37. 名無しモドキ 2011/03/27(日) 22:25:00
忘れられた戦場    −アメリカ本土決戦計画(ダールキスト案)−

  現在、複数確認されているアメリカ本土決戦計画の、最も初期の具体的計画は、寒波の厳しい、1943年1月26日の
シカゴ市内アメリカ陸軍アメリカ本土兵站局の一室から始まる。

  ミシガン湖南端、中西部最大の都市、仮政府の所在地であるシカゴでも、12月に最低気温がマイナス13度を記録して
1mを超える雪に埋まった。1月にはマイナス20度の記録的低温に加えて、もともと、風が強いことで有名なこの都市
での外出は命がけなる日々が続き学校も臨時休校になった。厳しい寒気の中で、凍え死なない程度の暖房が入った本
土兵站局の一室にロス中佐を呼び出したのは、一人の少将であった。

「楽にしてくれ、ロス中佐。ダールキストだ。」横柄な言い方で少将は言った。
「本土南方軍のダールキスト閣下でありますか。」(テキサス州兵の将軍閣下だっけ?確か、中将に昇進して本土南
方軍の長になるとか。)
「見知ってくれていたか。」
「で、わたくしに何か御用でしょうか。」(また、物資を回せ言う直談判かと思っていたら、別の頼み事だというの
だけれども。)

  ロス中佐は、一刻も早く、この場から立ち去りたかった。彼の仕事は、多忙を極めていた。開戦直後の津波で東部
の産業地域は完全に崩壊した。戦時輸送計画を練ろうにも、何が失われて、何が残存して、何が代用になるか。そこ
から、調べなければ物資を調達することも輸送することもできなかった。
  あちらこちらに、急遽立ち上がった、輸送関係部署のいい加減な輸送計画書により、漸く整った避難民用の防寒
コート20万着がフロリダに届いたり、ロッキーの低品質炭が、輸送に数万?の良質炭を消費して、ウェストバー
ジニア州「世界有数の上質炭であるポカホンタス炭産出」に、3週間にわたり到着し続けたこともあった。
  兵站部の上級者は多くが、津波のために失われ、ロスのような残された佐官は、三面六臂の活躍を強いられてい
た。そして、苦労が最近ようやく形になりかけていた。ロスは数分の時刻さえ惜しかった。

「単刀直入に言う。西海岸で調査任務を行ってもらう。」(うん、西海岸の生産状況、鉄道などの調査か?だが、
なんで、こいつが、司令官の頭ごなしに俺に命令するんだ。)

  ロスもそうだが、戦争以来多くの将校が昇進していた。津波の結果、国防省に詰めていた多くの将官、高級佐官が
失われたが、戦争のため、軍の組織自体は急激に膨張していた。  
  そのため、各種の司令官級のポストに、下級者を押し込むため玉突き昇進が行われた。平時なら、昇進どころか、
体のよい天下りで、予備役に編入する(無能な)人材も、軍の上層部に上がってきている。
  更に、ガーナー政権の登場で、声高に戦意高揚を言い立てる好戦派は、現実的なことを、主張する良識派より優遇さ
れる傾向があった。
  平時は、平時で硬直した人事を嘆いていたロスだが、今となっては、その合理性が理解出来る。また、急激に昇進し
た者の中には、その地位に相応しい功績を画策する者も多い。まさに、群雄割拠である。
  上官であることだけで、部署を無視した依頼や、脅かしのようなことが蔓延している。中世の個人の武勇に頼る封建
制軍隊なら兎も角、官僚的と批判されても部門別に上意下達を旨とする近代軍組織として忌むべき現象である。

「西海岸の調査でありますか。ただ、小官はここでも任務に忙殺されておりますし。第一、ウォーカー司令の許可が必要
です。」
「大丈夫だ。すでに、ウォーカー少将の許可は取ってある。」
(司令が話を聞いてやって欲しい人間がいるからというのは、そういう意味だったのか。)
「しかし、閣下が上官とはいえ、所属が異なる部門から独自の命令を受けて実施してよい調査でしょうか。」
「陸軍参謀総長にも調査実施の内諾を貰っている。極秘だが怪しげな任務ではないから心配するな。」
(ははん、ダールキスト少将は政治的手腕に長けた将軍閣下ということか。)
「わたしは、11時の飛行機でダラスに戻らなければいけないし、ウォーカーは総司令部で会議だ。悪いが、ウォー
カー抜きで話をさせてもらう。」
(まてよ、ウォーカー司令もテキサス出身だ。そういう繋がりか?)
38. 名無しモドキ 2011/03/27(日) 22:29:15
「で、どのような調査でありますか。」
「海軍はハワイで、実は甚大な損害を被った。姑息な連邦政府は情報を小出しにして国民の動揺を防ぎたいらしい。
これを、読みたまえ。いずれ知れようが口外は厳禁だ。読んだら返してくれ。」
ダールキストは一枚の、紙をロスに渡した。それを、読むロスの目は一行読む度に、前の行に戻ったりする。
「これは、全滅といっても過言ではありません。海軍は、太平洋における戦力を喪失したということですか。ハワイ
の基地航空隊も戦力喪失とは・・。」
(これが本当なら、もう講和だな。日本は日本海海戦に続いて海戦で勝利して、戦争にケリをつけたな。ミッドウェイ
とアリューシャンまで割譲するくらいで講和ができれば。ハワイも、カードとして要求してくるだろうな。)

