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70 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2025/12/18(木) 21:55:32 ID:sp49-109-140-205.tck02.spmode.ne.jp [5/7]

日本大陸×プリプリ「The Melancholic Handler」外伝「クリミア・ブラッドレイン」2



 開戦から3か月を経たずして、アルビオンとロシアは、戦時中二度目の、一時的な休戦の時期を迎えていた。
外交ルートを経由して双方が同意して行われた、クリスマス休戦である。
12月20日から年をまたいだ1月10日までという、破格と言っていい期間、双方が戦闘を行わないという休戦。
先に行われた感謝祭(サンクスギビング)休戦に倣う形で、より期間を長くして、双方が余裕をもって過ごせるように取り計った。
表向きには、神の子であり原罪を引き受けたナザレのイエスの生誕を祝うクリスマスだから、という理由だ。

 実際、公表された理由は多くの将兵や国民の納得を得た。政治サイドとしても、それに表立って反論する理由がなかった。
双方の陣営でクリスマスを祝うくらいの余裕があり、戦時の前線とは思えないごちそうが提供されるなど、手厚いサービスがあった。
彼らは戦争をしに来たわけであるが、間違っても「野蛮な戦争」をしに来たのではない---そう内外に喧伝されもした。
 その象徴のように、ロシアとアルビオンの間の塹壕で倒れた将兵たちの死体の回収したり、引き渡しなどを行うことも公表された。
その様子が報道陣に公表され、それを通じてア露両国はもちろん、当時の列強の国々もその「礼節ある戦争」を認知し、評価するに至ったのだ。
戦いの中にあっても理性を保ち、礼節を守り、そのように行動できる---それはまさに理想的と言える戦争だった。

 だが、実態は違う。アルビオンもロシアも、クリミア半島での凄惨な戦争から一時的でも逃避したがったのだ。
政府や首脳部にいた彼らもまた、戦争と聞いて浮かれて徴募した一般市民同様、ベル・エポックという文法の上におり、
時代の変遷に伴って生じた技術の進歩とそれに伴う戦争の変化---万物をクジラのように飲み込む戦争へ変化したことに耐えられなくなったともいえる。
莫大な数の歩兵の命、莫大な物資の消費、酷使される後方での生産活動、計上されていく膨大な血税、どれもがこれまでの戦争を超えていた。
 それを理解してしまったために、むしろ彼らの方が何か理由をつけて一時的であっても休戦を欲したのだ。
新時代の戦争というものを受け入れる土壌がなかったために、拒絶反応が出てしまったというべきか。
彼らの中には途方もない犠牲を平常として受け入れる土壌がなかった。これは、アルビオンが西洋の覇権を握ったことで、
派手な戦争がかなり抑止されていたために、大規模な戦争が起こらず、戦争が古きよきものであり過ぎた弊害ともいえる。
つまり、短い期間で二度も休戦が発生したのも、あるいは繰り返されたのも、理性と同時に恐怖に突き動かされたわけだ。
宗教的な都合が先ではなく、理由を欲したから宗教に目を付けたので、順番が逆だった。

 その提案が現場に兵士たちに受け入れられたのも、上層部と同じ理由だ。
途方もない数の人間が死に、あるいは殺すことに恐れを抱き、自らがしでかしてしまったことに戦慄した。
こんなことをするために戦場に来たわけじゃないという嘆きが、観戦武官や記者たちを経由して広まっていたほどに。
 特にアルビオン側の将兵を少ない犠牲でなぎ倒していたロシア帝国陸軍は消耗していた。
譜面上は犠牲者は少ない。航空艦からの攻撃に巻き込まれたり、アルビオンの歩兵の攻撃を受けたり、あるいは機材や兵器のトラブルで死亡しているが、
アルビオン側ほど悲惨な死傷者数に至っているわけでもないのだ。それは偏にロシア帝国陸軍の努力と、それを支える帝国の努力の結果だ。

71 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2025/12/18(木) 21:56:10 ID:sp49-109-140-205.tck02.spmode.ne.jp [6/7]

