74 :①:2012/06/24(日) 04:23:04

実はこのSSはだいぶ前に完成してました。
憂鬱本編でハワイに原爆を落とすかもしれないというところのあたりで構想し、
ハルゼーが西海岸で「体当たり攻撃」を考えたあたりで一気に書きあげていました。
しかし本編はハワイは無血開城して戦争が終わってしまい、原爆はメキシコに投下された為、出す機会が無くなってしまいました。

このままオクラ入りさせるのはもったいないなと思って、少し設定を変えて書き直しネタで投稿します。

という事で、憂鬱世界のIF話として読んでいただければ。

また、元ネタの話の空しさと、憂鬱世界に転生してアメリカと戦争し原爆を落とさざるを得なくなった述懐としてはこの言葉はよく似合うのではないかと。

書いてて改めて原作の力と凄さを思い起こさせてくれました。






「閉ざされた未来」

1.

西海岸のサンディエゴにある海軍司令部で、ハルゼーはイライラしていた。
一週間前から日本海軍の機動部隊の動向がつかめなくなっていたからである。
それだけではない、日本本土にいるであろう、多くの艦船の動向が不明であった。

この兆候が示すことはハルゼーにはわかりきっていた。
「彼らは来る」
ただここ西海岸に日本海軍が来るのか、ハワイに来るのかハルゼーたちアメリカ海軍司令部は図りかねていた。
ハワイは封鎖が完璧で、抵抗力はほとんどない。故にハワイを飛ばして西海岸に来ることもハルゼーたちは想定していたのだ。もっとも補給の事を考えると慎重な日本海軍がいきなり西海岸にくることはないはずだが、シカゴから移ってきたガーナー大統領は
「ジャップはどんな魔法を使うかもしれん、西海岸防衛も考慮するように」
と横槍を入れてきた為、ハワイに送るはずだった戦力の一部を西海岸にとどめ置かなくてはならなかったのだ。
「ガーナーの野郎は気でも狂ったか、西海岸にいきなり来るわけがないだろう!」
そう言ってハルゼーは怒ったが、腐っても大統領の命令だった。合衆国海軍の提督は逆らえない。ハワイには少しの戦力しか送り出せず、ハワイからは戦力増強要請の督促が舞い込んでいたからである。

「ジャップの戦力は強力だ、ハワイに送った戦力で守りきれるか?」
「たぶん無理です…それに送り出した少ない戦力もジャップの潜水艦にやられています」
「となると、あとはジャップをどれだけハワイに足止めさせて西海岸を固められる戦力を整えるだけの時間稼ぎがどれだけできるかが問題だ」
ハルゼーと参謀たちは溜息をつく。
頭では理解していた。もはや捨石にしかならないハワイに戦力を送るよりも、西海岸の防衛に戦力を固める大統領の判断は正しい。
しかし感情では納得が出来ていない。
「ハワイの連中には苦労をさせるな…」
ハルゼーがそう言ったときだった。
「ハワイから電文です!」
「読め」
「日本海軍より攻撃を受けつつあり」
「やはりハワイに来たか…」
ハルゼーと参謀は地図を眺めてそういった。
しかし、電文を届けに来た士官は去ろうとしない
「なんだ?」
青ざめた士官が震える声で続けた。
「もう一通電文が…われ、稼動航空戦力少なく、再度攻撃は不可能。よって体当たりによる全力攻撃を敢行する、と…」

その瞬間、司令部は凍りついた。ハルゼーたちもその攻撃を考慮しつつあった。
しかしハワイの司令部もそれを考えていたとは…

ハルゼーの顔が見る見るうちに赤くなっていく
参謀たちはその顔を見てハルゼーが当たりかまわず怒りだすのではないかと思った。
しかし参謀たちは次の瞬間、信じられないものを見た。

ハルゼーが肩を震わせて泣き出したのである。

「あの津波さえなければ…あと五年、いや三年あればジャップを叩きのめせたのに…
若い奴らを自殺させるような真似はさせなかったのに…」

嗚咽はしばらく続いた。誰も声を掛けられなかった。

75 :①:2012/06/24(日) 04:23:45

2.

ハワイのフォード島飛行場は、朝の日本海軍機による攻撃を受けた後、
飛行場の復旧と出撃する航空機の整備に追われていた。
手ひどくやられていたが数機のF4FとP40が壊を免れ、整備を受けている。
全機腹の下に450ポンド爆弾を抱えていた。

その傍らで大柄の黒人搭乗員二人がキャッチボールをしている。
一人は陸軍、一人は海兵隊だ。
その二人に気がついた報道員が近づく
「…キミたちはもしかしてあの飛行機に乗るのかい?」
「ああ、そうだよ」
キャチャー役を務めている黒人と白人の混血である搭乗員がめんどくさそうにそう答えてボールを受け続けている。

「君たち怖くはないのかい?」
報道員は腹に爆弾を抱えた飛行機が二度と戻らないことを知っていた。

「そりゃ怖いさ、んでも俺もあそこのニュークも津波で家族を失ったから、もうこの世に思い残すことはないからな」

「それで志願したのか?」

「そうさ」

「しかし…黒人のキミたちが先に行くのは…」

「なんだ?最後の最後まで人種差別かい?」

そう言って搭乗員は振り向いた

「いやそういうつもりはない、ただあまりに凄い球を投げてるんで…」

「そりゃ大リーグが人種差別をやめて、俺たちを受け入れて30年、いや10年、せめて1年プレーさせてくれたら凄い成績を残せたろうさ…だが大リーグも家族も津波で消えちまった。俺たちは最後にアメリカを守るために志願したのさ。最後ぐらい黒人もアメリカの為に戦った、って白い奴らに忘れさせない為にな」

「…」

記者は口をつむぐしかなかった。
基地に爆音が響く。整備を受けていた戦闘機がエンジンを始動させたのだ。

「時間だ」

最後のボールをキャッチすると、搭乗員はボールを見る

「このボールも白いが、人種差別はしねえな…もう思い残すことはねえ、あばよ」

そう言って二人の搭乗員、20歳前後のロイ・キャンパネラとドン・ニューカムは乗機へ向かった。自分達の意地を貫き、閉ざされた未来を捨てるかのように。

76 :①:2012/06/24(日) 04:26:09

3.

