495 :ルルブ:2012/07/02(月) 07:30:09

「暗殺」

1878年 某月某所

「国賊討つべし!」

石川県を中心とした不満士族17名が東京に上京しある計画を立てていた。
『内務卿・大久保利通暗殺』である。
当時の日本は、第二次世界大戦後に明らかになった夢幻会は存在せず、まだバラバラに活動していた(或いは存在していても政治基盤は非常に脆かった)。
その最中で計画された内務卿暗殺計画。
が、この計画はかつて敵味方に分かれた2人の元幕末の志士と一人の天才少年によって阻止される。

1876年 東京警視庁
この日。警視庁は異様な雰囲気に包まれていた。
正確には上層部が、であえるが。

「斉藤君だね?
元新撰組三番隊隊長、斉藤一氏で間違いない?」

黒いマントに、黒いステッキ、黒いイギリス製の靴にブラウンのイギリス製の仕立服。更には真っ黒のスカーフ。
死神の様な、と形容される男が二人の人物と共に明治政府最重要拠点の一つに乗り込んできたのである。
その黒い男は藤田五郎と名乗る人物に会いたいと言って訪問してきた。ご丁寧に菊の後紋章入りの命令書付きで。
それは絶対の命令。が、

「人違いです」

斉藤と問われた男はそれを否定した。
自分は藤田五郎であり、しがない警察官である、と。
しかし男はあきらめなかった。
諦める気は無かったのだろう。
彼は続けた。

「知っているよ。
君の事は君以上に知っている。新撰組としても、会津戦争従軍者としてもね。
斉藤君、今日はその君にお願いがあって来たのだ」

そこで後ろに控えていた長身の、妙な日本刀を持った男が口を挿む。

「おい先生さんよ、本当にこいつ使えるのか?
獅子だか、狼だか知れねぇが見かけ倒しじゃなねぇの?」

その言葉に若干気を悪くしたのか、天邪鬼になる。

「そうですね、私はもう刀を持ちませんから。他を当たってください」

飄々と答える斉藤に気分を害した風もなく黒の男は続ける。
気が付くとこの部屋には4人しかない。
給仕も、見張りも、同僚も皆出て行った、出て行かされたようだ。

「暗殺計画がある。直ぐにでは無い」

男は斉藤の事など気にせず語りづける。

「標的は内務卿・大久保利通殿。場所は東京都内。恐らく千代田区のどこか」

その言葉は斉藤の正義を掘り起こした。
十分すぎる言葉だった。

(・・・・・こいつ)

はじめて警戒心を露わにする斉藤に男は畳み掛けた。

「君も知っていよう?
我が国の政治家は一部を除けば俗物ばかり。
その俗物を御し得るのは大久保卿の様な強力な指導力を持つ人間のみ。
仮にかの御仁が暗殺されてみたまえ。
明治政府は確実に船長を失い、迷走し、やがて暴走し、この世から日ノ本という国が消える。
我が貧乏国家に、外敵の列強を差し置いて内紛をすると言うそんな余裕はないのだ。
ここまで言えば・・・・・・聡い君の事だ、私が何を言いたいか分かるね?」

「護衛をせよ、と、仰るのですかな?」

「そうだ」

「・・・・・私の記憶が正しければ貴方は確か幕府の長、徳川慶喜卿の部下の一人だった筈。
それが幕府にとって仇敵である新政府の最重要人物の為に手を貸す・・・・・見返りはなんです?」

嘗て『悪即斬』の正義に従い、人を切り続けた新撰組の壬生の狼は、無名の愛刀を鞘から出し、それを男の前に突き付ける。

『妙な回答をする下種ならば切り捨てる』

視線だけで人を殺せる。
まさにそのままに。
護衛らしき二人は面白そうに見守るだけ。抜刀も何もしない。
が、男は全く動じる事無く、護衛らしき二人の男(いや、片方は美少年だった)は何もせず、出されていた日本茶に手を付ける。
そして言った。

