310 :グアンタナモの人:2012/05/28(月) 17:17:46
→249と同じネタです。
肩の力を抜けるって素晴らしい。


 二つの世界に駆け抜けた〝ゲート〟出現の衝撃から数年。
 世界は様々な思いが交錯しながらも、とりあえずは回り始めていた。
 これは二つの世界が交わった、その後の一幕である。


     <開通後の日常:憂鬱世界大日本帝国のある野球愛好家の場合>


「あいつら、気合入ってるなー」

「こっちのホエールスと向こうのホエールス――いや、ベイスターズだったか。そのどっちが強いかを明かす世紀の一戦だし、仕方が無いさ」

 大日本帝国神坂地方のとある居酒屋。
 店内の角に置かれた一台の大画面液晶テレビに、奇妙な出で立ちの男達がかじりついていた。
 爛々と輝く目の色は黒や青、灰色と様々だが、皆示し合わせたかのように鯨が描かれた法被を着ていたり、同じく鯨が描かれた野球帽を被っている。
 そして手にはメガホン。もしくは団扇。
 唸れ大鯨打線、と上がる気炎は神坂の寒さを蹴散らさんばかり。
 最早、船舶機関並の暑苦しさであろう。

 そんな彼らは数々の特徴から察せる通り、今まさにテレビの向こうに映し出された横浜大洋ホエールスの熱狂的なファン達だった。

「今年のホエールスは十年振りの強力大鯨打線だからな。特に〝戦艦〟スチェッキンの一振りは見物だぞ」

「ああ、そうだな。あの巨人や阪神、千葉明治の連中を涙目にしたんだ。向こう相手にも遠慮なく火を噴くに違いない」

 鯨法被の男達ほどの勢いではないが、カウンター席に座る彼らも酒杯を傾けつつ、ナイター中継に目を向ける。
 この居酒屋がある町は戦後、ベーリング海における大洋漁業の拠点として栄えた町だ。
 故に自然と、住人の大半は横浜大洋ホエールス贔屓になっている。
 まだ試合が始まっていないのに、既にリミッター解除の気配を見せている鯨法被の集団を誰も咎めないのはそのせいだ。

 もっとも今宵に限っては、横浜大洋ホエールスの勝利を願う人々が増えに増えていることだろう。
 もしかすると、このナイターが中継されているアジア太平洋圏全体がホエールスを応援しているかもしれない。
 太平洋リーグ内の不倶戴天の好敵手達でさえ、今回ばかりはホエールスを応援すると聞き及んでいる。
 何せ相手は門の向こうからやってきた、彼らの住む日本とはまた異なる日本の球団。
 本日、横浜スタジアムで執り行われるのは試合は、大洋漁業が主催する両日本の親善を兼ねた特別試合なのだ。

「お、始まるな」

 両チームが相対し、試合前の一礼をしている様子が画面に映る。

「って、おい! マカロフ! 煩いぞ!」

「あの馬鹿、もう酔ってやがる! ロシア系のくせして酒に弱いのに何やってるんだ! 止めろ! 止めろ!」

 にわかに騒がしさを増す居酒屋を他所に、運命の一戦が画面の向こうで幕を開けた。


(終)

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最終更新:2012年05月29日 00:12