549 :第三帝国:2012/08/05(日) 16:53:40

本編~提督たちの夜

宇宙暦801年
自由惑星同盟 首都ハイネセン


月が地上を照らし、官舎でも主に高級官僚や軍人を対象とした住宅街の一角。
ある老夫婦が住んでいるそこにラフな姿をした鉄灰色の髪をした男が玄関で老婦人に挨拶すると。
掛け込むように、部屋に入り先客たちに挨拶を交わした。

「いよっ、先輩お久しぶりです!!」

「やあ、ひさしぶりだねアッテンボロ―。
 お互い昇進してから随分と忙しくなったものだからこうして合うのは本当に久しぶりだね」

30代で今や大将まで上り詰め、
宇宙艦隊司令長官にまでなった若き英雄。
ヤン・ウェンリーは紅茶をゆっくりと飲みながら後輩の言葉に答えた。

「ほう、元校長である私を差し置いて今や英雄であるヤンにすり寄ったか」

「違います。自分はただ先輩として挨拶しただけです。
 権力なんてクソ食らえ!革命上等!不服上万歳!なんのそのです!!」

「だろうな、そうでない貴様など貴様ではないからな」

少し前に退役したシドニー・シトレのからかいにアッテンボロ―は自身の信念を高らかに宣言する。
その学生時代から全く変わらぬ様子にシトレは頬を綻ばせる。

「先輩、というならばアッテンボロ―提督。
 それならばヤンよりも先にこの俺に挨拶するべきじゃないのか?」

ヤンと同じくソファーに座り紅茶を飲んでいたウランフ提督がニヤニヤとアッテンボロ―に問いかける。
他にも幾人かの提督、モートン、カールセンなどと年配の提督たちがアップルパイを片手に同意するように口の形を変える。
その問い掛けに、自称革命家はご老人方を先輩を称しなければならない事実に嫌そうな顔を浮かべた。

「まあ、そのへんにしておいたらどうかね。
 それより妻と儂が作ったアップルパイのお味の感想を聞きたいのじゃが?」

諸提督は妻と御揃いのエプロンを付けたアレクサンドル・ビュコック提督へ賞賛と感謝を以て回答した。

「さて、そろそろヤンの話しでも聞こうじゃないか」

元々、今日の集まりはヤンの発案であったが、
諸提督に呼びかける際に敢えてビュコック提督経由で頼み、彼の家に集まってもらったのは、
ヤン自身自分が上層部から警戒されていることを知っていた上に、自身が主導しては若さゆえに他の提督の反発を招くと考えたからである。
そしてビュコックの言葉にヤンは頷き、カップを置き語り始めた。

「知っての通り、先日最高評議会は銀河系内郭国家連合への侵攻が決定されました」

簡潔極まりなかったが、
事前に渡された資料で知っていたがその言葉の重要性に緊張感が満たされる。
なお、現在この家にいるのは、

ヤン・ウェンリー宇宙艦隊司令長官
ダスティ・アッテンボロ―提督
アレクサンドル・ビュコック提督
ライオネル・モートン提督
ラルフ・カールセン提督
ウランフ提督
ボロディン提督
パエッタ提督
アップルトン提督
シドニー・シトレ退役元帥

であり、【史実】より余力があったため20個艦隊も編成されたが、
その中でも一目おかれている艦隊司令官達と軍首脳部の一部が集合していた。
豪華な面々にこの場にもし、不良中年がいたら嬉々とクーデター計画書を片手に地上制圧部隊に志願していただろう。

「私たちは、いえ。
 我々はこれを何としても食い止めねばなりません。
 ハッキリ言って自由惑星同盟に勝ち目はありません、必ず負けます。」

エル・ファシルの脱出から始まり、帝国の革命政権が自由惑星同盟に攻め入った間に得た異名。
魔術師、ミラクル・ヤンは同盟軍内部だけでなく、再度革命を以て打ち立てた新銀河帝国を始めとする諸国に広く知れ渡っている。

なお理由は分らないが星界軍は彼の戦術眼、戦略眼を以前から高く評価し、
押し寄せてくる革命軍に対して立案した作戦をほぼそのまま採用したほどであり。
そんな若き英雄として期待が集まっている彼が『負ける』と断言したことに提督たちは衝撃を受けた。

