- 248. 名無しモドキ 2011/05/14(土) 22:39:43
- 忘れられた戦場 −マニラの夕焼け2− 駆逐艦スチュアートの物語
「憂鬱世界」では史実より、第一次世界大戦の関わりが少なかったアメリカ海軍は、史実で100隻以上を建造したクレ
ムソン級駆逐艦は70隻ほどの建造に止まっていた。しかし、量的に日本海軍に対抗するためと史実より財政難に見舞われ
ていたアメリカ海軍では、日米戦勃発時には、より多くのクレムソン級駆逐艦が老朽艦として手を焼かれながらも在籍し
ていた。
そのクレムソン級駆逐艦のうちスチュワートは、史実では、フィリピンにおいて、日本海軍に鹵獲され、日本海軍第102号
哨戒艇として使用された。スチュワートを破壊したと信じていたアメリカ海軍は、終戦後日本本土でスチュワートを発見し
再編入させたという数奇な運命を持った艦であった。
−本文32話より引用−「執拗な攻撃を受け、アジア艦隊の水上艦艇は駆逐艦2隻を除いて、このフィリピン沖で文字通り全滅
した。戦艦4隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦3隻を中心とした大艦隊が航空機の攻撃で全滅した・・・。」
1947年10月20日17時42分 フィリピン東方海上 米国アジア艦隊壊滅
「敵機、視界から消えます。」駆逐艦スチュワートの見張員が大声で、そして疲れ切った声で叫ぶ。
「生き残りましたね。もうすぐ、夜です。流石に夜間攻撃はないでしょう。」
「どうかな。トドメのトドメをさしていった連中だ。後は完全勝利を狙ってもおかしくあるまい。」
隣にいたマーコリー曹長の安堵した声に副長のスクワイア大尉は、自分が自分で嫌になりながらも冷徹に言った。しかし
一方で、命が助かったことを素直に喜ぶ自分もいた。そのことに、気付くと彼は、海軍士官としての使命を思い出した。
「我々の他に残存艦は?」
「左舷5000ヤードに、ファラガット級駆逐艦が見えます。・・デイルです。」マーコリー曹長が双眼鏡を覗きながら答えた。
「左舷の味方駆逐艦どんな様子だ。」スクワイアは、艦内電話が損傷修理ため見張り員に伝声管で尋ねた。第一次世界大戦
型のクレムソン級駆逐艦は、この手の電気を使用しない伝声管のような装備が整っていた。
「艦橋付近が酷く損傷しています。前部後部ともマストがありません。煙突に大きな損傷。前部砲塔の砲が半分ほど無く
なっているようです。」
「こちらと、どっこいどっこいか。いや、こちら以上か。」スクワイアは、呟いた。
数時間に及ぶ、日本艦載機の攻撃で、スチュワートは艦爆の攻撃は受けなかったが、実に九回におよんで、戦闘機の
ロケット弾攻撃と機銃掃射を受けていた。その攻撃は、執拗に艦橋を狙って来た。最初の攻撃で、艦長が銃弾に胸板を
貫かれて即死した。以後、ロケット弾の直撃こそ免れたが、艦橋は攻撃を受ける度に、そこにいる誰かの命が奪われて
行く場所になっていた。操舵装置を始め、航海に必要な多くの機材、通信機も破壊された。現在は、艦尾の舵室にある
操舵機を人力で直接動かしている。そして、スチュワートの士官は機関長以下の機関科の士官と軍医以外は、副長の
スクワイアのみが指揮を取れる状態だった。
「デイルに発光信号を送れ。(我、艦長戦死、副長指揮で生存者の救助を開始せり。無線機は損傷せり。貴艦の様子を
知りたし。)」スクワイアは、伝声管で指示を送った。暫く、すると、一人だけ健在な信号兵から返事が戻ってきた。
