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109:戦車の人:2025/10/16(木) 14:50:01 HOST:110-130-196-35.rev.home.ne.jp


その男は帰還兵であった。


祖国が介入を決心した大規模紛争において、便衣兵の確実な討伐には純粋な戦闘人員が20倍必要である。
紛争の短期終結を企図した彼の祖国は選抜徴兵を復活させ、運悪く男は合格し19歳で地元の連隊へ入営となった。

不運か幸運か分からないが身体能力及び頭の回転が平均以上で、体格もそれなりに恵まれていたこと。
豊かではないが愛情深い両親に育てられ、安定した精神性を持つ彼は国軍が新兵に求める要素を概ね満たしていた。
2ヶ月の基本教育と1ヶ月の歩兵としての即性教育を受けた彼は、補充兵として戦地に送られることになる。

既に時代が進み新兵を苛め抜いて楽しむ歪な構造は軍より消え去り、下士官や上等兵は必要な技能を手短だが的確に教えた。
また軍の機械化や無人兵器を用いた電子化も進み、兵站と情報、火力で国軍は便衣兵に優越していた。
その意味では彼らの世代の新兵は、過去の徴兵出身者より相当に恵まれていたと言えなくもない。


しかし人として幸福であるかと言えば間違いなく否であった、便衣兵は劣勢な状況でありながら異様な戦意で抵抗を続けた。
狙撃兵、爆発物、機関銃など歩兵が味わうありとあらゆる脅威が、三ヶ月即性教育の新兵に向けられた。
上等兵や下士官の的確な指導、VR技術さえ用いた新兵教育が彼を守ったが、それでも多くの戦友が傷つき時に死んだ。

あるいは一見無害そのものの子供や老人さえ、即席爆発装置を抱えて飛び込んでくることも日常となった。
戦争全般としては圧倒的優位でも、日常から引き剥がされ前線へ送り込まれた新兵達にとっては、地獄そのものであった。
最初の一年で同年兵の1割以上が戦死、あるいは心身に生涯消えない傷を負いこの世や前世から去った。

やはり人並みよりは機転が利くことで上官たちの教えを吸収し、それなりに安定した精神の持ち主の彼は生き残った。
肉体的にはごくごく軽い傷を負う程度で最初の一年を乗り越え、幾ばくかの能力を評価され上等兵にもなっていた。
だが小規模だが惨烈な戦闘を多く経験していく間に、生き残る術に長ける代償として人としての良きものは確実に麻痺していった。


紛争は3年ほどで便衣兵の指導部を撫で斬りにし、支援国家に容赦のない爆撃やミサイル攻撃を行い、手を引かせる形で終結した。
男は辛うじて1万名近い戦死者に名を連ねず、幾度かの休暇と教育を挟み伍長勤務上等兵として終戦を迎えた。
貫通銃創など複数の負傷で後送されたこともあったが、化膿しにくい体質故に野戦病院の適切な治療で、肉体は健康であった。

だが元来温厚そうな相貌は頬が痩け日焼けし白目のギラつきばかりが目立つ、前線で長くを過ごした兵そのものであった。
精神面でも軍医の診察でやや不安定とされ、帰国に際しては他の帰還兵よりもより慎重に段階を踏む。
後方の基地勤務や保養地での休暇を半年間ほどはさみ、少しずつ内地へ近づけ帰国させるという措置が取られた。

国も軍も前線の兵を急に後方へ移動、休暇や除隊の結果として兵の精神を壊したことは、半世紀以上過去の教訓となっていた。
列車で帰郷し原隊で制服を脱ぎ、実家に帰郷したのは徴兵されたから実に4年近くぶりであった。
軍からの戦死通達を恐れひたすら我が子の無事を祈り続けた両親は、万歳昇進で伍長となった息子を喜んで迎え入れた。

