約という意味合いを別とするなら、これが始めてだった。

唇か重なり合う心のこもったキス。すると楓はそのまま舌まで入れてきた。
「―――っ! 何の真似だ!!」
真名は楓を力の限り振り払った。
口元を押さえている楓、どうやら舌を噛まれたようだ。
楓は口元から流れてくる赤い血を見ると、さらに睨みつける。
「真名はずるいでござるな」
「……」
「分かっていて、気付いているはずなのに気付かないフリをする……卑怯でござるよ」
知っていた、気付いていたんだ。
あの視線も態度の意味もすべて、一体自分にどんな思いを込めているか。
「……あ」
「この本は拙者が代わりに渡してくるでござるよ」
床に落とした本を拾うと、楓は一度も真名に振り向くことなく図書室から去った。
扉を閉める際、軽く咳き込んだのが見えたが、そんなことを気にする今の余裕は真名にはなかった。
「………」
真名はそのまま尻餅をついてそこから動かなかった。
気付きたくなかった、ずっと戦友―とも―として、ライバルとしていたかった。
だがこのことに気付いた以上、もう言い訳も何も出来なくなった。
自分にすら嘘をつくことも苦痛に感じてきたからだ。

翌日、楓は学園に来なかった。
「えーと…楓さんは風邪のためにお休みです」
朝のHRでのネギの言葉に一瞬動揺の顔を見せた真名。
昨日の咳き込みは風邪の前兆だったのかと思うと、胸がキリキリと締め付けられる衝動に駆られた。
また知っていて何も告げられなかった。
こんな感情は初めてで、自分がどうしていいのか分からず自問自答する。
――どうすればいい。私は一体何をすればいい。
どんな顔して楓に会えばいいのかすら検討もつかなかった。

『軽い風邪でござるから、一日休めば明日には出てこれるでござる』
「そうか……」
休み時間に携帯電話で楓に連絡をしてみた。
なかなか気の利いたセリフが思い浮かばず、逆に楓の問いにうんうんと答えるのみだった。
『…昨日は悪かったでござる。あんなことはもう言わないから、気にするなでござる』
何故そんなに優しくする。
そんなことを言われると自分がまた惨めに見えてくる。
最強のスナイパーだとか隊長だとかの肩書きなど全く役に立たない。
楓は自分以上に悩んで言ったのに自分は何一つ解決しようともしない。
答えが出ているくせに口には出さずに逃げている自分を……だから。
「先生! 一身上の都合により早退させてください」
それが答えだった。
真名は授業を午前で切り上げ早退すると真っ先に楓が寝ている寮に向かった。
それまでの道のりはいつもの通学路のはずなのにすごく遠く見える。
到着してすぐ扉を捻ると、丁度風邪薬を飲んでいた楓と出くわした。
「真名!? 学校は」
「早退した」

真名は鞄をその場に投げ捨てると楓と向かい合う。
「楓。お前の言う通り、私は卑怯だ」
その言葉に楓のあの視線が戻ってきた。
だが今度は怖くない、自分も同じ目をするから。その行為の意味を楓は理解した。
「こんなことは始めてで、私はお前の気持ちからも自分の気持ちからも逃げた……だから」
そしてしばらくの間を置いて、真名は喉の奥に引っかかっていた言葉を投げかける。

「楓、私はお前が好きだ」

やっと言葉にしたと思えば、真名は顔を反らして歯を必死になって食いしばっていた。
今にも泣きそうな顔をしている真名を楓はそっと抱き寄せる。

「拙者も真名のことが好きでござるよ」
まるで憑き物でも落ちたかのような顔をする楓は真名に自分の思いを伝えた。
そしてそのまま二人はそっとキスをした。
「ははは、何て顔をしているでござる」
「う、うるさい!」
さっきまで泣きそうだった顔のため、目が限界まで潤んでいた。
その目を擦って必死に弁解を図ろうとしたが無意味だった。
「楓、私はお前に伝えたいことがいっぱいあるが……今はまだ上手く伝えきれないけど」
「それまで待つでござるよ」
初めての感情に怯えていたけど、これからゆっくり話そうと思う。
そう考えるだけで、真名の顔は自然と笑顔に変わっていった。
これから、ゆっくりと今の気持ちを話そうと思う。それでいいのだ。

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最終更新:2007年06月17日 00:01