眠れない。
 鬱陶しい季節の この気温のせいもあるが、原因は違うところにあった。

「なぁ、楓」
 ルームメイトの恋人である楓に声をかけると、「ん?」と小さく返される。

 深夜になっても寝られない理由をわかっているだろう楓に「どうにかしてくれ」と頼むが、無理だと言われてしまった。

 仕方なく私は半身を乗り出し、二段ベッドの下段を覗き込む。
 そこには恋人の豊かな胸に顔を埋め、幸せそうに眠る龍宮がいた。

 原因はコイツだ。



 泊まりにきた楓と夕飯をすまし、軽く会話をしているとすぐに消灯時間が来てしまった。
 さすがの龍宮も、自分がいれば楓にちょっかいを出すはずがない。
 そう思い込んだのが間違いの元だった。


 確かに龍宮は楓に手を出していない。
 幸せそうな顔をして眠るだけだ。


 ・・・・・異様な殺気を放って。

 人よりも敏感に出来ている私が、この状況でどうやって眠るというのだ。


 龍宮の顔から楓へ視線を向けると、楓は申し訳なさそうに
「今日だけ我慢して欲しいでござる」
 と小声で言う。

 よっぽど私が不満な顔をしていたのだろう。
 楓はポツリと話を続けた。

「真名は……こうしないと熟睡できないでござるよ」

 幼い頃から戦地にいたためなのだろう。
 気配を消して眠るよりも、最大の殺気を放って敵を近づけないで眠る。
 その方がよっぽど楽らしい。

 そう説明すると、楓は愛しそうに龍宮の頭をなでた。

 言われてみれば、龍宮の寝顔なんて見たことがないかもしれない。
 私よりも遅くおきているし、朝目が覚めると 朝食の準備が出来ていた。

 それを今まで疑問に思ったことがない。


 自分が籠の中で飼いならされた小鳥に感じる。
 私よりもはるかに窮地にいた こいつが憎い。

 二年以上も共に仕事をし、寝食を共にした私には何も話してくれなかった。
 それほど楓を愛し、信頼しているのか。

 いつもはそっけない龍宮が、少し可愛く思えてしまうのはなぜだろう。



 私は深くため息をつき、ベッドを降りると窓へ手をかける。
「外で寝るよ」

 今は夏だし、野宿くらい慣れている。
 お嬢様をお守りするのに睡眠は欠かせない。
 理にかなっている。

 表へ出ようと足をかけると、背後から手裏剣が飛んできた。

「駄目でござるよ」
 真名が言わなかったのは、刹那にそういう気を使わせないためだ。
 それをたった一晩で逃げてどうする。
 これも修行だ。

 くどくどと楓に説教されると、それに従うしかない。
 仕方がなく私は 何も知らずに眠る龍宮を見やり、夜が明けるのを待った。



「なぁ、楓」

 不規則な吐息を立てる楓に声をかける。
 楓はまたしても「ん?」と小さく返す。


「殺気は百歩譲って我慢してやる」
 だけど・・・・・その……

 楓の胸の果実を口に含む龍宮と、それに反応する楓には我慢できない。

 そう言うと楓は、
「いや~、拙者も真名も修行不足でござるな~」
 と ようようと答えるのだった。

「なんや せっちゃん、眠そうやね~?」
 眼をこする私に、お嬢様が声をかけてくださる。

 「ええ」とそっけない返事しか出来ない私の横で、
「昨晩は拙者と真名につき合わせて、悪かったでござるよ」
 と楓が頭をかいた。

 熟睡してすっきりした顔の龍宮と、眠そうな私と楓の顔を交互に見たお嬢様は顔を青くする。
「ど、どういう事え?」

 がくがくと揺すられる体が、寝不足と相まって辛い。


 自分の所為で寝られなかったと知っている龍宮が、私の腰に手を回す。
 私も昨晩の仕返しとばかりに、身をゆだねる。
 ……お嬢様に気を使わせるより よっぽどマシだし。

 そんな私たちを見てお嬢様は、悲鳴を上げるのだった。

     fin

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最終更新:2007年10月28日 01:00