141 :グアンタナモの人:2012/09/20(木) 22:46:11
地中海はマルタ島沖合い。
その翠玉色の海上に、黒鉄の城砦が悠然と屹立していた。
全長はおよそ三〇〇メートル。
少し離れた位置に付き添うイタリア王立海軍の古強者――戦艦<トラヤヌス>を巡洋艦と紛うばかりの巨艦である。
「残り一〇〇秒を切りました」
「うむ」
副官の言葉で艦長は小さく頷くと、艦橋の窓から外を眺めた。
彼の眼下には左舷に向かって振り翳された第一砲塔、第二砲塔の四六センチ三連装主砲が陽光で鈍く煌いている。
先ほどの連絡によれば、後部の第三、第四砲塔も同じ方角を向いているはずだ。
尤も砲口に収まっているのは、遥か東の海に棲まう〝リヴァイアサン〟を打ち倒す魔弾――一トン超のSHS砲弾ではない。
収まっているのは、かつてこの海に散った先人達を偲び、弔うための空包であった。
(栄誉ある初陣だ。先人達に失礼のないようにせねば)
内心思いながら、艦長は右手にしていた懐中時計を見る。
時間は残すところ、一分を切った。
おそらく、一分後に放たれる砲声は地中海全体に轟くことだろう。
弔砲というにはいささか強力過ぎるものかもしれないが、眠る英霊達相手にはこれくらいが丁度良いかもしれない。
「艦長、時間です」
英霊達よ、欧州はここまで戻った。
英霊達よ、欧州はここまで育った。
英霊達よ、欧州はここまで至った。
英霊達よ、欧州は――。
「よろしい――撃ちー方、始め!」
一九六二年七月七日。
二〇年ほど前、地中海を舞台に繰り広げられた骨肉の争い。
その争いの演者となった四カ国が執り行った史上初の共同慰霊祭を始まりを告げるべく、地中海に轟然たる砲声が響き渡る。
それは欧州統合艦隊旗艦、戦艦<ロリカ=セグメンタタ>の弔砲であった。
142 :グアンタナモの人:2012/09/20(木) 22:47:10
――― 提督たちの憂鬱支援SS・エウロピアン=クラッシス ―――
欧州統合戦艦計画。
この構想が初めて提言されたのは、一九五〇年初頭。
世界各国の――特に欧州枢軸諸国の海軍関係者を見舞った、ある衝撃から間もない頃の話だ。
後に〝ヤマト・ショック〟と呼ばれ、メガドレッドノートなる艦級が歴史上に初めて姿を現した瞬間。
そう、大日本帝国海軍の最新鋭戦艦<大和>の就役が、全ての始まりであった。
かの戦艦が姿を見せた当時の各国海軍関係者が見舞われた衝撃は、まさに筆舌にし難い。
彼らが公開、非公開を問わずに集められた<大和>型の情報を前にした際には軒並み虚脱状態に陥ったほどだ。
高速戦艦として十二分に通じる快速。生半可な航空戦力ならば、逆に封殺してしまう針鼠の如き対空兵装。
九門の主砲は、なんと二〇インチ超――五一センチもの大口径で、その破壊を浴びて沈黙しない軍艦は唯一つを除いて存在しない。
そしてその唯一つの例外である<大和>自身の防護力は、単なる破壊に抗うだけでは飽き足らず、メヒコの地に降った現代のメギドの矢にすら耐えうると言う。
なるほど、あの大日本帝国海軍が満を持して送り出しただけはある。
彼らには断言できた。<大和>は史上最強の戦艦である、と。
このまま白旗を掲げ、抗うことを諦められればどれだけ楽だろうか。
だがしかし、彼らにそれを選択することは許されない。
彼らは防人である。相手がいくら強大で、いくら馬鹿げていようと、彼らは抗わねばならない義務なのだ。
かくして彼らは動き始めた。最強に抗う術を求めて。
さて、先にも述べたが<大和>型戦艦は、紛うことなき史上最強の戦艦である。
従来の軍艦による水上砲戦、水雷攻撃、戦爆連合による航空攻撃に加えて、核攻撃すらも跳ね返すのだから決して誇大表現などではない。
では如何にすれば、これに対抗することができるのか。
この基本的な問題に海軍関係者達は連日頭を悩ませ、しきりに議論を交えることとなる。
その一例として、大ドイツ帝国(ドイツ第三帝国)を挙げてみよう。
とある提督は、潜水艦の群狼戦法で撃沈できるかもしれないと言った。
