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892: 新人艦長 :2017/11/07(火) 12:11:11 「司令長官、時間です。」  そう艦橋に立つ50代の男に報告する。 「ん。分かった。全艦戦闘配置。主砲砲撃戦用意。」  男は答えた。男の肩の階級章には3つの星が輝いていた。 「了解。総員戦闘配置!主砲砲撃戦用意!」 「主砲砲撃戦用意!弾種榴弾!方位左舷285!距離10000!」 「アントン。照準完了!」 「ベルタ。いつでもどうぞ!」 「カエサル。物資集積所に照準!」 「ドーラ。敵陣地を捉えました!」 「左舷副砲群。射撃準備完了。いつでもいけます」  この艦の副長、砲術長、各砲塔指揮官、砲雷長が答える。  その返答に満足したのか指示を出す。 「全艦。砲撃を開始せよ。」  その数秒後ものすごい衝撃が体を突き抜ける。だが驚くものはいない。むしろこの場にいる男たちにとっては気持ちいいと感じるものが多いだろう。  数分後、照準をしてた場所が火に包まれた。  その場所にはさっきまでロシア兵がいたが一人残らず地球上から消えた。 「いいぞそのまま撃ちまくれ!クソッタレのイワンを一匹残らず(放送禁止用語)しろ!」 「中隊長…時間ですから撤退しましょう。もうほかの部隊は撤退したそうですよ。」 「ああそうだったな。よしみんな撤退するぞ。地雷とかはしかけたな。行くぞ。」  そういうのは東プロシア出身の砲兵将校上がりのハンスという将校とその部下であった。  彼らは数日後ヴィンダウの港から東プロシアに行くことになる。 893: 新人艦長 :2017/11/07(火) 12:11:45  1944年11月末ドイツ軍はニコラウス作戦を発動した。  この作戦は4年前のダンケルク撤退のようにクールラントの独北方軍集団、合計26個師団20万名と戦車・自走砲400両、火砲1500門、航空機200機、その他装甲車両500両、車両8000台を脱出させる一大作戦である。  このためにドイツ海軍は当時有していた以下の艦艇を投入 <西方任務部隊> 戦艦:ティルピッツ(旗艦) 重巡洋艦:アドミラル・ヒッパー、リュッツオウ 軽巡洋艦:ライプツィヒ、ケルン 駆逐艦:6隻 水雷艇:3隻 <東方任務部隊> 戦艦:シャルンホルスト(旗艦) 重巡洋艦:プリンツ・オイゲン、アドミラル・シェーア 軽巡洋艦:ニュルンベルク、エムデン 駆逐艦:8隻 水雷艇:4隻 <船団護衛部隊> 指揮艦:トーゴ(旗艦) 高射砲艦:ノルトラント、テティス、グナイゼナウ、ニンフェ 駆逐艦:3隻 水雷艇:20隻 特設艦艇:50隻 掃海艇:38隻 その他艦艇:80隻  11月17日より始まった作戦はまずクールラントポケットのソ連軍陣地への艦砲射撃から始まり、ドイツ空軍が各地の飛行場を夜間強襲、さらに砲兵部隊がソ連流とも言える猛烈かつ破壊的な砲撃を行い前線の陣地を壊滅させた。  その日より各地のドイツ軍は撤退を開始、ソ連軍は追撃しようとするが中央部はバグラチオン作戦のような猛烈な砲撃が、沿岸部は艦砲射撃が襲い大混乱に陥った。  その後数日で混乱を立て直すも今度は連携に失敗、戦車部隊が突出しそれを狙っていたドイツ軍に包囲殲滅され。さらに沿岸部では少しでも動けば猛烈な砲撃を食らい動けずそれどころか沿岸部にあった物資集積所を破壊され物資不足により追撃できなかった。  この砲撃はつい2週間ほど前にレイテで起きたセント・バレンタインの虐殺を彷彿とさせ作戦終了までのおよそ2週間の間絶え間ない砲撃によりクールラントのソ連軍約40万の内15万が死傷、およそ半分の兵士がシェルショックなどを発病したという。 894: 新人艦長 :2017/11/07(火) 12:12:15  最終的に北方軍集団20万の内19万が脱出成功、さらに80両の戦車・自走砲、100門の火砲、300両の車両、航空機180機を脱出させた。  だがおよそ1万の兵士とほとんどの重装備を喪失したがその重装備のうち撤退作戦最終段階まで有していた火砲200門、車両500台、装甲車両200台と大量の弾薬、整備部品は現地で組織されたラトビア人レジスタンスに残留を希望するものとSS教導駆逐戦隊”グリュン”で編成されたレジスタンス”森の兄弟”に供与された。  戦後ソ連はラトビアを支配しようとするがこの下手なソ連軍より装備に恵まれた(合計してもせいぜい3万人(1945年時)なのに車両が500台もある)レジスタンスに苦戦レベルでない苦しみを味わい、最終的にラトビア・ソビエト共和国は53年にレジンスタンスと講和するがそれもスターリンが死んでから。公表はそれから数年後、スターリン批判が始まったころだった。ソ連の元のラトビアはこのおかげで立場としてはソビエトの中だが強権的な政策はほとんど行われず非常に西側的な政策も独自で行われたが一切ソ連は介入しなかった。    船舶、艦船の被害は駆逐艦2隻と水雷艇1隻が触雷、大破。輸送船8隻が沈み、19隻が損傷した。これにより海軍兵士300名以上が戦死した。  ソ連側の被害は兵士18万、戦車200両、火砲1200門、物資120万トンを喪失。第1、第2バルト戦線は戦闘力を喪失した。  この作戦で脱出した北方軍集団は一ヶ月以内にケーニヒスベルク周辺に再配置、その後終戦まで中央軍集団とともにケーニヒスベルクを守り、ケーニヒスベルクなど東プロシアの民間人100万人を一人残らず脱出させることに成功した。 895: 新人艦長 :2017/11/07(火) 12:17:38 どうでしょうか? SS教導駆逐戦隊グリュンはドイツ版グリーンベレーです。 日本から来たゲリラ戦の専門家から「ゲリラを組織する特殊部隊とかどうよ?」とか言われたヨーロッパ一危険な人が作った部隊です。 ドイツ軍が残した武器&戦後は西側支援のレジスタンスのせいでラトビアの立ち位置が微妙なことに… 次回はラインの守り4部作の前に設定とおまけかな?(ライン編1章とおまけ2つと設定一つは準備済み)

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