377 :earth:2012/05/29(火) 19:19:55
『露海軍提督の憂鬱』
ロシア帝国海軍。
かつて世界有数の規模を誇ったこの巨大海軍は、日露戦争によって壊滅し、その後の革命によってその命脈を閉じた。
だが彼らが守るべき皇室は、自分達を壊滅させた帝国の手によって生き長らえた。
そして革命から半世紀弱。忌まわしき簒奪者は滅び、彼らは今一度歴史の表舞台に立つことになる。
「ロシア帝国万歳!」
ロシア帝国の国歌が流れる中、長い間、日本との貿易港となっていたウラジオストックに大型軍艦が入港した。
それはロシア帝国海軍再建のために日本が低価格で輸出した浅間型大型巡洋艦(富士型の後継艦)であり、ロシア帝国海軍太平洋艦隊の
総旗艦となる艦であり、今回の式典でロシア帝国皇帝のお召し艦となる艦だった。
「ロシア帝国海軍か」
旧ソビエト連邦海軍で中将を務めていた某提督は、駆逐艦の艦橋から入港してくる大型艦を見て複雑そうな顔をする。
だがそんな提督を部下達が慰める。
「何はともあれ、喜ぶべきでしょう。これで我々も『海軍』を名乗れるのですから」
旧ソ連海軍は革命以降散々に冷遇され、第二次世界大戦後は名ばかりの存在となった。人員も物資も予算も大半が陸軍と空軍に
割り振られ、海軍は残り物の兵士と予算でやり繰りするしかなかった。保有していた艦艇は大半が退役、解体されスクラップとして売られた。
ソ連海軍軍人は陸で陸軍の真似事をするか、警察と協力して密漁船を取り締まるのが仕事とさえ言われる始末だった。そんな状況で
将兵の士気があがるわけが無く、ソ連海軍はハード、ソフト両面でガタガタとなった。
そんな彼らにとって、仮に旧敵国の艦であったとしても、あのような新造艦が自分達の旗艦となるのだ。盛り上がらないわけが無い。
「ロシア帝国海軍万歳!」
水兵たちの歓声さえ聞こえてくる中、提督はため息を押し殺した。
(日本の艦と日本のノウハウで再建されるロシア帝国海軍か。軍も政府も日本のひも付きとは……)
勿論、彼は自分達が恵まれていることは判っていた。
この弱肉強食の世界で祖国が滅びたにもかかわらず、ここまでお膳立てされ、列強の一角を占める新たな祖国の海軍で職務を全うできる。
ドイツ人たちによって支配された地域の同胞達の待遇と比較すれば、この幸運を神に感謝しなければならないだろう。
だがそれでも『ロシア人』の一人として思うところはあった。
(母なる大地は周辺国によって食荒らされ、最後は日独の後押しを受けた国がにらみ合う訳か……どこで我々は道を誤ったのだろうな)
提督の目には、これから新たな祖国とかつての同胞が母なるロシアの大地でにらみ合う憂鬱な未来が映っていた。
最終更新:2012年05月29日 21:21