820 :ひゅうが:2012/07/07(土) 23:13:08
やっと時間がとれるようになったので小ネタをば。晩年なので言い訳しつつも大変きれいなあの方ということでw
――銀鬱伝ネタ 閑話――「彼の遺言」
※ 帝国暦830年機密指定解除
本書は口述筆記の形で記され、自らの死後限られた者にだけ閲覧を許された。
評価に毀誉褒貶はなはだしいかの人物の晩年の思想を探る上で大きな助けとなると期待される。
――「世を去るにあたり卿らにこのような形で爾後を託すことを許してほしい。
この大宇宙の生きとし生けるものはたとえ青く輝くシリウスや銀河中心から重力の糸を数百万光年先にまで伸ばす巨大ブラックホールといえどもいつかは消滅する。
その理(ことわり)にはいかな余といえども逆らうことはできぬのであるのだから。
思えばずっと走り続けてきた一生であった。
こうして死の床にあり、13日戦争の業火の中消え去った無憂宮を再現した天井を見つめていると、敬愛するドイツ民族中興の祖たる御方が晩年に述べられたごとく『闘争は自らを相手に行うものではない』ということが真に身にしみてくる。
衆愚の極みにあった銀河連邦議会やそれを軽蔑しつつ万人が万人に甘えていたかつての『連邦市民』を憎んだごとく、余は自分自身を憎んでいたのかもしれない。
だからこそ余は自分自身の不完全さに対する闘争の延長線上に社会という体内から異物を排除し、結果として肉体を潔癖に、さらに画一化したのだろう。
余はかつて、ローマにあこがれた。
かつて人類の黄金時代のひとつを築き上げ、賢帝たちが大過なく世を統べたあの時代を。
然るに民主共和政治のごときはいかにもそれに反しているではないか。かつてペルシア人が議論したごとく、哲学者プラトンが嘆いたごとく万民が万民に対し責任を負うということは万民の自覚なくしては不可能であり、それを維持するには不断の努力を必要とするのである。
逆説的ではあるが余をして出現せしめ、またアドルフ・ヒトラーを出現せしめたのも民主共和政治であるならば、かつてマクシミリアン・ロベスピエールを出現させウラジーミル・レーニンを出現させ、さらにはヒューイ・ロングやジョン・ガーナー、ネヴィル・チェンバレンを出現させたのも民なのである。
彼らが万民に対する責任感をもって統治したことは否定しない。しかしながら余はかくのごとき事態から人類を救いたかった。
然るに余が手本としたのはローマであった。
かつてローマ帝国の神君アウグストゥスは血によって帝位の継承を試みた。しかしユリウス・クラウディウス朝が生み出したのはその失敗例でありむしろ五賢帝のごとく能力により後継者を抜擢したことがローマを成功に導いたようなものである。
しかしながら現代においては後継者を育て得る高度な教育が実現され、さらには遺伝的・人間学的な補助選抜の基準もまた存在している。
ならば人類は真に責任感ある者たちや有能なるものたちによって統治され、その余力を偉大なる発見や他銀河への冒険といった発展にあてることもできるのではなかろうか。
人が生まれながらにして平等であるという思想は素晴らしい。しかし能力において遺伝的な要素が決めるものが多いようにこれにおいて人は平等ではないのは厳然たる事実である。
であるならば、遺伝子によって選抜し、また教育を施すことで指導者は次代にことを託すことができるのではなかろうか。
余はこれを実現したかった。
だが、完璧なものなど存在しないように、余もまた「正しく間違っていた」のやもしれぬ。
欲望にのみ根ざした遺伝子操作が生み出すものはかつての日本人の警告のごとく、アドルフ・ヒトラーが自らの永劫の統治を望まなかったがごとくどこかが欠けた常人ならざる怪物である。ゆえに余も自らの遺伝子を操作しようとは考えてもできなかった。ゆえに余には欠陥が残った。
統治を徹底するには徳と力を両立させねばならぬ。しかし力に呑まれてしまわなかったとは余はここにいたり断言できぬ。
思えば日本人たちが危惧していたのは余の善と人類全体に対する善が一致しなくなるかもしれぬことだったのかもしれぬ――
だが彼らが抵抗を示さず万民の意思に従ったことはあるいは余に対する希望でもあるのかもしれぬと今ここに余は思うのである。
己の誇りを忘れぬ者たちの、彼らと諸卿らの未来に輝かしき栄光があらんことを。
また信頼する諸卿らにおいてはわが回想を戒めとして活力ある人類社会の維持発展につとめていただきたい。
然るに、銀河帝国は民とともにあることを、そしてかつて去った者たちもまた民とあったことを忘れないでいただきたい。
もしも彼らが帰還した際には余の後継者たちと手をとり、彼らとわれらがともに銀河の海に羽ばたく未来を希望する。」
821 :ひゅうが:2012/07/07(土) 23:19:41
【あとがき】――というわけで某ゴールデンバウム朝初代の独善と憂慮にあふれる遺言です。
どの口が言うかwというレベルのものを目指してみました。支援していただきました「彼らが帰還しても攻撃は差し控えよ」というのの元ネタを考えてみた次第。
…結局帝国への移行を済ませたけれどもかつての議員時代の色な抜けなかった――という感じなのですがどうでしょう?
最終更新:2012年07月22日 15:37