858 :taka:2012/07/10(火) 03:15:13

晩年のヒトラーは、大病を手術で乗り切った後自らの山荘に篭もる事が多くなったという。
かつての精力的な政治活動は行わず、記念的な式典などに出席したりする以外は顔を出さなくなったのである。
日本人限定で更に表現をソフトにした我が闘争最終改訂版を出したり、細々と復活した絵の趣味を行うだけの日々が続いた。
しかし、最後の数年はとある大型絵画にかかり切りになった。
暇さえあれば筆を動かすヒトラーをエヴァがやんわりと宥めると、彼は苦笑していった。

「これを考えて建設を開始し既に数十年が過ぎたが、どうやら私が生きている間に完成は迎えられそうにない」

そりゃ、当初の規模からどんどん大きくなったからしょうがないでしょう、とエヴァは内心で突っ込んだが口に出す程野暮ではなかった。

「だからせめて、死ぬ前にイメージだけでも具現化させておきたいのだ。
 私がこの世界に描き出したかった、理想の有り様を全て。こういう形でしか描けないが、これが私の持てる全てなのだ」

絵を描き終わって暫くの後、アドルフ・ヒトラーはその波乱に満ちた生涯を閉じた。
盛大な国葬、そして後継者達が本当の意味で国を継ぎ、ドイツ第三帝国は進んでいく。

「やはりあなたは、最後までこの都市が完成するのを願っていた訳ですか」

山荘の展示室。そこに唯1人立っていたのはヒトラーの友人であるアルベルト・シュペーア。
苦労の多い人生の所為か皺深い表情を緩め、目の前の絵を見詰める。
画題は『具現化した理想都市』。ヒトラーが夢想し続け完成に拘った世界首都の完成図。
当初に見せて貰った完成図よりも軽く数倍の規模に立っていた。シュペーア的には当初の分は既に完成している。

「しかし、本当にこの様に完成していたらどれ程素晴らしい都市になっていた事か」

ヒトラーが残る気力と精気を振り絞った都市の絵画は、まるでそこに息づいているかのようだった。
終生都市計画に頭を悩ませたシュペーアでさえも、こう呟いてしまう程に。

「ああ、実際、この都市を旅してみたらどれ程素晴らしいだろうか。是非とも一度直に見てみたいものだ」
「そうかね、君にそう言ってもらうと嬉しいよ……では、実際に君もこちらへと来るがいい」
「え?」

シュペーアの腕を、見覚えがある手が引っ掴んでいた。
その後、護衛官が迎えに来た時、シュペーアの姿は展示室には無かったという。

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最終更新:2012年07月18日 22:43