「政府はハワイ防衛戦の成功を言い立ててるが、ハワイに洋上戦力がない以上、日本軍はハワイを無視して西海岸に
上陸してくることは必至だ。」
「お言葉ですが、日本軍は西海岸に上陸してくる能力はないかと。」
「何故、言い切れる。僅か一月で中国駐留軍が全滅。アジア艦隊が航空機の攻撃のみで全滅、ハワイで太平洋艦隊が
大敗。誰が予想出来た。」
(いや、それはそうだが、ハワイに攻撃をかけること自体、輸送力の面から連中もかなり背伸びしている筈。西海岸
なんて天国に行くより難しい。万が一、日本軍が来たら、アラスカや西海岸の一部までも割譲して講和するしかない
だろう。)
「それはそうですが。」
「講和で自分の命と財産だけを守ろうという売国奴がうろうろしておる。」
(危ない。危ない。講和なんて口に出さずによかった。)
「講和は、ジャップに一撃を与え、我々の実力を見せつけてからだ。残念ながら、海軍が半壊した以上、その戦いは
西海岸で行われる。そして、その主役は我が陸軍だ。」
(最新の戦車を揃えた機甲師団を全滅させた相手にどう戦う?)
「中国では、我が陸軍も苦戦したということですが。」
「中国では、敗北など喫していない。あったのは、チンク(中国人)の裏切りだ。足手まといで、裏切り者の中国軍
さえ抱え込んでいなければ、ジャップなど一撃で片づけた。オカマ揃いのセーラーは、敗北したかもしれんが、我が
陸軍は、まっとうな戦いを一度も行っていない。」
(うひょー出たよ。最近、この手の論法が多いんだよな。しかし、将軍ともあろうお方が、蔑称垂れ流しか。)
「西海岸に日本軍が来なければ?」
「その時は、我が国の復興を急ぎ、海軍を再建する。そして、我が陸軍は日本本土へ侵攻し、奴らを叩きのめす。そ
の後で、我々の同胞を手にかけた中国を粉砕する。それが、神の恩寵に守られたアメリカの意志であり、義務だ。し
かも、・・」

−この後、同種の話が20分続く−

(やっと、終わった。あーあー、昼飯の時間は無くなったな。・・誤解して、悪かった、きっと、ウォーカー司令も
これで押し切られたんだ。俺以上に過労気味だからな。
  窮すると、精神論か。確かに、戦争にタフな精神力は否定はしないが、最近は、そればかりを強調する手合いや、
正反対の悲観論ばかりだ。)

  この時期、津波の被災地や、被災の影響を受けた地域の中で、保守的で、キリスト教信仰の厚い地域では、この
災厄は、信仰を疎かにして、唯物主義に陥り、近代文明のみに、目を向けたアメリカへの神の警告である、懲罰で
あるという悲観的な説教を行う伝道師に人々は耳を傾けていた。
  反対に、中西部から西では、これは、神が与えた試練であり、我々、アメリカ人は、その優れた文明社会を守る
ことが神の意志であるという考えが、(ハースト系の)ジャーナリズムを中心に声高に唱えられていた。
39. 名無しモドキ 2011/03/27(日) 22:33:23
「最後の勝利が、アメリカに輝くことは疑っておりませんが、日本軍には、種々の新兵器が登場しているようですから
余程、心して掛からねばと思います。」
「猿まねだ。およそ、文明の利器、火薬や、印刷術、羅針盤も、我々白人が、その優れた創造力で世界に提供してきた
のだ。あの薄汚いサルが、我々の技術を、かすめ取り、まがい物を作ったに過ぎない。あっという間に、アメリカは
ジャップが手の届かない強力な兵器を、奴らが足元にも届かない、工業力で量産する。」
(火薬、印刷、羅針盤って中国起源じゃなかたっけ。それに、日本の技術が、我々の物真似とタカを括っていたから、今
のような状態になったじゃないか。
  日本人は、ウェールズのタイムマシンや黒魔術を使ってズルをしているんじゃないんだ。日本の技術を正当に評価し
ないと、痛い目にあい続けるぞ。)
  この仕事をしていて、ようやく気づかされたが、すでに我々の基礎工業には多くの日本企業が、部品納入という形で入
ってきていた。パッキン、高圧ホース、絶縁コード、真空管用のガラスやフィラメントにグリット、電気機材にしてもコン
デンサーとか、すぐにでも作れそうな部品で気づいていなかったのだ。
  それらの、輸入が途絶したため、肝心のエンジンやモーター、電子機器の性能や耐久性はガタガタになってる。確かに、
それらの部品、素材の生産はアメリカの技術からすれば、児戯に等しい技術であり生産は容易なものばかりだ。ただ、急
に、一定水準の製品を大量生産出来る企業がない。
(技術的な問題はない、時間があれば生産はできる。ただ、日本が待ってくれるのか。)

