アットウィキロゴ
489:戦車の人:2025/08/04(月) 08:54:59 HOST:110-130-196-35.rev.home.ne.jp

  • 前文

1940年から1941年の北アフリカ戦線は文字通り危機的状況に置かれていた。
海軍を除けば殆どの重装備や兵站物資を失った英仏軍は、それでもこの土地を死守しなければならなかった。
理由は言うまでもない。ここを抜かれればアフリカから東南アジアに至る植民地、コモンウェルスが直接厄される。

更にスエズ運河を失えばドイツを宗主国とする「欧州連合」はアデン湾、インド洋に自由に進出可能となる。
そうなってしまえば今度こそ英仏という国家は瓦解しかねない。策源地もシーレーンも失えば戦にもならない。
戦間期の合衆国との技術交流で高性能化したUボートや航空機の猛威については、英本土陥落がすべてを物語っている。

英国の同盟国にしてフランスの友好国でもあり、唯一本土が戦場から遠い日本も他人事ではなかった。
彼の国の国力全てを傾ければ北アフリカを抑え、イタリアまで逆侵攻を行うことも不可能ではない。しかしそれは不可能だった。
中立国を謳いつつも合衆国が露骨にフィリピン等へ軍隊を展開し、オレンジプランを匂わせる軍拡を開始していた。


なればこそ日本は海軍や統合航空軍を、少なくとも規模の面でこれ以上欧州派兵を拡大するのが困難であった。
故に軍靴から護衛空母に至る軍需物資供給と兵站全てを、本土と満州の工場をフル稼働させ担ったのである。
なお北アフリカ危機当時、合衆国内ではドイツ側についての参戦が盛んに議論されている。

腹立たしい太平洋を挟んだ白人国家を当面無視しつつ、まず本土と満州で無数の軍需物資の生産が開始された。
更には比較的戦場から遠い豪州、インド、カナダ、満州英国租界、インドシナ等の産業近代化支援も並行して実施。
ほぼ赤字になることを承知の上で英仏の連邦加盟国や植民地の産業化を、スポンサー権限で推し進めている。

その際に植民地や連邦加盟国労働者の待遇改善も行い、生産性向上と宗主国を見限らぬ支援さえ施した。
英仏からすれば主権侵害に近いが、そこまでしなければ北アフリカで彼らを踏ん張らせることは不可能だった。
様々な日本製の軍需物資について一応資源バーターだが、安価なパテントでのライセンス生産さえ認めている。


日本政府(夢幻会)からすれば一見危機的状況だが、同時に千載一遇のチャンスでもあったのだ。
ここでドイツ、イタリア、ヴィシーフランスを大いに損耗させてしまえば、彼らの視線は自然とカナダに向くであろう。
また「原作」で大艦隊を派兵しソコトラを踏み潰し、スエズへ逆侵攻することを思えばまだ低コストであった。

かくして最初は日本と満州から、やがては英連邦とフランス植民地から無数の軍需物資が生産されることになる。
それらは時折臨検さえ呼びかけるフィリピンの合衆国軍に辟易しつつも、護送船団によりインド洋を経由し運び込まれた。
無論、高速戦標船や到着すればそのまま供与予定となる護衛艦も、中小企業さえ動員し多数建造されている。

この頃の日本は中小企業の工場でさえ戦車や航空機、戦標船や護衛艦を十分製造、建造可能となっていた。
当然国債発行額は大きなものとなるが、英国より亡命を果たしたケインズ博士の直接助言を受け積極財政を開始。
戦争特需と言えばそれまでだが拡大再生産による税収増台、国力拡大に漕ぎ着けてもいる。


かくして一時期北アフリカの守りは規模の限られた遣欧軍、遣欧艦隊、英仏海軍のみという状況は半年で変貌した。
将兵以外は日本製か満州製とさえ言われる規模の日本式装備が軍靴軍服から護衛空母、爆撃機まで大量に到着。
それら兵站管理をパラメトロン電算機多数さえ投入(トランジスタは流石に秘匿対象だった)し効率化。

