624 :ヒナヒナ:2012/09/24(月) 22:09:50




○事実は映画より奇なり


“明治の元勲等によって才を見出された海軍将校が居た。彼は政治結社である夢幻会に迎えられ海軍軍政官として、宰相として数々の功績を残すことになる。陸海軍文化祭、空海立体戦術の開発、無敵艦隊の創設、日中・日米戦争の実行、戦後政治の采配。そこで国民が見てきたのは夢幻会から支援のもと富国強兵を強力に推進する宰相の姿だった。
しかし、真実はどうであったのだろうか? 取材の上、新たな昭和の政治・軍の活動を描き上げた。実際にあったのは、海軍や陸軍間での調整に苦心し、静かな老後を望みながらも数々の政治バランスの上で宰相に担ぎ上げられ、戦争を指導する苦労人の姿であった。
ままならない世界情勢に翻弄される悩み多き海軍提督らに率いられた利害調整組織夢幻会。その実態を新たなタッチで描いたドキュメンタリー映画。今までにない新たな海軍元帥、嶋田繁太郎の半生を追う”

「って、なんだこのストーリーは!」
「一週回って正しいってやつですね」
「この前試写会行ったのですけど、あとは逆行者と衝号ってキーワードを入れれば雰囲気は完璧ですよ。嶋田さんの配役も今までの渋い系の大御所でなく、ちゃんと疲れた感じのでている役者でしたし、辻さんはちゃんと腹黒紳士でした。しかし、私と東条さんが空気だったのがちょっとアレでしたが」
「実際、遣欧・日中戦以外は南雲さんと東条さんは割と空気でしたよ。これ、記事によるとちゃんと会合のグダグダ具合や黒い感じが再現されているのですね。以前の超然的な夢幻会像に比べたらそれっぽいですね」

625 :ヒナヒナ:2012/09/24(月) 22:10:21

場所は下町の小さな映画館の側の喫茶店。妙に背筋の立った老人たち―嶋田、南雲、辻が囲んでいるのはとある映画雑誌だった。一線を退いた後もそれなりに連絡を取り合い定期的に会っていたかつての夢幻会のトップ達であったが、今回はある映画が話のネタに持ち上がっていた。映画研究会に毛が生えた程度の弱小映画会社が作った、嶋田を主題に昭和の歴史をドキュメンタリータッチで描いた創作映画であった。「斬新な演出」という名目の元、どう見てもそこらへんの飲食店の一室で撮影したらしき会合のシーンは、ラーメンを啜りながらわいわい相談する様子が妙に所帯じみていて実際の夢幻会っぽかった。因みに今までのドラマや映画などでの会合シーンは「どこのゼーレだよ」と突っ込みたくなるような過剰な演出か、茶室で言葉少なに語るような異様に渋い演出が主だった。
嶋田役が夢幻会の上役から無理難題を吹っかけられ、そっとため息を付きながら実行したり、首相になってからコロコロ変わる世界情勢に愚痴りながら対応を相談するところとか、実際を知る人間としては見られている様な錯覚を呼び起こす。また、ところどころに挿入される胃薬を飲むシーンや、後半になるほど増えていく栄養剤の空き瓶が涙を誘う。

「まあ、以前よりこの手の創作物に対する反応は緩くなりましたし、大手ではなく弱小の映画会社が手がけた低予算映画ですから、コメディの様に捉えられているようです。そこまで過剰な反応はないでしょう」
「これ、だれか内情をリークしたのか?」
「いいえ、だから自由な創作は楽しいんですよ。何が飛び出すか分からない。それに一応、小さい字ですが※印で実際の取材に基づいたドキュメンタリー風創作映画ですって書いてありますよ」
「逃げ口上ですね。上映しているのも私が見た1館しかないのでそんなに大事にはならないでしょう」

内情を知っている誰かが協力したのかと疑うほど、当人たちにとっては出来の良い作品だった。もちろん、総理執務室シーンなんてどこの校長室だよと言うほど安いセットだし、音質悪くマイクの数が足りなかったのか会合シーンでは南雲や東条役の声が拾いきれていないし、主役であるはずの嶋田役を始めとして、すぐに名前が出てくるような役者もいない。でも妙な親近感と羞恥心を呼び起こす映画だった。

「しかし、本人が生きている間に、切り口を変えてみました風のドキュメンタリー映画なんて作るか? しかも、そちらの方が実態に即しているとか!」
「どうします? 巷では結局完全無欠の政治結社夢幻会と、その夢幻会を率いるさいきょうさいしょう()嶋田像が普及している訳ですが、映画にコメントしてみます?」
「これはジョークにでもして置いた方が良い話だろう。なんで自分の実態を自分で否定しなければならなんのだ……」

悲嘆にくれる一名と、それを笑って見ている老人たちの中央には映画雑誌が一冊。
開かれたページには、“マイナー映画紹介コーナー 新作映画『提督たちの憂鬱』”の文字があった。


(了)


○あとがき
だいたい雑談板の709のせい

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最終更新:2012年09月28日 19:06