748 :taka:2012/06/05(火) 11:00:05


とあるUボート乗組員達の憂鬱


「こうして君と食事をするのも久し振りだな」
「ええ、そうですね艦長」
「よしてくれよ。もう私は艦長じゃないし、君だって主任じゃないだろう。
ここはもう懐かしのあの船の中じゃない。テーブルだって鰻の寝床のような狭さじゃないし。流れている音楽もラジオの軍用番組ではない。
食事だって黴臭い黒パンやソーセージや缶詰の魚じゃなくて、小洒落たランチだ。そうだろ?」
「……ええ、そうですね。あの頃は大変でしたが、今では懐かしく感じます」

1946年

ヴィルヘルムスハーフェンの軍港近く、小洒落た海軍御用達のレストランで二人の軍人が食事をしていた。
1人は大佐、もう1人は少佐の階級章を付けている。
大佐は柏葉付騎士鉄十字章、少佐は騎士鉄十字章を首に提げていた。

二人は、第二次世界大戦で同じUボートに乗って戦ったかつての同僚だった。
大佐の方は艦長、少佐の方は主任。大西洋を戦地としてイギリスの船団を何度も襲った。
日本の護衛艦隊とも交戦した。ジブラルタル突破任務での強烈な爆雷攻撃で着底させられた時はもはやこれまでかと覚悟した。
だが、機関長と機関員の必死の努力、同乗していたカメラマンも含めた総員の復旧作業によって彼らは奇跡的に海面まで戻って来られた。
ビスケー湾で浮上航行中に日本海軍の哨戒機の銃撃を受け、ヒヤリとしたがこれが思わぬ幸運を呼ぶ。
銃撃による漏水の修理により入港が丸一日遅れた為、本来の入港予定時刻にラ・ロシェル軍港が英国空軍の空襲を受けたのを知ったのは翌日だった。
あのまま日本軍機の襲撃を受けず順調に帰港していたらと思うと……あちこちに損傷が残る軍港内に入港する乗組員達の背中には寒気が走っていた。

結局、あの奇跡の生還を遂げた後、同じメンバーで哨戒任務を行う事は無かった。
機関長と負傷者は艦を降り、今回限りの搭乗だったカメラマンも名残惜しそうに去っていった。
何人かの搭乗員を入れ換えつつ、1942年2月14日の停戦まで彼らのU96は大西洋で戦い続けた。
艦長も対英戦が終了した後の再編成により、柏葉付き騎士十字勲章授与と同時に艦長職を退き地上任務になった。
主任はその規律を重んじる統率力により、大戦終結後に開発された新世代型Uボートの艦長職に着任した。
現在も念入りな試験航海を繰り返し、能力のテストと問題点の洗い出しを行っているらしい。
生真面目で綿密な彼の性格は、そういった膨大なチェックや緻密なテスト作業に向いているそうだ。

「かつての96と比べものにならないほど居住性が向上しています。トイレの排水もわざわざ潜望鏡深度まで上がらずに済ませられますよ」
「そうか。ならば是非とも一泊してみたいものだなその海中ホテルに」

軽口を言い合いながら彼らは食事を続ける。
現役こそ退いたものの、艦長は今でも船に、主に帆船に趣味で乗るという。
前年では全欧州のヨットレースに独逸チームスタッフとして参加し、見事優勝を勝ち取った。
上層部のいざこざや現在のナチスによる政治には関わり合いになりたくないらしく、余暇があればヨットに乗っているらしい。

主任は艦長と対照的に今でもナチスと関係が深いようだ。
ただ、ナチス嫌いである艦長と今も尚交友関係を続けている辺り複雑なものがあるのかもしれない。

「そうだ、こういう本が出たのを知っているか?」
「ああ、あのカメラマンが出した本ですね。我々の艦がモデルではないかって言われまして。その通りなんでしょうね」

艦長がテーブルの上に置いた本、そこには『海底からの生還者達』と題した本が載せられていた。
内容は激烈な通商破壊戦の最中、船団攻撃に成功したものの反撃を受け浅海に着底したUボートの中で起こる人間ドラマが描かれていた。
船団攻撃での戦果が過大過ぎる事とラストがあからさまにハッピーエンドなのが玉に瑕だが、実体験に基づく極限状態と状況下における人間描写は秀逸だった。
(その後、カメラマンと話す機会を得た際に聞いた話では、本来は凱旋後に空襲を受け乗組員達の悲嘆の中艦が沈む予定だったが『改訂』を指示されたらしい。後に映画化されたものの、ラストのラ・ロシェル軍港での派手な出迎えとエンディングは見に来た元乗員達の苦笑を誘ったという)

「あれからもう5年近くか……何時かはあの艦に乗った乗組員を集めて、派手に騒いでみたいもんだ。ラ・ロシェルでのパーティーみたく、な」
「…………そうですね。偶になら、良いかもしれません。あの様な破廉恥な騒ぎも」

堅物らしからぬ返答に、艦長は思わずコーヒーカップに口を付けたまま主任を見やる。
すまし顔でケーキを具材毎に分解している主任を見た後、艦長は口元を綻ばせ代用でない本物の珈琲を美味そうに啜った。

終わり

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最終更新:2012年06月05日 19:35