664 :①:2012/04/20(金) 00:49:25
毎度おなじみの駄文一発ネタ屋の①です。
本編中「エンタープライズ」が日本に来ると聞いて、
書かずに入られなかったネタを一発。
「エンタープライズ」
1.
終戦を迎えたハワイ。
アメリカ西海岸ではどさくさにまぎれてメキシコが喧嘩を吹っかけてきたが、日本によってメキシコは抑えられた。
ハワイはというと長い戦争が終わって、ミッドウェーからの爆撃も止まり、平穏である。
しかし、一部は忙しい。
メキシコを押さえた日本海軍機動部隊の一部が日本本土へ帰還するために真珠湾に寄港したからである。
真珠湾港内は日本海軍の軍艦が投錨し、接収された工廠施設の一部は忙しく動き、ホノルル市内は日本海軍の水兵たちで一杯である。
そんな港内の一隅にその艦はひっそりと投錨していた。
旧アメリカ海軍航空母艦「エンタープライズ」
エンタープライズは明日からのドック入りに備えて準備していた。
ハワイ沖海戦で傷ついた身体を、再び航海に耐えさせる為である。
彼女はカリフォルニア共和国と大日本帝国の協定により、日本へと回航される。
「技術解析の為」という名目だが、水兵たちは
「アメリカに勝った日本が何を技術解析するんだ?体の良い戦利艦じゃないか」
と口々に言っていた。
それでもエンタープライズの乗組員たちは
「ジャップにアメリカ海軍魂を見せてやろうじゃないか」
と艦内の清掃と整備を念入りに行っていた。修理が終われば艦体のペイントまで行うつもりである。
ちなみに日本に回航される戦艦ワシントンは既にドック入りしている。ハワイ沖で受けた傷がエンタープライズよりも深かったからである。
そんなてんやわんやのエンタープライズの飛行甲板を一人のアメリカ陸軍飛行士が荷物を持って歩いていた。
飛行甲板では乗組員たちがちょうど一機の飛行機を飛行甲板から艀に下ろそうとしていた。彼は立ち止まってその光景を見る。
P40ウォーホーク。
アメリカ陸軍の飛行機で、本来は彼が乗って出撃したかもしれない戦闘機。
いや、戦闘機というのはもはや過去だった。そのP40は武装も防弾版も外し4、50ポンド爆弾だけを抱えて、ハワイを攻略しようとする日本海軍の艦艇に突入する目的の為に改造された「自殺飛行機」だった。
その陸軍飛行士もその乗員の一人だった。米国本土で「自殺飛行隊」の組織が伝えられたとき、ここハワイでも、迫り来る祖国の滅亡を少しでも遅らせる為に組織され、志願したのだ。ハワイ沖海戦で海軍はほとんどの艦載機と操縦士を失った。故に彼は陸軍軍人にもかかわらず、数合わせの為にエンタープライズに乗り組んだのだ。
エンタープライズも傷ついた体にもかかわらず、ハワイから少しでも離れた場所で日本海軍艦艇を攻撃し、沈められる運命だった。
しかし、彼もエンタープライズも出撃の時は来なかった。
日本海軍がハワイに来る前に米国本土は津波と疫病で分裂し、合衆国が瓦解してしまったのだ。そしてハワイは無血占領され、日本海軍は旧アメリカを守る為にメキシコへと出港していったのだ。
彼とエンタープライズは降伏以来、無為な日々を過ごした。
エンタープライズはハワイ沖の海戦で傷ついていたので動けなかった。
彼はというと、生まれ故郷のテキサスをメキシコが狙っていることを知っていたので戻りたかったが、命令系統が瓦解していては動けなかった。
そんな彼らにもようやく命令が下された。エンタープライズは日本回航を、彼はとりあえずエンタープライズを降りて西海岸への帰還を。
彼は荷物をまとめ、艦長の下へと出頭しようとしていた。
退艦許可を得るためである。
艦橋のレナード・ギャレットエンタープライズ艦長は艦長席に座ってコーヒーを飲んでいた。
彼は回航の命令を乗組員に伝えたあと何もすることはなかった。
午前中は日本海軍より回航の打ち合わせと表敬訪問を受けて忙しかったが、回航準備の命令を下せば、やるべきことは乗組員が知っていたので心配の必要はなかった。
冷めたコーヒーカップを傾けていると、陸軍軍人が入ってくる。
「艦長、退艦許可をもらいに来ました」
若い陸軍飛行士が敬礼しながら言う。
本来なら飛行長か副長に申告すればことは済むが、彼の場合は少し違う。
なにせ彼は艦長の甥なのだ。
「そうか…少し話でもしようか」
「はい」
艦長は甥を艦長室へ入れた。
665 :①:2012/04/20(金) 00:51:51
2.