「デイルより。(我、准尉以上で軽傷者は軍医のみ。現在、先任曹長が指揮を取れり。乗組員は戦死負傷者過半、片舷
のみ航行可能。カッターは全て破損。敵潜脅威下での救助活動は不可能。)」暫くすると、信号兵が連絡してきた。
「くそったれ。信号兵、信号を送れ。(付近の生存者のみ救助されたし。)それから(救助後に離脱せよ。幸運を祈る。
スクワイア大尉)と付け足せ。」スクワイアはデイルの状況を想像しながらも生き残った者の義務感にかられて言った。
「微速前進。十時方向700ヤードに漂流者。気をつけろ。」「機関停止、近辺の漂流者の救助を開始。」信号兵の返事
を待たずに、スクワイアは次々と命令を出した。甲板から、幾十のロープが側舷に下ろされる。たちまち、多くの漂流
者が、スチュワートを目指して泳いできた。
- 249. 名無しモドキ 2011/05/14(土) 22:43:05
- 「テイルが了解と信号を送っています。」信号兵がようやく返事を伝えてきた。先の信号内容からすると、士官が生き残
っている状態で先任曹長が、指揮を取っているために、意志決定が混乱しているのだろう。テイルは、十分ほど停止して
救助活動を行うと、見る目も重い船足で戦場を離脱していった。
スチュアートも、スクワイアがデイルに指示した以上の行動は出来なっかったが、辺りがすっかり暗くなるまでの、半
時間ほどで150名ほどの漂流者を拾い上げた。しかし、暗くなるに従って、波浪が激しくなり漂流者の救助は困難さを増し
ていた。
「天候が悪化しています。それに、この暗さではサーチライトをつけないと救助活動はできません。サーチライトは敵潜
を呼び寄てしまいます。副長、潮時です。離脱しましょう。」マーコリー曹長はスクワイアを促した。
「もう半日、天候の悪化が早ければ、敵の艦載機の行動も制限を受けたかもな。」スクワイアは返答せずに次第に激しく
なっていく波浪を恨めしげに眺めた。アメリカ軍の気象観測施設およびその要員は、日本機に徹底的に叩かれていた。そ
のため、この弱い熱帯性低気圧の発生を予測できず、アメリカ軍は自然現象を自軍の脱出に利用できなかった。
反対に、この熱帯性低気圧の接近を知っていた、小沢提督は第三次攻撃隊発進を急がせていたのだ。もちろん、アメリ
カ軍が、この自然現象を最大限に利用しても、日本軍の戦果に大きな影響は出なかったかもしれないが多少は手こずった
可能性はある。結局、自然現象はよりアメリカ軍に苦境をもたらしただけになった。スクワイアは救助活動を諦めざる得
なかった。
波浪の中に取り残された漂流者は、翌日に進出してきた日本軍艦艇によって、千人に少し欠ける人数が救助された。こ
れは、フィリピンから出撃した将兵の一割にも満たない人数である。米国アジア艦隊の規模を考えれば、近代戦ではあり
えない損耗率である。
「スクワイア副長、いいように考えましょうや。もうすこし行くとスコールに入ります。視界も落ちてきてます。この天
候では、敵潜水艦の行動も制限されます。それに、我々は充分戦いました。そろそろ、自分の命のことを考えてもいいと
思いますよ。」
スクワイアは、マーコリー曹長の言葉を聞きながら、自分たちは本当に戦ったのだろうかと思った。スチュアートの貧
弱な対空火器で、敵機に対して愕かし程度のことすらできたのか?我々は味方の援護を行うどころ、一方的に、敵戦闘機
に追いかけ回されていただけではないのか?それが戦いといえるのか?
