426:戦車の人:2025/08/03(日) 18:45:47 HOST:110-130-196-35.rev.home.ne.jp
- RSBC日本大陸・英本土陥落及びコモンウェルスの復活
1939年に始まった第二次世界大戦は大英帝国にとって苦難と屈辱の戦争であった。
彼らは近代以降、他国の軍隊の侵略を許したことのない本土を爆撃され、海軍は大きな傷を置い、ついには敵軍の上陸を許した。
急遽派兵された日本陸海空軍の適切な支援のもと、国家の根幹である人材や組織、技術を脱出せしめたことは奇跡と言える。
一方で第三次世界大戦休戦まで宰相を務めるウィンストン・チャーチルは、かなり早い段階で英連邦加盟国への投資を開始。
それこそ世界大戦勃発の段階でカナダ、オーストラリア、インド、中国より租借する満州の工業地帯近代化に着手している。
回顧録によれば安々敗北を喫するつもりは毛頭ないが、この度の戦は保険なしに切り抜けるのは困難と執筆されていた。
それこそポンドがハードカレンシーを維持している。あるいは満州等を経由した円、ドルなどの外貨が有効に使える間に。
彼はもう一つの大英帝国と呼べるシステムを連邦加盟国に構築しつつあり、帝国日本もそれを支援している。
優勢な敵手を相手とした場合、戦える間に後背地を盤石とすると良い戦略的視点はまことに妥当で堅実なものであった。
このような事前準備無くしては王室、政府、軍隊、民間技術者、企業の迅速な国外疎開はけして為し得なかっただろう。
仮に日本からの援軍が適切な支援を行い、ドイツ軍を大いに苦しめているとは言えそれだけで成功するものではなかった。
なおジョージ6世は脱出の順位は最後で良いと固辞したが、国体維持と捲土重来のためと説得され、やむなく第一陣で脱出した。
主な当初の脱出先はカナダ、日英保護国であるエジプトなど比較的英本土から近い連邦加盟国や保護国であった。
スエズ運河北端ポートサイドは英連邦の宝玉とも言うべきインドに直結しており、是が非でも死守するべき地域と運河であった。
カナダはオタワに臨時政府・首都が開かされたことから、やはりカナダ軍と共同して本国軍残余が堅守すべき国家であった。
合衆国が欧州戦争に対し中立を宣言、日英同盟と欧州連合の軍艦のパナマ運河通行制限を行ったことも、事態を複雑化させた。
チャーチルの先見の明や日本の支援、技術者や企業の脱出は確かに加盟国各地に工場や造船所等を増やすことに成功している。
しかし大きな損傷を負った大型軍艦や優良船舶の復旧は、初期段階では日本に依存せざるを得なかった。
故に彼らはスエズ運河を通過するか南米を迂回して豪州から急派されたタンカーの支援を受け、日本を目指さるを得なかった。
戦前の段階で日英同盟と合衆国の関係が最悪に近いとは言え、半ば利敵行為と日英は批判したが合衆国は知らぬ顔であった。
第一次世界大戦を介した欧州利権、あるいは満州里権への食い込みの不完全燃焼という金の恨みはそれほどであったのだ。
一通りの脱出作戦が一応の成功を収めた後、英本国軍及び英連邦軍の主戦場は自然と北アフリカに移行した。
ドイツを宗主国とする欧州連合からすればスエズ運河と北アフリカを押さえれば、インド洋さえ攻撃対象とすることが出来る。
その主体は潜水艦や航空機となるであろうが、海洋国家にとってそれらによる通商破壊の恐ろしさは言うまでもない。
故にチャーチルはポートサイドの港湾機能、日本が持ち込んだ自走乾ドックで修理可能な戦闘艦の大多数を同方面へ集結。
一時期は英国製は人間だけと言われるほど大量の軍需物資、兵器を日本から供与された陸空軍も再編の上で投入された。
インド洋各地に根拠地を英連邦の承諾を受けて設営し、北アフリカの英軍を支援する日本陸海空軍も兵力を増強している。
1941年より始まった北アフリカの戦いもやはり苦闘であった。イタリアやマルタ島から展開する潜水艦、航空機は紛れもない脅威だった。
ルフトヴァッフェは戦闘機の航続距離の短さを増槽の標準装備、マルタ島への前進基地設営で補った。
用いる機材もFw190AやJu88、Do217など実用性に長けた侮れない高性能機が多数で、辛うじて再編なった英空軍を苦しめた。
Uボートも侮って良い相手ではなかった。日英共同開発による高性能な各種ソーナーや無線傍受装置、対潜兵装は確かに有効だった。
しかし英本土脱出に際して余りに多くの駆逐艦、護衛艦を失っていた英海軍は、その有効性を発揮することに苦難を覚えた。
無論日本海軍も多数の駆逐艦と海防艦を展開し、Uボート制圧に奮闘しているが、策源地の距離の違いから損害も少なくなかった。
救いといえば英国海軍が正規空母、戦艦、重巡、大型軽巡等を7割程も本国から脱出せしめたことであろう。
地中海方面にはセント・ジョージ級やキングジョージ5世級など有力な16インチ砲戦艦、サリー級等の新型巡洋艦多数が展開。
英空軍や日本統合航空軍。イラストリアス級等の航空支援を受け、欧州屈指のイタリア海軍封殺には成功している。
427:戦車の人:2025/08/03(日) 18:46:40 HOST:110-130-196-35.rev.home.ne.jp
だが現状維持ではやがて犠牲を厭わない強行による北アフリカへの独伊軍上陸は、ほぼ間違いないと日英共に判断していた。
