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516:モントゴメリー:2026/01/17(土) 23:44:09 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
日蘭世界SS——少年の救われたもの、失ったもの、変えられたもの——

フランス連邦共和国(FFR) 首都パリ マレ地区
ここは、パリの中でも特に中世から近世の古い街並みが色濃く残っている地域である。
異国の民が「パリ」と聞いて連想するであろう石畳の街路や狭い路地、そしてパリの動乱の歴史の物言わぬ証人である古き建造物が多く存在しているのだ。
『全てのフランスの後継者』を自認するFFRにとっては正に受け継いだ「歴史」の象徴である。
またマレ地区は地元の人々が生活するブーランジェリー(パン屋)やカフェがある「日常」の場であると同時に、アフリカ州の「兄弟」たちやFFR勢力圏の外国人(探せばOCU諸国から来た者も見つかるが)たちが訪れる「観光(非日常)」の場でもある。
つまりは「日常と非日常の交差点」であるのだ。
まさしくパリの誇りとなる地区であるが、問題がないわけではない。
過去をそのまま引き継いだということは区画整備がなされていないということの裏返しである。
そのため大型トラックが入れないような細い路地が多く、仮に入れたとしてもその石畳はそのトラックの重量を支えるには力不足であった。
そのため『物流』という観点ではマレ地区は「やっかいな場所」として認識されていた。
——そんなやっかいな土地であり、「過去」の象徴であるマレ地区をFFRの最先端技術の結晶である「未来」の象徴が疾駆していた。

時刻は午後3時過ぎ。マレ地区を「銀色の風」が疾駆する。
その風の後方には、いくつもの影が連なっていた。
石畳の上を跳ねることもなく、しかし確かに追従する小さな台車――人が使う荷車と変わらぬ大きさのそれが、三台、四台と静かに列をなしている。
台車同士を繋ぐ牽引部は柔らかく、路地の曲がり角では生き物のように隊列をしならせた。

「なるほど、“ドレスの裾”とは言い得て妙だな」

その隊列の後ろで自転車を漕ぎながら追随する男性——ロマン・デュボワは思わずそう独白した。

『本輸送形態の正式名称は“La Traîne”ですよ、ロマン』

その独白を「耳」——高感度音響センサーで捉えた『彼女』は訂正する。

『名称の混在は情報伝達の支障となりかねません』
「硬いことを言うなよセリーヌ。人間と言うものはそういった表現を好む存在なんだ。
 特に我々フランス人はね」
『人間とは不合理な存在ですね』

セリーヌ——La Pucelle aux cheveux argentés(銀髪の乙女:ラ・ピュセル)は2トン弱の貨物を牽引し時速10㎞前後の速度で走りながらそう述べた。
そして思い出したかのように付け加える。

『不合理と言えばロマン、以前にも確認しましたが何故自転車で並走するのですか?“荷台”に搭乗した方が身体的負担は劇的に低下しますが?』
「勘弁してくれ。淑女が引く荷車に載せられるなんて男の名が廃んでしまうよ」
『貴方一人分の重量など私たちにとっては誤差の範囲なのですが…』

数舜の沈黙の後セリーヌが続けた。

『荷台に乗るのが嫌ならば、私が両腕で直接保持しましょうか?走行安定性は落ちますが対応可能な範囲です』

すなわち「お姫様だっこ」の提案である。

「本当に勘弁してくれ…。社会的に“転属”してしまう……」
『別に各種法令に違反する訳ではありませんが?』

このままでは公共の場で晒し者にされてしまうと感じたロマンは強引に話題を変えることにした。

517:モントゴメリー:2026/01/17(土) 23:44:50 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
「おれは君と荷物を守る護衛なんだ、護衛が護られる側に立ったら意味ないじゃないか!」
『なるほど。旧時代の遺物な法令が前提ですが、合理的な判断ですね』

FFRにおける郵便・宅配業務は必ず複数人(最低でも2人)で行うべしと法令で義務付けられていた。
これは「暗黒の30年」期に定められたもので、当時は脱走したシナ義勇兵たちによって治安が極度に悪化していたが故の対策であった。
(なお、生活に困窮したFFR国籍の人間による犯罪も多数含まれていたのはあまり触れられない事実である)
暗黒の夜が終わり、「暁の20年」を経た現在ではもはや不要とも言われる法令であるが惰性で継続されていた。