幸いに、スチュアートの機関関係は損傷していなかったが、機銃掃射で、船体に無数と思えるほどの穴が開いていた。
ダメージコントロールで、応急的に塞いではいたが、浸水を防ぐためには艦の速力は控え目にしなけばならなかった。
「二直交代でいく。救助した兵員の中で、元気そうな者を選抜して見張りシフトをつくれ。それから、働けそうな士官
を見つけ出してこい。サンベルナルジノ海峡には戻らない。レイテ島南方を通過してセブに行く。あそこには、まだ、
重油などの補給物資が、いくらかは残っているはずだ。」すっかり、暗くなった艦橋で、スクワイアは息つく間もなく
指示を出し続けた。巡洋艦ヒューストンの航海士官が見つかったおかげで、航海上の指揮は任せることができた。
22時38分、漸く、漂流者を含めてなにがしかの食事が終わった時だった。スチュアートの左舷前方に、四つの水柱が
あがった。
「何事だ。」
「左舷8時に発砲光を見ました。」「敵艦らしきもの、距離4500ヤード。また、発砲しました。」見張りが次々状況を
伝えてくる。また、先ほどより、近くで水柱があがった。確実に照準は修正されている。
「くそ、何時の間に接近したんだ。相手を撃てるか。」スクワイアは砲塔を呼び出した。
「視界が悪くて、よく見えません。照準できません。第一、見えても波浪が激しすぎます。」
「ともかく敵艦と離れるよう。進路260度、全速。」スクワイアの命令で、使い古したスチュアートの船体が悲鳴を上
げながら進路を変える。三度目の水柱があがった。
「夾叉されたぞ。多分、駆逐艦の主砲だ。なんで、あいつは、こっちが見えるんだ。しかも、この波浪でどうやって
照準してる。・・マーコリー曹長、次は覚悟しろ。」スクワイアの言葉にマーコリー曹長は頷いた。
- 250. 名無しモドキ 2011/05/14(土) 22:46:01
- 四度、五度と水柱があがったが何故か、六度目の水柱はなかった。スチュアートを砲撃したのは、双発機による夜間攻撃
を警戒していた第三艦隊の駆逐艦白露だった。第三艦隊は、たいした損害なしに、アジア艦隊を屠ったため、翌日はスパイ
情報と航空偵察で察知したスリガオ島の魚雷艇基地と、ルソン南部の残存アメリカ軍飛行場を叩くつもりで、近海を遊弋し
ていた。そして、白露は艦隊から離れてレーダーピケット任務についていた。
白露は接近してくるスチュアートを最初、アメリカ水雷戦隊の夜襲と思い、規模を探るべく密かに接近していたが単艦と
判明したため発砲したのだ。必中距離ギリギリとはいえ命中しなかったのは、波浪が激しかったため、新装備の引き金を引
いたのち艦が水平になった時に自動発射するという新装備の修正装置の能力一杯であったことと、兵員がまだ、装置に熟知
していなかったことがある。やっと自然はアメリカ側に幸運をもたらした。また、白露が追撃しなかたのは、レーダーピケ
ット任務を優先するように厳命されていたからだ。「憂鬱世界日本海軍」は、「見敵必撃」のイギリス海軍の伝統を伝える
も、実戦においてはアメリカ海軍流の任務優先主義が徹底されていた。
その夜は、二回、敵潜水艦接近の誤報があり、スクワイアは、30分のほどの仮眠を取れただけであった。明るくなること
には、波浪はすでにおさまりかけていた。雲の流れは早いが青空が広がりつつあった。敵航空機の恐怖が蘇ってくる。
「デイルはどうしたでしょうか。無事にマニラにでもたどりつけましたかね。」空のあちらこちらを眺めながらマーコリー
曹長が尋ねる。
「あの速力では、一旦見つかれば潜航した敵潜水艦からでも逃げるのは難しいな。チャンスがあったとすれば、夕べの時化
とスコールをどれだけ利用できたかだな。それより、早くメシを食っておけ。忙しくなるぞ。」スクワイアは、ベーコンを
挟んだだけのサンドイッチをほおばりながら答えた。
「敵機、接近。3時方向、距離7000ヤード。」見張り員が声を張り上げる。
「水上機だ。こんな、早い時間に来るということは、アイツを載せていた艦艇が近くにいる可能性が高いな。」スクワイア
は、ようやく台座に固定し直した大型双眼鏡で確認する。
「巡洋艦ですか?」マーコリー曹長が何かを飲み込むように聞いた。
「戦艦かもな。」スクワイアも緊張した声で答えた。
「敵機、つっこんできます。」見張り員が絶叫する。
「何!?馬鹿な!全速、対空機銃用意。射撃。」配置についたままだった対空機銃は、スクワイアの命令で、すぐさま貧
弱ながら弾幕を張る。その、弾幕をあっという間に突破した単発の水上機は、スチュアートの後方から接近して、頭上を
通過した時に小さな黒い物体を二つ吐き出した。