だが常識的に考えて、かの艦がクルーズ客船のようにうすらぼんやりと航行しているはずがない。
十中八九、護衛艦艇を引き連れているだろう。地中海で猛威を揮った、精強な対潜護衛部隊の系譜を。
ともなれば、彼の主張するような群狼戦法が有効に働くとは考え辛い。
いくら優秀な狼とて、手練れの猟師が隊伍を組んでいるところに突っ込んで戦果を上げるのは厳しいからだ。
次にとある元帥は、大重量の徹甲爆弾を用いた急降下爆撃での撃沈を主張した。
しかしこれも先述した針鼠のような対空兵装と護衛艦艇、空母艦載機という厚い壁に阻まれる可能性が高い。
そんな悪戯に兵を散華させる真似が許されるはずもなく、それでも声を高めた同元帥は議場から強制的に退場させられてしまう。
ならば、複数の核兵器の集中投射はどうだろうか。
そう口にしたのは、かの総統。
確かに有効かもしれない。そう思ったのも束の間、総統は自ら頭(かぶり)を振った。
未だ不明瞭な状況を脱せていない未知の新兵器。完成などいつになるか判らったものではなく、対抗の基幹には組み込める代物ではない。
彼らが今求めているのは、まさにこの瞬間からも整備を始め、一日でも早く投入できる対抗馬なのだ。
143 :グアンタナモの人:2012/09/20(木) 22:49:11
議場に沈黙が満ちていく。
抗えないのか。そんな思いが曇天のように垂れ下がろうとした時、ある提督がおもむろに口を開いた。
我々も、かの戦艦と同様の存在を持てば良いのではないか、と。
刹那、彼らの間に激震が迸る。
航空機に潜水艦、核兵器。
そういった者達が台頭したことで思考の彼方に追いやられていた、海軍備における基本。
戦艦には戦艦をもって対抗する。
それは行き詰ったが故に再び見出された、失われていた王道であった。
確かにそれならばできるかもしれない。彼らはにわかに議論を活発化させていく。
何せ戦艦は彼らが曲がりなりにも今日まで運用し続けてきた兵器。
未だ手探りな空母機動部隊や雲を掴むような核兵器とは、即応性の面において比べるまでもなかった。
ただし勿論、そうだからと言って障害が皆無という訳ではない。
それは技術や予算といった判りやすい壁に留まらず、ありとあらゆる姿かたちで構想の前に立ち塞がろうとした。
されど、その壁は次から次へと突き崩されていく。
何故ならば彼らは面子をかなぐり捨て、国の境すらも越えた議論を行ない始めたからだ。
面子であの化け物を沈められるなら、是非ともそうして欲しい。崇め讃えてやる。
差し迫った脅威を前にそう開き直った彼らを止められるものは、何処にも存在しなかった。
極東のリヴァイアサンを討ち払える存在を。
その旗印の下、欧州枢軸諸国の海軍は急速に纏まり、欧州統合戦艦計画は提言されるに至ったのである。
この欧州統合戦艦計画に参加したのは、提言者である大ドイツ帝国を筆頭にイタリア王国、スペイン王国。そして〝将軍達の反乱〟以降、諸国から遠巻きに様子見されていたフランス共和国だった。
いずれも欧州が有する海上戦力群の中核を成し、大日本帝国との衝突が起こった際に矢面に立たざるを得ない国家であると同時に、ある共通点をも抱えていた。
ソビエト連邦を警戒し、常に強力な陸軍の維持に予算を割かねばならない大ドイツ帝国。
欧州枢軸に留まりつつも大日本帝国との関係改善を進めるべく、常に外交的な天秤のつり合いを意識せねばならないイタリア王国。
国内復興がひと段落するや否や、今度は飲み込んだ旧ポルトガル植民地の再編でかつかつのスペイン王国。
クーデターという荒業で国内復興優先に舵を切り、その関係でしばらく海軍が鳴りを潜めねばならなくなったフランス共和国。
彼らの共通点。それは<大和>型に抗う戦力を求められながら、様々な事情で独自に揃えることができないという点であった。
だからこそ、切羽詰った彼らは〝メガドレッドノートの共有〟――バトルシップシェアリングに舵を切ったのだ。
かくして各国から選抜された造船技官で構成された〝欧州統合戦艦造艦委員会〟が発足。