「夢を見る為」

「夢?」

「そう、可能性と言い換えても良いでしょう。
それを見る為に」

496 :ルルブ:2012/07/02(月) 07:32:19

沈黙と対立が続く。
タバコの灰が灰皿に落ちた。
それでも抜身の刀は黒い男の額に当てられ・・・・・そして収められた。

「詳しい話を聞かせてもらいますか、旗本殿。
そしてその後ろの目つきの悪い男とずっと笑っている少年についても、ね」

1878年5月14日 紀尾井坂
政府要人用馬車の前に男らが飛び出す。
総勢17名。
全員が日本刀を構え、馬と従者を切った。
馬車が止まる。

「やった!!」
「よし!!」
「やれるぞ!!」
「天誅!!!」
「奸臣覚悟!!」

そう言って一人が扉を開けた。
次の瞬間。
血しぶきが飛ぶ。
襲撃犯たちは勝利を確信した。
だが・・・・・違った。
飛んだのは同志の首。舞ったのは同志の血しぶき。落ちたのは同志の刀。
その一瞬を見た男は思った。戦慄したと言っても良い。

(見、見えなかった。何も・・・・・何も見えなかった!)

飄々と和装折衷の服を着た少年が馬車を降りる。
反対側からはこれまた警察官の制服を着た男と紫色の和服を着た長身の男が降りてくる。
美男子、とは言い難いが、それでも人を惹きつける何かを持っている人間だった。
その男に無邪気な少年が問う。

「志々雄さん、どうします?
この人達、切っちゃいますか?」

問われた方も鞘から刀を引き抜きながら答える。

「ああ、宗次朗。切っちまえ。
そっち側の・・・・・10人か。
宗次朗、そっち側は俺は手はださねぇ。やった奴同様、一緒に皆殺しにしちまいな。
で、お犬さんよ、行くぜ? 給料分は働けよ?」

「ふん」

「はい、わかりました」

まるで買い物をするかのような気楽さで少年は頷くと剣を振る。
警察は絶対的な力の差を見せつける様に突き殺す。
男は伝説を再現するかのように、一撃で絶命させていく。
『天剣の宗次朗』
『修羅の志々雄』
『壬生の狼の末裔』

『紀尾井坂の変』

後に、大日本帝国内務省にて局長にまで上り詰める男達が初めて歴史に名前を刻んだ事件である。
かたや、残された左の6人に二人の男が攻勢に転じる。
警官、斉藤が一気に刺突し、目にも止まらぬ速さと豪の剣で志々雄が切り伏せる。

「つ、強い!」
「ひ、ひるむなぁ」
「ち、ちくしょう!!」
「うぁぁぁぁぁ」
「助けてくれ!」

虚勢はやがて悲鳴となる。
そして・・・・・途絶えた。
そして、残ったのは3人の政府側の護衛のみ。

「終わったぜ」
「終わったようだな」
「終わりました」

何事も無かったのかの様に、しかし、血糊を拭う三人。
その頃警備の警官隊30名ほどが一気に駆けてきた。
なにごとがあったのか?
ご無事ですか?
もうしわけありません!
直ぐに代わりの馬車と警官隊との護衛を増やします。
取り敢えず今日の政務はお休みになってください。

三人を置いてきぼりに大久保内務卿と警視総監、警視クラスなど大物が話し合っている。
気が付くと更に人の輪が増えていた。
50、いや70はいる。
そんな中、切られて死んだと思った黒い男が三人の前に歩いてきた。

「鎖帷子かい。味な真似をするな」

皮肉が飛ぶ。彼の命を救ったのは西洋発祥の防具だった。
そして黒い男は言った。

「いよいよ時代の変革の時です。歴史が変わった一瞬です。どうもありがとうございました。
本来は存在しない英雄たち・・・・・私は唯ひたすら感謝します」


その後、大久保利通は夢幻会の最有力な後援者・庇護者として日清・日露戦争などを駆け抜けるのだがその傍らには黒い男の姿は無かった。

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最終更新:2012年07月03日 22:00