必要な物資と装備を必要な分量、必要な場所と必要な時間へという流通管理の理想をほぼ成し遂げたのだ。
最初期の軍需物資供与に多数の四輪駆動車やトラックを送り込み、陸路兵站を真っ先に機械化したことも大きかった。
結果として日英仏はまず物量で、やがては質でも欧州連合軍に優位に立ち、北アフリカ・中東死守に成功することになる。

まさに兵站によって勝利を果たした戦争と言って良い。兵站により日英仏は北アフリカから環太平洋を守り抜いたのだ。
なおエルウィン・ロンメルDAK司令官は故意に見逃された-ヒトラーボーイズとプロイセン将校団の溝をより深くするために。
以下においてはその兵站を介して北アフリカに送り込まれた装備、その代表的なものに触れてゆきたい。

490:戦車の人:2025/08/04(月) 08:56:47 HOST:110-130-196-35.rev.home.ne.jp
  • 四輪駆動車及び六輪トラック

トヨタやいすゞ(1925年に石川島より独立)等が大量に供給した四輪、六輪自動車は何より同盟国を喜ばせた。
どれほどの兵員や重火器、戦闘車両や航空機を供与されても活発な兵站なくしてそれらは真価を発揮しない。
第一次大戦以降、糧秣から弾薬まで軍需物資の消耗量は急激に増大し、それらを支える車両の価値は計り知れない。

生産性向上の為に設計は簡素化されたが、信頼性と実用性は高く、スエズを守る英仏軍だけで六桁単位で供与されている。
無論、代償として英仏植民地から採取可能な資源の、同盟国価格取引などの形で一定の支払は行われている。
しかし後述する他の兵器も含めた場合は破格の安価さと言える。当初の生産は日本本土と満州で実施。

やがてはパテント販売の形で英連邦加盟国、フランス植民地等の現地企業にも日本が支援する形で工場を建設。
ライセンス生産が行われるようになり、英仏の脱出を果たした自動車メーカーや技術者の手で内製化されることになった。
日本製の四輪駆動車や六輪トラックは合衆国や欧州のそれに比しても扱いやすく堅牢で、遜色なく好評を博した。

四輪駆動車は軽野戦車と小型トラック、六輪トラックは3.5トン積載であり機動性やペイロードにも優れている。
前者は武装を施しテクニカルとして、後者は大出力無線機を搭載した通信車等としても活用されている。
なお元ネタは陸自の各種トラックであり、戦間期の米独技術交流による独軍自動車化推進に伴い解禁されたものである。


  • 歩兵用銃器

こちらも自動拳銃から重機関銃まで多岐にわたり、やはり日英で弾薬規格を共通化させたものを多数供与している。
9ミリ自動拳銃及び機関短銃、7.7ミリ小銃弾で統一された半自動小銃、軽機関銃、重機関銃が該当する。
こちらは日本と満州だけではなく、比較的軽便な装備故に英連邦各地で初期から量産に漕ぎ着けてもいる。

機関短銃、半自動小銃、軽機関銃等を歩兵火力の根幹と出来たのは、偏に自動車化された兵站の恩恵にある。
これら自動火器は相応の火力を保証するが、それに比例して莫大な弾薬と予備部品を消耗するものである。
兵站の自動車化や輸送船舶数が十分で、策源地が戦線から遠く離れているからこそ実現できた歩兵火力である。

軽機関銃や重機関銃を多く装備するのは列強の軍隊で珍しくもない、ドイツ軍も名銃MG42を大量配備している。
一方で機関短銃と半自動小銃を標準のように装備するのは合衆国軍と日本軍、日本の友好国の軍隊程度である。
豊富な兵站と軽機、重機の射撃と併用した場合、ドイツ軍擲弾兵を火力で圧倒することもしばしばであった。

徹底した共通規格化による高い生産効率もあり、北アフリカ戦線だけで日本製銃器は100万挺単位で投入された。
独自性を重んじるフランス軍でもその信頼性は評価され、ライセンス生産を行うほどには優秀な歩兵火器であった。
なお元ネタはFNハイパワー、ステンMk5、ZH29、ZB26、Vz37であり、チェコ製が多いのは高い信頼性と作者の趣味である。


