927 :ヒナヒナ:2012/04/25(水) 20:09:08
○夢から現へ
自国の地盤を破壊した戦争の後、あらゆる公的職から引退したハリファックスは、
自身への戒めのために書いている発表する予定の無い自叙伝の原稿を前にその報を聞いた。
自宅の書斎で受話器を置きながら、独りつぶやく。
「そうか。彼らは表に出る選択をしたのか。しかし、未だ発足したばかりの円卓らには厳しい相手だ。」
そして、少し考えた後、新しい原稿用紙を取り出し書き付けた。
彼の死後10年以上経ってから発表されたハリファックス自叙伝は
こんな書き出しから始まっている。
“願わくは、私が大英帝国で最劣な首相であることを。
私に続く者達は夢から覚めた東方の覇者を相手にしなくてはならないのだから”
走ってきた部下から総統は
夢幻会の名前を聞き、顔を顰めた。
「ふん、あの黄色人種どもの首魁がとうとう出てきたか。どう動くか目を離すな。」
ギロリと睨んで、連絡員を退室させると、
「これで日本の妙な独断も減るだろう。これがどう転ぶかだな。」
ヒトラーはデスクに座りなおすと、自分にも組織立った政策スタッフが必要だろうかと考え始めた。
そのころ、海軍総司令部の司令室では。
「ふふふ、そうさ、相手は首相かつ一大政治組織のトップだ。
だから、元帥をトレードしようとなんて言われたって気にすることは無いのだ。ふふふ……」
その後、彼の従卒が暗い部屋でぶつぶつ呟いている上官を見つけて黙って部屋を後にした。
スターリンの首を売ることでなんとか粛清を切り抜けたベリヤが呟く。
「とうとう彼らが表舞台に出てきたか。理想の女性ついての思想はすばらしかったが
敵としては手ごわい。」
ベリヤとともに逃げることに成功したスターリン政権下の将校や中枢メンバーが頷く。
「同志ベリヤ。何にせよ。国力の回復が先決です。」
「そうだな。幸いにも“裏切り者”スターリンがすべての罪を持っていってくれた。
反スターリンの新政権下であれば、日本との交易もやりやすくなる。
力をつけてソビエトを再興する。日独の謀略には注意しろ。」
彼らにとっては指導者とは担ぎ上げる御輿なのだ。彼らは生き残るための活動を始めた
「今さら、社会主義を捨てることはできない。帝政ロシアの復活だけは阻止せよ。」
928 :ヒナヒナ:2012/04/25(水) 20:09:39
「そうか。」
マンネルヘイム元帥はその報を聞いて短く嘆息した。
今までの気苦労と幾ばくかの納得を表したようなため息だった。
政治家として国際社会の現実も知る彼は、
自国が一番の友邦といわれている極東の小さくも大きな島国が、
北欧の一国に過ぎない自国に、過大な援助を行ったことが異常なのは分かっていた。
当時、感じた漠然とした感覚。今なら、彼らの意思が働いていたためと分かる。
マンネルヘイム元帥は、自国の命運を助けた歴史の気まぐれと、
日本の利益のためとはいえ、自国の益に絶大なる影響を及ぼした友邦に感謝をし、
すぐさま、国家運営のための仕事に戻った。
大統領政務室でハーストは、頷いた。
「とうとうあの組織が表立って活動を行うことになったのか。……どう思うかねグルー外相。」
「大恐慌や前の大戦の舵とりを行ったのは彼らですな。外交だけでは切り崩すのは難しいでしょう。」
「我々は再び覇権国家となるためにも、日本から秀でているところを
すべて吸収しつくさなければならない。あの組織について改めて分析をかけよう。」
不屈の意思を持つといわれたアメリカ人。
その名は消えてもその精神までは失わなかった。
新たな野望を胸に、まずは北米での覇権をかけて動き出していた。
日本が夢から覚めたことによって、さらに世界各国の活動は史実から外れだした。
すでに、未来知識に基づいた予測は不可能となりつつあり、
先の見えない混沌だけが未来に広がっていた。
「ふむ、夢幻会の方々でも、さすがに都内で無茶はできませんか。」
コートに同色の帽子を被っている男が小さな神社のお堂の中から、外をのぞいていた。
夢幻会による賢人政治を理想として、あらゆる組織、人脈を飴と鞭で動かし、
夢幻会を、表舞台に引き釣り出すことに成功した村中少将は
現在、とある神社に身を隠していた。
とうとう夢幻会の情報をリークしていたのがばれ、追われていたのだ。
存在が表向きに発表され、あらゆる目線が夢幻会に注がれているからこそ、
夢幻会も無茶ができず、村中もなんとか逃亡に成功していた。
「いかに夢幻会の方々といえど、まだ捕まる訳にはいきませんね。今はまだ民主主義の勢力が強すぎる。ここまで来て愚かな民衆に政治を取られるわけには行かない。私が退場するにしても夢幻会の地位を磐石にしてから……」
村中はぶつぶつと呟いていると、石段を登って境内に踏み入れた人影がある。
玉砂利を踏む音に、村中はさっと戸口に身を引き寄せ、隠れる。
逃げるべきかやり過ごすべきか。
そんな考えもつかの間、村中は自ら戸口の影から姿を現し、縁起くさい所作で挨拶をする。
「これはこれは、山本閣下。こんなところにお出でとは貴方も神頼みですかな。」
「なに、君を迎えにね。嶋田らは信用しているが、組織としての夢幻会には一定の枷が必要だ。
その力を使うかどうかはともかく、持っておくべきだからな。」
「(確かに一定の理解をもった反対勢力があった方が夢幻会の活動が目立つか?)
ふむ、私は一応陸軍ですが。」
「陸海の垣根を取り払おうとしていたのは君ら夢幻会だったのではないかね?」
「……そうですね、しばらくご厄介になります。」
歴史がどう転ぶかもう誰にも分からない。
(了)
最終更新:2012年04月26日 17:18