420 :①:2012/06/11(月) 21:14:58

話の流れをぶった切って申し訳ありません
そういや藤堂礼子さんの話をまともに書いていないなと。
で、最近のゲートネタ談義を読んでいて思いつきました。
皆様のゲートネタとは全く違い、むしろ鏡像世界ネタか怪談ですが…
こんなお話もあっていいかなと。

なお、表題がエロっぽいですが、エロではありません。
こんなんしか思いつかなかったんです…
では駄文ですが、どぞ




「時をかける人妻」


1.
 七月も終わろうとしているこの日、藤堂礼子は入船山にある亀山神社に向かっていた。

 夫の明が急にアメリカの基地に転勤が決まり、呉に残ることになった礼子はてんやわんやだった。官舎から夫の知り合いの堀井造船技官の家の近くに借家を借りて引越しの準備や、夫についてあいさつ回りなど、家の中と外の雑事をこなしていたのだ。

 それらも何とか終わり、いよいよ明日、夫がアメリカへ出発という日、堀井造船技官の奥さんから

「しばらく旦那さんと離れるんだから、一日遊んでらっしゃい。進ちゃんは私が見てるから」

と言われて、何年ぶりかで二人で町をほっつき歩くことにしたのだ。


(結婚前の那覇の女学校時代以来かしら?…)

 思えば結婚して以来、子育てに忙しく、二人きりで夫と町を歩くことなどなかった。この年で夫と二人きりで出歩くなど、なんとなく気恥ずかしい思いもしたが、それでも二人きりで過ごすとなるとなんとなくウキウキしてしまうのは、惚れあった仲であろうか、とも思っていた礼子であった。

 しかし、夫の明は気恥ずかしかったのか、

「ちょっと、堀井さんのところに顔を出してくるよ」

と、家から二人で歩くのではなく、建造中の海軍工廠に寄って待ち合わせをすることになった。その場所が亀山神社だったので、明を送り出した礼子は堀井さんに進を預け、少し薄化粧をした後、亀山神社に向かったのだ。

 亀山神社は入船山の頂上にある。麓には水交社や鎮守府長官公邸などがある。

 麓の水交神社の鳥居をくぐるとき、

(あら、いい香り…)

と神社の鳥居あたりによい香りが満ちているのに気がついた。見れば紫色の花をつけている小さな木があった。

 ついでにと水交神社にお参りした後、礼子はそのまま頂上の亀山神社に向かった。

 森の中の階段を登って亀山神社に着いたとき、礼子は驚いた。

 社殿がなかったのである。

 社殿のあった場所と周りの木々は、まるで火災に遭ったように黒く焼け焦げ、応急的に作ったような仮の社があるだけだ。

 (これは一体…どういうこと?)

 礼子は神社が火災に遭ったことなど聞いてはいない。そんなことがあれば今頃呉の町は大騒ぎだろう。待ち合わせ場所に出来るわけもない。

 なのに現実に社殿はなく、礼子は社の前で狐か狸に馬鹿にされているような思いになっていた。

その時、背後から声がかけられた。

「礼子?…」

礼子は後ろを振り返った。夫の明の姿がそこにあった。

「あなた大変、神社の社が…」

そこまで言って礼子ははっとする。明の様子が変なのだ。
まるで礼子を幽霊か何か見ているような顔つきをしている。

「あなた?」

「本当にキミなのか?生きているのか?」

「何を言っているの。今朝、あなたを起こして海軍工廠に送り出したじゃないの…」

礼子がそう言うと明の顔がさらにゆがみ、そして言った。

「キミは去年の10月に沖縄の海で死んでいる…アメリカの潜水艦の雷撃で…」

礼子は卒倒しかけた。

421 :①:2012/06/11(月) 21:16:08

2.

「そうか…日本はアメリカに勝って僕は単身赴任で…」

神社の中の焼け残っていたベンチに、礼子と明は座って海を眺めていた。
目の前には呉の町と軍港が広がっている。

しかし礼子の見慣れた風景ではない。

町の三分の一は焼け落ち、軍港もところどころ破壊されているし、浮かんでいる軍艦も巨大な戦艦が一隻いるだけで他はあまり見かけない。

それを見ながら二人はいろいろな話をした。
共通していることは日本とアメリカが戦争したことだけで
他がぜんぜん違っていた。

夫は二人の故郷でもある沖縄に米軍が上陸していると言い、日本がアメリカに負けかけていると言った。

礼子の記憶は当然そうではない。日本はアメリカに勝っている。
アメリカが津波に襲われ、ハワイも占領し、アメリカが分裂し、明が単身赴任でカリフォルニアに行くことになったことを夫に話したところで、夫が言った。