110:戦車の人:2025/10/16(木) 14:50:57 HOST:110-130-196-35.rev.home.ne.jp

だが祖国や故郷そのものが彼を、あるいは同様に実戦を経験した将兵の帰郷を喜んだかと言えば必ずしもそうではない。
惨烈な掃討作戦は歩兵部隊を戦車や砲兵、空軍の支援を受けつつ「殲滅した」と確信するまで貼り付ける、古典的な。
しかし対便衣兵殲滅には有効な戦術を常用し、それは自然と撫で斬り-皆殺しに近い戦いとなることも多かった。

法的に考えれば武器を捨てず、制服を着用せず攻撃を行うものは、如何なる戦時国際法の庇護からも外れる。
相手がそのような集団であった以上、将兵たちはけして虐殺者ではなく政府や軍もその点は、度々国民へ発信している。
しかし道理を理解できない、あるいは理解した上で弁えない禽獣のような輩は常に一定数以上存在する。

流石に大手報道機関は国が睨みを効かせており、迂闊に兵を虐殺者と罵倒するような失言は少なかった(皆無ではない)。
だがSNSをはじめとするインターネットが広く普及した現代、個人レベルで前線の、あるいは帰郷した兵を詰る者は無数にいた。
無論それは明確な名誉毀損と侮辱であり刑事罰の対象として処罰されたが、ネットの悪意はその程度で消えるものではない。


また折しも選抜徴兵で働き手が一時期減少した。更には終戦に伴う一部の特需終了から不景気が到来していた。
勿論政府も事あるを見越し軍縮と積極財政で乗り切る準備を整え、概ね適切な政策を次々と打ち出している。
だが即効性というわけにはゆかず、効果をあげるには年単位の時間がどうしても必要であった。

故に一時的とは言え不況や求人倍率の下落が訪れ、高校卒業や大学在学中に兵や予備士官となった者たち。
彼らは軍に入らなかった一般層に比べ、軍の就職支援を受けてもなお厳しい就職戦線で出遅れることになった。
更には度々取り締まりを受けようとも、人をネットで叩く快感に酔いしれた者は企業側の人事担当者にすら、相当数存在していた。

故に元帰還兵や予備士官は面接を受けるたびに、しばしば人格否定やセクシャルハラスメントに等しい暴言をぶつけられた。
後々に厚労省があまりの訴えの多さから抜き打ち検査を行った際に、言葉を失うレベルの罵詈雑言の限りが発覚している。
そして-企業としては新人教育を行いやすい、一般的な新卒を望む傾向は強く、その点でも帰還兵は冷遇された。


そこまでは男もまだ我慢はできた。たとえ就職活動で罵声を浴びせられても、自分だけではない他の皆も苦しいと耐えた。
心優しい両親の存在も大きく、同時に裕福でないことから進学ではなく就職支援を利用し、軍の斡旋企業に足を運び続けた。
だが軍が一定の補助金を出している企業でさえ、その補助金を返納し一般新卒を優先することは日常茶飯事であった。

そして-男ほど家庭事情に恵まれておらず、心が強いとも言えなかった戦友複数が首を吊った。
遺書には国と軍と社会へのあらゆる憎悪が書き連ねられ、葬儀に集まった男を含む戦友の肺腑を抉った。
特に地方の因習が強い町村ではネットどころか、集落単位で帰還兵を鼻つまみ者として嬲り楽しむこともあったのだ。

少しずつ自らの精神が。時間をかけた帰国過程で回復したはずの精神が欠け、歪み、壊れていくことを男は自覚していた。
何より兵役中の仕送りや一時金を全て家族に渡しても、自分のために貯金してくれた両親の生活が芳しくないことも苦しめた。
最終的に男は軍の就職支援部門へ相談し、大型免許や特殊免許を使える運送業へ非正規就労せざるを得なかった。


けして肉体的負担が軽いとは言えない運送業において、男は内心を押し隠しつつ黙々と、過酷な仕事をこなしていった。
無論、土日や有給が取れた際は正規雇用を目指しての面接を重ねつつ、高いとは言えない給料に甘んじ。
後に政府が最大の失敗と認めつつも、戦後不況が最小化されたのは帰還兵の3Kにおける献身と認めた一例でもある。