「何を考えている。」
「ああ、すみません。で、どのような調査を。」
「うん、断っておくが、これは最悪の事態でのシナリオだ。日本軍は西海岸、我が軍を南北に分断するため、サンフ
ランシスコとロサンジェルスの間を狙ってくる。無論、この日本軍を太平洋にたたき落とすことは、それほど難しい
ことではない。」
(まあ、その上陸地点は考えられんでもないが・・、しかし、西海岸には絶対に来ない。)
「はあ。」
「だが、第一波のみ撃滅したところで、戦争が一気に優勢になるわけではない。大方の日本軍を上陸させ、内陸にお
びき寄せて補給に窮したところを叩く。」
(日本軍が沿岸から内陸に進撃しなかったら?大方の予想に反して、中国では内陸へ進撃してないぞ。)

「それでだ。上陸した日本軍が補給に利用出る港湾施設、艦船の補修のためのドック、発電所、それに、主要道の架橋
鉄道の操車場などの交通の要所を破壊しておく必要がある。」
(ぶっとんだぜ。こいつ正気か?焦土戦術ができるのは、専制国家や全体主義国家だ。曲がりなりにも民主主義の
リーダーを自負する我が国では不可能だ。)
「軍の施設はともかく、一般企業が、それを容認しますか。」
「反対するような、非愛国的資本家はアメリカにいらない。むしろ、そんな連中をあぶり出すいい機会だ。」
(確かに、この戦争は、大資本家の戦争需用期待が一因だが、その責任を自覚して自分達の財産を捧げるとは言い
そうもないな。)
「何回も言うが、これは、最悪の場合のシナリオだ。だが、実施する時は、日本軍が軍事的に利用しそうな公共施
設、商業施設、ガソリンスタンド、工場、それに一般家屋も対象だ。」
(こいつ、俺が、サリナス「サンフランシスコ南方の都市」出身って知ってるのか。この計画が太平洋岸の州に漏
れたら、連邦から離脱して日本と同盟しかねないぞ。)
「加えて住民の避難計画ですか。」
「いいや、住民は避難させない。むしろ敵手に委ねて、敵の負担を重くする。さらに、民兵を組織してゲリラ戦を
行う。全てのアメリカ人が、自由の為に戦った独立戦争を同じだよ。」
(違う。こいつ歴史を勉強したのか。全ての住民が英国相手に戦ったわけじゃない。英国軍に協力する王党派も多
くいた。大半の連中はフランスなどの援助で大勢が決まるまで日和見してたんだ。
  自分たちの家と町を焼くアメリカ軍に、それを追い払う日本軍という光景が展開するぞ。ただでさえ、移民1世
やメキシコ系の住民の多い、西海岸だ。自分の生活と家族を守るために日本軍に通じる人間も出てきて、アメリカ
人同士の内戦になる。)
「住民には一時の困窮を強いるが、戦勝後に被害補償を日本にさせればいい。」
(万一、日本軍が上陸したとして、橋頭堡から戦線を拡大しなければどうする。津波で壊滅した東海岸
に、自ら破壊した西海岸。アメリカって国は百年は後退して列強の草刈場になるぞ。)
40. 名無しモドキ 2011/03/27(日) 22:37:52
「必ず勝てますか。」
「必勝の信念と、我々、アメリカ人が持っている、特にテキサス人が持っている自己犠牲の精神がある限り勝つ。勝つまで
戦う。何より、私の指揮下にあるテキサス州兵の部隊は、アラモ精神が流れている。」
(このテキサス野郎。それが本心か。テキサス部隊を率いて日本軍を撃破する情景に酔ってやがる。このお花畑野郎、西海
岸全体をアラモに見なして、自分の戦勝のための生け贄にするつもりだ。)
「閣下、日本軍が西海岸に橋頭堡を築いた場合、それは制空権の喪失を招いております。敵制空権内では、テキサス方面か
らの援軍は、移動が困難では?」
「輸送屋かと思ったら、多少は戦争を知っているな。大丈夫だ、テキサスの牧場から、既に、8万頭の馬と、7万頭の牛を
徴発する計画が出来ている。」
「牛ですか?」
「日本軍が道路もなく、移動出来ないと思って油断している山岳部を、幅100マイルに分散して行軍、決戦地域で合流、
日本軍を奇襲撃破する。牛は120ポンドの食糧などの荷物を背負わす。行軍で食糧を消費すれば、牛を屠殺して喰う。歩く
缶詰だ。」

