コンクリートでできた床と靴が触れ合う音がコツコツと響く。
そこにいた黒い野良猫は音に気付き、こちらを振り向いた。
僕の目的地は一つ。
それは人気がなく、人気のないバー。
誰かに勧めたいのだが、勧めようとは思わない。
一人でいたほうが楽しめるからだ。
それは決して友人や知り合いなどが嫌いだというわけではない。
僕はゆっくりと歩きながら、裏路地にある一つの扉の前に行く。
僕はもうその店の常連だろう。自分にとってはだが…。
僕は扉の前に立ち止まり、これが例のバーの扉だということを確認した。
そして、手の甲を扉の方向に向け、扉を軽く叩いた。
中は薄暗く狭い。
でも僕はこのような雰囲気がとても好きだ。
彼はいつものように逆三角形の形のグラスを拭いている。
僕が止めない限りいつまでも拭いている。
甲高い音を立てながら拭いている。
やがて僕は彼に声をかける。
彼は無表情で机にグラスを置いた。
ふと僕は過去を思い出した。
自分にとって嫌な思い出を沢山思い出した。
良い思い出なんて覚えていない。
いや、良い思い出なんて作ったことがない。
耳が赤くなり、頭の中に多くの憎悪が駆け巡る。
僕は顔をしわくちゃにした。
ふと目の焦点を机に合わせると。
机には赤黒い飲み物の入った逆三角の形のグラスが置いていた。
飲み物の種類は無知な僕にはわからない。
目線を上に向けると、彼と目が合った。
彼は少しだけ微笑みながらこう言った。
いつまでも過去に拘ってはいけない。
未来を見つめる方が大事だと。
僕はグラスを手に取ると、あっと言う間に赤黒い飲み物を飲み干した。
2011年 2月 2日 23:27 著
最終更新:2011年02月03日 00:31