596 :①:2012/04/15(日) 18:18:18
~穏やかな水交社にて~
1.
東京港区の芝公園の一角にその建物はある。
「水交社」
帝国海軍士官のクラブ。現役はクラス会を行って旧交を温めたり、時には海軍内部での「噂」話をする為にここに集う。
一時期は夢幻会派閥に対抗する為に、様々な派閥の「秘密会所」と化していたが、今や対米戦を勝利に導いた派閥に対抗しようとする者はもういない。
故に水交社の建物は本来の機能を取り戻していた。
旧交を温め、研究に励み、そして「噂」話をする、「海の男」が集う場所である。
もっともその目的も、最近では「
夢幻会の」情報や伝をたどることが主目的になりつつあって、別な意味で不健全なのかもしれないが。
そんな現状はさておき、今日も水交社の中のサロンでは海の男達が紅茶や食事を取りつつ交友を深めている。
戦争も終わりに近づいているので、サロンの中はほっとした空気が流れ、男達の顔は明るい。
中にはカードや将棋、囲碁に興じているものもいる。「対戦」を通じて交流を深めるのも男にしかわからない交流方法である。
そんな建物の二階の会議室でもある男二人の交流が行われようとしていた。
噂高い一階のサロンの男達がその二人が一緒に二階に上がるのを見た瞬間、ある者はまるで同性愛者が密会するのを見てしまったような反応を見せて眉をしかめた。
またあるものは流行の芸能人の密会を抑えた記者のように、その場を飛び出して行った。
そしてサロンは、まるで鳥のさえずりか長屋の井戸端会議と化していた。
いくら任務のことは話さない(だから「噂話」をしに来る)建前の水交社でもこの二人の男の取り合わせは微妙なラインだ。
何しろ退役したとはいえ、夢幻会「戦艦派閥」の重鎮の一人である元造船少将と、今や飛ぶ鳥を打ち落とす勢いの現役の航空本部員という取り合わせは、意外な取り合わせと思うかもしれないし、予算分捕りの下準備の打ち合わせとも見えるからだ。
そんな一階の思惑や疑惑のさざなみをよそに、二人の男は対峙する。
今日は彼らは本当に「対戦」を楽しみに来ただけである。多少「噂」話もするが下の男たちとは別の、彼ら独自の視点の興味である。
「やはり今日は穂積君は来ないのかね?」
「穂積は例の「飛翔体」のおかげでまだ北海道ですよ」
「そうか…大田君には手を回したつもりだったが…」
「いくら戦艦派の重鎮だといっても大田が言うこと聞くはずないでしょう。
それに辻さんに知れたらえらいことになりますよ?」
「たかがゲームの為に東京に呼び戻すな、か。まあそれが怖いからあまり強くは言わなかったんだが」
「彼がいないとゲームになりませんからね、それで今日はどうします?」
「しょうがない、今日はアレにしよう」
士官が控えていた給仕に合図する。しばらくして給仕が盤と駒、それに紅茶を持ってきて一礼して部屋を出て行った。
「また偉く凝ったつくりですね」
「この間、新しく作ったばかりだからな」
「いいですね、悠々自適で…」
「何が悠々自適だ。嶋田さんおかげでまだ辻につき合わされているんだ、これぐらいの役得は見逃してくれんとな」
そう言いながら盤上に駒を並べていく。
並べ終わると
「先手はワシだな」
と老人が駒を進める。
しばらく二人は無言で盤上の駒を進める。
形勢は老人の方が優勢である。
597 :①:2012/04/15(日) 18:19:28
2.
「…そういえば、新型戦艦の会議が始まりましたね」
「そう聞いておるな」
「今時、戦艦なんて…」
「それを言うな、ワシだってまさか嶋田さんが本気で戦艦を作るとは思っていなかったんだから」
「あなたが手を回したんじゃ?」
「そうじゃないのはわかっておるじゃろ、ワシは戦艦派と思われているが長門で終わりだと思ってたんだから」
「でも鉄砲屋を止められなかった」
「…全く、金田さんのおかげでとんだ割を食うことになった」
「<金田造船少将の手先>でしたからな、あなたは」
「誰が手先じゃ、ワシは知識を…」
「そういう割にはあの辻さんを金田<中佐>と一緒に攻め立てた悪名は何でしょうね?」
「若気の至りだったんじゃよ」
「ふむ、あの辻さんをやり込める「誘惑」には、あなたも勝てなかったということですね」
「それを言うな…」
苦笑しながら老人は駒を進める。
「…そういえば「噂」で聞きましたが、藤堂君が」
「藤堂君が何かしたのかね?」
「会議で「戦艦無用論」を唱えたそうです」
士官が駒を打つ
「あちゃー、そこまで親父さんに似なくてもいいだろう。彼はおふくろさんに似てもう少し常識が…」
「おふくろさんに似たから常識を優先させたにすぎません。故に航空本部では藤堂君の肩を持つものが多いですよ、航空本部は…」
「戦艦無用論のメッカだからな、さらに鉄砲屋の藤堂君がそれを唱えたとしたら…」
「味方しない奴はいません、ですが…」
「さりとて戦艦派の裏切り者の烙印を押された彼を守ることは出来かねる、か?」
「そういうことです」
「ワシに抑えろと言われても、今の連中は過激だからな」
「まあ航空本部でも似てますよ、<飛翔体>じゃなくて八発ジェット戦略爆撃機開発を強引に進めようとする人は多いですから」
「なんで男というのは10万トンを越す超巨大戦艦やら超大型爆撃機とやら好きになるんじゃろうか?」
「あなたもわかっているはずです」
二人は噂話をしながらも駒を進め続けた。
599 :①:2012/04/15(日) 18:21:11
3.
