125 :ヒナヒナ:2012/08/11(土) 19:26:57



そ○時歴史が動いた -大西洋大津波-


満州事変が勃発し、中華民国は日本帝国政府の謀略と非難し、米国と中華民国との緊張が高ました。本日では中華民国の一部によって引き起こされたと判明しており、米国もその事実を知っていた事はご存知の通りと思います。これを機にドイツ帝国をはじめとする国際世論は中華民国の主張を支持し、我が国は孤立を深め、国内世論も高まり、開戦へと歩を進めていきます。

さて、先ほどのVTRを御覧のように我が国で第一次嶋田内閣が成立した後、米国からは一通の書状が届きます。当時の米国国務長官の名を取ってハルノートと呼ばれるこれは、我が国の内政に干渉するとても受け入れる事は出来ないものでした。これを持って嶋田内閣は米国からの事実上の最後通牒と判断し、先帝陛下への奏上ののちにある決断を行います。米国への宣戦布告です。

さて、今日のその時がやってまいりました。
西暦1942年8月15日正午。宣戦布告を通知した3時間後、天変地異とでも言うべき大災害が発生します。大西洋大津波です。カナリア諸島付近で発生した火山活動に端を発するこの津波は、発生から1時間40分後にはスペイン沿岸に到達、さらに20分後には北アフリカ沿岸を巻き込み、発生から6時間後には北米東海岸に到達し首都ワシントンDC、米海軍の根拠地アナポリス、東部最大の都市ニューヨークを襲った後に、河川を遡上し内陸部200キロ地点まで到達します。連邦政府の消滅と東部の都市機能がマヒにより、物流が停止、アメリカ合衆国という巨大な国家はその血の巡りが止められ機能不全に陥ります。

こうして、欧州、アフリカ、北米を襲った大西洋大津波により、米国は崩壊への一歩を歩むことになったのでございます。皆様はこの後に所謂アメリカ風邪の発生や、対墨戦、我が国の勝利についてはご存知と思いますが、それらの話は次回以降にその説明を見送らせていただきます。

さて、今回の「○の時歴史が動いた」は大西洋大津波でした。名残惜しいですがお別れの時間となりました。この災害で被害を受けた各国の復興の様子についてご覧いただきながらお別れとさせていただきます。


(了)

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最終更新:2012年08月18日 12:39