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教育・文化保護隊
【概要】
教育・文化保護隊(Corps d'éducation et de protection culturelle)とは、フランス連邦共和国(FFR)に存在する組織である。
教育省隷下の武装組織であり、教育大臣『代行』の指揮下にある。
その業務はFFR領内にある各種学校及び美術館や博物館、図書館などの文化施設の警備であり、国民からは
「子供たちの最後の盾」
「『先生』直下の実働部隊」
と呼ばれ敬意の対象となっている。
【沿革】
この組織の始まりは、やはり第二次世界大戦期にまで遡る。
降伏後のフランス本国は、脱走した中華植民地兵の狼藉により治安が急速に悪化していた事は既に何度も述べて来た。
そして、それに対応するべき政府や軍は占領下という状況もあって半ば機能不全に陥っていたことも。
そこで立ち上がったのが『鉄人』、後のFFR初代大統領ジョルジュ・ビドーであり、彼が組織した自警団(対大洋連合レジスタンス組織をそのまま持ってきた)が「フランス国内軍」の祖となった。
この自警団発足により被害は減少傾向になったが、中華植民地兵の数は多く、逃れた範囲は広大であった。
自警団(そして治安戦に参加したドイツ武装親衛隊)だけでは全ての市民を救う事は能わなかった。
特に彼奴らの標的になったのが「弱き者」——子供たちであった。
身代金目的などで学校が襲撃される事態が各地(特に地方)で頻発し、多くの子供たちが犠牲となったのである。
また同時に、金銭目的で美術館や博物館を襲う中華植民地兵も多く、ひどい場合には図書館に火を放たれることもあった。
これに対応するために、各地の学校や美術館などが独自に武装化を始めたのが教育・文化保護隊の源流である。
当初は政府からの補助はなく完全自己負担であったため、装備や人員の質はまちまちであった。
資金に余裕のある施設(主に都市部の美術館など)では退役軍人など本職の者を雇用し、装備もそれなりのものが用意された。
対して余裕のない所(地方の学校など)では職員たちが私物の武器(拳銃から果物ナイフまで様々)で武装するのが限界というような状況である。
当然、このような備えで中華植民地兵を「撃退」することは不可能である。
自然と彼らの作戦目標は「自警団が来るまで、もしくは子供たちが逃げ延びるまで時間を稼ぐ」という形になった。
第二次世界大戦中や戦後の臨時政府時代には、文字通り子供たちの『盾』となり散っていった教師たちが数多いたと伝えられる。
時代が下りFFRの御代となると、これら各種自警団は正式な武装組織となった。
数は大幅に減ったとはいえ、未だ中華植民地兵の脅威はそのままであるし、「暗黒の30年」の停滞の空気の中ではフランス人による犯罪率も高止まりしており治安は安定していなかったからだ。
……と同時に、『鉄人』は彼らに「正規軍のカウンターパート」としても役割も期待したと言われている。
彼は『元帥』亡き後の正規軍(特に陸軍)を完全には信頼していなかったと伝えられている。
(まあ、現役の将官が首都でクーデターを起こすような組織を信頼できる訳がないのであるが)
こうして生まれたのがフランス国内軍であるが、その際、学校や各種文化施設の自警団は完全に分離され独立した。
これが教育省の管轄となり再編されたのが教育・文化保護隊である。
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【装備・練度】
教育・文化保護隊の特色として挙げられるのが「屋内近接戦闘への特化」である。想定される状況が学校や文化施設へ侵入してくる賊の排除であるから自然とそういう流れとなった。
しかし、「特化」と言っても詳しく見ると二系統に分かれている。各種学校に配属されている部隊は、遠足などの課外学習時の子供たちへの襲撃に対応するため、最低限(FFR基準)の中距離以遠の屋外戦闘への備えをしているのに対し、美術館や博物館の部隊は屋内の閉所戦闘技術を磨くことに全てをささげていた。
これは装備にも表れており、貴重な展示品を破損しないように、それらに配属される部隊は刀剣類で賊を制圧することを重視している。
もちろん銃火器も装備するが、長射程のものは装備目録から除外されている。
FFRの美術館、それこそルーブル美術館やオルセー美術館に足を運ぶと、要所にサーベルを帯びて警備をする彼らを目にするが、あれは単なる飾りではないのである。
彼らの練度は、正規軍の評価では
「短時間の室内近接戦闘に限定すれば、FFR陸軍の現役兵に匹敵する」
と太鼓判が押されている。
具体的な装備は、MAS50
シリーズは当然であるが、銃身が短くなった「Carabinier(騎兵銃)」であり、他に拳銃が備品として配布されている。
(通常の士官は自弁である)
他に散弾銃や、散弾を装填した擲弾発射機などがあり、学校配備部隊にはこれに軽機関銃や対戦車火器が加わる。
装甲車両の導入も幾度か検討されたが、
「君たちが戦車を必要とするような状況を想定するというのは、我々への侮辱かね?」
というフランス国内軍(あと一応正規軍)の反対によりその都度却下されている。
また、別枠に「設備」扱いで機関砲を敷地内に置いている施設もある(対人・対空両用)が、戦時国際法に則り校舎や展示館からは一定の距離が空けられている。
人員の内容についても変遷があった。
初期から中期は、退役軍人など専門教育を受けた者が中心であり、教職員や学芸員とは明確に区別されていた(素人である教師が人柱となった歴史を繰り返さないため)が、時代が下り一般市民が最低限(FFR基準)の軍事能力と知識を有するようになると、人材採用の敷居は低くなった。
21世紀現在では、保護隊職員として勤務する傍ら、勉強や実務経験を積んで教員免許や学芸員・司書の資格を得る者も多い。
644:モントゴメリー:2025/07/01(火) 23:40:34 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
以上です。
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FFR版「学校の用務員=サン」でございます。
最終更新:2026年01月22日 23:06