欧州統合戦艦計画は実現に向けた道を進み始めた。
144 :グアンタナモの人:2012/09/20(木) 22:49:57
この欧州統合戦艦計画の骨子は参加する各国が持ちうる技術を摺り合わせた上で、そこから生み出せる〝欧州最強の戦艦〟を造り出すことであった。
尤も、皮肉なことに仮称<E>級戦艦とされた、この欧州最強の戦艦の叩き台になったのは欧州の戦艦ではなかった。
北米から逃れてきた旧アメリカ合衆国海軍の造船技官達が手土産として所持していた、米国最強の戦艦として設計された<モンタナ>級戦艦である。
同戦艦はかつてアメリカ合衆国が建造を計画していた高速戦艦であり、能力は<大和>型にこそ劣るものの今日まで欧州諸国が建造、もしくは計画していたどの戦艦よりも完成度が高く、発展次第では<大和>型へ対抗できる可能性を秘めた戦艦だった。
故に使えるものはなんでも使う心構えの造艦委員会は、この<モンタナ>級を基に拡大、発展させた戦艦で<大和>型に対抗することを決定したのだ。
こうして設計が取り纏められていった仮称<E>級の特徴は、過剰とも言える装甲防御に集約されるだろう。
多くの場合、戦艦の装甲は自らの主砲弾に耐えられるものが基準と定められる。
しかしながら、仮称<E>級は自らの主砲とされた五〇口径四六センチ砲に対する装甲防護力を大きく上回る二〇インチ――五〇.八センチ砲弾防御に匹敵する装甲を持たされた。
加えて、水線下の防御区画には液層や空層、及び弾力性充填材を注入するフランス式の水雷防御を採用し、不沈性をさらに高めている。
これは当艦の基本的運用方針――護衛艦艇、航空機等の阻止攻撃を受け流しながら<大和>型に肉薄、水上砲戦に持ち込む、という方針を如実に表している。
単艦で最強の存在と言える<大和>型に対し、欧州枢軸はこの仮称<E>級戦艦を含む航空、水上、水中の連携攻撃に対抗の望みを託したのだ。
後に〝トリニタス(三位一体)方針〟と呼ばれる、この対<大和>型対抗戦術の一翼を担うのが仮称<E>級という訳である。
肉薄した当艦が一二門の四六センチ主砲。いや、<大和>型一隻に対し、仮称<E>級は最低でも二隻で挑めと厳命されていたことを考えれば、二四門もの四六センチ主砲が<大和>型へ向けられることになる。
五一センチ主砲弾には及ばなくとも、準じた破壊力を持つ四六センチSHS砲弾が二四発も降り注げば、流石の<大和>型でも無事では済まない。
例え艦体そのものに対する有効打には至らなくとも、艦体に比べれば脆弱な艦上構造物や対空兵装は確実に削げる。
そうすれば、航空機などによる攻撃の成功率が加速度的に高まっていくだろう。
つまり仮称<E>級に求められたのは、続く攻撃の成功率を可能な限り高めるべく、先鋒を切って<大和>型に手傷を負わせることだったのだ。
言わば鎧で身を固め、戦列の最前で鞘当てを行なう重装歩兵のようなものだろう。
こう語ったのは一人の造船技官だったが、思わぬ強い印象を関係者に与えることになり、後に正式名称として与えられた<ロリカ>――欧州で名を馳せた古代ローマ帝国軍の鎧の意――の名も、この役割に準えたものとなった。
とにもかくにも、これならば<大和>型とも張り合える。
欧州の力を象徴するに相応しい戦艦だ。
造艦委員会全体がそういった安堵に包まれる一方、出来上がってきた戦艦を前にしながら頭を悩ませる人間達が彼らとは別のところに居た。
それは――計画に参加した各国海軍首脳陣であった。
145 :グアンタナモの人:2012/09/20(木) 22:51:31
初めのうちは順調な欧州統合戦艦計画に顔を綻ばせていた彼らだが、ここに来て新たに生じた問題に直面する。
各国から募った予算で建造できるであろう仮称<E>級――正式名称<ロリカ>級戦艦の隻数は、どう見積もっても三隻。
無論、設計そのものに妥協は許されず、必然的にこの三隻を分けねばならなくなる。
されど、この計画に参加したのは四カ国。そう、切り分けるには〝パイの枚数〟が足りなかったのだ。