  • 軽便火砲

日本陸軍が国府軍への武器輸出競争で培い、大きく技術を高めた兵器の一つに歩兵用軽便火砲が存在する。
多くの武器輸入を成し遂げたとは言え、未だに自動車化が不十分な国府軍では人力展開可能な火砲が望まれた。
当初は歩兵支援火力として、やがて共産匪が戦車を持ち出すに至っては対戦車火力としても。

前者に関しては日本陸軍でも多用されていた複数種類の迫撃砲を、部品点数減少など再設計による合理化を実施。
60ミリ、81ミリ、120ミリの三種類の迫撃砲として結実し、特に120ミリは重量300キロながら野砲レベルの火力を発揮した。
国府軍では人力分解、馬匹輸送が主体だったが、それでも共産匪を支援火力で圧倒する猛威を振るっている。

後者は成形炸薬弾を用いることは早々に決まり、小銃擲弾等がまず開発され、それから無反動砲開発へ至った。
砲身にライフリングを刻んだクルップ式無反動砲であり、国軍と繋がりの深いボフォース社と共同開発の形を取っている。
軽合金をある程度適用することで14キロ程度に収め、ライフル砲故に多種多様な砲弾を使える長所を持つ。

船舶と車両による潤沢な兵站に支えられ、多数投入された軽便火砲はドイツ軍を相手としても遜色はなかった。
複数種類の迫撃砲による射程をカバーした支援砲撃、軽便歩兵砲として使える無反動砲は極めて危険と評価されている。
なお元ネタは言うまでもなく陸自の迫撃砲と無反動砲である。歩兵火力密度を高めると結局ああなってしまう。

491:戦車の人:2025/08/04(月) 08:57:50 HOST:110-130-196-35.rev.home.ne.jp
  • 戦車

初の世界大戦で有用性を示し、第二次大戦のドイツ勝利に大いに貢献した兵器の最たるものである。
彼らは合衆国との技術交流などにより、開戦劈頭より長砲身75ミリ砲を備える中戦車や突撃砲を多数装備。
装甲擲弾兵や自走砲と有機的な連携に基づく機動突破で、欧州大陸を下し英本土を占領したのだ。

強力なドイツ装甲部隊を相手にAFVの殆どを失った英仏機甲部隊は、やむなく日本を頼る他なかった。
日本も遣欧軍経由で戦況を知悉したがゆえに即断し、まず二線級となりつつあった25トン級の九七式戦車を。
やがては遣欧軍向けも含め35トン級の百式戦車多数を、戦車回収車や輸送車とセットで護送船団により投入。

何れも英仏製戦車より信頼性と実用性に優れ、高初速75ミリ砲と重装甲を持つ百式は性能でも完全に凌駕した。
多数の支援車両と自動車、果ては輸送鉄道拡大の恩恵もあり、師団あたり最低増強大隊の密度での配備にも成功。
練度はいまだしでも物量で上回り、百式に至っては性能でも上回り始め、ドイツ装甲部隊の衝力を削いだ。

どちらかといえば機動防御運用が多かったが、それ故に歩兵と砲兵、工兵と密接な運用が可能なことも幸いした。
それまで無敵を誇ったドイツ装甲部隊はここで初めて苦杯を嘗め、怒り心頭の総統により車両開発路線を歪められた。
将来主力と決定していた5号戦車だけでなく、各種重戦車開発という回り道を余儀なくされてしまったのである。


  • 重砲及び高射砲

陸戦で最も大きな打撃力を持つ兵科の一つが砲兵であるのは、それこそ18世紀かそれ以前からの常識と言える。
そして陸戦の女神というべき各種火砲を英仏軍は根こそぎ失うか放棄し、本土から脱出せざるを得なかった。
英仏はそれぞれ用いる単位基準からして異なるが、なればこそ日本式で統一し近代化を行うチャンスでもあった。

