563 :ひゅうが:2012/04/15(日) 02:06:34
戦艦を作るby1さまを支援したく投稿します。
ネタ――「造船官の本分」
――西暦1943(昭和18)年2月某日 艦政本部
「いい加減にしろ!貴様、金田の上っ面だけ真似しやがって!
なにが造船屋だ。お前がいつもバカにしている平賀でもそんなことはしないぞ!
技術屋の無理を通したいだけで用兵側の要求を変更させるなんぞ愚の骨頂だ!恥を知れ!!」
怒号が爆発した。
艦政本部長は普段の温厚さが嘘のように烈火のごとく怒り狂っており、彼の目の前ではラフスケッチらしい図面がビリビリに破かれて散乱している。
その前では、今頃何かに気付いたかのように真っ青になっている男がただ立ち尽くしていた。
そんな彼の様子を見る同僚は、生暖かい視線を向けていたり、あるいは自業自得だとばかりに鼻を鳴らしている。
だが、上司の怒号を止めようとする者はいなかった。
誰もが思っていたのだ。この若造の行動はあまりに目に余ると。
――男の名を、仮にHとしよう。
造船官としてはまだ新米の域である彼は、現在は東京帝大に籍を置く金田造船中将の最後の弟子のような存在だった。
男は、海が好きだった。そしてそこをゆく船を見て育ち、自分も船を造る仕事につきたいと念願するようになる。
彼にとっては幸いなことに、彼の両親の親友は軍艦建造の権威であった金田大佐の部下であった。
そのため、Hは念願がかなって海軍の造船将校としての道を歩むことができたのだった。
(むろん、これには欧州大戦の戦訓分析や八八艦隊計画に伴い増員された技術士官の枠も関係していた)
そして、八八艦隊計画を自ら葬った加藤提督や、その過程で決して自ら譲らずに技術の安全性と「最良のものを届ける」ことを信条とする平賀提督、そして夢見がちでありながらも常に合理性という芸術をもって軍艦を仕上げる金田大佐(当時)の薫陶を受けていった男はいつしか自分も戦艦建造に携わりたいと考えるようになった。
そして、その機会は思いのほか早くめぐってきた。
次期主力戦艦の建造――それが決定されたのは前年の暮れごろになる。
要求性能は排水量8万5千トン以下、46センチ以上の主砲9門以上搭載。
Hは張り切った。
既に対米戦はその山場を迎えつつあり、新造艦艇の整備(ことに戦力化が急がれる「大鳳」型超大型空母)のために上司たちは各地のドック群を駆けまわっている。
そのため、艦政本部や技術本部は手のあいていた「大正世代」といわれる若手たちに広くアイデアをもとめるコンペを開いていたのだ。
当然、多くの造船官たちがこれに取り組み始めていた。
Hも当然それに参加しようと考えた。
だが、このときHは致命的な考え違いを犯してしまっていた。
彼は思ったのだ。
「どうせなら最強の戦艦がいい。しかし『満載』8万5千トンの枠内では最強の証である51センチ砲を『9門以上』搭載できるだろうか?」と。
断っておくが、このときの要求性能は決して無理なものではない。
51センチ砲を9門以上などとはだれも言っていないし、8万5千トンというのはその意味ではまったく妥当な値だったのだ。
Hは欲張りすぎていた。
そのうち、Hの案は肥大化を続け、そして排水量制限を易々と越えていってしまう。
すべては良い戦艦を作りたいという妄執じみた思い、そして彼自身は気付いていなかったものの他の優秀な造船官たちへの対抗心じみたものが彼を突き動かしていたのだ。
そして彼は、思いあまった挙げ句、あろうことか艦政本部長を飛び越え、軍令部に直談判する挙に及ぶ。
対米戦の収束に向けて過労状態だった軍令部は、Hの執拗な嘆願(それが通ってもHの案が採用されるかどうかは別の話なのだが)に、ついに要求性能の制限を撤廃した。
ただしHに対しぬぐい難い不信感と怒りを抱きつつ。
