- 64. 名無しモドキ 2011/04/13(水) 21:14:00
- 先日は、間違って支援SSを別スレに投稿してしまいました。それは、パンドラというウィルスの話ですが、これが
アメリカ風邪になったかは不明です。これは、少し退屈な話になっているかもしれませんが、1950年代のアメリカ映
画の傑作を行方が気になりましたので・・。
「慕情〜マニラの黄昏〜」 Love Is a Many Splendored Thing
1954年公開 ブリティシュ・フォックス社、東映(特殊撮影)共作
監督 デヴィッド・リーン 特撮監督 円谷英二
配役 マーク・エリオット−ローレンス・オリヴィエ
ハン・スーイン・バーガー−李香蘭(山口淑子)
ジョナサン・バーガー−アレックス・ギネス
関口 護−上原 謙
音楽 Love Is a Many Splendored Thing(作曲者不詳)
詳しいあらすじ
1942年春、フィリピン駐留米国海軍航空部隊のマーク・エリオット大尉は、アメリカから赴任そうそうに、町で
交通事故に出会う。エリオット大尉は、事故にあった子供を病院に運ぶために走ってきた自動車を停止させた。そ
の自動車を運転していたのは、日本の公使館員の関口護だった。彼は、事情を聞きくと快くエリオットと子供を病院
へ運んでくれた。エリオット大尉は、そこで、ヨーロッパ系アメリカ人と中国系フィリピン人のハーフである、女医
ハン・スーイン・バーガーに出会う。
ハン・スーインの夫であるジョナサン・バーガー少佐は、米国海軍軍人であるが、顧問として中国巡洋艦に赴任
するため間もなく中国に向かうことになっていた。ハン・スーイン・バーガーは、エリオットが夫と同じ海軍将校
だとわかると、その送別パーティーにエリオットを招待した。パーティーの最中に、エリオット大尉はバーガー少佐
から「私がいない間や、私が死んだ時に妻を守って欲しい。その為なら自分の心も殺す。」と頼まれる。ハン・スー
インは、アメリカ人、フィリピン人双方からの距離を持って接しられていため彼女の知人が尋ねてきたことがなかった。
そのために、バーガーはエリオットがスーインと親しい間柄であると勘違いしたのである。エリオットもスーインも
あらぬ噂が立たないように会うことを避けていた。
その間に、エリオット大尉は、テニス場で関口と再開して、共通の趣味であるテニスを通じて親交を深めていた。あ
る日、エリオット大尉と関口がマニラの街角を歩いていた時、偶然に、ハン・スーインに出会った。何気ない挨拶をし
て彼女が去った後、関口はエリオット大尉に「君の目は、恋するものの目だ。そして、彼女は君に救いを求めている。」
と言った。
そのころ、中国に赴任したジョナサン・バーガー少佐は、慣れない風習、情実が幅を利かす中国海軍の内情に悩まされ
ながらも出来る限りの努力をしていた。ある日、ハン・スーインから、今の家は広すぎるので引っ越しをしたが、元気だ
という手紙を受け取る。その手紙に、不安を感じたジョナサン・バーガー少佐は、休暇を願い出るが、彼のお香を無視し
て戦争準備に忙しい中国人司令官は、ジョナサン・バーガー少佐に巡洋艦の長期練習航海へ出るように命令する。
数日後、マニラではエリオット大尉が、健康診断にかこつけて病院を訪ねる。ところがハン・スーインは病院を解雇さ
れていた。エリオット大尉が、看護婦を問い詰めて聞くと、ハン・スーインがしばしば、治療費を取らずにスラム街の子
供達を診療していたことが発覚したのだという。そのため、ハン・スーインを毛嫌いしていた中国系の病院理事が彼女を
病院から追い出したと言う。エリオット大尉が、あわててハン・スーインの家に駆けつけると、海軍将校の一家が引っ越
し荷物を運び入れている最中であった。聞くと空き家を紹介されたと言う。
マニラの海軍基地に、ハン・スーインの転居理由と転居先を、担当の将校に聞きに行くと、「最近、海軍軍人の本国から
転属になる軍人が増えたために、一人で住んでいるハン・スーインが借りている家を譲って貰った。ハン・スーインは海軍
