323 :グアンタナモの人:2012/05/28(月) 23:58:02
うっかり誤爆してしまいましたが、スレをしっかり確認した上で再投下いたします。



 二つの世界に駆け抜けた〝ゲート〟出現の衝撃から数年。
 世界は様々な思いが交錯しながらも、とりあえずは回り始めていた。
 これは二つの世界が交わった、その後の一幕である。


     <開通後の日常:史実世界イタリア共和国のある商社マンの場合>


 イタリア王国南部、カンパニア州。
 この暖かな南イタリアの地に、ナポリという街は存在する。
 イタリア一と評される美しく風光明媚な街であり、ナポリを見てから死ね、とは同国では有名な諺であろう。
 また今日のイタリアに対する明るく陽気なイメージは、実はこのナポリの街に由来している。
 それほどまでに、ナポリという街は世界的にも有名であった。

 さて、そんなナポリの街にある公園。
 木陰に置かれたベンチに、イタリア人の青年が物憂げに腰掛けていた。
 洒落たスーツにネクタイ。脇に置かれた鞄からも何処かセンスの良さが感じられる。
 ちょっとした映画のワンシーンにも思える情景だが、そこはナポリ。
 彼すらも街並みに溶け込ませることで、風景をより良いものに昇華させていた。

「はぁ」

 見事にナポリの街並みに溶け込んでいるイタリア人青年だったが、果たして彼はこの世界のイタリア人ではない。
 実はこの青年、門の向こう側よりこちら側の祖国を訪れた史実世界のイタリア人であった。

「これぞ正しくナポリ、か。まさかこっち側にあったなんて……」

 商用で訪れた、もう一つのイタリア。もう一つのナポリ。
 その光景に青年は深く心を打たれていた。
 彼の世界にもナポリはある。だが、彼の知るナポリはこんな街ではなかった。
 利権の狭間で打ち捨てられたゴミが道端に溢れ、何をするにもカモッラの顔色を窺わねばならない。
 それが彼の世界におけるナポリの実情であった。
 しかし、今目の前に広がっている光景はどうしたことだろう。
 清掃が行き届き、煙草の吸殻さえも見当たらない道。
 道行く警官達も保安機構として何一つ麻痺せずに機能している。
 裏路地に目を向ければ、東洋人らしき観光客が高いカメラを片手に〝平然〟と出てくる。
 そして先方との商談の際、覚悟していたカモッラの影は微塵も感じられなかった。
 一度は夢見る理想のナポリ。それが今、青年の周囲に在ったのだ。
 商談に次ぐ商談で疲れ荒んだ心も、この情景を見れば吹き飛んでしまう。
 そうとさえ思えるほど、青年はこの街の虜になっていたのである。

「……おっと、もう昼か」

 そこまで物思いに耽ったところで、ふと青年は公園の時計を見上げた。
 丁度、時計の針は昼飯時を指し示していた。
 訳あって朝食を取るのが遅れたため、それほど腹は空いていないが、午後にもいくつか商談がある。
 食べ損ねてしまう可能性を考えると、昼食は今のうちに軽くでも取ってしまった方が良いだろう。
 近くに何かないだろうか。青年はきょろきょろと視線を巡らせる。
 すると、公園の出入り口からそう離れていないところに喫茶店の看板を見つけた。
 あそこならば、きっと軽食も置いているに違いない。
 現に引っ切り無しに客らしき男達が店の中へと消えていく。どうやらかなり繁盛しているようだ。
 強いていうなら、むさ苦しい野郎よりも見目美しい女性が入っていくような店が良かったのだが、そこは贅沢を言っていられない。
 青年は鞄を手に立ち上がり、その喫茶店へと足を向ける。

 だが、彼は知らなかった。
 何故、ナポリの街はこうまで変わったのかを。
 何故、街中に東洋人の観光客が多いのかを。
 何故、あの喫茶店に男達ばかりが入店しているのかを。

「いらっしゃいませ、ご主人様!」

「……」

 イタリア王国南部、カンパニア州。
 この暖かな南イタリアの地に、ナポリという街は存在する。
 そこは東洋と欧州を繋ぐ栄えある国家を目指した統領の大掃除によって生まれ変わり、彼らが招いた東洋の友人によって〝汚染〟されてしまったイタリア一と評される美しく風光明媚な街である。

「……ファンタスティコ!」

 ちなみに余談だが、青年はそれからナポリの街のさらなる虜となった。
 そして帰国するまでの間、毎日この喫茶店に通い詰めたという。
 彼もまた、生粋のイタリア人であった。


(終)

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最終更新:2012年05月29日 00:13