927 :名無しさん:2012/05/23(水) 18:26:12
2001・錬武館のそばにゲートが開きました。
丹波文七
(まるで映画の世界に紛れ込んだみてえだな)
そんなことを考えながら、丹波文七は指揮官らしき男へと歩み寄った。
ただ歩いているわけではない。襲い掛かってくる古代ローマ兵のような格好の兵士たちを自分の拳足で叩きのめしながらである。
(――妙なことになりやがった)
文七は右から襲い掛かってきた兵士の刃をかわし、掌底突きを叩き込みながら、ことの始まりを思い出していた。
五月某日――。
その日は年に一度の、練武館の大演武会の日であった。
月に一度の演武会とは違い、大演武会の日は錬武館の武術家だけでなく外の武術家も招いての一種の交流会の日であった。交流会といっても帝国軍の文化祭や体育祭とは違い、各派閥、各流派の名誉がかかった殺気立ったものである。
丹波がその大演武会に出るきっかけは、三ヶ月ほど前の松尾象山の言葉である。
「錬武館の大演武会に出てみねえか?」
丹波がいたバーに、偶然を装ってやってきた松尾がそんなことを言った。
「あんたには弟子がたくさんいるだろう。そいつらじゃだめなのか?」
丹波がそう返すと、松尾はにやりと笑った。
「俺も俺の弟子ももちろん出る。だが俺はお前さんが今どれくらい強いのか見てえのさ。二年前、うちの大会の決勝戦で姫川と引き分けた、丹波文七の今の強さをよ。錬武館の連中も見たいと言ってる」
その言葉を聞いた丹波は大演武会に出ることを決めた。日本武術の総本山である錬武館が気にしているということは、名誉など気にしない一匹狼である丹波にとっても心動かされる出来事であった。
その三ヵ月後、大演武会当日、象山やその弟子たちとともに丹波は錬武会へとやってきた。
「まあそんなに緊張しなくていいですよ」
丹波たちを出迎えたのは、錬武会の武術家たちのまとめ役である船坂弘であった。
船坂が発した声はとても穏やかであったにもかかわらず、丹波は思わず身構えそうになってしまった。
建物の一室に通された丹波は、中国大陸で暴れまわった『千人殺し』の船坂に出迎えられるとは思わなかったと苦笑しながら松尾たちとともに胴着へと着替えた。
そのときであった――外から怒声と剣戟が聞こえてきたのは。
「ま、こいつらが何者なのかはどうでもいいか」
丹波は正体不明の男たちを叩きのめしながら、そんなことを言った。
武術家にとって自分が学んだ技を思う存分振るって良いという状況は、何物にも変えがたい至福の時間なのだ。手足から伝わる感触に思わずにやけそうになる丹波。
だが、それも長くは続かない。
二十人ほどを叩きのめしたところで、ほかの兵士たちが怖気づいてしまったのだ。馬に乗った派手な兜の指揮官が聞いたことのない言葉で兵士たちを叱咤するが、効果はなかった。おびえた表情で遠巻きに丹波の様子をうかがっているだけだ。
丸腰の丹波にここまでやられれば、無理もなかった。
丹波は小さくため息をつくと、指揮官へ歩み寄って言った。
「お前が戦ったらどうだ?」
言葉は通じなかったが、あからさまな侮蔑の表情で何を言っているのか理解したらしい指揮官が手にした剣で丹波に切りかかる。
その攻撃は一流の武術家である丹波から見れば、雑で遅い。簡単に剣を持った右手の手首をつかむと、馬上から地面へと投げ飛ばす。
地面にたたきつけられた痛みで剣を手放しのた打ち回る指揮官を、丹波はさらに挑発した。
「もうおしまいか?」
「う、うがあああっ!!」
何とか立ち上がった指揮官は獣のような声を上げ、右手で腰の短剣を抜くと、丹波へと襲い掛かる。
――それがいけなかった。
突き出された短剣をあっさりかわした丹波は突き出された右手首を両手でつかむと、飛び上がって指揮官の頭を両足で挟み潰す。その時点で指揮官の意識は空の向こうへと飛んでいるのだが、丹波の放った技はそれで終わりではない。丹波はそのまま体を反転し右肩を決めながら左ひざを指揮官の首へと押し当てて、100キロを超える体重で押しつぶしたのだ。
――竹宮流、虎王の完成である。
ぶちぶちという肩のじん帯の切れる手ごたえ。
ごりっという首の骨が折れる手ごたえ。
命を奪った手ごたえ。
「うおおおおおおおぉっ!!」
立ち上がった丹波が吼える。
久々に人を殺した感触に猛る餓狼の咆哮を聞いた周囲の兵士たちは、我先にと逃げだした。
928 :名無しさん:2012/05/23(水) 18:26:58
新宮隼人
「おうおう、みんな猛ってるなぁ」
後ろから襲い掛かってきたオークをぶん投げた新宮隼人は、少し離れているところで暴れまわる虎眼流の剣士たちの姿を見ながらのんきにそんなことを言った。
町内会の福引で温泉旅行を引き当てた祖父代わりに新宮流代表として大演武会へ送り込まれた隼人は、錬武館へたどり着く前に古代ローマ兵のような男たちと異形の怪物たちの襲撃を受けた。
最初は男たちの格好とオークなどの亜人たちに驚いたが、これを難なく打ち倒していた。祖父に仕込まれた新宮流の技の数々のおかげである。もっとも、いきなりの襲撃に驚かずに立ち回ることができたのは、本人の図太い性格のおかげだろう。
「いい加減メンドクサクなってきたぞ」
