「真名ぁ~ これ、見て欲しいでござるよ~」
ノックもされずに開かれた扉に、私と龍宮は視線を向ける。
そこにはパーカーを一枚羽織っただけの楓が立っていた。
(なんて格好してるんだ)
龍宮もそう思ったのだろうか。
眉をしかめている。
そんな私たちを他所に、楓は龍宮の前にちょこんと座った。
にこにこと嬉しそうな楓の頭を、龍宮が撫でている。
龍宮も楓につられて、いつもの無表情が崩れていた。
それでもやはり楓の服装に疑問を持ったのだろう。
「どうしたんだ?」と言いながら、剥き出しの足に目線を持っていった。
楓は忘れていたかのように「そうでござるよ」と言いながら立ち上がる。
いつも細い目がより一層細くなり、パーカーのファスナーを下ろし始めた。
龍宮が「見るな」という表情を私に向ける。
……勝手に事を進めたのは、楓なのだが。
部屋を出ようとしぶしぶ立ち上がる私の耳に、威勢の良い楓の声が入る。
「明日、ネギま部で海に行くでござる!」
目をやると 水着といえないきわどい姿の楓がいた。
自分も少なからず関係がある。
面倒に巻き込まれなければ良いのだが。
あれから数十分。
龍宮は恐ろしい顔で楓に諭している。
こんな必死な龍宮を見たことがない。
痴話喧嘩に巻き込まれる前に逃げようと思ったが、それを感知した龍宮に止められていた。
「刹那も何か言ってくれ!」
龍宮が話を私に振り、口元がひくつく。
龍宮の言いたいことも何となく分かる。
大切な恋人が人前でこんな姿を晒す。
きっと自分なら涙が止まらない。
木乃香お嬢様が一瞬頭に過る。
それを振り払うように
「学校の水着じゃ駄目なのか?」
と言うと、楓の頬が膨らんだ。
「あれだと動きづらいでござる。
水に濡れると、べたーって張り付いて
気持ち悪いでござるよ~」
まるで幼児だ。
手足をバタつかせ、楓が床を転げまわる。
こんな楓も見たことがない。
……これ以上巻き込まれたくない。
そう思い立ち上がると、龍宮が楓に乗りかかった。
「こんな状況になったらどうする?」
楓の両腕を龍宮の右手が一つにまとめ、押さえつける。
互いの両足は、みだらに絡んでいた。
な、何してるんだ 龍宮ーーー!!
声にならない悲鳴を上げるが、聞こえてないようだった。
空いていた龍宮の左手が、楓の水着の中に入っていく。
これ以上は危険だ。
本当にヤバイ。
私の何かがアラートを知らせ、出口に足を向ける。
距離などほとんどない扉までの道をようやく歩ききり、ドアに手をかけた瞬間 鈍音が聞こえた。
ゴン・・・・・?
恐る恐る元の位置に目を向けると、頭を押さえ もがく龍宮。
楓の姿はない。
不思議に思う私の脇を
「真名のばかぁ~」
と叫ぶ楓が横切り、部屋を音速の如く飛び出して行った。
「楓姉泣いてたぞ、たつみー」
龍宮の秘蔵のあんみつを頬張る、鳴滝の長子。
赤くなった龍宮の額を撫でる、次子。
物凄く不機嫌な龍宮。
そしてなぜか正座の私。
楓が先に出て行き どうしようもなくなった私は、龍宮によって呼ばれた鳴滝姉妹と共に自室にいた。
これから明日の事について、話し合うらしい。
巻き込まれる前に逃走できなかった自分を恨んだ。
「お前たちは委員長にたのんで、ネギま部について行け。
なに、“ネギ先生も一緒だ”と言えば何をしなくても連れて行ってくれるさ」
あんみつを口に運ぶ風香に龍宮が言うと、「それだけ?」と史伽が問う。
龍宮は風香の口元についたクリームを指で掬い舐め、話を進める。
「行った先では、楓に近づくものは全て抹殺しろ。
たとえネギ先生でも容赦は要らない。
相手が男だった場合は……そうだな、蹴りでもいれてやれ」
あわあわと取り乱す妹と違い、姉は素直にうなずく。
「んで? 見返りは?」
まさか あんみつだけじゃないよね?
と食べきったカップを龍宮に見せると、龍宮は薄く笑った。
「海では委員長が面倒を見てくれるだろう。
だから今日、好きなものを奢ってやる。
明日用の水着でも良いし、ホテルのディナーでも良い」
好きにして良いぞ。
その言葉を聞き、にんまりとする風香。
史伽はまだ おろおろしていて、「本当に良いんですか~?」と尋ねている。
龍宮は鞄から財布を出すと、数枚の万札を私に握らせた。
「刹那 お前の仕事は、楓を人ごみから遠ざけることだ」
それだけ言うと、風香を先頭に史伽の手をとり歩き出す。
私だって遊びたいし、お嬢様の護衛もある。
呼び止めようと思うと
「報酬を受け取った以上、無責任な仕事はするなよ。
それに・・・・・近衛に良い所を見せるには、金もかかるだろう?」
冷たい目で龍宮に言われてしまった。
私は大きくため息をつき、依頼を飲むことしかできない。
……いったい、明日はどうなるのだろうか。
fin
最終更新:2007年06月29日 22:54