艦長と彼は、彼がエンタープライズに乗艦して以来、しっくりいっていなかった。
彼が乗り組んできたとき、大喧嘩をしたのだ。
甥が「自殺飛行隊」に志願したと知って冷静であるはずもない。
自分は合衆国海軍に志願した身である。老兵であり、祖国を救うためなら戦死もいとわない覚悟である。
しかし甥はこれからの合衆国を担う人材である。そんな甥が必死の任務に志願するとは何事かと怒ったのである。
もっとも「合衆国海軍一二を争う論理的かつ理性的な男」といわれた艦長も、甥の考えがわかっていた。彼も論理的に考えて「合衆国にとって自分が現状出来得る最善の策」を選択したことは理性ではわかっていたのだ。
しかし肉親の感情は別だった。それで彼が乗り組んできたとき、艦長は珍しく感情を爆発させたのだ。
それは彼にとっても以外だった。
と、同時に「冷静」という文字そのままの伯父が、感情を爆発させた姿を見せたとき、驚きと共に「理性」をかなぐり捨てた伯父とようやく同じリングに立てたと感じて、いつもより激しく反発したのだ。
以来、二人は艦内でも会っても敬礼を交わすだけで目も合わさなかった。
それが降伏によって全てが変わった。
二人は拍子抜けを起こし、密かに和解の機会を模索していたのだ。
二人は艦長室に入った。
「まあ、座れ」
艦長室は簡素だった。
防火の為に木材家具は撤去されて鉄製のベッドやデスク、椅子が置かれているだけだった。
木のぬくもりが感じられない中で、一つだけ目立つものがあった。
パイプデスクの背後に、「USS Enterprise」と銘版がついた木の額縁に、エンタープライズを右舷から見た形で半分に割ったような形の金箔押しの模型が飾られている。
「あれは?」
「午前中に来た「コンゴウ」の艦長が送ってくれたものだよ」
艦長は甥に椅子を勧める。
彼は椅子に座るや否や
「命令が来ました」
と伯父に言う。
「…本土に戻るのだな?」
「はい」
二人の間に沈黙が流れる。
舷窓からは汽笛が聞こえ二人は窓を見た。
日本回航へのエスコート艦となる、戦艦「金剛」の姿が見える。
666 :①:2012/04/20(金) 00:52:27
3.
「…どうして我々は負けたんでしょうか?」
「海賊外交の結果だよ」
「海賊外交?」
「表向き「理想」は掲げてはいるが、その実は自分の欲望の赴くままの外交。そう…海賊旗を掲げない私掠船のような外交だ。そして日本をメキシコと同じように考えて侮った政治家の浅はかさが合衆国を滅亡へと導いたんだ。ペリー提督の開国以来、日本は侮れる存在ではなかった。なのに政治家どもは日本を侮り、自分たちの欲望のままに戦争へと至った。アメリカ合衆国が津波に襲われなかったら、アメリカの勝利もあっただろうが…」
「伯父さんはアメリカが勝利できたと?」
「欲にまみれていようが、アメリカは神の恩恵を受けた国だった。本来なら資源・生産力の違いで時間があれば日本を圧倒できただろう、いくら戦争初期に新兵器を繰り出してこちらの損害を増やしたとしてもだ、それが論理というものだ」
「なのに、我々は負けた」
「全ては津波だ、あれで全てが変わった…、状況が一変し時間がなくなった。そしてアメリカと日本は立場を入れ替えた。何もかも違ってしまったんだ」
」
「伯父さんの言を借りて言えばアメリカは神の恩恵を受けていた国なのに、なぜ神は…」
「神のなさる業は謎に満ちている。もっともサイエンス・フィクション好きのお前は、傲慢な全能の存在が指を鳴らしただけというのかもしれないが」
ようやくそこで二人は笑った。
「…何にしてもよかった、お前を死なせたら妹…、お前の母さんに何を言われるかわからんかったからな」
「もしその時があったら、お互い戦死してましたよ。母さんは文句を伯父さんに言えませんよ」
「ウェスリー、いずれ天国であいつの小言を延々と聞かされる身にもなってみろ」
「それもそうですね」
艦長室の扉が叩かれる。
従兵が再び日本海軍の来訪を伝えた。
短い和解の時は終わった。
二人は艦長室を出た。
艦長は日本海軍士官を出迎える為に、甥は退艦する為に。
舷門についたころ、ちょうどランチが数隻近寄ってくる。日本海軍も到着したようだ。
彼は舷門に立つと艦長に向かって敬礼し申告する。
「レナード・ギャレット艦長、退官の許可を願います」
「ジーン・ウェスリー・ロッデンベリー陸軍少尉、退艦を許可する」
ギャレット艦長が答礼をおろすと、伯父と甥は固く抱き合った。
舷門水兵が別れの時を告げるようにパイプを鳴らした…
蛇足:
ロッデンベリー陸軍少尉はエンタープライズを退艦しようと、タラップを二・三歩降りた。
そこで、彼は本来の茶目っ気が芽生えた。エンタープライズに見に来た日本海軍の戦闘機乗りから教えてもらった別れの挨拶をしようと思ったのだ。
彼は見送っている伯父に振り向き、右手に持っていた荷物を下ろして掲げた。
人指し指と中指・薬指と小指をくっ付け、中指と薬指の間と親指を開いて、伯父に掌を見せ向けて言った。
「Live long and prosper!(長寿と繁栄を!)」
予想通り伯父の困惑する顔が見える。困ったときいつもする、眉の片方を上げる表情だった。
「ウェスリー、お前までそれか」
「え?」
「午前中、「コンゴウ」の艦長と副長も退艦するときに私にそれをしたんだ。艦長も副長も私のような人間を知ってるそうだ。何でも、私のように論理的で常に冷静な人物で、顔も似ているそうだ。違いはその人は耳がとんがっているそうだが…」
最終更新:2012年04月26日 17:40