ならば、彼らは三枚の〝パイの奪い合い〟に頭を悩ませていたのか。
答えは否である。
繰り返すが、彼らはそれぞれ理由こそ異なっていたものの、独力で<大和>型に抗う戦力を揃えられない事情があった。
それ故に彼らは欧州統合戦艦計画の看板を使って欧州の合同を全面に押し出し、個々の政府に対する風当たりが強まることを避けたのだ。
そしてその思考の根幹には――できることならば、身を可能な限り削らずに<大和>型へ抗う戦力を揃えたいという考えがあった。
考えてみて欲しい。<大和>型戦艦が動き、欧州列強と衝突するような事態は、欧州全体に係わってくる問題であることが明白だ。
その時、果たして戦力を出し惜しみできるだろうか。ましてや構想に対して実際に予算を投じた国からの救援要請を蹴れるだろうか。
出し惜しみ、もしくは要請を蹴り、欧州における立ち位置を失う真似をできるだろうか。
いや、できないだろう。誰もが内心ではそう思っていた。
普段の運用は他国が行なおうと、有事の際に必要な助力さえ得られれば、それで構わない。
むしろそうしてくれれば、運用コストは必要最低限で済む。
他国に国防の一端を委ねるのは馬鹿げていたが、莫大なリソースを要求される<ロリカ>級戦艦を常時運用するのはそれ以上に馬鹿げていたのだ。
結果として、彼らの間で巻き起こったのは――静かな〝パイの押し付け合い〟だった。
押し付け合いは熾烈を極めた。
ただし何処も馬鹿正直にストレートな物言いはしない。
表面上は威厳を保ったまま、言外や言葉の裏に含みを持たせ、他国に<ロリカ>級が向かうように誘導し合ったのだ。
ある意味、実に欧州的なやり取りだと蚊帳の外から見れば思えただろうが、そんな都合のいい蚊帳に居れる国は最初からこの議場に居ない。
そうして誰も当事者となって<ロリカ>級という名のパイを押し付けあう中、優先的にパイを手に取るように集中砲火されたのが当時微妙な立場にあったフランス共和国だ。
無論、彼らとしては堪ったものではなかった。
折角〝将軍達の反乱〟を行なってまで国内復興にリソースを割き始めたのに、そこに<ロリカ>級を抱えればどうなるか。
運用費を圧縮することで艦籍に留めている<パンルヴェ>や<ラファイエット>、<ラ=レゾリュ>といった航空母艦群は間違いなく退役。
そうなれば、ぎりぎりのところで保たれているフランス海軍の戦力バランスは崩壊してしまうだろう。
かといって、海軍予算の増額などまかり間違っても申請できるはずがない。
かつての上層部暴走を経て、今現在は国民に一挙一動を睨まれているのだ。
そんな命知らずな真似は、例え神の頼みであろうと御免だった。
146 :グアンタナモの人:2012/09/20(木) 22:52:37
だがしかし、暗に告げられる言葉が彼らの抵抗を鈍らせていく。
我々の貴国に対する心象を変えてはくれまいか。
取り巻く情勢が情勢なだけに、フランスにとってのそれは殺し文句に等しかった。
ここで断れば、ようやく回復の兆しを見せた諸国のフランスに対する心象が悪化してしまう。
それが何に繋がるのか、彼らはかつての出来事から痛いほど理解していた。
まさに板挟み。進退窮まる。
そう思われた時、出向していたフランス海軍の提督があることを思い出し、咄嗟にそれを口にした。
それこそが今日では言わずと知られている存在――欧州統合艦隊構想であった。
欧州統合艦隊構想。
その提言は実は欧州統合戦艦計画よりも古く、一九四九年まで遡ることができる。
同構想を初めて提言したのは欧州大陸の事実上の盟主とされる大ドイツ帝国(ドイツ第三帝国)ではなく、その隣国、フランス共和国であった。
一九四九年当時、フランスは前年に巻き起こった〝将軍達の反乱〟で発足した新政権の下、国内復興を優先すべく軍拡路線をひとまず取り止めていた。
しかし軍拡を取り止めたところで、広大な植民地帝国を抱える彼らに要求される軍事的プレゼンスの大きさは変わらない。
いや、それどころか、より大きくなる気配すらあったと言える。
