687 :ひゅうが:2012/04/22(日) 02:54:30
ネタ――「不可侵良識」~源氏物語とその影響~
――最古の国、最古の王朝、最古の…
その「くに」は伝統と格式、そして新進気鋭が同居する。
かといってモザイクのようなものではなく、まるで良質な赤ワインと鹿肉のローストをあわせたような芳醇な調和をもって文化を構成している。
のちに帝国(ライヒ)と帝国(インペリアル)を結んだと評される「大使大公」はその旅行記の冒頭にそう記している。
銀河の3分の1を構成する人々の大半にとっては雑誌の興味をひかれる記事のようなものだったり、あるいは商売の種に直結するような必要に迫られてのものだったが、銀河系内郭国家連合という新勢力についての情報はこの頃誰もが欲していた。
とりわけ、歴史の認識に大きな断絶を負っていながらも伝統という連続性を柱にした銀河帝国の貴族社会は上流になればなるほどこの傾向が顕著であった。
料理、衣装、そしてそれらをあわせた文化。異文化同士の接触が生み出す相互作用――それが生み出す大輪の花は、銀河帝国の貴族社会に大きな革新期をもたらそうとしていた。
その傾向は文学面においても顕著で、形式的かつ定型化され美辞麗句のごった煮と化していた詩作の分野から広がり始め、続いて宮廷文学と呼ばれる上流階級において主に読まれる分野に波及した。
代表的な文人として特筆されるのがランズベルク伯アルフレッドであるが、彼を通して紹介された英国文学や日本文学といった「非ゲルマン的」かつ「非バロック的」なかつて切り捨てられた文学体系(とりわけトマス・マンやヘルマン・ヘッセの再評価は帝国にとって画期的すらであった)は、サロンと呼ばれる芸術家たちの集まりにおいて大きな影響を与え始めていた。
- となれば、その新たな体系を学ぶためにまずはその始原の部分から学ぶということになる。
幸いというべきか、日本人たちは「世界初の長編小説」といわれる「宮廷文学」を有していた。
その物語の名を「源氏物語」という。
しかしながら、この物語は貴族社会に大きな波紋を投げかけることになる。
当時の「上流階級の文学」は、いわば「お姫様は下半身に関することはしない」というまるで人形のような登場人物が主だったのだ。
そのため、こともあろうに皇族の恋愛遍歴が描かれるものなどあろうはずがなかった。
かくて、「良識的」な人々は運動を開始。
その年のうちに帝国語(旧ドイツ語)訳の源氏物語は出版停止処分を受ける。
理由は「不敬罪」。
つまり、ルドルフ大帝も(暗黙のうちに存在を)認めていた古の帝室への侮辱は、銀河帝国への侮辱だという論法である。
ことはこれでおさまるかと思われた。
だがここで、ランズベルク伯を中心にした「有る程度は自由主義的な一派」が動く。
彼らは、先帝であり「大使大公」と称されるフリードリヒ・ジッキンゲン大公に掛け合い、かの帝国の宮中に掩護射撃を求めたのである。
かくて、当代の帝は皇族会議(引退しつつも臣籍に降っていない奇特な方々と当代の宮家当主にて構成)の全会一致をもってあくまでも「やんわりと」苦言を呈する。
いわく――「気にしていないし、素晴らしい古典文学作品はわが(宮内庁の)宝として多くの題材を提供してくれた。
いにしえの皇祖皇宗へ献上されし物語は侮辱さるものに非ず。かかる由にて寛大なる処置を銀河帝国政府におかれては望むものである。」
こうして、文学の検閲にある種の不可侵領域が誕生した。
これが、社会秩序維持局という虚名(もはや実態もないのに)に怯える帝国の言論界に一撃を加え、歴史の大きなうねりを巻き起こすことを予想できたものはいなかった。
- なお、今回の件で煮え湯を飲まされた一派はこの物語に感化され禁則事項をやらかそうとした者への社会的制裁へ傾倒していく。
また、検閲上の不可侵領域に続いて入り込んできた「MOE」と呼ばれる独特の感性について彼らとその支持者が激論を繰り広げるのは、このしばらく後のことである。
最終更新:2012年04月26日 17:23