将校の家族会に入っていないので転居先は知らない。」と言う。エリオット大尉は「家族会に入っていなかったのではなく、
入れなかったのだろう。」とその将校を怒鳴るが力ずくで追い出されてしまう。
- 65. 名無しモドキ 2011/04/13(水) 21:17:33
- エリオット大尉は、其の夜に、関口とバーで飲んでいるときに、その話をすると、関口は「力になろう。」と申し出る。
数日後、関口から電話があり、直ぐに玄関に出てこいという。エリオット大尉が出て行くと、自動車に乗った関口が待っ
たいた。関口は、自動車をマニラのスラム街に乗り入れた。そこには、小さな診療所があり、大勢の貧しい人々が集まっ
ていた。果たして、診察をしている医師は、ハン・スーインであった。
見つめ合うだけの二人、耐えきれなくなって「薬もほとんどなくて」とハン・スーインがこぼすと、関口が自動車から
段ボール箱一杯にはいった薬品を運んでくる。「日本人は、他人を訪ねる時は手みやげを持って行くんだ。」と関口は笑
いながら言う。
やがて、日本との戦争が、避けられなくなったころ、帰国するという関口がエリオット大尉を訪ねてくる。関口は日本
海軍将校の軍服を着ていた。驚くエリオット大尉に、関口は「自分は見てのように日本海軍の大尉である。今まで騙して
いて悪かった。もちろん、わたしはフィリピンのアメリカ航空基地などの情報を収集していたが、君を利用したことはな
い。君との間は真の友情であった。そのため、もう二度と会うことはないのに、君を騙したままいくことはできなかった。
もし、君とどこかであえばこの借りは返そう。」エリオット大尉が、関口に所属を聞くと海軍航空隊だという。関口は別
れ際に「わたしは双発爆撃機で宙返りができる。」というので、エリオット大尉は「やっぱり、お前は嘘つきだ。」と関口
を罵るように言った。関口は、何も言わずに壁に掛かった乗機の前に立つエリオット大尉の写真を暫く見ていたが一礼を
して出て行った。
日本との、戦争が始まった。ジョナサン・バーガー少佐は中国海軍巡洋艦に乗り組んでいたが、瞬く間に日本機の攻撃で
乗艦は沈没の寸前になる。中国人将校が逃げ出したため、残された中国人水兵を救おうと最後まで、揮指揮官として、でき
るだけ多くの救命ボートを下ろそうとするジョナサン・バーガー少佐だが、艦は大爆発を起こして彼は戦死してしまう。
フィリピンでは、激しい日本機の攻撃で、乗機であるカタリナ飛行艇を破壊されたエリオット大尉が基地で無為なな日々
を過ごしていた。ある日、海軍基地で言い合いになった将校が訪ねてきた。「ジョナサン・バーガー少佐が戦死した。居場
所を知っているなら奥さんに知らせて欲しい」とエリオット大尉に戦死公報を委ねた。ハン・スーインの悲しみを思いやる
気持ちと、心のどこかでハン・スーインへの想いに対する障害が無くなったことに安堵している自分に嫌悪感を持つエリオ
ット大尉であった。エリオット大尉が戦死公報を差し出した黙って読むハン・スーインは、礼を言うと、「今日は、あの人
のために、一人で悲しみたいと思います。」と言ってエリオット大尉を帰した。
数日後、悲しみも癒えぬままに、スラム街で医療活動を続ける、ハン・スーインのもとに、以前勤めていた病院の中国人
医師が訪ねてきた。彼は、自分は共産党のシンパであるが、それ以上に、ハン・スーインも中国人として中国の苦境に陥っ
ている人民のために中国本土へいっしょに密航してくれと脅迫するように迫った。ハン・スーインが、断ると二人の男が現
れて無理矢理に彼女を表に連れ出した。すると、手に角材などを持ったスラム街の住民達が集まってきて、ハン・スーイン
を捕らえている男達を取り囲んだ。「さあ、離して下さい。わたしの故国はフィリピンです。わたしはこの人達を同じフィ
リピン人です。」そう叫ぶとハン・スーインは男達の手を振りほどいた。男達は、ほうほうの体で逃げ出した。
一方、エリオット大尉は、出動の命令を受ける。南部のミンナダオ島で医薬品が欠乏して、マラリアで倒れるアメリカ兵