「取り舵一杯。被弾準備!」スクワイアとマーコリー曹長は床に伏せた。艦尾の、舵室で行う操船では避けようがない。
次の瞬間、爆発音がして、艦橋に水しぶきが降りかかる。水上機そのまま飛び去った。
「被害報告。」スクワイアは急いで立ち上がると叫んだ。
「右舷至近距離で爆発しました。右舷より小規模な浸水、ダメージコントロール急行してます。」
「後部砲塔横に着弾。不発です。甲板に突き刺さってます。」
- 251. 名無しモドキ 2011/05/14(土) 22:48:56
- 「闘志溢れる水上機だったな。投下していったのは多分、潜水艦や魚雷艇用の200ポンド爆弾だ。それでも、爆発すれば
機関部に損傷を受けた可能性がある。運がいいぞ。」そこまで、スクワイアは言うと後部砲塔横の甲板が老朽化のため、
チーク材が朽ちて強度不足になっており修理を申請していたのを思い出した。出撃が一週間遅ければ甲板は補強され・・。
「なあ、マーコリー曹長、神を信じるか?」スクワイアはマーコリー曹長に小声で聞いた。
「急になんですか?そりゃ、わたしはアイルランド系ですから信じてますよ。まあ、妖精も信じてますがね。」
「不発弾の処理に手こずるなら甲板ごと切り取って海へ捨てろ。」スクワイアは冷静に指示した。
「敵の追撃を想定して、24ノットを維持して進む。燃料のことは考えなくていい。」スクワイアは言いい続けたが、昨夜
以来の高速機動で、燃料消費は予想以上で、現在の速度を維持したままで、セブまで行けるかは自信がなかった。
10月21日11時54分 右舷にレイテ島南方のスリガオ海峡が見えだした。ここを抜ければ、内海となり敵潜水艦や航空機
の脅威はやや薄らぐ。
「右舷、2時に雷跡。」酸素魚雷の、かすかな雷跡を、発見できたのは澄んだ熱帯の海と、漂流者を乗せたことで見張り
の多かったことのたまものであった。
「逃げ切れん。面舵一杯、アイツに頭を向けてやり過ごすんだ。」スクワイアは、あと少しで艦橋の操舵装置が修理完了
というところでの運の無さを呪った。スチュアートは、まだろっこしいほどゆっくり進路をかえていく。突然、舵の効き
がよくなり、急に変針する。すると、魚雷はスチュアートに数メートルの距離で船体に平行して通過していった。ほっと
していると、別の魚雷が左舷から艦尾のすぐ後を通過する。
「別の、潜水艦がいるんだ。いつものように進路変更できていたら、一本目に船首を持っていかれるか、二本目の魚雷に
艦尾を持っていかれたぞ。」スクワイアは、心底、スチュアートに感謝した。
「スリガオ海峡は、敵潜水艦の巣だ。幸運を使い果たさないうちに、南下してミンダナオ島のダバオへ向かう。」
「スクワイア副長、ダバオって。あそこは、先月、艦隊が停泊したときにタンクの底の重油まで手でかいて持ち出したん
ですよ。燃料補給は無理です。第一、今の燃料でいけますか。」マーコリー曹長が驚いて聞いた。
「わかってる。今は、無事にどこかに着くことが最優先だ。燃料のことはそれから考えればいい。ダバオにだって食糧く
らいは残ってるだろうしな。ベーコンのサンドイッチは飽きた。それから、速力は16ノットに落とす。ギリギリ行けるだ
ろう。」
スチュアートの航海の最後は、ある意味あっけなかった。ミンナダオ島沿岸で座礁したのだ。スクワイアは、せめて
右舷から潜水艦に攻撃されないように、ミンナダオ島の海岸に近づいてスチューアートを航行させた。沿岸から、1マイ
ルほど沖を航行している時に、舵室の部品が飛んだ。スチュアートは緩やかに海岸方向へ向いだした。あわてて、修理し
ようとした兵員は艦橋への報告が遅れた。そのため、異変に気付いたスクワイアが、全力後進を命じた時には、既に遅く
スチューアートは、ゆっくり接岸するように浜辺に乗り上げた。
スチュアートの乗組員と救助された漂流者は、十日以上、密林と山岳地帯を走破し、モロ人のムスリムゲリラの襲撃を
かいくぐり、少なくない犠牲をはらってダバオの友軍基地へ辿り着いた。
ダバオで、スクワイアは、スチュアートが浜辺に座礁した日にペリリュー島から飛び立った、対艦爆弾を装備した95式
陸攻の編隊がダバオを襲ったことと、スチュアートが座礁しなければ一時間ほどで、ダバオへ向かっていた編隊と遭遇し
たであろうということを知った。
スクワイアが退艦時に破壊を命じて、最後と思われたスチュアートが、別の船名で、再びフィリピン近海を舞台に活動
する話は、また別の話である。
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最終更新:2011年12月31日 17:57