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日本大陸×プリプリ「The Melancholic Handler」設定集【作中年表Ver.1.1】


〇平安時代
 この頃には既に夢幻会の前身組織が活動していたとされる。
 表向きにはシンクタンクや実働組織を兼ねていたようである。
 後世の人材に当てた知識や技術、物品や書物などが収集され、各所に蔵されることとなる。

〇鎌倉~室町時代
 夢幻会はあくまでもシンクタンク兼実働戦力として、各勢力に対し中立・中庸の立場を維持。
 各地を結ぶ街道整備や各地での疫病対策、農業指導、普請、技術開発など日本国全体の繁栄を目的として行動する。

〇戦国時代
 夢幻会、後の織田家に人員を送り尾張に拠点を構築し、織田家による天下統一事業を開始する。
京都や各地の大名の元にいる人員と連動した連動した動きで、戦乱の世の終結を画策する。
 織田家、村上水軍に対抗し、船舶に装甲を施した鉄甲船を導入し、勝利を挙げる。
建造には夢幻会が大きくかかわっており、先進的な艦艇による戦闘力は破格といえた。
その後も既存艦艇と合わせて水軍の地位と役割を各地で戦果を挙げる。
 四国・九州・関東・東北の平定が完了。惣無事令を朝廷の名を借りて発布。
 これを以て織田家の天下統一が成立。

〇織田幕府成立後(1586年以降)
 各地の大名の配置転換などを含めた幕藩体制の構築がスタート。
 蝦夷開拓事業開始。東北地方及び北海道への入植を進める。
 度量関数の統一、統一貨幣の鋳造による経済掌握が進む。
 フィリピンをスペインより買収したのを足掛かりに、東南アジア地域への進出を開始。
太平洋方面への海洋進出及び海洋資源の開発が開始。
 学府制度発布、初等教育及び中等教育の普及が推進される。

〇1601年
 鉱山において偶発的にケイバーライト鉱石が採掘され、夢幻会に確認される。
 碧光玉と命名され、戦略物資に指定され密かに収集と研究が始まる。

〇1601年~
 ケイバーライトの精製技術および活用技術の研究が開始。
 何度かの実験と検証を経て、ケイバーライトによる重力遮断実験の成功する。
 並行して、航空機の研究も推進される。

〇1703年~
 織田幕府、産業革命に成功。蒸気機関の発明とそれに伴う動力の誕生で産業構造が変化する。
産業革命に伴う処々の問題に対し、夢幻会が有象無象の形で対処。
 進出した地域へも産業革命の影響は齎され、各地の開拓などがより推進されることとなる。

〇1706年
 ケイバーライトと蒸気機関の組み合わせによる航空技術の確立。
 実験艦「葛島」、空中航行に成功。琵琶湖(日本大陸Ver.)の横断に成功する。
以降も研究を継続、将来的なアルビオンの台頭に備える。
 また、航空艦に備えた対空兵器や航空機の研究にも力を注ぐこととなる。

〇1720~30年頃?
 清国において、摂政王ドルコンが事故死せず、内乱を起こす。
 戦乱で混乱する中において、天然痘がパンデミックを起こし清国全土において流行する。
 康熙帝、状況に対処しきれないと判断して、後の雍正帝や親族などを日本へと亡命させる。
 織田幕府、清国からの亡命政府を受け入れたのち、今後の情勢と政治的な影響を鑑み、清国を支配下に置くことを決定。
雍正帝を神輿に、大陸派遣軍を編成。実用化された航空艦隊および整備されていた海上艦隊を動員し、清国領土の安定化を図る。
 この際、各国が初めて航空艦隊を目撃する。
 清国の情勢が安定化したのち、雍正帝から清国王位の譲位が提案されるもこれを固辞。
史実満州を中心とする地域に清国を再建し、それ以外の土地が日本領土に組み込まれることで決着とする。

 アルビオンの事業家ベッドフォード、抱えていた鉱山において「発光して浮かぶ鉱石」を発見。
知り合いの学者であるケイバー博士に解析を依頼。後のケイバーライトの始まりである。
ケイバー博士、ケイバーライト鉱石が重力を遮断すると仮説を立てる。