だが職場においてさえ侮辱は存在していた。子供殺し、年寄殺し、非正規の負け組、ウドの大木、兵隊崩れなど。
軍の現役下士官であったこともある社長はその手の発言を戒め、庇ってくれたが心の澱は深く深く溜まっていった。
あるいは男が癇癪持ちのように短気な性格だったのならば、まだ良かったのかもしれない。

だが就労3年目、真面目な勤務態度から正規雇用を社長が持ちかけようとした時に事件は起きてしまった。
お前らが自分と同じ正社員など面汚しだ、どんな穴から生まれたか知らんがさっさと失せろと集団でリンチが起きたのだ。
職のため家族のため最低限の防御以外に抵抗を抑えた男は、入院全治1週間の怪我を負わされた。

111:戦車の人:2025/10/16(木) 14:51:49 HOST:110-130-196-35.rev.home.ne.jp
最悪なことにリンチを行った連中の主犯は会社の株主の息子であり、社長ですら強くでられない部分があった。
軍病院が帰還兵を受け入れていたため治療費は無料で、社長は当然労災も支払ったが継続雇用が難しいと本音を吐露した。
お前ほど忍耐強く真面目なやつは報われるべきだ、雇いたい、だが今の御時世に株主を怒らせたら…すまないと。

兵役時代の俸給や除隊一時金のかなりを家族に渡していたとは言え、軍時代の貯蓄とこの会社に入ってからの貯金。
そして社長がこればかりはと色を付けた退職金で当座は困らず、なおかつ土下座までされてしまった。
この人も被害者なのだ…と男は理解し耐え忍び、今までお世話になりました。どうか頭をお上げ下さいと病床から返すしかなかった。

入院中に現役時代のカルテと現在の症状を照合し、精神疾患再発も申し渡され男は精神科への通院再開となった。
見舞いに来た両親は何故我が子ばかりがこれほどの理不尽を…と憤り悲しみ、それも男のやるせなさを助長した。
そして何時しか精神科で処方された薬品だけでは眠れなくなり、睡眠障害からうつ病や精神的外傷も併発。


皮肉なことに最も熟睡できる手段は、銃砲店で大量に安く払い下げられた半自動仕様の軍用小銃を抱いて眠ることだった。
あわせて購入したサイドアームの自動拳銃や汎用銃剣も、眠りを安らかにしてくれていた。
除隊したはずなのに軍時代の武器こそが最も安心できる睡眠薬となったことに、最早男は乾いた笑いしか浮かばなかった。

そして-男の最後の一線を壊す事件が、皮肉にも政府の積極財政が功を奏したことにより、引き起こされてしまった。
彼が嘗て就労していた運送会社が業績回復と共に、彼に暴力を振るった社員達を解雇し、株式も全て買い戻したのだ。
後の調査による証言に基づくと今度こそ経営を健全化し、解雇してしまった彼を含め真面目なものを受け入れる。

そのような善意に基づく健全な経営再建であったが、解雇された者たちはあの男の、兵隊崩れのせいだと怒りを履き違えた。
どうせ職場でも無抵抗だったのだからと舐めきった彼らは、よりによって男の実家にして自宅を放火。
初老の両親は火災に巻かれ即死。二階で眠っていた男は運よく火災を免れ窓より脱出、そこで家に火をつけ逃げようとした者を確かに見た。


その時に男は兵士へ戻った、戻らせてしまった。全く手慣れた手つきで犯人の一人の首を折り、もう一人を口を抑え横隔膜を抉り殺害。
残った主犯を銃床で殴り倒し昏倒させ、やはり肺腑を抉り殺害すると-両親の遺体を回収した後に炎の中に三人を放り込んだ。
無論、殺害に用いた銃剣を丹念に拭い、主犯格の一人に他の刃物と共に持たせ。