戦間期に合衆国から相当数の工作機械を買い込み、リバースエンジニアリングしたドイツの砲熕技術は高い。
それに対抗するべくカノン榴弾砲ともいうべき九六式30口径155ミリ榴弾砲が、野戦砲兵の主力として供与された。
20キロ近い射程を持ち規模に比して軽便性に優れ、商用トラクターベースの安価な牽引車とセットで大量供与された。

本来は軍砲兵レベルの火砲を師団砲兵レベルで量産し、最終的には師団あたり60門を超える密度で配備されている。
また航空機の脅威から我が野戦軍を守るべく高射機関砲や高射砲も、機動性に優れるものを優先して供与された。
ボフォースのそれをライセンス生産した75ミリ高射砲、40ミリ機関砲が主流で、こちらもトラックや牽引車で機動化されている。

当然これら多数の高初速砲は天文学的な弾薬を消費するが、真っ先に兵站を自動車化したことが概ね問題を解消した。
Uボートや航空機の護衛を跳ね除け前進する護送船団の献身は言うまでもない。
また優秀なドイツ砲兵や空軍に対抗するべく、各種計算機に真空管やパラメトロン演算器が多数投入された戦線でもある。

492:戦車の人:2025/08/04(月) 08:58:45 HOST:110-130-196-35.rev.home.ne.jp
  • 丙型海防艦

大型艦をそれなりに脱出に成功させた英仏海軍であるが、小型艦艇の損耗率は激甚なものがあった。
潜水艦、航空機などの脅威から大型艦や商船を守るために身を呈し、総員戦死という形で失われたものも少なくない。
そんな彼らに特に不足していたのが対潜艦艇、護衛艦艇であり、北アフリカを根拠地とした後も苦しんでいた。

これに対して日本海軍が建造半年未満で大量建造を行い、英仏海軍へ提供したのが丙型海防艦である。
中小工場や造船所でも量産可能なようにハイテン鋼を主体とした直線構造で、排水量も1000トン程度である。
主機も安価な商用ディーゼル2基をシフト配置で搭載し、航続距離こそ長いが最大速度は18ノットに留まった。

一方でやや古いが機力化された12サンチ高角砲3門、40ミリ機関砲4門、20ミリ機銃8門と対空兵装は充実。
対潜装備もヘッジホッグ1基及び爆雷投射機8基、簡易聴音機付爆雷100発以上と豊富であった。
小型艦相応とは言えマイクロ波電探、高射方位盤、水中探信儀及び聴音機、水中攻撃指揮装置も備えている。

欧州水準では十分コルベットやフリゲートに該当する戦闘艦で、空調装備など意外に居住性にも優れていた。
日本海軍から指導人員が送りこまれ、最終的に英仏海軍合計で120隻程もが北アフリカに限っても供与されている。
特に対潜戦闘能力は高く、対潜哨戒機と連携し独伊潜水艦に甚大な損害を与え、通商破壊戦阻止に貢献した。


  • 松型駆逐艦

日本海軍が二度目の世界大戦勃発を見越し、必要十分程度の性能と量産性を企図し設計した中型駆逐艦。
徹底した量産性向上と低コスト化に努め、最短で竣工まで7ヶ月まで工期を短縮し、早期大量建造を行っている。
先の世界大戦の教訓を鑑みればどれほど護衛艦艇があっても、足りるということはないという教訓に基づいている。

海防艦と同様に直線主体設計かつハイテン鋼も多用し、まさに戦時急造艦という無骨な外観である。
基準排水量は1500トン程度であり、シフト配置主機3万馬力で最大30ノット、巡航16ノットで4000海里程度を走る。
当初より小さいながら戦闘指揮所を備え、超短波無線を用い海防艦複数を率いる程度の能力も有する。

兵装は魚雷こそ61サンチ4連装発射管1基に留まるが、対空兵装として12.7サンチ高角砲4門と40ミリ機関砲8門。
対潜兵装としてヘッジホッグ1基及び爆雷投射機複数、簡易聴音機付爆雷40発以上を備えている。
マイクロ波電探及び高射方位盤、探信儀や聴音機を一体化した実用性の高い水中攻撃指揮装置も搭載している。