目の前の兵士を寸頸と通しの複合当身でKOした隼人は、うんざりした様子でそう言った。人の皮をかぶった怪物の集まりに無理やり送り込まれたと思ったら、訳のわからない集団に襲い掛かられたのだから隼人からすれば愚痴のひとつも言いたくなる。
「おいっ! もういいだろっ! 他のおっかない人たちと違って、逃げても追わないからもう帰れっ!」
二十人目を倒したところで隼人は、だめもとで馬に乗った指揮官らしき男に叫ぶ。
すると指揮官は、右手の剣を後ろのほうへ振るいながら何かを叫んだ。周囲の兵士たちは、指揮官の言葉に従って後ろへと下がっていく。
引いてくれるのかと安堵した隼人の目の前で、指揮官が再び何かを叫びながら剣を振るった。
直後、兵士たちの背後から百近い数の矢が、弧を描いて隼人めがけ飛んでくる。
「ちょっ、お前らっ!」
口ではあせっているような言葉を発する隼人であったが、心は穏やかな湖面のように冷静であった。自分に降り注いでくる矢を最小限の動きで避けていく。その動きは、兵士たちから見ればまるで矢が隼人を通り抜けている様にしか見えない。
「……そうか」
ここで初めて隼人は怒りの色を見せる。
「そういうつもりなら、一人残らず叩きのめすことにするぜ」
隼人はそう宣言し、びしっと右の人差し指を兵士たちへ向ける。
同時に兵士たちは一歩後ろへと下がった。
929 :名無しさん:2012/05/23(水) 18:27:38
怒らせてはいけない人たち
完全武装の千人からなる兵士たちに亜人たちの部隊を加えた先発隊が、百人そこそこでたいした武器も持たない集団を見て簡単に押し潰せると考えるのは無理もなかった。同じ装備でも10対1以上の戦力比なのだから。ただ、彼らは運がなかった。襲い掛かった相手は、帝国兵など子ども扱いできるほどの魔人たちの集団だったのだから。
あれよあれよという間に戦力の三分の一を失った先発隊の部隊長は撤退を命じた。
常識的な判断である。だが、逃げ帰った彼らをゲートの前で待ち受けていたのは、極めて非常識な三人の男たちだった。
「いやー、大陸にいた時を思い出すのう」
身に着けた合気の技で転ばせたオークの首を踏み折りながらそんなことを言ったのは、はかま姿の小柄な老人。名は渋川剛気。柔術界の大物である。
「うーん、この骨を砕いた感触。たまらねぇな」
兜の上から兵士の顔面を砕いて、そんな剣呑なことを言うのは、愚地独歩だ。
北辰館と並ぶ空手流派神心館の長であり、人を一方的にドツキまわすのが趣味と言ってはばからない危険人物である。
「あーちょっといいかね」
最後の一人は船坂弘。
軍で『千人殺し』を成し遂げた怪物である。
敵が恐れをなし自分たちを遠巻きにしたところで、船坂弘が茶飲み話の様にそばにいる二人に話しかける。
「大将首なんだが、自分に譲ってもらえんかね」
「そいつはないですぜ」
独歩が眉をひそめる。
それでも船坂は譲らない。
「ここは錬武会の縄張りだ。それを荒らした連中の大将を、他の所から来た武術家にさらわれちゃあ面目丸つぶれだ。なあ、頼むよ。今度酒をおごるから。いいのが手に入ったんだ」
錬武館の長老である船坂にここまで言われれば、よそ者である二人は首を縦に振るしかない。
船坂は渋川たちに礼を言うと、派手な鎧兜に身を包む部隊長に手にした刀の切っ先を向けてこう言った。
「おまえたちの敗因はたった一つ。単純な理由だ。錬武館の、そしてこの国の武術家を舐めた。敗因はそれだけだ」
その言葉を聞いた渋川剛気と愚地独歩はくすりと笑った。
930 :名無しさん:2012/05/23(水) 18:29:41
報告
武術家たちと異世界の帝国軍との戦いは、武術家たちの勝利に終わった。
帝国兵で生き残ったのはたった八十八名。生き残った者たちも、みな歩くことすらままならぬほど痛めつけられていた。
武術家たち被害はといえば、軽症者が十五名出ただけである。
事が終わってからの110番でやってきた警官たちの「なぜ早く通報しなかった」という問いに、武術家たちは口をそろえて「そんな暇はなかった」と答えた。
帝国兵の姿を見た警官の一人が、「やりすぎだろう」と非難するような眼を向けると、松尾象山がニコニコと笑みを浮かべながら歩み寄って言った。
「俺たちは暴漢に襲われ、それを身につけた技で撃退した。ただそれだけさ――ところでお前さんの所属する警察署ってどこ? 犯罪者と戦わなきゃならない警察官なのにあんまり強そうじゃないから、俺たちが鍛えてやろうか?」
あからさまな脅しに異を唱える度胸もない警官たちは、負傷した帝国兵を引き取ってすごすごと帰るしかなかった。
異世界の帝国の兵士たちとの一件に関する情報は、その日のうちに
夢幻会へと送られた。
届けられた資料は、警察の現場検証に基づくものととある流派の高弟が撮ったビデオテープである。
警察の資料のほうは何の問題もなかった。問題があったのはビデオテープのほうである。
その壮絶すぎる内容を見て絶句するものはまだ良いほうで、中には口を抑えてトイレへ駆け込む者までいた。要するにドン引きしたのだ。
ただ、一部のメンバーは、某大納言のように『仕上がった』表情で画面を眺めていたという。
(了)
設定の使用を許可してくれた辺境人さん、ありがとうございました。
最終更新:2012年05月26日 17:49