371 :名無しさん:2012/06/30(土) 15:15:58

えー、艦船スレで戦争が終わったあとの日本海軍の虐殺(廃艦)が話題になっていたので、廃艦筆頭候補の彼女の小ネタ話「こうだったらいいな」という願望も含めて
超有名話を元にネタを一つ。
とはいえ、戦艦一隻の最後に国王殺すわ、イギリスまで行かせるわで無理っぽい話でやりすぎとは思いますが。こういう話を考えるのが好きな性分でして…
お許しを。




「接吻」


1.

「凄い数の軍艦だな」
「ポーツマスに世界中の船が集まるなんて、戦前以来だからな」

 一等航海士のレジナルド・バークレーと機関長のマイルズ・オブライエンは入港しようとするポーツマスの光景を、ブリッジ横の張り出しから身を乗り出して眺めていた。

 1945年10月、ここイギリスの軍港ポーツマスには、世界中から軍艦が集まっていた。

「トラファルガーの海戦160周年記念観艦式」

 昨日、大英帝国海軍の栄光の海戦を記念した国際観艦式が行われたのだ。それに加えて今年は先年、心労の為急逝したジョージ6世の代わりに即位したエリザベス2世女王戴冠一周年記念観艦式もかねていた。
 長かった戦争も終わり、久々の国際観艦式。さらに即位したばかりの新英国女王の観艦式ということもあってかつて敵味方に分かれて戦った国からも軍艦が派遣されてきている。

「あれは…ドイツのビスマルクだな」
「あそこにいるのはアメリカ、いやカリフォルニアのワシントンだな。船を動かすだけでも大変なはずなのに、ほとんど意地ですね」
「なんといっても海軍軍人ならトラファルガーに敬意を表すからな。それに、20歳になったばかりの見目麗しい女王陛下に最大限の敬意を表さない奴は海軍軍人じゃない」
「それに比べ、わが女王陛下は…」
「我らが女王陛下も客船では世界一。新植民地輸送に駆り出されて少しみすぼらしくはなっているが、徴用を解かれたら「太平洋の女王」だ」
「本来なら北大西洋なんですがね」
「栄光の北大西洋航路は昔の話だ、今は太平洋だ」

二人は自分たちが乗る船を見ながら言った

クィーン・エリザベス

キュナード・ホワイト・スター・ラインが保有する83,000トンの巨大豪華客船。
戦前、北大西洋航路で姉妹船のクィーン・メリーと共に女王の座についていたが、イギリス海軍に徴用され、今は「アメリカ新植民地」への兵員輸送の為、戦前の装いを視認されにくい灰色の塗装を施されている。口の悪い船員からは「灰色の幽霊」というあだ名をつけられているが、船内に入れば「船の女王」であることがわかる。
 姉妹船のクィーン・メリーはこの世にはもういない。津波と共にアメリカの大地に消えていた。

 クィーン・エリザベスはポーツマス港内を曳き舟に付き添われて港奥へと進んでいく。エリザベスが着岸する埠頭横に、古ぼけた戦艦が停泊している。

「あの艦は…」
「あれは…日本の「コンゴウ」だな」
「他の国が最新鋭の戦艦を持ってきているのに、今をときめく日本海軍があんなおばあちゃんをつれてくるとはねぇ…日本もしみったれてますね」

 若いバークレーがそう言うと、オブライエンは少し怒ったように言う

「おまえなぁ…あの「コンゴウ」は大英帝国生まれだぞ」
「え?」
「日本が大英帝国に発注・建造した最後の巡洋戦艦だ。もうすぐ退役と聞いてるから
日本海軍も「コンゴウ」の最後の航海に、この観艦式を選んだんだろう」
「道理で見覚えのあるような…しかしえらい詳しいですね、機関長」
「俺のオヤジがあの「コンゴウ」を作ったんだ」
「へぇー、しかし日本人て奴はえらく感傷的ですな、たかがモノに過ぎない戦艦に生まれ故郷を見せてやろうとは」
「そういうところがあるのが日本人なんだ」
「そんなもんですかねぇ」

372 :①:2012/06/30(土) 15:16:56


2.