 だが、前述したような理由で、兵士たちは犠牲となっていた。
 シェル・ショック---PTSDや戦闘ストレス反応といった病気が早くも流行したのである。
 考えてもみれば当然だ。激しい砲火が飛び交う中で、統制を保ち、命のやり取りを行い、長い時間のにらみ合いと忍耐を要求されるというのは、
訓練されている兵士であっても早々に適応し、対応できるようなものではない。
連続する爆発音と振動と射撃の音。立ち込める煙と血と死の匂い。歩兵たちの張り上げる声。
あるいは必ずしも快適とはいいがたい地下陣地や塹壕での生活を強制されるというのは、ストレスを与え、やがては精神や心を病ませる。
後方にいたとしても、航空艦がいつ何時攻めてくるかもわからないわけで、ロシア帝国陸軍はおちおち休むこともできなかったくらいだ。

 そして、犠牲者が山のように積み上がっているアルビオン側も同じように悲惨だった。
 塹壕と地下陣地に籠って歩兵狙い撃ち戦術をとるロシア帝国に対して、アルビオンは有効な一手を打てずにいた。
戦車も装甲車もなく、航空機のように小回りが効く航空戦力も存在しない、歩兵のゴリ押しによる消耗を前提とした戦術しか取れないためだ。
かといって、攻撃の手を緩めるとロシア側が前進してくるから、攻撃は継続せざるを得ない。そして攻撃をするたびに歩兵が次々と死ぬ。
これが繰り返されれば、嫌でも歩兵は理解するのだ。次に死ぬのは自分かもしれない、と。理性があるからこそ理解できてしまい、恐怖が蔓延する。
そうなれば誰だって憂鬱になる。ストレスに苛まれ、苦痛に怯え、やがては体を壊す。

 アルビオンだって無策ではなかった。対応ができないほど、この西洋の覇権国家は間抜けではない。
 ロシア側の装備を鹵獲したり模倣する形で、ヘルメットやシールドといった装備を揃えて前線に配備した。
 あるいは、航空艦による近接航空支援のパターンを工夫し、ぎりぎりまで居座って砲撃による威圧を加えることでロシア側の歩兵の動きをけん制した。
けれども、そこから先はどうやってもアルビオンとロシアの間に差は存在せず、白兵戦などにおいて凄惨な戦闘が発生し、死体を積み上げてしまう。
即座に死体とならないのは幸運ではあった。後方に下がることができれば、先進的な治療を受けて復帰することもできるのだから。
 だが、生き残ったことで地獄をさらに経験するというのは不幸だ。治療を受け、回復するまで苦痛と付き合う羽目になるし、
それまでの期間身体的な不自由を強いられるし、場合によっては完治しえない傷を負って本国に戻ることだってある。
手足や目や耳や鼻を失えばさらに悲惨だ。治療を受けても回復しないばかりか、戦争が終わった後には仕事を失いかねない。
その為に今後の生活に必要な金が従軍時に得た給金しか残らない、なんてことも起こりうるのだ。

 これらのことから、休戦は双方にとってケイバーライトよりも貴重な時間を稼いだのだ。
将兵に休養を取らせ、慰撫を行い、負傷兵や戦闘に耐えきれない兵士を後方に下がらせて入れ替えを行う時間が得られるのだから否応はない。
それは凄惨な戦争のショックから一時でも逃避するためでもあり、同時に戦争を続行するためでもあった。
悲惨だが、同時にやるしかない。何しろ互いが互いに引けないのだ。妥協や打算を選んでは国威が下がり、戦後にどれほど奪われるか分かったものではない。
一時的な休戦だって宗教を理由としなければならない程度には、双方が引けなくなっていた証拠と言える。
どちらも戦争を続行したくはないが、同時に続行しなければならないという、非常に厄介なジレンマに囚われていた。
 それでも戦争は止められない、どうやってでも。それまでの犠牲を雀の涙にできるような明確で誇れる勝利を得たい。
それによってこの犠牲を無駄なものとはしたくない---そんな切実な祈りが、戦場に死体を積み重ねていくのだった。

72 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2025/12/18(木) 21:56:57 ID:sp49-109-140-205.tck02.spmode.ne.jp [7/7]

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人は、自らの行いに恐怖した。

だからこそ理由をつけて一時休戦を行ったのですね。
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最終更新:2026年06月01日 18:08