79 :taka:2012/05/26(土) 14:35:24
2話が来たので小ネタ




ウクライナ オデッサ

馬を操りながら、ウクライナの義勇保安師団に属するコサック人の青年は白い息を吐く。
異常気象の所為で今年は冬の到来が早いと故郷の両親がぼやいていたのを思い出す。
青年の背中には光学レンズのスコープが付いたモシン・ナガン。
青年が着ている服は灰緑色の軍服。意匠を極めて簡略化した粗末なものだが、ウクライナの厳寒に耐えきる保温性を持っている。
加えて青年は彼の属する部族が代々受け継いできた体温の維持の仕方を服装に加えている。
なので川に落ちるか雨にでも打たれない限りは凍傷を負ったり低体温症の危険はまずない。
「!」
双眼鏡に人影が映る。目を凝らすとヨタヨタとこちらに背を向けて走る粗末な作業服を着た男だった。
恐らくは、作業現場から逃げ出したポーランド人かユダヤ人か。
青年は被ってるフリッツヘルム(39年産の古いものだ)の顎ヒモを確かめた後、馬を操って先回りをする。
素早く先回りをし、馬を丘の向こう側に隠して待ち伏せる。
何も知らず、ただがむしゃらに逃げる男が直ぐに現れた。
スコープを覗く、照準を男の頭部に合わせる。風が止んだ瞬間を狙って引き金を引いた。
パーン、銃声の後、男はうつ伏せに倒れていた。
馬に乗って移動し、倒れている男を検分する。服装からして高速線路建設現場から逃げ出してきたのだろう。
馬で追いかけサーベルで斬り付けたり、接近して馬上射撃で仕留めた方が確実で楽だったかもしれない。
狙われている事を悟らせず狙撃で即死させたのが、青年なりのせめてもの情けだった。この地で救いのない死を迎える哀れな奴隷達へ対しての。
ポーランド人だったので目印の木の枝に赤と白の旗を結んでいると丁度巡回のドイツ兵がオートバイに乗ってやって来た。
顔見知りのドイツ人曹長だった。意地はあまり良くないが仕事をきちんとこなしている限りは理不尽な事はしない男だった。
相変わらず腕が良いと褒められた。死体はこの時期なら直ぐに腐らないので、巡回回収車が直ぐ解るように旗を立てておけと指示を受ける。
去り際に半分(五本)ほど残ったR6の煙草を投げて寄越してきた。
ありがとうございます、と言うとフンと鼻を鳴らし、運転手を小突いて去っていった。
死体の傍に旗を刺した後、青年は再び巡回を始めた。

冬の到来を告げるような冷たい風が、ヘルメットとマフラーの間の皮膚を突き刺す。
恐らくは、また脱走者が増える事だろう。
願わくば、自分が来る前に凍死していて欲しいものだと青年は願った。

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最終更新:2012年05月26日 18:14