 日本海軍航空母艦「祥鳳」艦長、野上大佐は通称「猿の腰掛」と呼ばれる艦長席に座っていた。艦上ではハワイへの第二次攻撃隊を収容しつつあった。
この後、艦隊は北へ向かって一時的にハワイを離れて待機する。明日から始まる上陸作戦の支援をする為だ。
 とはいえ、野上大佐は少し不安だった。明日から上陸作戦が始まるというのに上陸部隊の数が少ないように思えたのだ。
ハワイを守るアメリカ軍は10個師団。それに対し日本は5個師団。

(いくら史実のアメリカ軍の例をとって艦砲射撃や反復空襲をやるといっても、少なすぎないか?)

転生者の野上大佐は夢幻会の上の連中の考えがわからなかった。
津波のおかげでここまでアメリカ軍に勝っているとはいえ、腐ってもアメリカは獅子である。油断は大敵である。

 事実、ここまで上の連中は慎重すぎるほどの作戦計画でアメリカ軍に接してきた。
それが終盤のここに来て史実の日本のようなことをしている。

「まあ、何か考えがあるのかも知れんが…」

そこまで独り言を呟いたとき、ラッパが鳴る。

「敵機来襲!」

途端に空母を護衛している戦艦や駆逐艦から対空砲火が上がる。

「敵の数は?」

「100機ほどです。味方の直援機が迎撃しているので大丈夫でしょう」

防空士官も気が抜けたような答えを返してくる。
事実、直援機は次々とアメリカ軍機を打ち落とし、漏らして艦隊にたどり着いたアメリカ軍機もVT信管による対空砲火で打ち落とされていた。

第一次ハワイ沖海戦でわが海軍の絶大な強さを見せ付けられた防空士官も安心しきっているのだろう。
それがますます野上大佐を不安にさせる。

(気が緩んでるな…これじゃまたミッドウェイを繰り返しかねんぞ…)

そう考え、気を引き締めようと思ったときだった。

77 :①:2012/06/24(日) 04:26:45

4.

「祥鳳」の右斜め前で対空砲火を打ち上げていた「雪風」に、突然大音響と火柱が上がったのだ

「雪風被弾!」

見張り員の叫び声のような報告が聞こえる

「どうした!」
「敵機は体当たりをかましてきました!」
「何!?それじゃまるで」

(神風特攻隊じゃないか!)

と野上大佐が言おうとしたとき、見張り員の悲鳴が再び起こる。

「敵機、右舷より低空で…」

そこまで見張り員が叫んだとき、「祥鳳」は大音響と共に艦橋を震わせた。

野上大佐が椅子から投げ出されて頭を打つ。
気がつくと廻りは一変していた。
艦橋は煙に包まれていた。
敵機が突入した右舷舷側から激しい炎と煙が上がっていた。
艦橋内は血の海だ。環境後部から破壊された艦体の一部が飛び込んできて
のんびりとした声を出していた防空士官の頭を粉砕していた。

「艦長!」
「俺は大丈夫だ!被害は!?」
「敵機が体当たりしてきて、格納庫舷側シャッターを貫いて艦内で爆発!火災が発生して手がつけられません!」
「消火設備は!?」
「やられました!弾薬庫付近にも火災が発生して危険な状態です」
改造空母である「祥鳳」は史実の戦訓を用いてある程度被害に強い空母を造ったはずだった
(実戦で試してみないと、所詮わからんということか)
「祥鳳」は急速に右舷に傾きだしていた。
敵機が突入した破口から浸水しているのだ。
野上大佐はもはや助からないと悟り、総員退艦を命じる。

(しかし、あのアメリカ軍が特攻隊を編成するとは…追い詰められると人はみんな基地外になるのか…)

そう思いながら野上大佐は体を起こした。その時目の端を何か転がった。
それを手に取る。

防空士官の血に染まった野球のボールだった。

(野球のボールがなぜここに?)

「艦長!」

総員退艦が出ているにもかかわらず、通信士官が艦橋に駆け込んできた。

「連合艦隊司令部より入電です!ハワイホノルル原爆投下のため、上空にいる攻撃隊は遅滞なく退避せよ、とのことです!」

「ホノルルに原爆投下?…」

野上大佐はボールを弄くりながら呆けたように呟いた。

(日本が原爆投下?ホノルルに?それで上陸部隊が…)

弄くっていた野球のボールの血が取れてスポルディング社の名前が読めた。
日本の野球ボールは美津濃である。スポルティングは…

その瞬間、野上は悟った。

このボールは体当たりした敵機の搭乗員が持っていたに違いない。
そして…日本が原爆投下

なんという皮肉なことだろう、まるで前の世で読んだ漫画の筋書きみたいだ。
そして自分の名前は野上。

「…敵も味方も…みんな基地外だ…」

そう野上大佐が呟いたとき、「祥鳳」は大爆発を起こし、彼のこの世での未来も閉じた。

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最終更新:2012年06月24日 17:42