「そして、戦争の果てに亡国と化し民主主義の芽を潰してはなりません。
 銀河に訪れれた平和をここで消さぬためにも、皆さまの力が必要なのです。
 具体的にはただ、遠征作戦会議の際に反対を表明するだけで結構です。
 代わりに自分は抗議を表明するためその場で辞表を提出します――――お願いします、どうかご協力を」

英雄として未来を約束されているにも関わらず抗議の辞表をする。
その事実に『さすが先輩!』と喜ぶ後輩を除き、動揺が提督の間に広がる。
そんな姿にシトレは口を固く結んで見守り、エプロンを脱いで黙って聞いていた老人がヤンに問うた。

550 :第三帝国:2012/08/05(日) 16:54:11
「ふむ、ヤンの言葉は確かじゃあろうて。
 じゃが、よいのかね?おまえさんが主導して反対したとなれば、今以上にお前さんの事を気に食わん連中に睨まれるし。
 彼らの意図を汲んでいるマスメディアによって折角得た数々の称号は傷つけられ、名誉は地に落ちる事になろうがそれでもかね?」

「かまいません、元々自分は歴史を学びたいがために軍人になったのですから」

ビュコック提督の疑問にヤンは即答する。
その瞳に怠け者のヤンという要素はなく、真剣な眼差しであった。

なるほど、人は成長するものだな。
と老人は心の中で呟き、未来ある若者に回答を示した。

「あい、わかった。おまえさんと一緒に儂も辞表を出そう。
 何、儂もそろそろ歳じゃからな、もう十分同盟に尽くしたし多少早くても大丈夫だろうて」

「えっ、いやその、しかし・・・」

ビュコック提督の思わない返答にヤンは驚愕し、うろたえる。

「先輩、俺も出しますよ!
 どうせあの陰険フォークの野郎は先輩に嫉妬しつつも、
 先輩を利用する気満々ですから、ここらで一丁派手にあの青白い面に辞表を叩きつけてやりましょう!」

続けてアッテンボロー提督が嬉々と賛同を示す。

「わしは士官学校を出ていなかったが、提督になれたからもう十分じゃ」

「自分はいい加減孫の世話をしたいからな」

ラルフ・カールセン提督、モートン提督が賛同する。
一気に4名もの提督が抗議の辞表を出すと明言したことで残りの提督たちはどよめき、もう一度状況を考える。

上の連中は短期間ならば何とかなると考えている。
成程、確かに間違ってはいない、全力で殴りかかれば一撃を加えることは可能であろう。

しかし、一週間後もすれば動員が完了し、向こうは先の戦争で見せつけた物量攻勢を繰り出すだろう。
いや、それ以前にあの要塞回廊を突破することなど果たしてできるか疑問である。

そして迎えるのは破滅だ。
上の連中はもしかすると穏便な処置とやらを期待しているかもしれないが、
戦術が通用しないあの大艦隊相手に実際に戦う我々は何の希望もなく死ね、と言われるようなものだ。

部下を預かる身としてそれは何としてでも避けねばならない。
しかし、文民統制において最高評議会の決定は絶対であり、避けれない。

だが、こうして諸提督らが一斉に抗議を表明すれば破滅の道から逃れられるのではないだろうか?
資料によれば国防委員長は反対しているし、シビリアンコントロールから外れず、自分たちをアテにしている連中に対する最適な抗議方法でなかろうか?

しかも、世論は全体的に将来の脅威よりも目先の平和を歓迎している。
うまくいけば、世論と通常議会の圧力で決定を覆すことも可能かもしれない。


ならば、賭ける価値はある。


「どうやら、私が言葉に表すまでもないようだ」

シトレはオロオロするヤンを横目で見ながら苦笑する。
今日この場に居る人々は、皆等しい志を胸に懐くようになった。

「後は・・・」

後は、残りの提督を取り込むことと。
今日の出来事を現在の統合作戦本部長に改めて話すという根回し作業をしなければ。

程良い香りと色をした紅茶を口に含みつつ、彼はこれからやるべきことを考えた。

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最終更新:2012年08月19日 18:13