453 :Monolith兵:2012/09/15(土) 22:42:23
ネタSS「量産される恐怖」


 昭和35年のとある日、大蔵省に勤務して15年ほど立つ男が廊下を歩いていた。
 彼は、今日の仕事中に突然課長から肩を叩かれた。ああ、これがあの肩たたきだと感心するとともに、ああとうとうお払い箱かという思いも浮かんできた。
 彼はノンキャリアながらその働きを多くの者に認められていた。様々な金融政策や海外資本の呼び込みなどを提言し、上司を説得して達成した案件はいくつもありそれが彼の株を上げていた。
 しかし、それは同時にほかのノンキャリアや何よりもキャリア連中から恨みを買う事にもなっていた。それでも彼はめげずに仕事に励んできたが、とうとう今日肩たたきにあったのだ。

(これだけ成果を残したんだ。天下りの可能性もあるかも!)

 激務に励んできた彼にとって、突然の肩たたきで一瞬自失呆然もしたが、前向きに考えることにした。それが彼の心の師の教えであった。
 そんな詮無いことを考えていると、上司から行くように言われていた部屋についていた。大蔵省内にある小会議室の一つだ。深呼吸して息を整えると、ドアをノックした。入れ、と返事が来たので失礼しますと言いながら部屋へと入る。そして、部屋の中を見たとき彼は固まってしまった。

(おいおい!事務次官、国際局と銀行局の局長までいるのかよ!)

 いかにやり手とはいえ、一介のノンキャリア相手に揃うメンツではない。その上に、部屋の真ん中にいる人物を見た時、彼はそれまで数筋程度であった冷や汗が滝のごとく流れ落ちるのではないか、と錯覚するほどの緊張を襲った。

「ああ君、いつまでも立ったままじゃなんなので座ってください。」

 部屋の真ん中に座る大蔵省、いや日本の重鎮である辻政信が着席をすすめる。それを聞いて、油の切れたロボットのようにぎこちない動きで居並ぶ面々の前に置かれた椅子に断りを入れて座った。

「さて、君はなぜこんなところにいるんだろうと思っているようだが、別に君を糾弾するために集まったわけじゃない。」

「詳しいことは今話せないが、ここでの出来事が君の人生を壊すことはない。たとえ、今すぐに席を立って部屋を出て行っても、我々は何もしない。」

 その言葉を額面通り受け取るほど男は純粋ではなかった。つまり、この男たちに付き合わねば天下りはないということだろう。いや、たとえ退職してもこのメンツに目をつけられたのだ。普通の再就職もできるかどうかも怪しい。彼は心を決めた。

(もう槍でも矢でも来い!)

 ただやけくそになっただけとも言うが。それはさて置き、それまで青ざめていた顔に生気が戻ったのを見て、辻政信はふむと呟いて口を開いた。

「では、これからいくつか質問をするので、君は正直に思ったことを答えてください。」

 そして、大蔵省の重鎮たちによる質問が始まった。

454 :Monolith兵:2012/09/15(土) 22:42:57
 幾つかの、といったが結局部屋を出たのは2時間ほど経ったあとであった。質問の数が多かったわけではなく、質問への答えに男が熱弁しただけであった。
 男が部屋を出て廊下を歩いていく音を聞きながら、辻政信は口を開いた。

「今回の彼ですが。」

「ええ、当たりですな。」

 辻の言葉に事務次官が答えた。彼は辻が目をかけて育ててきた官僚の一人で、第1次・第2次世界恐慌や第2次世界大戦、太平洋戦争などといった国難やイベントの数々を辻を支えてきた辻の片腕であった。そして、辻の後継者とも杢されている。

「しかし、彼の言う金融トラップは恐ろしいものがありますな。辻さんを彷彿とさせます。」

「よしてください。私はあそこまで悪辣ではなりませんよ?」

 その答えにほかの男たちは笑い声を上げた。そしてこう思った。嘘つくな!
 もっとも、ここに集う男たちの経歴を考えるとみんな五十歩百歩であるが。

「さて、冗談はここまでにして。彼はうちで引き取りましょう。」

 そう言って、国際局長は提案した。ほかの男たちも頷いた。
 彼らは今まで質問に熱弁で返していた男を面接していたのである。ノンキャリアながら素晴らしい能力や発想。これらがただノンキャリアだというだけで失われるのを止めたかったのである。

「私のところで彼を徹底的に鍛えます。そしてゆくゆくは…。」

 そこで言葉を切って辻の方を見る。辻も頷いた。
 今日の面接は、前述した優秀な人材の流出の防止だけが目的ではない。辻の後継者を見つけることも目的の一つであった。これまでも何人も面接してきたが、今日面接した男は頭ひとつ抜きん出ていた。

「まあ彼には期待させてもらいましょう。」

 辻の言葉を最後に、この場はお開きとなった。



 なお、30年ほどしてから一人の男が政界に打って出ることになる。彼は第2の辻政信と言われるほどの辣腕で知られる大蔵官僚であり、彼の打ち出す政策は次々と当たり日本をさらに発展させていくことになる。他国経済の停滞や荒廃と引き換えに。

 そう、彼は辻政信の後継者の一人。量産型辻政信となったのである。そして、彼の元にも優秀な人材が集まり、辻政信の精神は後後まで受け継がれることになるのであった。



おわり

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最終更新:2012年09月22日 15:40