「それで、藤堂君はどうします?」
「どうするもなかろう、何とかする。しかし戦艦派は何らかのペナルティを課したがるに違いない」
「論理ではわかっているが、感情では収まらない」
「愛するが故に殺す、という屈折した心理だな。それに名前がいかん」
「藤堂の名の故に、ですか?」
「藤堂の名の故に、だ。それにまあこの世ではレイテも沖縄もない、グアンタナモもな…アレはご子息の話か」
「そのかわり艦長代理もない様に思えますが…」
「それに変わる幸運は本人の幸運に任せるしかない」
「筋書き通りに、さりとて…」
老人はそこで駒を進める手を休め、傍らの新聞を手に取る。
「いや、どうせこの世の原作破壊、いや、歴史破壊はそこかしこで起きておる、いまさらワシらが手を加えてもどうにもなるまい」
そう言って新聞の見出しを見る。
「クソッタレ、なんていう世界なんだ、ここは」
新聞はニ・三日前のもので、見出しは<帝国海軍、メキシコ・メヒカリに世界初の原爆投下>であった。
「被爆国日本が原爆投下?誰かエイプリールフールだといってくれ」
「…こんな晴れた日にイーグルに乗って飛べれば」
「なに?」
「御大の言葉を実感する日が、まさか自分にこようとは思いませんでしたよ…もっともあなたは当の昔にその言葉を実感していたようですが…」
そう言いながら士官は傍らの書類カバンから駒を取り出す。
「…それでも本当はやはりこれが作りたかったんだろう?志田一平造船少将」
先ほどの丁寧な言葉使いをかなぐり捨てた士官は自陣に駒を置いた
その駒は、青地に戦艦のシルエットが描かれていた
「ちょ、センパイ!愛で動く戦艦?今日は拡張ユニットは使わない予定でしょう?」
「うるさい、先にこちらに来たからって好き放題しやがって。いいじゃねえか、藤堂も沖縄で子供作ってうまいことやってたんだし、何が「元ネタのキャラの名を持つ人に転生したのも何かの運命」だ!」
「それとこれとは話が別でしょう!屋代センパイ!」
「うるさい!ともかく藤堂の子供は何とかしたれ、このままじゃ食いはぐれるぞ」
「それは何とかしますよ。でも藤堂の子供が海軍に来たとき「原作どおりにやれっ」て言って新型戦艦の研究会に引き抜かせたの先輩じゃないですか!」
「俺はペーペーだからな。でもお前は志田一平、造船でうまいことやりやがって、本当ならソ連に家族ごと抑留だぞお前は」
「いやこれは小説の話じゃなくて…」
「とにかくお前はこちらに先に転生して成功者だ、これくらいのチートは許容範囲だ!」
そう言って屋代はソルにユニットを置き、迫ってくる志田の駒に艦隊戦を仕掛ける。
「ふふふ、愛で動く戦艦だ、いくら損害を与えても復活する戦艦だぞ」
「しょうがないな…」
志田は自軍の駒を広げて艦隊戦に入る。
その駒の中に見慣れぬ赤い駒が入っていた
「あ、「赤い彗星」じゃねーか!いつの間に…テメー、先にチートしてたな?」
「うふふ、屋代センパイのことだからこんなこともあろうかと…」
「それはこっちの台詞だ!」
「まあ、先にこっち来た者の特権て奴ですよ」
「クソッタレ!」
屋代はさいころを振った。
愛で動く戦艦は赤い彗星に撃沈された。
「ああ~」
「よし!」
老人がガッツポーズを決めた。
かくて水交社二階の一つの対戦は終了した
そのゲームは転生者で実力者となった今の彼らにふさわしいゲームなのかもしれない
転生先での一つの生き方。
実在しないはずの人物の名をもつ者が、チートで世を渡り、家族を作り生きていく。
この先筋書き通りに行くか、破壊が進むか、サイコロを振るように運で決まるか。
それはゲームと同じで誰にもわからない。
最終更新:2012年04月15日 21:56