 ケイバー博士、ベッドフォードの出資の元、ケイバーライトの商業的な活用の研究を開始。
学会でも注目を集め、国も軍も巻き込んだ研究が開始される。これは清国で明らかになった日本の航空艦の影響があってのこと。
ケイバーライト鉱石を用いた気球、飛行船、航空艦の走りが開発される。
ケイバーライトの活性化に熱量が必要との研究結果から、蒸気機関の改良が史実よりも促進される。

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〇1755年
 アメリカ独立戦争勃発。
 アルビオン、ケイバーライト機関による航空艦隊を初めて実戦投入し、これを簡単に鎮圧させることに成功する。
これに味を占めたアルビオンはケイバーライトとその技術を独占するべく、戦略物資として輸出などを制限、技術者の囲い込みを実施する。

〇1791年
 史実で言うヴァレンヌ逃亡事件発生。
 アルビオンが手配した航空艦「ヴァンガード」により、国王ルイ16世とその家族がフランスから脱出。
継続して投入された航空艦によって王政府関係者及び関係者及び資産もフランスから続々と脱出に成功する。
同月中には亡命政府がアルビオンにおいて成立する。


〇1792年~
 フランス革命戦争勃発。
 アルビオン王国、ブルボン朝の亡命政府の代理人という形で介入。
 航空艦隊を主力とし、海峡を挟んだフランス領を制圧、パリにまで進軍し入城。
そのままの勢いで革命政府を打倒し、さらにこれに乗じてフランスに攻め込んでくる各国軍を撃滅。
結果、フランスはアルビオン王国の領土に収まり、政治的にも傘下に置かれる形となる。

〇1800年代
 織田幕府、政治的な構造の刷新などを兼ねて大政奉還を実施。
 国号を大日本帝国へと変更。
 憲法を発布し、立憲君主制へシフト。統治体制の見直しが入る。

 アルビオン主体による「大陸再征服運動(リ・レコンギスタ)」が開始。
時間をかけて増強された航空艦隊を前面に押し出し、欧州諸国ほぼすべてを相手に宣戦布告。
 第九次十字軍がバチカンの呼びかけにより編成されるも、アルビオン軍に敗北。
 フランスのみならず、西欧諸国及びイタリア、バチカンまでもが支配下に置かれれ、アルビオン国教会がカトリック教会の上位に立つ。
 神聖ローマ帝国やポーランド、オスマン帝国および北欧諸国など支配下に置かれなかった国も、
海運や陸運や金融などの面も合わせてアルビオン王国に屈服。
これらをもって、アルビオン王国はローマ以来の大帝国を構築する。

 オランダ植民地だったインドネシアにて、ネーデルラント連邦共和国が成立。
オラニエ公を元首に、オランダ人と現地インドネシア人とが形成した国家となる。
アルビオンの傘下に下った本国に見切りをつけ、独自に発展していくことを企図している。

 史実よりも前倒しで、アルビオン王国主体でのスエズ運河の開発が始まる。
地中海からインド方面に抜けることによるショートカット効果は大きいと判断されたことによる。

〇1847年
 フローレンス・ナイチンゲール、ローマへ。
 シドニー・ハーバードと知り合う。
 日本から来ていたバチカンへの答礼使節に参加していた医師と出会い、影響を受ける。

〇1848年
 その思想が危険視されたことでアルビオン勢力圏から日本に移住していたカール=マルクス、
滋賀府の滋賀国立大学にて共産党宣言を発刊。史実と異なり、漸進的な格差の是正や父権的な修正型資本主義の拡張を訴える。
 翻訳された本書は、後にアルビオン共和国となるアイアンサイド党の政治的・精神的な主柱の一つとなる。

〇1849年
 ナイチンゲール、日本へ医学を学ぶために留学。
 衝撃。
 看護学校に入学して2年で卒業、医介補免許を取得。

〇1851年~
 ナイチンゲール、家族の懇願もあってアルビオンに帰国する。

 日本から講師を招き、私立看護学校を設立。
 必要な医療物資を確保するための医療品メーカーや貿易会社を設立。
 これらをシドニー・ハーバードなどからも援助を受けつつ、私財をなげうって実現する。

 アルビオンに帰国後実務経験を積み、医師免許を取得。
アルビオンの医学などが如何に遅れているかを学会などで指摘、改革を訴えて回る。
既存の医療体制や制度、風習を改善するべく行動を開始する。