本来であれば日本海軍の海上護衛総隊に配備予定の艦だったが、英仏海軍の小型艦減耗から方針を転換。
初期ロットの40隻などは全艦が英仏海軍に供与され、また中小造船所や工場によるライセンス生産を認めている。
一見凡庸であるが汎用性の高いこのクラスこそ、第三次世界大戦まで英仏海軍の駆逐艦兵力を支えることになる。


  • 戦標船改造護衛空母

海防艦や駆逐艦の項目で述べた通り、日本海軍は先の世界大戦の教訓から総力戦では多数の護衛艦艇が必要である。
なおかつ航空機の支援無くして船団護衛は成し遂げられないと判断し、商船ベースの護衛空母設計を研究。
1937年にはTL1号型として排水量1万トン、油圧カタパルト1基、搭載機20機程度の護衛空母開発と建造に成功。

なおTLとは戦標船のタンカー型を原型とした故の命名で、大量建造が前提故にナンバリングで艦名は管理された。
第二次世界大戦でも遣欧軍や遣欧艦隊向けの護送船団につき最低1隻は配備され、防空及び対潜哨戒に活躍した。
そして相当数の空母を失ってしまった英海軍、海軍航空隊を新設せねばならない仏海軍にはうってつけの空母でもあった。

英仏に供与された護衛空母はTL改型と呼ばれ主機をシフト配置とし、船型を基準排水量12000トンまで大型化。
高速昇降機2基を備え、零戦や空冷彗星ならば迅速な離着艦を可能とするややハイエンドな護衛空母である。
多数の超短波無線機と戦闘指揮所を備え、護衛艦隊の旗艦としての任務を果たす能力も付与されている。

そのような艦を日本は本土と満州の中小企業に「雇用創出」を兼ねて30隻近くも、英仏に供与したのである。
勿論設計技術などは早々に英仏に自力建造を果たしてもらうため、資源バーターとは言えほぼフリーパテントに近い形で。
北アフリカ、地中海の戦いで何より独伊海軍を苦しめた空母と評され、後の英仏国産空母再建にも影響を与えている。

493:戦車の人:2025/08/04(月) 08:59:44 HOST:110-130-196-35.rev.home.ne.jp
  • 艦上航空機

英仏両国に多数が供与された護衛空母であるが、飛行機のない空母は浮かぶ箱に過ぎないのは論を待たない。
一方で油圧カタパルトや昇降機を有するが船型規模が限られる故、日本海軍が採用している最新鋭機。
2000馬力級発動機を搭載する艦上戦闘機、攻撃機、偵察機の運用は困難なことも当初から織り込まれた。

結果として選ばれたのは二線級装備となりつつあった零戦、彗星艦爆、二式艦上偵察機などであった。
艦爆と艦偵は発動機を水冷から零戦と同一の金星に換装、プロペラも共通化し整備性を高めている。
今の英仏海軍に空冷と水冷発動機を並行して扱うのは、まして護衛空母では至難の業と判断されたが故である。

では安かろう悪かろうと言えばそうではなく、大きな戦闘行動半径や400キロ近い巡航速度は間違いなく優れていた。
零戦も運動性や継戦能力の優越でFw190に対抗可能で、彗星は500キロ爆弾を抱え急降下爆撃を行えた。
何より信頼性と操縦性、整備性に優れている点が英仏海軍航空隊を喜ばせ、1000機を超える数量が質を補った。

また彗星等は日英共同開発の磁気探知機、小型電探等を備えた対潜哨戒型も開発されている。
来援する護送船団の直掩、欧州連合輸送船への襲撃、対潜哨戒等に犠牲を払いつつも奮戦し続けた。
無論、マイクロ波レーダーや超短波無線機を用いた良好な情報共有と連携戦術も、その奮戦を支えている。


  • 陸上航空機

英仏空軍はあたう限り奮戦を示し続けたが、やはり合衆国式技術を得たドイツ空軍を前に損耗は激甚であった。
特に彼の国がダイムラー・ユンカースの水冷エンジン技術と引き換えに供与した、空冷大馬力エンジン技術が厄介であった。
信頼性や出力に優れる1500-2000馬力級空冷エンジンは、Fw190やHe111といった優れた機体を多数生み出した。