「さあさあ急ごう、パンの香りが飛ばない内に届けようじゃないか!」
『D'accord(了解)』

セリーヌが牽引している荷台の下段には製パン用の小麦粉や木箱に収められたワイン、ミネラルウォーターのケース各種野菜・肉類、そして巨大なチーズの塊が搭載されている。
そして上段には焼きたてのバゲットやクロワッサンなどが詰められ彼女たちの航跡に香りを振りまいていた。
彼女たちの任務はこれらを近隣のレストランや学校、官庁街へ輸送することである。
これまで何回も繰り返してきた通常任務であった。…ある瞬間までは。

悲劇——いや、ある少年の一生を決定づける「運命」は、交差点で起きた。

とある少年が路地から飛び出してきたのである。
「路地」と言っても非常に細く、セリーヌの人工知能はそこを人間が通行するという可能性を“極小”と見積もっていた。
だからこそ彼女の対応は遅れた。
セリーヌの「目」——光学センサーが少年を補足、衝突予測時間は0.4秒後。
衝突前の完全停止……物理的に不可能。
時速10kmとはいえ、2.2トンの慣性エネルギーは急停止すれば荷台を「ジャックナイフ」させ荷崩れが発生する。
そうでなくても制御を失った台車がセリーヌ自身を押し潰し、その余波で少年を巻き込む。
ラ・ピュセルであるセリーヌにとっては「小破」程度の破損であるが、人間である少年は“転属”を免れないであろう。
これがトラック輸送であったならば、少年の運命は決していた。
されど彼女は『ラ・ピュセル』であった。
セリーヌの人工知能は瞬時に数億の計算を行い、最適解を弾き出した。
それは「停止」ではなく、「保護」である——

「銀色の壁」

少年の脳が認識した世界はそれであった。
学校からの帰り道、近道をしようと路地伝いに走り大通り(と言っても片道1車線を確保できるかどうかであるが)に出た彼は迫りくる「壁」を見て、自分の運命を悟る。

——ごめんなさい、お母さん。僕は先にオセアンの指揮下へ行きます。

少年は目を閉じ、衝撃が来るのを待った。だが…

518:モントゴメリー:2026/01/17(土) 23:45:51 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
——フワリ。

世界から、重力が消えた。 次に彼を包んだのは衝撃ではなく、圧倒的な「圧」と、極上の「柔らかさ」だった。
セリーヌは、その優美な両腕を活用して少年を道端から「すくい上げた」である。
そして少年を自らと同じ慣性系に乗せたのだ。すなわち相対速度をゼロとしたのである。
それでもなお強大な衝撃から少年を特に頭部を保護するため自身の体で最も衝撃吸収能力が優れる“集中防御区画”へと抱きかかえた。
彼女は止まらない、止まれない。 少年を抱いたまま「脚」のVP製人工筋肉を駆使し2トンの荷物を制御できるギリギリのブレーキを掛けつつ減速する。
運動エネルギーを熱へと変換し、白煙を上げつつもセリーヌは優雅に停止した。

「…………え?」

少年が恐る恐る目を開ける。 彼の視界は「銀色」に、セリーヌの髪の毛に埋め尽くされていた。
彼の顔面は、ラ・ピュセルの“集中防御区画”——すなわち“胸部”に、これ以上ないほど深く埋もれていた。
「胸囲120㎝」「対13㎜級対応防御」と散文的に性能表に記載されるそれ。
しかし今、少年の頬が感じているのは、硬く冷たい鋼鉄の感触ではなかった。
PeRo複合材が(そして開発陣が)追求した吸い付くような肌触りと、人肌よりも少し高い生命の温もり。
そして何より、豊満という言葉すら陳腐化させる圧倒的な弾力と質量。
対弾性能と衝撃吸収性を両立させた多層構造の装甲は今、少年を保護するための「究極のクッション」として機能していた。

