「案外、可愛いとこあんじゃん たつみー」
馴れ馴れしく声をかけられ、私は少し苛立つ。
意味が分からないことも、苛立ちを増幅させる要素だった。
同じ顔のもう一人が
「本当に可愛いですぅ~」
と頬を染めて言うが、やはり意味が分からない。
感情が表に出ていたのだろうか。
少し遠いところにいた楓が側に来て、
「真名は昔から可愛いでござるよ?」
とかほざきながら双子をあやす。
じゃれあいながら双子の姉が指を私に向け、言い放った。
「たつみー、お前の秘密は知っている!
ばらされたくなければ、放課後に部屋に来い!!」
あまりにも大きな声のため、教室がざわめく。
・ ・・・・秘密?
くすりと笑う楓が絡んでいることは間違いない。
……いったい何を言ったというのだ?
楓のことを睨んだが、動じることもなく双子と共にどこかに消えてしまった。
仕方ない。
貴重な放課後をこいつらに少しやるか。
私は寝不足を補うために机に突っ伏して、差し込む陽光の中 浅い眠りに導かれた。
コンコン。
出迎えてくれたのは、妹だった。
万遍の笑みで軽く挨拶をし、犬の形のモコモコした中履きを出してくれる。
普通のスリッパはないのかと聞いたが、「ないですー」と言ったので、しぶしぶそれをはくことになった。
「なんだ? 秘密って?」
楓が裏の仕事のことや、昔のパートナーのことを言うはずがない。
しかしあそこまで自信有り気に言われると、やはり気になるのだ。
私の性格上あんな風に言われると、放っておけない。
風香がフフフ…と変な笑みを漏らすと、私の手を引きベッドへ向かう。
・・・・・そんな所に、私の秘密など…ないと思う。
史伽も後からやって来てベッドの中を覗くので、つられて自分も目を向ける。
すると薄い毛布がモゾモゾと動くではないか。
魔物か!?
銃を抜こうと思い指をかけたが、楓によって阻止された。
するとこれは魔物ではないのか。
まぁ…確かに楓がそんなものをかくまう意味などないのだが。
楓が「それでは」と言いながら毛布をめくった。
そこには…昨日の雨の中にいた三匹の子犬。
すやすやと眠る一匹に他の二匹が近づいて顔を寄せている。
「桜咲が犬嫌いだから、楓姉に預けたんだって~?
それに楓姉が来るまで一緒に濡れてたって言うじゃん」
たつみー、可愛いなぁ~
そう言いながら一匹を手に取ると、胸に抱き遊びだす。
もう一匹の起きている方も史伽によって遊ばれている。
「たつみーさんは 抱かないんですかー?」
そう言う史伽。
私の視線の元には眠っている子犬。
私は思いっきり楓を睨みつけた。
すぐに帰るはずだった。
仕事も部活もなかったが、部屋でゆっくりしたかった。
それなのになぜ私は楓と双子に夕飯をもてなされ、風呂から上がった今もこの部屋にいるのだろう。
双子たちは遊び疲れたのか、すでに夢の中だ。
「なぜ こんなことをした?」
膝の上に三匹の子犬を乗せている楓に私は問う。
昨日、私はこいつらを置いて逃げた。
その非を責めているのだろうか?
「弱い……私が弱いと言いたいのか」
つい大きな声になり、楓が口元に指を持って来て しぃー とする。
そして膝の上から子犬を下ろし、私の元へ近づく。
「真名は弱くなんてないでござるよ」
髪を梳かれ 私はその手を払うが、またもや髪を指に取られてしまう。
「確かに守れなかったものがあるかもしれないでござる。
でもその事実より、守ろうとした想いの方が大切でござるよ。
それに昔は守れなかったものが…今は守れているではござらんか。
真名は成長したのでござる。
これからも もっと強くなれるのでござるよ」
楓はそう言いながら、私を抱きしめていた。
なぜかそれを振り払えず、私は楓の胸に顔をうずめる。
「真名は少し頑張り過ぎでござらんか?
たまには休むことも必要でござる。
休むのが怖いと言うのなら…その間、拙者に守らせてはくれぬか?
拙者は真名を守る。
真名は拙者を守る。
互いに守りあう存在になりたいのでござるよ」
それに、拙者は簡単に死なないでござるし。
かつての想い人に対する嫌味も含んだ言い方だった。
だけどその言葉にやけに安心して、私の目から涙が溢れてくる。
ほんとうに?
本当に死なない?
私が弱くても・・・・・私が守りきれなくても、
死なないでいてくれる?
もしかしたら、それは私が待ち望んでいた言葉なのかもしれない。
あの人を守れなかった自分を許してくれる誰かを。
私を戦士から女へ戻してくれる誰かを、待っていたのかもしれない。
涙が楓の胸を濡らしていく。
楓は何も言わずに、それを受け止めてくれた。
「たつみー 朝だぞー 起きろよー 遅刻するぞー」
いつの間にか眠ってしまっていた私に、双子たちが乗っかってくる。
“泣く”という慣れない行為のせいか、身体がだるかった。
そんな私たちを見て楓が双子を私の上から降ろすと、
「今日、拙者と真名はお休みでござるよー。
先日雨に濡れて、風邪をひいたでござるからに」
とか言いながら部屋から追い出した。
部屋の外で騒いでいる双子の声がかすかに聞こえる。
「風邪などひいてないぞ」
毛布に包まりながら言うと、
「でも、声が少し変でござるよ?」
と返された。
…それは、泣いたからだ。
そんなことは楓でも分かるだろう。
楓は私が横たわるベッドに腰を落とし、顔を覗き込む。
そして器用に私の首元に指をいれ、常に着けているロケット型のペンダントをはずした。
「過去は大切でござるな」
抜き取ったペンダントを、サイドテーブルに静かに置く。
「過去があるから、今がある。
過去がなければ、今の真名はいないでござる。
けれど・・・・・
今をちゃんと生きなければ、過去は何も意味をなさないでござるよ」
楓の唇と私の唇が重なる。
うん。
今を生きていこう。
こいつと共に。
こいつを守りながら。
過去も守りながら。
私が守りたいもの、全てを守るために。
名残惜しく唇を離す。
余韻に浸りながら目を開けると、眩しいくらいの光が差し込んでくる。
目が痛いくらいのその光は、ペンダントが朝日を受けている光だった。
fin
最終更新:2007年06月17日 00:28