海軍向けの航空機が護衛空母とセット故に性能限界があるため、自国空軍向けを含め日本は最新鋭機を投じた。
モノコックボディとトラス箱桁直結主翼という堅牢な構造に、ライセンス生産したマーリンエンジンを搭載した三式戦闘機。
統合航空軍として初の空冷2000馬力級戦闘機となる二式戦闘機などが代表的で、真っ先に大量に送り込まれた。

強大なドイツ軍を前に日英仏陸軍を踏み止まらせる攻撃機、襲撃機の類も高性能なものが投入されている。
護衛空母で用いられている空冷彗星の陸上機型、金星を双発で備える二式襲撃機等が戦闘機同様に多数投入。
戦略情報を得るための偵察機としては未だに試作機に等しいキ83-後の三式司偵の先行量産型さえ送り込まれた。

水冷、空冷双方で優れた心臓を手に入れ、航空魚雷さえ合衆国より学んだドイツ空軍はそれほど恐ろしいものであった。
無論のことこれら最新鋭機多数を過不足なく稼働させるべく、数多の各種輸送機が後方を支えたのは言うまでもない。
なお戦略爆撃機までは投入されなかった-1万機以上を用いた航空撃滅戦の兵站、その限界を超えてしまった故である。


  • 対潜哨戒機

上に述べた通り日英仏は戦略爆撃機投入を断念したが、それはもう一つの理由が存在している。
多数の護送船団を周辺から防備する大型哨戒機投入が優先され、敵策源地を叩くほどの余裕がなかったのである。
合衆国と相互に潜水艦技術を秘密裏に交流し、高性能化を果たしたUボートはそれほど恐ろしいものであった。

護衛空母の艦上機だけで自信が持てなかった彼らは、最終的に四発対潜哨戒機投入を決心することになる。
やや旧式化した九六式爆撃機を原型としてマイクロ波電探、磁気探知機、無線傍受装置等を搭載。
依然として4トン以上残されたペイロードは護衛艦艇の爆雷と同じく、簡易聴音機を備えた25番対潜弾16発を備える。

発動機も同じ火星系列だが性能改善を図り1900馬力まで増力され、対潜装備増設に耐える出力を維持した。
無論、高価かつ貴重な機体故に防弾装備や自動消火装置に怠りはなく、自衛用に12.7ミリ機関銃10門さえ有する。
最終的に「東海」と統合航空軍で命名されたこの哨戒機は、日英仏合計で北アフリカ戦線に160機以上が展開。

戦闘機の援護を受けつつ最低2機の編隊で哨戒行動を行い、水上艦や艦上機と連携して多くの輸送船を守った。
低速巡航で15時間の飛行が可能で、豊富な対潜装備を備える本機の活躍こそ兵站の守護者と呼ぶ者も多い。
投入数の問題から潜水艦撃沈数はさほどではないが、攻撃チャンスを阻害されたUボートは数知れないとされている。

494:戦車の人:2025/08/04(月) 09:02:46 HOST:110-130-196-35.rev.home.ne.jp
以上となります、長くなりまして申し訳ありませんでした。
ひゅうが様からヒントを頂いたRSBC本編のドイツは、カナダ侵攻まで合衆国と蜜月だったのではないか。
だからこそ弾道弾やジェット機、熱核兵器などをあれほど順調に配備できたのではないか。

そのような技術交流は幅広く行われた場合、ドイツ陸海空軍はより恐るべき相手になるのでは?
そういった要素を加味して北アフリカ戦線での英仏軍へのレンドリース、英連邦や植民地の産業促進を行ってみました。
本当に勝てるんでしょうか。こんな悪魔合体を果たしたドイツに。

ここまで密接だとワンチャンちょび髭が米国侵略とか断念したり…しませんよね?()
wikiへの転載はご自由にお願いいたします。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2026年04月09日 22:26