「……あ……ふぁ…」

耳元では彼女「心臓」——MHD発電機の駆動音と、冷却システムが奏でる「鼓動」がまるで子守唄のように響いている。
鼻腔を満たすのは、荷台から漂う焼きたてのパンの香ばしい匂いと彼女の銀髪から立ち上る、微かに甘いクーラント(冷却材)の香り。

『怪我は、ありませんか?』

頭上から、鈴を転がしたような声が降ってくる。
少年が呆然と見上げると、そこには逆光の中で輝く銀髪の女神が心配そうに彼を覗き込んでいた。
人間離れした美貌、感情の読めない瞳。
自分など片手で捻り潰せるほどの力を持ちながら、壊れ物を扱うように優しく、強く、彼を抱きしめる腕。

——少年の中で、何かが壊れる音がした。

「大丈夫か!?」

隊列最後尾からロマンが叫びながらやってきた。
その声でようやく少年は正気を取り戻し始めた。

『交通事故未遂です、ロマン』
「二人とも怪我はないか!?」
『私の体に損傷は確認できません。脚部の摩耗は許容範囲内です。少年の方も外傷は確認できませんが、精神的動揺が見受けられます』
「おい、大丈夫か坊主!?」
「…あ…はい!大丈夫です!!」

少年は顔を真っ赤にして叫んだ。そしてセリーヌの腕から脱出する。
その後やってきた救急車と警官(セリーヌが連絡していた)に少年を託し、セリーヌとロマンは任務へと復帰した。

「………」

走り去るセリーヌの背を、少年は真っ赤な顔と虚ろな目でずっと追いかけて来た。
その視線に気づいたロマンは察する。

「…セリーヌ、お前さんはあいつから大変な物を奪ってしまったようだな」
『私はあの少年から何も受け取っていませんが?』
「なーに、お前さんもいつかわかる日が来るよ」
『…理解不能です』

——かわいそうに。あの坊主、もう学校の同級生やテレビのアイドルなんかでは満足できない体になっちまったな。

120cmの装甲と、2トンの慣性を制御する「力」の抱擁を知ってしまった今では生身の人間など「軽すぎる」だろう。
この日、マレ地区の片隅で、一人の少年の性癖が2.2トンの質量によって不可逆的に粉砕された。
しかしそれは“初恋”と共に強固な形へと再構築されたのである。

519:モントゴメリー:2026/01/17(土) 23:46:23 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
  • La Traîne
ラ・ピュセルたちの輸送形態の一つ。主に市街地での宅配便輸送(いわゆる「ラストワンマイル」)に使われる。
巨大な荷台ではなく、人間用の荷車(リアカー)と同程度の規模の台車を3台から4台ほど連結して荷物を輸送する。
想定される輸送量は1.5トンから2トンである。
人間が電動自転車で牽引する場合は100㎏前後が限界であるため、その効率は実に15倍から20倍にまでなる。
それでいて大型トラックが入れないような小さな路地でも通行できる機動性を確保している。
また、配送地区ごとに台車を切り離して置いていくなどという運用も可能である。
名前のTraîne(トレーヌ)はフランス語で「引き網」や「牽引」という意味の語句であるが、同時に「ドレスの裾(英語でいう「トレーン」)」という意味もある。
ラ・ピュセル(乙女)が連結台車を後ろに従えて歩く姿を

「長いドレスの裾を優雅に引いて歩く貴婦人」

に見立てた誠にフランスらしいエスプリ精神に満ちた名前である。
この他にも子供たちからは『Les Canetons(レ・カネトン):小鴨たち』と呼ばれることがあるが、こちらはラ・ピュセルを「親カモ」に見立て、彼女についていく台車を「子ガモ」と表現しているのである。

520:モントゴメリー:2026/01/17(土) 23:47:35 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
以上です。
ウィキ掲載は自由です。
ラ・ピュセルたちがFFRの日常にどのように溶け込んでいるかという問の答えですね。
2トンの貨物をトラックが入れない路地にまで届ける。
これがどれほど革命的かおわかりでしょうか?

…あと、同志635が「青少年の性癖」への影響を懸念していましたので、思い切り粉砕してみましたww
今回はいつもと方向性が違うので、形にするのに苦労いたしました……。

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最終更新:2026年06月24日 23:29