(−−暫く頭脳凍結−−  この戦争を南北戦争だと思っている。いや。ジンギスカンの遠征か?)

「閣下、自動車などの使用が制限される山岳地帯では、馬匹を利用しても武器弾薬の輸送が困難かと?食糧などを考慮
すればいくらも運べない恐れがあるかと存じます。」
「食糧は最小限の範囲で運ぶ。山岳地帯でも無人地帯ではない。計算では、人口1000人規模の町は、2万の兵を
1週間養える食糧を備蓄している。それを徴発する。男性住民は輸送業務に協力させて極力、兵員の消耗を防ぐ。」
(こいつは、アリゾナやニューメキシコの田舎町は飢餓に襲われてもいいというのか?)
「住民には家族がありますので、全ての住民の協力は難しいかと。」
「今は、考える時ではない。まして反論する時でもない。行動する時だ。これは、総力戦だ。アメリカ人ならアメリカ
人としての義務を果たす。非アメリカ人的な住民は軍の威力を示して従わさせる。」
(ゲッベルスの演説か?)
「また、既婚、未婚を問わず適齢期のアメリカ女性には、崇高なる使命を果たす、テキサス兵の戦意向上のための献身
的な任務を課す。」
(まさかと思うが・・・いや、恐くて、とても具体的な戦意向上のための任務は何かは聞けない。そう、多分、ジョーク
なんだ。・・・しかし、なんとか焦土戦術を思い直させないと)

「閣下、テキサスからでは日本軍に接触するまで時間が掛かりすぎて戦機を失う恐れは?」
「日本艦隊の西海岸接近時に作戦発令だ。予想時期を上回る反撃に日本軍は右往左往だ。」
(なんてこった。日本軍が上陸しなくても、西海岸全体と、南西部に幅100マイルの焦土帯をつくる気だ。南北
戦争で南部を焦土にしたシャーマン将軍への意趣返しか?シャーマンが英雄になったのは北軍が勝ったからだぞ。
なんとか考え直させないと取り返しのつかないことになるぞ。)
「明後日から、西海岸の調査団に加わってくれ。今、リストを渡すから、モデル的な施設を回って破壊するには、
どの程度の人員、爆薬、期間がいるか、どのような組織を組めばよいか報告書を出してくれ。」
「調査団?」
「工兵隊の将校、それに、海軍からも、この計画に賛同した将校が参加する。ただ、目的を知らせる訳には、いか
ないので兵站組織の実地調査を名目とする。
  そのために、兵站局の君に、団長として参加して貰うのだ。また、君と部下は、独自に交通網についての破壊計画
を策定して欲しい。」

「部下もですか?」
41. 名無しモドキ 2011/03/27(日) 22:40:22
  ウォルトン・ハリス・ウォーカー少将が必死にダールキスト少将を説得してくれたためロス中佐は、二週間後に
シカゴに戻ることが出来たが、輸送計画立案にようやく熟練しかけていた将校達は兵站局から引き抜かれて、
六週間にわたり、西海岸一帯を調査した。このために、アメリカの鉄道網は大規模爆撃を数回、主要操車場や駅に
受けたほどの、輸送上のロスを生じることになる。
  結局、ロス中佐は随時送られてくる資料から、西海岸調査報告書をまとめることになった。このロス中佐の
報告書は義憤と、過労からくる興奮で、多くの破壊計画は、意図的に的外れな報告になっていたが、一部の財閥
(財団)系の施設、あるいは、それらの買収予定施設の破壊計画だけは正確であった。

  実はロス中佐は、セールスマンの家庭から苦学して、財界との繋がりが薄い(財閥の御用達ではない)ブラウン
大学に入り、経済学を学んでいたが、家庭の事情で陸軍士官学校へ入り直したという経歴の持ち主だった。
このため、アメリカ経済の裏事情にも多少通じていたからである。

  戦後、この計画を知った牟田口廉也は、史実の牟田口廉也将軍が、無茶な命令で日系人部隊に多大な損害を負わ
したダールキスト将軍に憑依したのではと呟いた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− お  わ  り −−−−−−−−−−−−−−−−−

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年12月31日 17:20