218 :yukikaze:2012/08/02(木) 23:42:37
では投下。需要あったら続くかも・・・

1942年12月7日。第三艦隊旗艦『赤城』司令長官室。

「何でこうなったのかね」

 この時期特有の曇天を目にしながら、南雲忠一中将は、自室で小声でぼやいていた。
 正直な所、彼はこの時点に至るまでこの作戦に乗り気ではなかった。
 確かに成功すればこれ以上ないほどの戦果を挙げられるだろうが、仮に失敗
 した場合、目も当てられないような悲惨な状況になる。
 更に言えば、政治的な影響についてはどう転ぶかは全くの未知数。
 山本海軍大臣のあの楽天的な発想はどこからくるのだろうかと、何度考えても
 理解できるものではなかった。

「仕方ありません。あの作戦は我々の間だけでしか知らないのです。それに、
 あの作戦が上手くいくかどうかもわかりません。保険はかけざるを得ないでしょう」

 女房役である草鹿少将の言葉に、南雲は軽くうなずく。
 確かに衝号作戦は、夢幻会に属する人間の中でも最重要機密の作戦であった。
 それによってどれほどの惨事が招きよせられるかを考えるならば、とてもではないが
 明らかにすることなどできないであろう。

「それは分かるさ。だがね・・・それでも私はこの作戦が投機的に過ぎると思うよ。
 せめて嶋田さんの健康状態が良ければなぁ・・・」

 南雲は大きくため息を吐いた。
 これまでの激務による過労によって嶋田が倒れたのが4月。
 これにより、通称『嶋田人事』によって、政治舞台から退場された米内派の面々が
 復権を狙って蠢動。これに激怒した伏見宮が引導を渡すことで事態は収束することに
 なったのだが、この一件で夢幻会派と非夢幻会派の亀裂が改めて浮き彫りになってしまった。
 仮に対米戦を行った場合、この亀裂をそのままにしておくと、思わぬ落とし穴に落ちるかも
 しれない。
 非主流派ではあったが、米内一派とはそれなりに距離を置いており、更に軍政面において
 有能であることは間違いのない山本が海軍大臣になったのは、そうした背景があった。
 もっとも、それが良かったのか悪かったのかは難しい所ではあったが。

「殿下が軍令部総長を退任したのも痛すぎました。『皇族の方が軍令のトップに立っておられた場合、
 万が一の時に皇室に累を及ぼしかねない』とする山本さんの意見にはうなずけるのですが、これで
 山本さんの意見が通りやすくなってしまいました。新任の軍令部総長である古賀さんも頑張って
 いるのですが・・・」
「史実で『天皇か山本か』と言われたカリスマは伊達ではないという事か」

 こりゃどうあっても嶋田さんには回復してもらわんと困ると、
 南雲は思わざるを得なかった。
 まあ首相が2回のロンドン海軍軍縮条約で活躍し、アメリカからも
 穏健派として知られている堀予備役海軍大将だったから、ここまで
 アメリカとの戦争を伸ばすことには成功していたのではあるが。

「ただまあ・・・少なくともこれだけの戦力を与えてもらったことにはありがたいがね」

 そう言って、南雲は彼が苦心してここまで引き連れてきた戦力に思いをはせる。
 正規空母6隻。戦艦6隻。軽空母3隻を主力とする3個機動戦隊。これに
 補給部隊なども含めると、それこそ80隻近い大艦隊である。
 これほどまでの大艦隊を率いたのは、有史でも数えるほどしかいないであろう。
 艦隊運用の達人であることを見込んで、これだけの艦隊を託した古賀や小沢GF長官
 の目に狂いはなかった。

219 :yukikaze:2012/08/02(木) 23:43:15
「現時点で祥鳳級が8隻戦力化していたのはありがたかったですな。これで、
 うちで3隻引き抜いても、残りの5隻と第12航空艦隊で、アジア艦隊と
 在フィリピン航空部隊を何とかやりあう目途がついた訳ですから」
「裏切り者のイギリスの唯一の善行というべきかな。もっとも砲戦派は恨みたらたらだが。このせいで、富士級
 の建造は大幅に遅れてしまい、吾妻級も建造中止になったのだからな」

 当初、1943年以降に就役する予定だった祥鳳級が、この時点で8隻も戦力化されていた理由は、空母戦力に
 多大な不安を覚えていたイギリスが、日本参戦時に、日本に対して祥鳳級の建造を依頼したことによるものであった。
 航空機運用能力はイラストリアスよりも上で、しかも安価で且つ早期に戦力化できる祥鳳級は、イギリスにとって
 喉から手が出る欲しいものであった。
 もっとも、第二次大戦の停戦により、これらの発注された艦は宙に浮いてしまい、一次はスクラップも取りざたされていたが
 刻々と悪化する対米関係と、そしてそれに合わせる形で急速に日本から距離を置く英国の態度に、日本は英国と造船所との契約を
 正式に破棄させて、日本海軍籍の空母として就役させたのであった。

「さて・・・後、数時間で出撃か」
「史実真珠湾と比べて150機以上増えた攻撃隊。そしてその攻撃力は史実よりもはるかに上。東海岸が水葬になるのならば、
 ハワイは火葬といった所ですか」
「油断は禁物だぞ参謀長。何しろ敵の本丸だ。流星を改良した早期警戒機やジャミング機を用意はしたが、あれだけの大兵力を潰すには
 困難が生じる。それに真珠湾にいる艦隊が出港している可能性があるからな」
「第6艦隊が十重二十重に偵察していますので、漏らすことはないでしょう。ハワイに侵入している特戦隊の面々からも、空母を含む
 主力艦隊が停泊中であるとの最新報告が入っています」
「新型戦艦が6隻。それにビックファイブがすべて集結。あとはレキシントン級とヨークタウン級がそれぞれ2隻にワスプか。
 重巡や軽巡もそれぞれ10隻はいると。フィリピンに増派して尚これだけの戦力がいるとはな」

 だから米帝様は嫌なんだよと、南雲や草鹿は思わざるを得なかった。
 こっちが必死になって作り上げた戦力を、向こうは鼻歌交じりで作るのだ。やってられるかという気分であった。

「搭乗員たちは奮っていますよ。食いでがあるって」
「腹壊さないように気をつけろと言っておいてくれ。これはまだメインディッシュの前のオードブルにすぎないとな」

 そう。衝号作戦が失敗すれば、東海岸から雲霞のごとく現れる大艦隊と対峙しないといけないのだから。


 そしてハワイ時間1942年12月7日午前8時。
 全世界はハワイからの悲鳴の如き電文で驚愕することになる。

『真珠湾が攻撃を受ける。これは演習にあらず。繰り返す。これは演習にあらず!!』

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最終更新:2012年08月03日 19:46