銃を焼け残った倉庫に無造作に分解し隠してしまうと、通報を受けやってきた消防に全く慌てた演技で訴えた。
刃物を持った男たちが押し入り家に火をつけ、その後に殺し合いを始めてしまった。自分は両親の遺体を引きずり出すのが手一杯で…と。
状況証拠はそれを否定するものはなく、遅れて到着した警察も遺体鑑定から因縁を疑ったが奇しくも社長が否定してくれた。

あの真面目を絵に書いたような男が人殺しなど故郷でやるはずもない、寧ろあの三人を放置したことこそ間違いであった、と。
事後調査でも社長や男の証言を否定するような証拠はなく、寧ろ放火犯三人の生前の所業から愉快犯と警察は判断。
地検も概ねその判断に同意し、男は無罪と為ったが-今や何も残されていなかった。


ようやく見つけた職場はドラ息子達のリンチで失った、実家と家族も燃やされた、仇は討ったが彼らは帰ってこない。
何よりも故郷と祖国が自分に牙を剥いていると男を錯覚させるには、十分すぎる事故と事件が続いてしまったのだ。
両親の預貯金や保険、そして焼け残った家土地を売却した金を得ると、武器と僅かな荷物のみ手にして男はどことなく消えてしまった。

それ以降、奇妙な事件や噂がその男の故郷で相次いだという。景気回復の後も帰還兵を嬲り続けた企業管理職や経営者。
あるいは従軍経験者を「負け組」と公言して憚らない者達が、ある時は家に戻らず、ある時は職場に出勤せず。
忽然と姿を消してしまい、海や川に浮かんでいるが見つかればマシな方で、十年後に山に埋まっているのを見つかった事件さえ生じた。

終戦から4年後に家と共に姿を消した男を知る人々は、彼は遂に祟り神となり復讐を続けているのだと密かに語ったという。
この事件の何よりの救いの無さは、痛めつけられた帰還兵の反撃の中ではまだ控えめな部類ということであった。
自らを嬲った職場での乱射事件の発生、あるいはグループを形成し軍隊そのものの行動で、継続的に報復を行うケースさえ存在したのだから。

112:戦車の人:2025/10/16(木) 14:52:56 HOST:110-130-196-35.rev.home.ne.jp
はい、今回は珍しく救いのないある日本大陸世界のお話です。
基本的には19世紀から20世紀の戦勝国で覇権国家の一つであり、夢幻会メンバーもそれなりに存在している世界です。
大規模紛争の地域は指定してませんが、戦力倍増要素ではなく戦闘人員20倍でゲリラに対応し短期間で成功してます。

戦後の不況を見越した迅速な積極財政など対応も迅速適切で国全体としては、けして負けても失敗してもいません。
しかしSNSの発達しすぎた発達や不景気、そこに帰還兵という要素が加わったらどうなるか?
長く平和が当たり前となった大国の市民が、戦場で価値観が永遠に変わった若者を本当に適正に扱えるか?

それこそ20年前の就職戦線みたいな地獄が起きても仕方ないのでは?大陸日本といえど同じ日本国です。
架空戦記スレのビルマのお話を読んでいて、何かそこまで上手く行かないんじゃないのか?とぼんやり思ったのがきっかけでした。
トータルの被害が小さいからこそ、逆に敵に甚大な被害を与えそれが「虐殺」とオールドメディアではなくネットで、個人の集団に叩かれる。

そういう「仮にマスコミが大人しくなっても人間は人間だよ」というテーマもぶち込んでみました。
主人公がどうなったかは想像におまかせします…フジキド=サンめいた復讐者と為ったのか、何処かで失意の内に死んだのか。
wikiへの転載はご自由にお願いします、何でこんな文章を書いたのかなあ(今更)。

X:故に元帰還兵や予備士官は面接を受けるたびに、しばしば人格否定やセクシャルハラスメントに等しい暴言をぶつけた。
◯:故に元帰還兵や予備士官が面接を受けるたびに、しばしば人格否定やセクシャルハラスメントに等しい暴言をぶつけられた。

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最終更新:2026年06月04日 23:07