一部マニアが誤解する向きがあるが、イタリア軍もけして能力や勇気に不足はなく、燃料事情も急速にドイツにより改善されている。
海軍は日英ですら認めざるを得ない優秀な艦艇を多数有し、空軍もドイツからの技術供与で優秀な機体多数を生み出していた。
陸軍に関しては-英本土防衛戦の段階でドイツは長砲身中戦車(4号中期型)や重装甲突撃砲(3号後期型)を投入している。
日英もこれら鹵獲戦闘車両を研究しその手強さを認め、日本製戦闘車両や重砲多数の供与をもってしても容易な相手ではなかった。
恐らくイタリア軍もこれらに準ずる兵器を供与、あるいはライセンスないし独自開発生産していると、当時の日英は見積もっている。
実際は欧州連合も西欧から東欧の支配、英本土上陸作戦で総統に損耗し、特に兵員や戦時生産能力が限界に等しかった。
なればこそイタリア海軍や空軍に多分に依存せざるを得なかったなど、けして彼らも余裕がある状況ではなかったが。
しかしこの頃になると陸軍と空軍の項目で述べた通り、日本からのほぼ無償のレンドリースが準戦時体制で本格化していた。
特に英国を喜ばせたのがシーレーンを維持する巡洋艦、駆逐艦、海防艦、護衛空母などの大量供与の成立であった。
保管艦となっていた球磨型軽巡洋艦や睦月型駆逐艦、戦時量産を一義とした松型駆逐艦や丙型海防艦。
商船を原型としつつも油圧カタパルトを装備する1万トン級護衛空母多数が、英連邦海軍へ引き渡されたのである。
勿論装備は最大限日英で共通化されており、マイクロ波レーダーや各種ソーナー、電気機械方位盤を搭載。
武装も対空、対潜戦闘に長けたものを有し、英海軍が今なお多数保有する大型戦闘艦を補佐するのにも適していた。
護衛空母と駆逐艦、海防艦の設計図面は英連邦各地の造船所に主送られ、自前でも多数の建造を果たすことになる。
初期段階で20隻も引き渡された護衛空母は艦上機さえ格納庫と飛行甲板に携え、英連邦海軍に引き渡された。
大多数は護衛空母で扱える1500馬力級の航空機だったが、人員はともかく機体を完全に失った英海軍航空隊を喜ばせた。
主な機体は零戦33型や彗星22型であり、彗星を原型とした偵察機や哨戒機を含め1000機以上が供与されている。
これらの全てが北アフリカの戦いに適宜間に合ったわけではなく、ポートサイドは兎も角、北アフリカへの陸軍上陸を許している。
天才的戦術家として知られるロンメル大将の良好な指揮、練度と装備双方に優れる北アフリカ軍団は大いに日英を苦しめた。
しかしポートサイドやスエズを陥落させることは出来ず、戦場から離れたインド、オーストラリア、満州、日本からの良好な兵站。
やがては英連邦加盟国の戦時体制移行により獲得した兵員、各地の造船所や工場で製造される莫大な兵器が戦線へ展開。
兵器の質の面でも日本製、あるいは日英共同開発のそれはやがて逆転を果たし、陸上と海上双方で独伊の兵站を減殺。
航空兵力もマーリン改良型を搭載するスピットファイアや三式戦闘機、果ては空冷2000馬力級戦闘機多数が増援として投入。
航空優勢も危うくなるにつれ北アフリカの独伊軍は次第に追い詰められ、強力なイタリア海軍も空襲で痛めつけられた。
Uボートも多数の護衛艦艇と哨戒機投入により魔力を失いつつあり、多数の熟練兵員喪失によりデーニッツが青ざめるレベルで損耗。
急速な練度と戦力低下をきたし、子飼いのロンメルとその軍団を失うことをそれたヒトラーは、北アフリカ戦線からの「転進」を発令した。
実に海洋国家らしい兵站の優位で独伊を退けた日英同盟であるが、陸軍と航空兵力の損耗は無視できない深刻なものだった。
レーダーと超短波無線を用いた航空管制のもとでの防空戦、近接航空支援に徹したにも関わらず、多くの航空機と搭乗員を損耗。
最終的に物量でも劣勢となった独伊空軍がどれほどしぶとく戦ったについて、ある統合航空軍参謀等は反応弾開発に振り切れてしまった。
陸軍においても九七式や一式といった英国製戦車と一線を画する中戦車も、ドイツ軍の巧みな戦術により相当数を損耗。
野戦重砲隊の弾薬消耗率も当初見積もりの倍以上であり、スエズ運河と高速貨物船の兵站によって辛うじて火力を維持していた。
意外なことに歩兵戦闘では半自動小銃から重迫撃砲まで火力で優越し、多大な出血を独伊に強いたが、教訓を与えたことも確実である。
1941年から1943年にかけての北アフリカの苦闘は、ドイツがソビエトへ主戦場を転換したからこそ、辛うじて勝利できたと言えるものである。
だが勝利は勝利であり稼いだ時間を用いインド、カナダ、オーストラリア、満州等の英連邦策源地は著しく生産能力と技術力の向上に成功。
概ねほぼ全ての軍需物資自前で賄えるだけの国力を獲得し、次なる戦争に備えることが出来た。まこと英国人とはしぶといものである。
428:戦車の人:2025/08/03(日) 18:47:50 HOST:110-130-196-35.rev.home.ne.jp
以上。RSBC日本大陸世界におけるスーパーブリカスマンの復活でした。
彼らが本土を失った程度で諦めたり挫けたりするわけがない。まして史実米国以上の日本の支援付きで。
そんなことをイメージして書いてみました。wikiへの転載はご自由にお願いします。
最終更新:2026年04月09日 22:21