924 :①:2012/04/22(日) 02:19:59




提督たちの憂鬱 支援SS ~或る駆逐艦~


1.
 目覚めた時、彼女はどうしてここにいるのだろう?と思った。

 電源が切られる前の意識(その時は自覚していなかったが)は、 日本国という国の海上保安庁という役所の船で、北の港で漁業監視や警備という任務についていて、メンテナンスで電源が久しぶりに切られる、ということだった。

 それまでの彼女は特に意識もなく、ただひたすら彼女を扱う人間たちが入力する
データ処理を行う存在であったことを憶えている。 
 彼女の体(船体)の状態監視から本庁からデータリンクで送られてくる気象・航路の
データ処理、彼女を扱う乗組員たちの個人的な記録やメールまで、雑多で数多い任務をこなしていた彼女だった。

 そして再びスイッチが入れられて目覚めたとき彼女が以前の彼女とは違うことを
まず認識した、というよりも意識させられたのだ。
 以前の彼女は、様々なセンサーなどで彼女の体を把握していたが、再び目覚めたとき
それらの接続は切られて、というよりなくなっていたからである。
そして任務もごく単純なものが残されていただけである。レーダーによる位置確認と
航路計算、そして以前の任務ではめったにやらなかった指定標的に対する弾道計算、
である。

 次に彼女が変わったことを認識したのは、自分が様々なポリマーの小さな塊から、
大昔のトランジスタという部品のでっかい塊に変わっていたことである。
 単純な任務のデータ処理に不足はないが、あまりの暇さかげんに、乗組員たちが彼女を扱わないときに、その処理能力を過去の自分の記憶の復元処理に使ったものだった。もっとも記憶媒体は磁気テープで、かなり圧縮して保存しなければならなかった。

 しかし彼女には疑問が残った。
 人間たちはなぜ非効率な姿に自分を変えたのか、なぜ航法と弾道計算だけに任務を限定したのか、彼女には理解できなかった。


 もっとも彼女がその疑問を解いたのはすぐであった。
 まず自分の体内時計のタイムインデックスが間違っていることに気がついた。
 最初に彼女が認識した年月日は00.01.07.10:05.17
 彼女が最後に認識したタイムインデックスよりも15年さかのぼっていた。そして乗組員たちはそれを訂正しようともしない。
 この事象について彼女は過去の乗組員の記憶から一つの言葉を探り当てた。
 ―タイムスリップ―
 乗組員たちが時間を訂正しないのは、何らかの理由でこの現象が起きたからだろうと推定し、納得した。もっともそれさえも間違っていると、後に認識した。

 彼女は任務についた。

 自分が頻繁に航海と訓練を行っていることは察しがついた。乗組員たちが頻繁に自分のスイッチを入り切りするたびに彼女は指定された海図を画面に表示し、航路を示し、指定された標的への弾道計算を行った。
 航海していた海域は彼女が慣れ親しんだ北の海ではなかった。記憶をたどればその海図は佐世保海域や瀬戸内海域を示していた。


 最終的に彼女が、自分が何者かわかったのは、秋口に新しい海図が彼女に入力されたときだった。
 「紀元二千六百年特別観艦式」と銘打たれた海図には東京湾の海図と自分が進むべき航路と艦列順番、そして彼女の名が示されていた。

 その時、彼女は知ったのだ。タイムインデックスは西暦2000年ではなく、皇紀2600年であることを。

 そして自分が「日本国海上保安庁」の巡視艇ではなく、「大日本帝国海軍」の「最新鋭駆逐艦」であることを。

 彼女は恐怖を覚えた。

 前の乗組員の記憶が正しければもうすぐ日本はアメリカとの戦争を迎えるはずだった。
 国運をかけた大戦争、そして自分はその矢面に立つ駆逐艦。
 悲惨な戦争だった。自分と同じ仲間である駆逐艦は馬車馬のように働き、大半は日本に帰ってこなかった。彼女は平和な北の海と今の平和な海しか知らない、果たして戦争になれば自分もそのうちの一隻になるかもしれないと思った。

925 :①:2012/04/22(日) 02:20:44
2.

 彼女は戦々恐々の思いで2601年(1941年)12月8日を迎えたが、戦争は起きなかった。

 拍子抜けした彼女だったが、それでも彼女の任務は帰港のたびに少し増えていった。
彼女には様々な装置が増えていき、それをモニターする任務が増えた。最初は極単純な火災報知機から始まった。それが機関や兵器、様々な装置にセンサーを取り付けられたことによって、ようやく自分の体の状態を把握することが出来た。
 そして最終的に乗組員たちが艦の外や内に、警備や戦況を把握する為に、白黒ではあったがテレビカメラを取り付けられたとき、初めて彼女は自分の体を見ることが出来た。

 はじめて見た自分の体に違和感を感じた。

 単なる巡視艇だった元の彼女と違うのは当然だったので違和感は感じなかったが、元の乗組員たちが記していた記録、すなわちこの時代の彼女と同名だった駆逐艦と少し違うことに違和感を感じたのだ。艦体は大きく、武装も違う。
 この違いが戦争が起きていない現実を生み出しているのかもしれない、と彼女は推論した。

 しかし2602年(1942年)戦争は起きた。アメリカとの開戦である。

 1年遅れの戦争に再び彼女は恐怖を覚えた。

 しかしその展開は、彼女の復元した元の乗組員の記録とは大きく違っていた。
 海戦はあまり起きなかった。参加した海戦も空母の護衛で、恐れていたアメリカ海軍機も潜水艦もあまり見なかった。

 以前もっとも彼女が恐れたソロモン海付近にも行かなかった。帝国海軍の終焉を見ることになるはずの坊ヶ岬沖は通るだけだった。

 集音マイクから拾うこの艦の乗組員の会話から、日本の勝ちによる戦争終結が近いことを知ってハワイ沖への航路途中では、前の乗組員のカラオケ記録から「憧れのハワイ航路」を密かに歌うほどだった。

 そして戦争は終わった。

 今、彼女は港で体を休めて、まもなくドック入りする。
 彼女の電子機器の更新が決まっていた。乗組員の話がそれを告げていた。
 彼女はそれで自分の任務が終わることに満足していた。

 曳き舟が自分に近づいてくる。乗組員がスイッチに近づいてくる。
 最後に彼女は元の世界の、彼女と同じ名前の駆逐艦の記録を開いてみる。

 大日本帝国海軍陽炎型駆逐艦「雪風」

幾多の海戦をほとんど無傷で生き残り、帝国海軍の終焉を見た後、台湾に行った「幸運艦」…

この世界での自分、「雪風」は戦争に参加した多くの駆逐艦の一隻に過ぎない、いわば無名の存在。

この世界の自分とどちらが幸せだっただろうか?と考える。

乗組員がスイッチを切る瞬間、彼女は今の自分の思いにふさわしい言葉を元の世界の記録から探り当てた。


「台湾で無残に解体され、タイタンの氷雪に眠る<雪風>の心は、誰もわからないのだから」

スイッチが切られ、彼女―日本国海上保安庁巡視艇CL81「ゆきかぜ」は再び眠りについた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年04月26日 17:17