145 :ヒナヒナ:2012/07/31(火) 19:49:18
○ショウゴウ・インパクト
夢幻会は戦後に表舞台に現れる切欠になったいわゆる夢幻会事件の後、反動のように大衆はマスコミバッシングに走り、何社かの新聞とゴシップ誌が姿を消した。マスコミ対策に頭を悩ませ続けた夢幻会では、これを好機とみて不良マスコミに惑わされないよう教育や世論の成熟を推し進めていた。しかし、やはり人々は息抜き・話題作りとしてゴシップ誌を手に取るのはとめられなかったため、悪質な記事を書く新聞社などは消えてさったが、いわゆる色物誌などはこっそりと存続しつづけた。
さて、ここにとあるゴシップ誌がある。そのゴシップ誌は弱小で怪しげな記事を掲載する雑誌で、そのままであれば時代の波に揉まれて消えていくはずであった。しかし、この誌の編集長は、第六感とでも言うべき判断で夢幻会事件の掲載を取りやめ、生き残った。まあ、生き残った理由としては弱小で方向転換が容易だったということと、掲載内容がネタ過ぎてマスコミとして見なされていなかったのが理由なのであるが。夢幻会事件で数々の新聞、雑誌が消え、競合企業がいなくなったことでそこまで売れないまでも、そこそこの発行部数を維持していた。
もはや戦後とはいえない位に時間が経った頃、この雑誌が一部の話題となった。ネタゴシップ誌の情報ということで、古くからのファン購読者達は笑いながら「またやってるよw」と楽しんでいたのだが、うっかり有力紙の一社がこのゴシップ誌の発掘してきたネタに飛びついてしまったことが騒ぎを大きくした。その波紋は一気に拡大した。
『大西洋大津波は夢幻会の陰謀だったのか!?』
この怪しげながら使い古された感のあるネタに有力紙が飛びついたのには理由がある。この手の情報にしては珍しく情報源がはっきりしていたからだ。富永陸軍大将の遺稿が発見され、巡りめぐって件のゴシップ誌の記者の手元に運ばれたのだ。その独特の筆跡(JK的な丸文字)から恐らく本人の筆に間違いないといわれたその遺稿には、衝号作戦を匂わせるようなことが書かれていたのだ。人々は、これはひょっとするかと大いに賑わった。
146 :ヒナヒナ:2012/07/31(火) 19:49:50
「古代文明の超兵器が封印島ル・グランに封じられていて、世界征服を企む世界帝国騎士団(どう見てもナチっぽい)の魔の手がその島に迫っていた。封印島の秘密を知っており古代文明人の血を引く一族であり当代一の能力の使い手であり、前世は……(中略)……な主人公がそれを守るために暗闘し、最後にはその超兵器を使用することで周囲に甚大な被害をもたらしながらも騎士団を退けることに成功し……黒歴史で胸が痛むな」
流出されたとされる手稿を朗読していた嶋田が途中でため息を吐いた。此処は久しぶりに秘密裏に召集された夢幻会会合の席。ことがことだけに引退した嶋田や辻も引っ張り出されていた。今回の会合の目的はこの大西洋大津波と夢幻会を結び付けようとする陰謀論の鎮火だ。重鎮である嶋田と辻が口を開く。
「邪気眼派の内部資料(設定資料集)を見たことありますが、とりあえず考え付く限りのシチュエーションが網羅されているので、その中からそれっぽい内容を拾い出せば大体の陰謀論に結び付けられますね」
「膨大な文章の中で、何かを曖昧に揶揄している文言があったり、何ページ何項で縦書きが成立するとか言うやつですね。何やっているんだあの人は。」
「まるでノストラダムスか、聖書の暗号の世界ですね」
そう、今回の事件は富永大将の機密漏えいではなく、たまたま富永ら邪気眼派がまとめた膨大な中二病設定集の一部が流出してしまい、それが当時の彼の任地などの状況証拠や、普段の怪しげな言動から大西洋大津波と結び付けられてしまったというのが真実だった。ある意味李下に冠を正さず、と言うべきなのだが、衝号作戦を任せられるだけの力量や精神力を持つフリーハンドの適任者が富永大将しかおらず、夢幻会会合の総意として彼を衝号作戦実行部隊司令官に据えただけに誰にも文句が言えない状況だった。
「富永大将は衝号という汚れ仕事を実行した功労者です。彼を悪く言うのは気がとがめます。特に今回は彼自身の機密保持に落ち度があったのではなく、嘘から出た真状態ですしね」
「我々が見る分には唯のよくある中二的妄想の類だが、如何せん一緒に発見された場所が悪かった。何故、金庫に保存したし」
「彼らにとって設定資料集は宝物ですからね」
「そうですか。私としては画像を溜めこんで死んだ後のHDを髣髴とさせますが。やりすぎた同人とか流出したらやばいものは、だいたい地下倉庫の中にぶち込んだと思っていたのですが甘かったようだ。」
「夢幻会の秘宝(笑)は出版物・議事録がメインですから、さすがに各派閥資料まではカバーしきれません。さて、あの人が永遠の中二病であったのは事実ですが、仮にも陸軍大将がそうであったと対外的に認めるのは問題があります。……なので、こうしましょう」
辻が会合で提案した内容は賛成多数で認証され、一応、各派閥の幹部にも図った後に実行された。因みに、とある元海軍大将が猛反対したほかは概ね納得できる内容で、これをもって民衆の熱狂も徐々に鎮火された。
147 :ヒナヒナ:2012/07/31(火) 19:50:26
夢幻会は、富永大将が昔から書き溜めていた小説の概要、ネタ帳であるして中二病資料集の一部(極薄い上澄み部分)を別途放出したのだ。年代も内容もバラバラのそれは誰がどう見ても荒唐無稽な小説だった。そして、富永大将は小説家を目指しており、今回の手稿は退役後に出版することを夢見て書き溜めたメモ書きであるという噂を流した。一度大やけど祭りを見たことのある大手のマスコミ各社のあまり夢幻会に手を触れたくないという思惑もあり、しだいに陰謀論から民衆の熱が冷めていった。しかし、根強く夢幻会陰謀論は残り続けることとなったのはもはやお決まりの結果であった。
また、副次効果として、この設定資料集は既存のファンタジー作家の描く世界観に衝撃を与え、その一部(サイバーパンク風の妄想設定もあった)は
アメリカが消滅した余波で停滞してしまったSF会において新たな潮流であると見なされていく。これによって富永大将は、世に出ることは無かった不出のファンタジー・SF作家として知られ、彼の残した文章は多くのファンタジー小説などの元ネタに使われ、T手稿と呼ばれるようになる。こうして富永は両小説界に名を刻まれることとなった。
民衆は大西洋大津波と夢幻会のかかわりが真実であることを知らない。あまつさえ、「表では気狂い指揮官に見せ掛け大衆の視線を避わしながらも、その能力を隠し、国を憂いて一人孤独に戦う英雄だった!……なんて心踊るシチュエーションなのだ! 俺の封印された右手が(ry 」などと言って富永が実行部隊司令官着任を了承していたことを知らないのはきっと良いことなのだ。
(了)
○あとがき
色々突っ込みがあるかと思いますが、ネタですから、笑って流してくれると助かります。衝号インパクトは夢幻会会合内部での呼称です。トミーは勝手ながら死後ということで。
最終更新:2012年07月31日 20:06