何故ならば、迅速な国内復興を遂げるためには植民地から今まで以上に資源を入手せねばならず、それを為すためには武力の威光が不可欠だったからだ。
前政権下で植民地の民族浄化は進んだものの、植民地人口の大多数は未だ〝コロン〟と呼ばれる欧州系入植者達ではなく、欧州による支配以前からその地に住まう現地住民達だった。
新政権が定めた植民地政策の指針により、〝アルキ〟に代表される協力的な現地住民の地位が向上する一方、反抗的な現地住民を奴隷化、もしくは浄化する流れ自体は変わらなかった。
そして当然、そういったスタンスを取っている以上、現地住民による反乱のリスクとは常に隣り合わせである。
現に〝将軍達の反乱〟が終結して間もない一九四八年末から一九四九年初めにかけて、仏領西アフリカでは現地住民によるダカール一揆とアビジャン一揆が相次いで発生していた。
ただし幸いなことに、どちらも早期の鎮圧には成功した。
とはいえ、発足間もない新政権に対し、軍事的プレゼンス維持を早々に突きつけた出来事には違いなかった。
軍事的プレゼンスを維持しつつ、軍事予算を圧縮する。
こうした相反する命題を受け、フランス軍が限られた軍事的リソースを再配分していく最中、前年の行動で冷静さを取り戻した海軍の人間達が提案したのが、件の欧州統合艦隊構想である。
曰く、フランスと同様に海外に植民地や利権を抱える欧州諸国は数多く存在する。
彼らと共同で出資し、植民地や通商路の維持、防衛を担う合同の艦隊戦力を整備、運用してはどうだろうか。
そうすれば、一国家あたりに掛かる負担は減じるはずだ。
勿論、今や言わずと知れた世界最強の海軍である大日本帝国海軍や、往年の力を失ったとはいえ、未だ無視できない戦力を保持する大英帝国海軍への牽制にもなる。
確かに構想の内容としては、一考の価値があるものと言えるだろう。
147 :グアンタナモの人:2012/09/20(木) 22:53:17
しかしながら、その構想はフランスが引き摺る前政権の失点。
加えてクーデターという方法で生まれた新政権に対する諸国からの不信が篭った視線の手前、実際に協議まで漕ぎ着けられることはなかった。
当の提言者達自身も祖国を取り巻く情勢は痛感しており、初めの提言以降は積極的な論陣を張らず仕舞い。
結局、フランス共和国海軍は保有していた戦力のうち、主力艦の大半を運用費の圧縮と憎き〝海向こう〟への意趣返しを兼ねてドーヴァー海峡周辺の軍港に貼りつけつつ、一部の主力艦と補助艦艇をもって植民地の維持に奔走することとなる。
また余談だが、この際に使い潰されるかの如く動かされたのが、かの<ルバンシュ>級戦艦二隻である。
特に<マルテル>はダカール一揆やアビジャン一揆において、津波で破壊された旧市街地に潜んだ反徒目掛けて、片っ端から〝鉄槌〟を見舞っていき、反乱鎮圧の一助を担っていた。
そのため、当時の風刺画にはどっかりと座り込んだ幾人もの厳ついフランス海軍人がドーヴァー越しにイングランドを睨む傍らで、ユニオンジャックの刺繍の上にトリコロールのアップリケを縫い付けたエプロンを纏う二人の女中が忙しなく動き回っている、というものが存在している。
閑話休題。
フランス海軍の提督が起死回生を狙って口にしたのは、この構想に絡めた提案であった。
曰く、三隻の<ロリカ>級戦艦をこの欧州統合艦隊直轄艦とすることで、同艦隊の空文化を防ぐと共に有事の際に確実な出撃を約束する。
曰く、彼らが大前提としていた欧州の合同を一番強く世界にアピールできる。
過去に議論が重ねられただけあり、彼の提言は理路整然としたものだった。
すらすらと続けざまに利点と欠点を述べていくフランス海軍の提督により、明確な反論ができなかった各国は矛先を見事に逸らされ、丸め込まれていく。
そして最終的には改めて行なわれた協議を経て、欧州統合艦隊の設立は正式に決定。
しかも驚くべきことに、その合意の中身はそれまでの欧州を知る者が見れば、間違いなく目を剥きそうな内容であった。
一つ、欧州統合艦隊は各国が兵員や資金を折半し、それを運用における基幹リソースとする。