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〇1853年~1855年
 地中海への進出をもくろんだロシアと、それを拒絶したオスマン・アルビオンの間でクリミア戦争が勃発。

 ナイチンゲール、戦時大臣となったシドニー・ハーバードの要請もあって従軍。
史実を超える200名近い人員と物資を引き連れて参加し、医療を提供して貢献する。

 ロシア軍、アルビオンの航空艦隊に対し、大日本帝国から輸入していた航空機・飛行船・対空砲などで抵抗。
航空用蒸気機関やロータリーエンジンなどを用いた毒饅頭であったが、実用性はそれなり以上に存在していた。
 また、坑道・塹壕・地下要塞の活用による歩兵を狙い撃ちにした出血狙いの戦術で打撃を重ねる。
航空機の活躍もあって、少ないながらも航空艦隊の艦船を撃沈あるいは損傷を与えることに成功する。
時代を先取りした戦術・戦略の展開されるも、凄惨になった戦いによるPTSDやシェルショックなどが両軍に蔓延する。

 ロシア軍の飛行船団による戦略爆撃が実施され、黒海に集合していたアルビオンの輸送艦隊などが撃滅される。
アルビオン側は戦争の続行に必要な物資と人員に深刻なダメージを受けることとなる。
首都上空に居座った飛行船団が威圧を行ったこともあり、オスマン帝国は士気の面でもダメージを受けた。

 アルビオン王国、状況の打破と上記の戦略爆撃への報復のため、オーバーホライゾン作戦を実行。
威嚇にとどめるはずの作戦だったが、軍部の独断でロシアの首都サンクトペテルブルクへの直接攻撃にすり替えられる。
敵国首都を戦略爆撃したために、ロシア帝国皇室関係者に死傷者が発生。アルビオンや他国の関係者まで巻き込むことになる。
流石のアルビオン王国もこの事態を受けて停戦を選ばざるを得なくなり、そのまま講和に移る。


〇1855年
 スイス連邦のチューリッヒにて講和会議が開かれる。
 アルビオン側の無差別攻撃によって生じた各国への被害の補填、ロシア帝国側からアルビオンへの賠償の支払いが決定。
 ジョン・ラッセル外務卿の発案により、ハーグ条約などの走りとなる国際的な協定が結ばれることになる。


〇1855年~
 アルビオン王国、戦時賠償の一環でロシア軍の兵器などを接収。これの研究や分析あるいは再現を試みる。
 なお、大日本帝国から見れば旧式であり、これを模倣したところで迷走するようにテクニカルハラスメントを仕掛けていた。
 同時期にはアルビオン王立空軍を中心にオーバーホライゾン作戦の関係者への粛清が行われる。
必要な禊ではあったが、責任を擦り付けられたアルビオン軍部と粛清をした側の政府の間で軋轢が発生する。

 フローレンス・ナイチンゲール、傷痍軍人に向けた就職斡旋や義肢の提供、PTSDのケアに注力。
 また、クリミア戦争時において採取されたデータを分析し、戦場の医療においてどのようなものが必要かなどを提言する。

 欧州諸国において飛行船および航空機の軍民官での積極的な導入と研究が進む。
航空艦に対する抑止力もしくは戦略爆撃に対する報復装置としての戦力を欲したことによる。
これによってアルビオン包囲網とも呼ぶべき体制が構築され始める。


〇1857年頃?
 ジャン=アンリ・デュナンらの発案と活動により、赤十字がスイスにおいて設立。
「赤い十字」および「アスクレピオスの杖」がその象徴として採用される。
戦時においても順守されるべき条項がジュネーブ条約として取りまとめられ、日アをはじめ各国の承認を受ける。
また、「国境なき医師団」が各国の支援と承認の元で発足・活動を開始する。日本からは南方仁や坂本乙女などが参加する。

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〇1860~1861年
 北米においてアルビオン-大日本帝国間の戦争が勃発。北米東西戦争と呼称される。
 過去にブルボン朝が織田幕府に売却したルイジアナの帰属をめぐって、拡張主義をとるアルビオンが難癖をつけた形となる。
本質的には、クリミア戦争で用いられた飛行船や航空機に使われたヘリウムガスや石油の供給元を確保ないし破壊するという安全保障の意味があった。
クリミア戦争で消耗し、あるいは賠償によって傾いた財政や失墜していた国威を高める狙いもあったとされる。

