104 :ヒナヒナ:2012/08/04(土) 18:48:03



○プラントハンター ~遺伝子工学時代を夢見て~


青いバラを辞書で引くと「不可能」という言葉が出てくる。これは何世紀も掛けて欧米の育種家たちが目も覚めるような青色を目指して挫折してきた結果であった。赤も黄色も白も可能だが、青だけはどうしても出来ない。どんな組み合わせで掛け合わせても、せいぜい光の加減で藤色に見えなくも無い灰色みたいな色だった。                                                                                                 

逆行者は知っていた。バラには花弁で青を発現する色素を生み出すための遺伝子を持っていないため、どんな掛け合わせでも青いバラが出来ないことを。しかし、まだ世界ではDNAの二重螺旋構造すらも発見されていないため(もっとも、遺伝分野については夢幻会の強力な後押しの結果、数々の発見が促進されていたが)、従来の育種法では無理であった。だからこそ青いバラは遺伝子工学の象徴とされているのだ。

史実で作られた青いバラは、白バラにパンジーの青色色素を作る遺伝情報を組み込んだ、遺伝子組み換え的アプローチで作り出されたものであり、まさに遺伝子工学の集大成ともいえる成果だ。なので、現在ではまだその花言葉どおり不可能である。しかし、逆行者達はいずれ訪れる遺伝子工学時代に備えて、そっと必要な行動を起こそうとしていた。



遺伝資源が近いうちに持ち出し規制されることを予測していた逆行者と、その意見を取り入れた夢幻会は、食用作物の原種捜索と、食料需給に影響を及ぼさない範囲でのその他植物の採集を支援したのだ。

もちろん、夢幻会は慈善組織や単なるパトロンではないので、観葉植物の採集のために、植物学者らを派遣していたわけではなかった。表向きは植物園や博物学の学術調査としていたが、その実彼らはいわゆるプラントハンターで、貴重な動植物のジーンバンクを作り上げるために活動をしていたのだ。育種家や植物学者達は、今はまだ発見されていない薬用植物や食用作物の原種群、観賞用植物等など、今のうちに探し出すべき植物に狙って採集していたのだ。

これらはやがて来る遺伝子工学時代に非常に強い武器となるのは必定だった。作物の野生品種など何の役に立つと言われるかもしれないが、病気に強い遺伝子や、耐寒・耐暑・耐乾性など、栽培品種では失われてしまった特異的な数々の遺伝情報を含んでいるかもしれないのだ。新たな農作物の改良でも原種やその周辺品種があるのと無いのとでは違うのだ。

105 :ヒナヒナ:2012/08/04(土) 18:48:38

こうして、現代のプラントハンター達は新たな地平に拡がっていった。華南の山奥や東南アジアの密林、南アメリカの奥地など情勢が許す限りの資源地帯に渡った。情勢不安な地域では海援隊などの支援を受けながら、大航海時代さながらに多くの有用植物を採集した。しかし、彼らが種子・植物を持ち込んだのは、かの有名な英国王立植物園キューガーデンではなく、日本の数箇所(北海道、長野、沖縄など)に設置されたシードバンクや閉鎖系の植物園だ。

ここには、ベトナムの密林の奥地で発見された黄色い花をつける椿や、現地民の間で薬草として使用されていた草本・潅木類、貴重な高山植物などが集められている。後に遺伝資源の略奪と言われ他国、特に発展途上国から日本は批判されることになるが、当時は規制する法はなく合法であったと言われれば、引き下がるほかなかった。
大日本帝国はこれらを背景に農業種苗業や遺伝子工学をリードし、日本の新たなる産業の柱として育てていくことになる。

ちなみに、他国が遺伝子工学に手を出そうとする頃には、日本は遺伝子を扱う上で必須のPCR法とその派生技術についての特許を取り、その必要酵素群を独占していたため、ここでも各国は泣く泣く毟られる結果となった。

先進国の急速な発展と莫大な消費を支えるために先進国以外の「自然」は消費財とみなされた。また、発展途上国においては史実世界より情勢が悪化しており、人間の生存すらも脅かされる様な状態では、「自然」を重要視諸する運動など盛り上がるはずもなく一部の国を除いて、蚕食されていくこととなる。こうした後に起こる大絶滅時代により多くの固有種が姿を消す中、日本や(一部英国も)のプラントハンター達の収集した遺伝資源は、遺伝子の箱舟として機能してゆくことになる。




○あとがき
あるぇ~おかしいな。
青バラについて書こうとしていたら、いつの間にかプラントハンターになっていた。
自分で書いておいてなんだけど、遺伝子的に似通った小集団が残っても自然界では行き詰るだろうから、遺伝資源以上の意味はないよね。

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最終更新:2012年08月04日 23:56