402 :New ◆QTlJyklQpI:2012/07/01(日) 00:36:29
次元大戦ネタSS ~日本国防衛戦~
「あれほど警告したというのに」
「よっぽど軍人嫌いだったんでしょうね。もっとも有事に備えなかった理由にはなりませんが」
「・・・・・・・・」
いつもは前世は英国人と噂されてるほどの毒舌を吐いている吉田茂も今日は沈痛な面持ちで
夢幻会メンバー
に向き合っていた。並行世界とはいえ同一存在である自分の意固地さのせいで戦争になってるのだから。
1950年にゲート大戦が終結した直後、米国は津波への対策や新型
アメリカ風邪の処理にかかりきりとなり
世界に軍事力を派遣するどころではなくなっていた。その隙を狙いソ連率いる共産主義陣営は一挙に拡大。
かろうじて英国と日本を残してユーラシア大陸は赤く染まった。この危機的な状況に英国・日本はゲートの向こうに
ある大日本帝國・枢軸・大英帝国に救援を要請し、安全保障条約を結び一定規模の軍事力を駐留させることとなった。
だがお互いの認識や世界観の相違に摩擦が噴出、英国ではドイツ兵との摩擦もあったが祖国防衛のためと
一定の自重ができたが日本ではなまじ同じ民族なのが災いし、史実帝国軍と同一視する傾向もあった。
加えて戦後の反動から吉田首相を始め軍嫌いが政府の中枢を占め、指揮権問題などが続出、
マスコミも”自由な”報道ができたために余計にこの傾向を煽ってしまった。
「こんなのが日本人なら、まだ裏切り者のジョンブルの方がマシだ!」
侮辱としか言いようのない記事に激怒する軍将兵もいるほどで日本国国防軍の軍備も政治問題で立ち遅れが生じていた。
その摩擦の裏には”欧州・朝鮮も飲み込んだせいで共産主義者らももすぐに動かないだろう”と考える
日本国政府と”勢いに乗って一気呵成に世界赤化を考えかねない”という日本帝国政府の認識の相違があった。
そして・・・・後者の認識が正しかった。
1953年、史実では朝鮮戦争が終結したその日に半島を統一した朝鮮民主主義人民共和国が「固有の領土である
対馬、九州の奪還」を宣言、支援するソ連軍艦艇で電撃的に九州に上陸、国内の共産主義者も九州を中心に武装蜂起した。
朝鮮人民軍の現地調達方式での進行に九州の都市は阿鼻叫喚となり、政府の対応の遅れもあり北部九州は
ほぼ制圧されていた。更に北方でもソ連軍に動きがあり、兵力・軍備ともに不足していた国防軍は動くに動けなかった。
「貴方がたは本土を焼いた頑迷な旧軍部のせいで軍人がお嫌いなようだが、国防を怠って臣民を苦しめている
貴方がたとどういう差異があるのか、教えてもらいたい」
そう帝国から派遣された吉田茂の言葉に日本国首相である吉田ら首脳陣は顔を真っ赤にして黙るしかなかった。
そして日本帝國は遺憾の意を表明し、日本国政府の全面委任に近い形で国防軍を指揮下に置いて九州へ
軍を派遣、反攻に移ることとなった。
「相手は血も涙もない鬼畜共だ!情けはいらん!」
占領地での悲惨な状況に怒り心頭の山下大将の言葉と共に九州北部に巣食っていた朝鮮人民軍に帝国陸軍は
襲いかかった。
「何故だ!日帝の戦車に何故歯が立たん!」
T-34/85と米軍から鹵獲したM4を主力とする貴重な機甲部隊も日本の起伏の激しい地形と三式中戦車との性能差も
あり、あっという間に消滅を余儀なくされ、空でも義勇軍として参加していたMiG15戦闘機は良いように四式戦などに
落とされていく。焦土戦術や住民を盾とした防衛戦も展開されたものの、それは戦闘後の命を縮めるだけで何の
効果もなく、あっという間に艦艇に乗り込んで半島へ撤退することとなったが彼らの前に戦艦群が現れたことで
行先は海底に変更される。
「肉片1つ残すな。日本海の魚の餌にでもなったら魚が不味くなる」
かくして日本に侵攻していた軍は消滅したが半島では富嶽による報復の爆撃にそれどころではなくなっていた。
北方のソ連軍もこの攻勢により蠢動を止め、逆に朝鮮国境に軍を動かして朝鮮に停戦を呼び掛ける事となった。
「なんとか賠償金はきっちり払ってもらわないと」
「それもなんですが向こうでは反議会運動が・・・・」
「日本国で夢幻会とか何の冗談だ?」
意固地な政治家のせいで対応を誤ったとして日本国民は夢幻会に準ずる新機関を創設運動を展開しはじめ、
ほとんど日本国の尻拭いをしたに等しい夢幻会の株は益々上昇していた。
「・・・・・これじゃまた引退が遠のくじゃないか」
「もう諦めて終身制にでもします?」
1954年、停戦なるも未だ共産主義圏に揺らぎは見られず、日本国はこの戦争にて国防意識を目覚めさせることとなる。
最終更新:2012年07月01日 16:54