127 :ヒナヒナ:2012/08/13(月) 21:03:15
○都落ち


その日、議会は恐慌状況だった。
男と男が呼びかけた議員たちが張った罠によって、引き釣り出した嶋田首相らが、
秘密結社夢幻会についてマスコミの前でその概要を語ったからだ。
すでに場の空気は決している。
これを見た国民は夢幻会が憂国の士で、それを押さえ込もうとした議員らが売国奴だと思うだろう。
すでに、男の後ろでは彼と盟約を交わした議員仲間らが醜い責任の擦り付け合いを始めている。
しかし、男はその事も気がつかず、夢幻会勢力に諮られた事を悟って憤怒で顔を高潮させていた。
この弾劾を実行した者の中には権力闘争や利権がらみの思惑こそあったが、
汚れ場を経験しながらも、少なくともまだ理想に燃える若い男にとっては瑣末な事柄であった。

夢幻会派の嶋田首相や海軍関係者の弾劾や倉崎を始めとする企業と夢幻会のつながりを告発するため、
議員としては年若いこの男が、表立った旗手となったのは彼の政治理念のためだった。
軍人による独裁という、忌むべき慣例が残らないようにするという目的のためだ。
戦争中は我慢が出来た。男とてこの国を亡国にしたいわけではない、必要な措置だった。
しかし、戦争が終わったならば軍人はその本分に立ち返り、自ら権力の座から遠のくべきなのだ。
だが嶋田首相は勇退せずに、その席にしがみ付くような姿勢を見せた。
それは男にとって許しがたい行動であった。
だから、男は普段俗人と内心侮っていた議員ら(もっとも彼らも男を若造と呼び利用していたのだが)
を煽りたてて、嶋田首相とその真の支持母体たる夢幻会と呼ばれる組織を権力の場から排斥することにした。

128 :ヒナヒナ:2012/08/13(月) 21:03:48

それが現在へと続く原因であった。
その後、夢幻会からの手痛いカウンターにより、国民の非難は男やその他の議員らに降り注ぎ、
その日のうちに政党本部より離党勧告を言い渡され、半ば強制的に離党させられた。
この暴露劇に関っていた議員らは皆公職を追われ政界を去る羽目となった。

男はなまじ政治家としてのプライドや義務感があったため、追放された他の議員らのように、
地方に逃げて今まで溜めこんだささやかな財産でひっそりと暮らすという訳にはいかなかった。
とりあえず、妻と子供達は妻の実家に戻した。
政治家にしては、家族仲は悪くない方であったが、
どうしても家にいる時間が少なく、とりたてて愛妻家と言うわけでもない。
妻の実家から離婚届けにもサインさせられたが、その方が逆に心配ないだろう。
そして恩のある人々には迷惑をかけることを謝罪し、港へ向かう列車に乗った。
男は国外に出ることを決意したのだ。

友人が酒の席で良く言っていた首相をコロコロと挿げ替えるような「権力のための無為な政党政治」
軍人による「独裁体制」
一部の知識人達や軍部が望む「賢人政治」
アメリカ合衆国の様な無知による「衆愚政治」
ソ連などに感化された者が望む実態の定まらない夢想主義的な「社会主義」
陛下に不満がある訳ではないが「天皇親政」も論外である。

男が目指すのは正しい政党政治。
夢幻会がその内のひとつの党であっても構わない。
が、夢幻会が各政党の上に君臨する唯一の上位権力であってはならない。
その権力に怯えて顔色を伺う様な輩は真なる政治家ではない。
議員の養成機関と、それによる一定の資質をもった議員による政治体制。
しかし、理想の政治を望むだけ実行できる体制を整えなくては意味が無い。
そう男は思った。

男は世界潮流となりつつある賢人政治とはまた違う理想を追って、
在野に伏せる様に北米や欧州、アジアの国々を行脚することになる。


(了)

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最終更新:2012年08月18日 12:40