 航空艦隊を押し出したアルビオンに対抗し、日本もまた航空艦隊を投入。徐々に地域紛争から国家間の戦争へ発展。
日本側は「ファビウス戦略(垓下戦略)」を打ち出し、技術的にも優位をとりながらもアルビオン側の消耗を大きくさせる戦略をとる。
その中でオザーク高原が両軍の軍事的な重要空域と見なされ、絶対防衛戦略空域B7R、通称「円卓」と呼ばれるようになる。
この「円卓」をめぐり両軍が多数の航空艦や航空機を投入し、撃墜し合う激戦区となる。
このことからオザーク高原は碧冠山脈(ケイバー・クラウン・マウンテン)とも呼ばれるようになる。

 赤十字による戦場での救命活動などが初めて大々的に行われる。
独自に航空艦や航空機までも有して活動し、両国の垣根を超えた救急救命活動を行う。
特に救助活動が難しいオザーク高原においては多くの将兵を救助、あるいは遺体や遺品の回収を行う。

 日本側が慣熟などが完了した決戦兵器「80センチ対地対空両用碧気火薬複合加速方式半自動固定砲群「長篠」」の投入。
艦隊決戦をもくろみ侵攻してきたアルビオン艦隊を誘導し、超長距離砲撃による砲撃戦で大打撃を与え、航空艦による追撃で止めを刺した。
 さらにアルビオン領への逆侵攻を行い、北米植民地の軍事施設などを航空艦により破壊。
航空艦隊の消耗による制空権の喪失および「長篠」の抑止力、稼働戦力の払底によりアルビオン王国の軍事的行動は停止。
北米東西戦争が終結し講和へ。日ア間での賠償金の支払い、残存した航空艦艇の引き渡し、領土確定などを定めた条約が結ばれる。


〇1861年~
 アルビオン王国で、戦費および賠償金、総力戦から平時への体制の切り替えなどの問題から経済が低迷。
 クリミア戦争から続く負担が解消できなかったことや傷痍軍人が増えて失業者が増えたことが一因。
革命までのおよそ20年間が「失われた20年」と呼ばれることになる。
 加速度的に悪化していく財政立て直しのため、各種税の増税などが提案され、承認される。
 しかし、敗戦後に政権与党を担っていたアイアンサイド党が提案した特権階級への課税する法案が貴族院で否決され、議会と政府で対立が発生。
貴族院や女王側の意志も絡んでいたことで、アイアンサイド党から選出された首相が解任される事態に発展する。
公害問題や富の不均衡、社会保障の是非をめぐる問題にも延焼し、方針が定まらず、派閥の間での対立が激化する。


〇19世紀末(1880年くらい?)
 アルビオンにおいて革命発生。アルビオン王国とアルビオン共和国の二つに分断される。
 大日本帝国、ごたごたがあったが、王国・共和国両国との間に停戦条約及び不可侵条約を結ぶ。
大日本帝国領内への飛び火を恐れたことと、アルビオンの崩壊に伴う世界秩序の崩壊を恐れての決定。
基本的に王国を正統継承国としつつも、共和国とも経済協定を結ぶというスタンスをとる。
 革命の動乱により、王女シャーロットとスリの少女アンジェのチェンジリングが起こる。


〇1890年頃?
 プリンセスプリンシパル本編が開始。
 前首相の堀河公、アルビオン両国との間に結ばれた条約の更新などのためにアルビオンに赴く。
身柄を狙う攘夷論者などが現れることを予測し、護衛として藤堂ちせおよび虎鶫などがついていくことに。
 堀河政権時に策定されたアルビオン解体を含む欧州制圧計画、通称蜂号1号を、超兵器と勘違いした攘夷論者たちが堀河公を襲撃する。
 プリンセスおよびチーム白鳩、フローレンスからの示唆もあり、蜂1号及び蜂1号改の正体を察する。
 アルビオン側がようやく気が付いたことで、日ア間の本当の交渉が始まる。

866:弥次郎:2025/12/28(日) 20:12:49 HOST:sp49-109-143-249.tck02.spmode.ne.jp

以上、wiki転載はご自由に。
色々とSSなどで世界が広がったので追記修正をしました。あとは誤字修正を。
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最終更新:2026年06月11日 14:42