655 :taka:2012/09/26(水) 13:47:34
グロスベルリン
広大なベルリン中央駅から出た駐独武官はふうと溜息をつく。
欧州の中心都市となりつつあるこの街は相変わらず騒がしい。
しかし、と武官は再度溜息をついて辺りを見渡した。
ドイツ人、ドイツ人、ドイツ人、ドイツ人、ドイツ人、偶に海外の企業人や大使館関係者。
兎に角、この街はドイツ人ばかりだ。欧州の中心であるにも関わらず人種の坩堝、などではない。
ドイツの人種政策をこの街は思い切り反映していた。
大戦後の徹底した人種政策により、グロスベルリンには一部を除き市民登録されたドイツ人しか住まう事は許されなかった。
だからそんな街に佇む黄色人種の日本人である彼は物凄く浮いている。
それを自覚する時、猛烈に尻が痒くなるのだ。他人の視線が物凄く気になるのだ。
早く大使館に戻ろう。あそこの敷地内でなら、何とか落ち着く事が出来るからだ。
だが、そうは問屋は降ろさない。
市電に乗り新南北縦貫メインストリートを縦断している間、周囲から視線を感じた。
隣りに座っているヒトラーユーゲントの制服を着た少年少女達からは特にガン見されて居心地が悪かった。
まぁ、自分が日本人じゃない黄色人種だったら車両から叩き出されていただろうから見る位はまだマシなんだろう。
自分が着ている軍服とコート、コートに付いた日章旗が、黄色人種でありながらこの街で唯一滞在を許される日本人である事を証明しているのだから。
市電から降りた後、タクシー乗り場の列が長かったので、近くのパン屋に入り菓子パンを幾つか購入した。
店員達が物珍しげに、変に慇懃な態度だったのでこちらが逆に緊張する有様だった。
タクシー乗り場に再度向かい、列に並んでいて老人に先を譲ったら「次は負けんぞ」と睨まれた。
増築中(これで何度目だろうか)のフォルクス・ハレを眺めつつ、菓子パンを食べようかと思ったがドライバーの視線があるので止めた。
大使館近くの検問で親衛隊士官にやはり慇懃な態度で職務質問を受けた後、漸く大使館に到着。
「まぁ、この街、いやドイツで勤務していればこんなものさ。暫くすれば慣れるよ」
武官の言葉を聞いた大使は笑いながら言った。
「彼らからすれば我々は白人でもない黄色人種でもないその他の何かなんだ。だから対応に困ってるんだろうさ。
……いや、こういえばいいかな? 日本人は未知の存在、いや、宇宙人か何かなんだと」
大使の言葉に、そう言えば少なくとも納得は出来るなと武官は思った。
完
最終更新:2012年09月28日 19:11