そんなことを察しようともしないHは意気揚々と艦政本部長室に、何枚も出していた試案のひとつとともにこの「朗報」を持ち込み、冒頭に至ったのである。
564 :ひゅうが:2012/04/15(日) 02:07:04
Hの顔は青ざめ、体はガタガタと震えはじめていた。
察しの悪いHは、艦政本部長の言葉ですべてを理解したのだった。
そんなHを一瞥した本部長は、「今日はもう帰れ」と一言言い、彼の案を「処理済み」の書類箱に置いた。
Hは己の所業を恥じつつ、帰途につくしかなかった。
都電にゆられつつ、虚ろな目でHは帰途についていた。
既に、設計に没頭しはじめてそれなりの時間が経過しており、彼は同僚や先輩たちが提出した試案を見てその都度改正案を出していた。
そのため、ハワイ沖での大勝利に沸く帝都の様子に、町を歩いてようやく気付いたのだった。
今更に、「自分が作りたい艦のために暴挙をやらかした」ことをHは恥じた。
この分では自分がよかれと思って考えた艦もお蔵入りとなるだろう。
いや、「基準」と「満載」の違いも聞かずに設計にとりかかるというあるまじき失態を犯した自分だ。
考えもしていない欠点も数多くあるはずだ。
そう考えると、Hは自分が完全な形で生み出せなかった「娘」に心底申し訳がなかった。
と、彼の肩を叩くものがいる。
さぞかし情けない顔をしているのだろうなと思いつつも振り返ると、そこには先輩造船官(仮にQとしておく)をはじめとした同僚が幾人か立っていた。
本当に久しぶりに先輩たちと食卓を囲んだHは、変な気負いもなくこれまで見た案への質問をすることができた。
自然、話題は「将来あるべき戦艦」や「将来の海軍」についての話になっていく。
自分に気をまわしてくれた先輩たちに感謝しつつ、ふとHは思う。
「もしや、将来あるべき海軍について皆は一致した見解を持っているのだろうか?」と。
上司のさらに上に位置する
夢幻会という集まりでは何か共通認識があるようだが、それを理解できている者が果たしているだろうか?と。
いや、とHは首を振る。
自分のような若手や、あの八八艦隊を本気で作ろうとした少壮の士官たちは必ずしもすべてを理解してはいないだろう。
だが、それでは困る。
これから作り上げる戦艦は、今後数十年にわたって「史上最強の戦艦」として海上に君臨し続ける。
改良を加えられる過程で、その当初の建造目的を忘れ、国力の浪費につながる無茶な改装をされては本末転倒だ。
ならば、自分は何をするべきだろうか。
――Hは一晩考えた末、艦政本部長に軍令部との連絡役を買って出た。
嫌そうな顔をする上司に頼みこみ、Hは将来の海軍について上層部が何を考えているのか、そして仮想敵たる欧州枢軸や潜在的な敵国たる英国がどのような方針を持っているのか調べ上げることにしたのだ。
その過程で、「総研」にも頼み込んで資料を集め、結果「建造可能な艦の性能」と「海外の方針を受けた『最強戦艦』の条件」を自分のようなものにも分かるようにまとめあげる。それがHが自分に課した仕事だった。
本部長に「それに基づかない戦艦は認めないのか?」と問われたHは答えた。「いえ、それ以上に優れたものがあれば『なぜそれが優れているのか』説明する資料とするつもりです。」
だが、と本部長はさらに言う。
「それでは貴官が『それ以下の浅はかな知恵しかもっていなかった』と後世に伝えることになるが?」
「構いません。」Hは言った。
「むしろ、私はそれ以上の艦を見てみたいのです。」
Hは、本部長の机の上にある美しくも恐ろしい図面を見つめた。
Qか、Kか…決めるのは上司だが、今の自分ではあれほど美しい艦は作れないだろうな。とHは思った。
いや、自分はそれを喜ぶべきなのだ。
それがあるということは、自分の至らなさと対比され、「あの娘」が長く美しい女王として海上に君臨することができるということなのだから。
最終更新:2012年04月15日 07:17