が続出しているため、特効薬のキニーネの輸送を行うことになった。そして、夜間航法のできるエリオット大尉がその任に
選ばれたのだ。しかし、制空権は完全に日本軍に握られており、生還の見通しのたたない任務であった。このため、まだハ
ン・スーインに自分の想いを伝えていないエリオット大尉はハン・スーインに会わないまま出動するつもりだった。しかし、
出動の前日にハン・スーインがエリオット大尉を訪ねてきた。待合室で、従卒がエリオット大尉が明日、決死の飛行を行う
と聞いたハン・スーインは、エリオット大尉に、「どうかご無事に帰ってください。」と言って抱きついた。「きっと帰っ
てくる。」エリオット大尉はハン・スーインに接吻した。
二人は、残された時間を惜しむように、街で食事をし、夕日を眺めるためにマニラ湾に出かけた。マニラ湾に沈む夕日を
背景に、抱き合う二人のシルエット。
- 66. 名無しモドキ 2011/04/13(水) 21:20:20
- 翌日、エリオット大尉が操縦するはずのDC−3輸送機の調子が悪く出発は真夜中近くになってしまった。それ
でも、基地司令の命令でエリオット大尉は、DC−3をマニラから一路、ミンナダオの友軍基地に向けて出発させた。
幸いに日本軍機にも出会うことなかったが、ミンダナオが近づいた時には既に夜明けにあっていた。後部の銃座
から急速に接近する正体不明機を知らせてくる。たちまち横なぐりの銃弾がDC−3を襲ったおもうと、日本の双発
爆撃機がDC−3の直前を通り過ぎた。エリオット大尉は、被弾したDC−3を海面寸前の超低空に機動させて下面を
守ろうとする
一方、日本軍機の機長は、あの関口大尉であった。関口大尉は「あのパーソナルマークは心当たりがある。」と
呟いた。エリオット大尉は、乗機には出身地のカンザスにちなんで、虹を背景に、ドロシーを模した女の子が立て
いる姿を描かせていた。関口大尉は、マニラの最後の夜にそれを見たことを思い出したのだ。再度、攻撃をしよう
と言う副操縦士に「あの機体には、白い十字が描かれていた。救急用の機体だ。」と言う。欺瞞の疑いがあると食
い下がる副操縦士に「アメリカってところは、結構、フェアーなんだ。第一、こちらも、波状攻撃をするには燃料
が心配だ。」と関口は言い返した。関口は、乗員に体を固定するように命令した。そして、爆撃機を宙返りさせる。
その様子をDC−3の乗員らは、口を開けて眺めていた。「あんなことが出来る操縦士が日本軍にいるんですね。
どんな奴でしょう。」と言う乗員に、エリオット大尉は「一人知っている。そして、わたしは、そいつに謝らなけ
ればいけないんだ。」と答えた。やがて、日本軍機は離脱していった。
マニラの朝、ハン・スーインが、診察の準備を始めている。鏡を拭いていると、鏡にヒビが入った。その、鏡に
うつる不安げなハン・スーインの顔。
ミンナダオの飛行場に降り立つエリオット大尉のDC−3。無事に着地したかと思うと、左の主脚が折れて傾きな
がら滑走路を高速で滑るDC−3。「くそ、さっきの被弾で脚がやられてたんだ。」操縦桿を握りながらエリオット
大尉は必死に機体をコントロールしようとする。しかし、その努力も虚しく燃料用のトレーラーに激突する。大爆
発を起こして炎上するDC−3。
マニラのスラム街にアメリカ軍のジープが止まった。そこから降りてきたのは、海軍基地の将校と、エリオット
の従卒である。彼らは沈痛な顔で、ハン・スーインの診療所に向かう。
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現実が厳しいだけに、オリジナルより苛酷な物語です。音楽ではオリジナルの作曲家であるサミー・フェインが
ニューヨークで活躍した人ですから津波で死亡した公算が高いです。ただ、映画史上に残る名曲ですから、作曲者
不詳という形で世に出ています。また、特撮では、本物の95式攻撃機をスタジオで、俳優を乗せたまま一回転さ
せて、宙返りの場面を撮影するな大がかり仕掛けが採用されたました。
最終更新:2011年12月31日 17:23