「どうやら僕とキミは住んでいる世界…日本が負ける世に僕はいて、キミは日本が勝つ世にいる人だな…道理でキミが生きているはずだ…」

 そう言って夫は初めて微笑んだのだ。

 そう言われて礼子は夫の表情と軍服が違うことに気がついた。
 朝送り出したとき、夫は第三種軍装だった。ところがここにいる夫は白の第一種軍装だった。
 顔の表情もここにいる夫はにこやかな普段の夫とは違い、険しく、そして悲壮な表情をしている。

「キミの世界では子供たちはどうしている?」


守が予備士官として海軍に召集され搭乗員になったこと
貴子は航空会社に入り、世界を飛び回っていること…
進はやんちゃ盛りだということ…


「そうか…子供たちも立派に自分たちの人生を歩んでいるのか…」

それを聞いたここの夫は初めて柔和な表情になった。途端に夫は険しい表情に戻る

「この世界の私たちは…」

礼子は怖かったが聞かずにいれなかった。

「守は学徒出陣で海軍の搭乗員、進はキミが助けてここ呉にいる、貴子は…沖縄で死んだ…」

「そんな…戦場に残ったんですか?」

「疎開しなかったんだ…」

無念そうな表情を夫が浮かべる。

「どうしてそんな世に私は…」

礼子も絶望的な表情を浮かべる。
日本が戦争に負けかけ、子供たちも死に晒されている、狂気とも言うべき世の中に、なぜ自分がいきなり来たのか、全く理解できない。

しかし夫が言った。

「大丈夫、キミは元の世に戻れると思う」

「どうして!?」

「僕が水交神社の天照大神に願ったからさ、最後の出撃の前にかなうものなら生きている君に逢いたいって…」

「最後の出撃?」

「僕は明日、沖縄に出撃する。あの「武蔵」に乗って…たぶん生きて日本に戻ることはないだろう」

夫が指差した先には巨大な戦艦が浮かんでいた。

「あなたまで…」

礼子は絶望的な表情を浮かべる。

「いいんだ…進のことは堀井さんに頼んであるし、守は自分で何とかするだろう…、それよりも僕はキミが…いや、僕の愛する礼子が眠っている沖縄の海で、貴子が眠っている沖縄の近くで死ねることに満足している。そして別の世では僕もキミも守も貴子も進も幸せに生きていることを知って安心して死ねる」

夫の顔は険しい表情が消え、仏のような顔つきになっていた。そして立ち上がって言った。

「もう行きなさい、ここは君が住む場所ではない。自分の世界へ帰るんだ。自分がいるべきところへ」

「あなた…」

礼子には返す言葉がなかった。

「でも一つだけお願いを。階段を下りたら一度だけ振り向いてくれ、君の生きている姿を見たい…そして二度と振り向かず水交神社へ一目散に行くんだ」―

422 :①:2012/06/11(月) 21:16:38

3.

―礼子は神社の階段を降りはじめた。少し降りて振り向くと、鳥居のところで夫が敬礼して礼子を見送っていた。礼子は一目散に水交神社へ走り出した。


水交神社の鳥居をくぐるとまた甘い香りがした。社殿に着くと礼子は一生懸命祈った

(どうか神様、私を元の世界に戻してください!後生ですから!)

しばらく祈っていると、後ろから間の抜けた声が聞こえた。

「おーい、何をそんなに一生懸命祈ってるの?」

礼子は祈るのをやめて後ろを振り返った。

夫が立っていた。いつもの柔和な表情で、そして第三種軍装を着て…

「あなた!」

礼子は叫んで夫の体に抱きついた。

「おいおい、いい年をしていきなり何を…」

「あなた、明日アメリカへ出発よね?武蔵で沖縄に行くんじゃないわよね?」

「武蔵?沖縄?何を言ってるんだ?」

「よかった…」

「よかったって、何が?」

先ほどの亀山神社の夫の表情とは違い、間の抜けた夫の表情を見て礼子は猛烈に腹が立ってきた。

「さあ!今日はあなたのおかげで散々な目に会いましたからね!私の好きなところにつれていってもらうわよ!」

「何をぷんぷんしとるんだ?」

困惑する明の手を引いて礼子は神社を後にする。

そんな二人が潜った水交神社の鳥居の脇に、ラベンダーの花が咲き誇っていた―



蛇足

藤堂礼子さんには秘密がある。
神社の階段を下りるとき、最後に別の世の夫から言われたのだ

「別れる前に最後の口づけをさせて欲しい…」

藤堂礼子さんはそれに応じたのだ。礼子さん曰く

「浮気じゃないわよね?これ」


あとがき

私に恋愛小説を書く能力は皆無だとわかりますた…

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最終更新:2012年06月11日 21:30