 エリザベスは埠頭へと進む。古ぼけた戦艦金剛が次第に大きくなっていく。
そして二人は気がついた。

「…行き足が少し速くないか?」
「そういえば…タグボートはいつもの音ですが」

見る見るうちに金剛が目の前に迫ってくる

「潮の流れがいつもより速いぞ!」
「まずい!このままでは「コンゴウ」にぶつかる!」

二人は慌ててブリッジに駆け込む

船長が既にタグボートに指示を出していたが、行き足はとまらない。

「機関後進!」

慌ててオブライエン機関長が機関室の伝声管に取り付き独断で後進を命じた。
クィーン・エリザベス行き足は鈍くなったと思われた。
ようやく停止しようとしたとき

「ゴツン!」

と鈍い音共に、クィーン・エリザベスは少し震えた。

目の前の金剛の錨鎖甲板に、日本の水兵が走り寄っていた。
金剛の舳先に、見覚えのある色がついていた。
クィーン・エリザベスの灰色のペイントだった。

「衝突した…」

バークレーとオブライエンと船長は真っ青になった―


―「この度は…まことに申し訳なく…」

 オブライエン機関長とバークレー一等航海士は戦艦金剛の艦長室で頭を下げていた。クィーン・エリザベスの衝突で金剛に謝りに来ていたのだ。

 衝突後、埠頭に着岸したクィーン・エリザベスに怒鳴り込んできたのは日本海軍ではなく、イギリス海軍だった。

「おまえら、なんてことしやがる!」

とイギリス海軍士官は頭に湯気を立てた状態でブリッジに飛び込んできた。
無理からぬことであった。

 日本とイギリスの関係は冷え切っていた。ただでさえややこしく微妙な日本との間に、イギリスはややこしい問題を抱えないようにしていた。
それがこの度の「衝突」である。
 イギリス海軍は強力な日本海軍の軍艦、それも古ぼけているとはいえ、彼らが愛する「戦艦」に、こともあろうにイギリス海軍徴用中の「客船」が傷をつけるという行為に、プライドの高い日本海軍がどんな対応をするか予想も出来なかったのである。
 プライドの高い日本海軍が騒ぎ立てれば、イギリスとの冷え切った関係がさらに冷え込むことになる。それだけはなんとしても避けなければならなかった。

 イギリス海軍は神経質にこの衝突に対応しようとした。

 慣例を破って船長自ら金剛に謝罪に行くよう「要請」してきたが、「むしろ日本人は慣例を重んじる民族」とオブライエン機関長の主張に折れて、慣例どおり機関長と一等航海士がこうして「金剛」を訪問したのだ。

とはいえ、二人の任務はある意味重いものだった。二人は決して「日本海軍との関係をこじらせてはならない」という重い任務を背負わされたのだ。
日本海軍がクレームをつけた場合、彼らは船を下りることになるだろうと思っていた。イギリス海軍と会社は日本海軍に「生贄」をささげなければならないからだ。船長は既に辞任の覚悟を決めていたし、入港に関係したオブライエン機関長とバークレー一等航海士も生贄にささげられると思っていたからだ。

 ある意味、関係者の運命を握っている戦艦「金剛」艦長は、黙って船長からの謝罪の手紙を読んでいる。

 オブライエンとバークレーはその間、誠心誠意頭を下げて待つほかなかった。

「…クィーン・エリザベス号船長の謝罪は了解しました」

金剛艦長の完璧な英語でオブライエンとバークレーは頭を上げた。

「…では、艦長は我々を許してくれると?」

「幸い損傷も軽かったし、別段気にしておりません。問題にすることでもないでしょう」

 金剛艦長は柔和な表情で言った。オブライエンとバークレーはほっとしたようにお互いの顔を見合った。
 これで関係者のクビはつながり、イギリスと日本の関係に波風は起きないことに安心したのだ。
 そしてほっとした二人に金剛艦長は、ある意味止めを刺したのだ。
それは二人を、いやイギリス人に日本海軍とは何かを思い知らしめるのに、十分な言葉だった。

「それよりも女王陛下にキスされて光栄に思っております」


「金剛」艦長、上田勝恵大佐は微笑んで二人と握手した。

373 :①:2012/06/30(土) 15:17:38


3.

 翌朝、霧の立ちこむポーツマスのクィーン・エリザベスの船上は、手の空いている船員たちが正装を着こんで勢ぞろいしていた。
 ブリッジ脇には船長以下、オブライエン機関長もバークレー一等航海士もいる。

 これから日本に帰り祖国で退役する、戦艦「金剛」の最後の航海を見送るためだった。

 クイーンエリザベスに戻った二人は他の仲間たちに金剛艦長の言葉を伝えた。瞬く間に「噂」は船内どころか港内に広まった。
 同時に金剛の最後の航海が伝わり、船内から「みんなで見送ろうという」言葉が出てきたのは当然だった。

 クイーンエリザベスの護衛についていた駆逐艦「キーリング」にもこの話が伝わり、キーリングでは即席の軍楽隊まで組織して、見送る手はずになっていた

金剛艦上では士官候補生と乗組員が答舷礼式の為に揃っている。

やがて金剛のパイプが鳴り、舫が外された。タグボートの轟音が響いて「金剛」は埠頭を離れ始めた。

「総員整列!」

 エリザベス船上で乗組員全員が「金剛」に敬礼をささげる、それに答えて金剛「艦上」でも答礼が行われた。

練習巡洋艦「鹿島」を先頭に、「金剛」は静々と進んでいく。

 駆逐艦キーリング上で奏でられていた「君が代」が終わり、バグパイプの哀愁のメロディが、霧の立ちこむ港内に響いた。

「アメイジング・グレイス」

 戦艦金剛は、英国海軍軍楽隊の奏でるバグパイプの「アメイジング・グレイス」調べの中、ポーツマスの霧の中へ消えていった。

 舳先の女王陛下の接吻の痕を、故郷の最後の思い出として―

あとがき
  • 女王陛下じゃなくて皇太后陛下だろ?という突っ込みはお許しを
  • すいません、答舷礼式の作法がむちゃくちゃです。作法知らなくて…
  • 女王陛下の即位は史実では1952年です。それまで「金剛」は持ちそうになっかたのでジョージ六世は心労でということにしました。1945年の時点でも「金剛」が持ってるかは微妙ですが…でも正真正銘の20歳の妙齢の女王陛下にムネアツになりまして…
  • 英国海軍における軍艦退役の際の「贈る曲」は、本当は「アメイジング・グレイス」ではありません。でも好きな曲なのでこの曲にしました。
  • 練習巡洋艦「鹿島」を登場させた理由は元ネタ由来です。
でも憂鬱世界の「香取」級ってどんな艦になりそうですかね?使い勝手いい巡洋艦になりそうですが…
  • 英国海軍駆逐艦キーリングはセシル・スコット・フォレスターの著作より

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最終更新:2012年06月30日 17:37