二つ、欧州統合艦隊は直轄戦隊として、三隻の<ロリカ>級戦艦と数隻の大型駆逐艦を保有する。
三つ、欧州統合艦隊は欧州有事――欧州枢軸全体の危機になりうる戦争を含む非常事態の総称――の際に各国海軍の指揮系統を掌握できる強力な権限を付与する。
加えて、欧州枢軸の勢力圏に隣接する南北大西洋、地中海、西インド洋などへの迅速な展開を考えた根拠地群――フランスが狙ったのかどうなのかは不明だが、かつて大英帝国海軍が誇った地中海艦隊のそれが焼き直されたため、後に大英帝国が憤死しかけた――の整備も決定。
この手の協議で一番の障害となりそうだったフランス自身が協議の主導権を握り、巧みに各項を周囲に呑ませた結果がこれである。
他国にできたことと言えば、イタリアが唯一、兵員の意思疎通問題で比較的馴染みがあるラテン語を基とした簡易言語――後に欧州共通語として、欧州大陸諸国の第二言語とされるクラッシス=ラテン(艦隊ラテン語)の提案を挟み込んだのみ。
つまるところ、各国はほぼ完全に押し負けた。
断頭台に事実上首を据えられたことで鬼気迫り、議場における天下無双の存在と化したフランスによって。
148 :グアンタナモの人:2012/09/20(木) 22:53:54
こうしてフランス共和国は一人の提督の機転で危機を脱し、欧州各国は狐につままれた思いのまま、欧州統合戦艦の建造と欧州統合艦隊の設立に邁進。
一九五〇年代末には欧州統合艦隊は一応の形となった。
初めは先述のクラッシス=ラテンの教育が不十分であったことで各国の言語が交じり合う一面も見られたが、それも年を追うごとに徐々に改善。
一九六一年に<ロリカ>級戦艦一番艦<ロリカ=セグメンタタ>が就役した際には、命令伝達に問題がない程度にクラッシス=ラテンを身につけた乗組員を揃えることに成功した。
揉めそうであった人事面も試験その他による選抜制――ただし艦隊の運営基金に対する各国の出資度合いに応じた〝暗黙の了解〟は存在したが――とすることで表面上は大きく荒立つことはなかった。
無論、細かな問題は存在していたが、欧州統合艦隊の滑り出しは上々と評して問題ないだろう。
そして物語は冒頭、翌年一九六二年を迎える。
<ロリカ=セグメンタタ>の初の任務は、共同慰霊祭における欧州の代表――弔砲担当艦であった。
再建成ったジブラルタル海軍基地より現れた<ロリカ=セグメンタタ>は、<大和>には及ばないながらも世界の驚きを誘うことになる。
さらに後年の〝ビオコ事変(※1)〟を皮切りに、数次編成された欧州統合艦隊の旗艦としても活躍。
同型艦の<ロリカ=ハマタ>及び<ロリカ=スクアマタ>と共に今でも変わらず、欧州枢軸が持つ軍事力の象徴たる偉容を世界に示し続けている。
世界に二つしか存在しないメガドレッドノートクラス――<大和>と<ロリカ>。
彼女達が砲火を交える日(※2)が訪れるのかどうかは、まだ誰も知るよしはない。
(終)
以下、補足
※1:スペイン領ビオコ島で黒人労働者が大規模な武装蜂起を行なった事件。
何故か旧米国製武装を手にした多数の黒人労働者を前に駐留するスペイン王国植民地軍を撃破され、島全体が一時完全に占拠される事態に陥った。
この際、欧州枢軸諸国が有する植民地への飛び火が懸念され、政治的判断を経て欧州統合艦隊が初めて編成。その援護の下、スペイン王国軍が島の奪還を実行した。
また直後、リベリア共和国が武装を供給――米国が健在だった頃に同国に設けられた英国向けの兵器工場が供給源――することで武装蜂起を煽ったことが判明。
直ちに報復軍事行動が実施され、リベリア共和国消滅をもって事件は終結した。
※2:その性格上、戦争でもない限りは合間見えることがないと思われた両艦だったが、一九七二年の大日本帝国海軍設立百周年記念国際観艦式で一度だけ競演を演じている。
両艦が並び立ったのは後にも先にもこの時だけであり、この際に撮影された写真や映像は今もって貴重なものとされている。
最終更新:2012年09月22日 15:09